JSPEN 2023 Report: 委員会報告「がん患者のための代謝・栄養管理ガイドライン」の出版と今後の展望 Part1
2023.10.04癌(がん)座長:
小谷穣治 ( 神戸大学大学院医学研究科 外科系講座 災害・救急医学分野 )
東別府直紀 ( 神戸市立医療センター中央市民病院 麻酔科 )
【要旨】
『 がん患者のための代謝・栄養管理ガイドライン 』 は日本臨床栄養代謝学会 ( JSPEN ) が、ガイドライン作成の国際標準であるGRADEシステムに従って作成した、 JSPEN 初の国際標準診療ガイドラインである。作成委員会の会長を務めた神戸大学大学院医学研究科 外科系講座 災害・救急医学分野の小谷穣治先生は、本セッションの企画意図について、その作成意義と方法、正しい使用法を知ってもらうため、と述べた。
がんの栄養療法ガイドライン作成ワーキンググループの東別府直紀先生からは CQ ( クリニカルクエスチョン ) 選択の流れが解説され、京都大学医学部附属病院 腫瘍内科の釆野 優 先生からはシステマティックレビューおよび推奨の作成方法が紹介された。その後ワーキンググループの各委員から、それぞれの担当部分の内容についての詳細な説明があった。
また本ガイドラインの特徴として、エビデンスに基づく診療から漏れがちである患者各個人の物語性 ( Narrative ) を補完する情報の記載や、がん患者の視点を加えたがんサバイバー市民の参画についても、担当者からの説明があった。
【株式会社ジェフコーポレーション 「 栄養 NEWS ONLINE 」 編集部 】
「がん患者のための代謝・栄養管理ガイドライン」の出版と今後の展望 Part1
ガイドライン委員会報告
小谷穣治 ( 神戸大学大学院医学研究科 外科系講座 災害・救急医学分野 )
『 がん患者のための代謝・栄養管理ガイドライン 』 は日本臨床栄養代謝学会 ( JSPEN ) が初めて GRADE システムに従って作成した、国際標準の診療ガイドラインである。 GRADE システムは日本では日本医療機能評価機構が 『 Minds 診療ガイドライン作成マニュアル 』 としてまとめている。本ガイドラインはこのマニュアルに則って作成した。
発表されている多くの診療ガイドラインは、国際標準の作成方法に従ったものから意見書的な内容まで様々である。そこで、国際標準の診療ガイドラインの作成方法と、作成された診療ガイドラインの使い方を学ぶセッションを企画した。
診療ガイドラインはエビデンスをベースとしており、推奨される治療法は多くの患者に効果がある可能性が高い治療法を提示している。しかし実臨床で目の前の患者に診療ガイドライン通りの治療を行って必ず効果があるわけではない。診療ガイドラインはあくまでもエビデンスブックと捉え、医師の経験や得意不得意、患者の好みや家庭環境を考慮して、治療法を選択する必要がある。本セッションで診療ガイドラインのすべてが正しい辞書のような存在ではないことを知ってもらいたいと考えている。
本診療ガイドラインの概要について
東別府直紀 (神戸市立医療センター中央市民病院 麻酔科)
『がん患者のための代謝・栄養管理ガイドライン』は 4 つのクリニカルクエスチョン ( CQ ) で構成されている。切除可能な頭頸部・消化器がん患者を対象にした CQ 1-1 , CQ 1-2 ではフローチャートを掲載し、栄養状態、手術侵襲の程度で栄養療法の実施を判断することとした。栄養方法は CQ 1-1 で通常の栄養剤、CQ 1-2で免疫調整栄養剤を検討した。介入時期は術前栄養療法、周術期
栄養療法、術後栄養療法を区別せずに検討している。 CQ 2 、 CQ 3 ではがんサバイバーや切除不能な進行再発性がん患者、つまり緩和ケア主体となっている患者に対する栄養療法について検討した。
CQ を作成するにあたり、まず、栄養療法が重要であった症例群を抽出し、それぞれの臨床上の疑問について、スコーピングサーチを行った。その結果から、メタ解析が可能なランダム化比較試験 ( RCT ) が存在する CQ を採用した。対象群は予定手術症例、化学療法症例、放射線治療症例、治療時期は治療終了後、緩和ケア主体の症例とした。
暫定的な CQ として、 「 根治可能ながん患者に栄養療法を行うか 」 「 がん治療中の根治可能な進行・再発がん患者に栄養療法を行うか 」 「 がん治療不応・不耐の根治不能ながん患者に栄養療法を行うか 」 「 根治可能ながん患者に経腸栄養を静脈栄養より優先するか 」 「 がん治療中の根治不能ながん患者には経腸栄養を静脈栄養より優先するか 」 「 がん治療不応・不耐の根治不能な進行・再発がん患者には経腸栄養を静脈栄養より優先するか 」 という 6 つをあげた。これらの暫定的な CQ について議論して、臨床で使いづらい CQ は除外し、治療の時期で分け、放射線領域では頭頚部症例に嚥下障害や食欲不振が起きやすいため対象を頭頚部症例に絞る方針になった。
再度、スコーピングサーチを行い、最終的に 4 つの CQ が決定した。 CQ が少なくなったため、臨床上使いづらく感じる可能性がある。しかし、厳密な手続きで診療ガイドラインを作成する場合、多くの RCT と相当のマンパワーが必要になる。 2013 年の 『 静脈経腸ガイドライン (第3版) 』 も完成度は高いが時代が変わり、診療ガイドライン作成にはより厳密な手法が要求されている。そこで、 『 がん患者のための代謝・栄養管理ガイドライン 』 では 『 Minds診療ガイドライン作成マニュアル 』 にしたがって CQ の推奨を決めた。
本ガイドラインの初回会議は 2019 年に行われた。その後 Minds 班員が CQ の候補について文献検索、討議を行い、 2021 年 3 月に CQ が決定した。アウトカムの重要度を含む PICO の決定は 2021 年 9 月であった。その後、システマティックレビューを行い、 2022 年 11 月に終了した。その結果を受けて、 Minds 班で 2023 年 1 月に推奨決定の投票を行った。推奨の強さは介入支持の強い推奨、介入支持の弱い ( 条件付き ) 推奨、推奨なし、 ( 現時点では介入支持もしくは介入反対に足る十分なエビデンスがない ) 、介入反対の弱い ( 条件付き ) 推奨、介入反対の強い推奨の 5 段階とした。
本ガイドラインは Minds 形式で作成した診療ガイドラインだが、そのマニュアルにしたがった CQ のみでは包括的なガイドラインにはならない。そこで、本ガイドライン作成開始時に想定していた対象患者に必要な臨床課題については、 Narrative CQ として、推奨を示さない情報提供を行った。さらに、コラムとして患者代表から聴取した患者が困っている内容を中心に分かりやすい解説を加えた。このように患者に寄り添った内容を盛り込んでいることも本ガイドラインの特徴と考えている。
今後の日本臨床栄養代謝学会 ( JSPEN ) のガイドライン作成が 『 がん患者のための代謝・栄養管理ガイドライン 』 と同様の方向性になるかは不明だが、 『 Minds 診療ガイドライン作成マニュアル 』 以外の方法による CQ もある程度必要と考えられる。
作成法 「 がん患者のための代謝・栄養管理ガイドライン 」 の作成手順について
釆野 優 (京都大学医学部附属病院 腫瘍内科)
『 Minds 診療ガイドライン作成マニュアル 』 において診療ガイドラインの定義は、 「 健康に関する重要な課題について医療利用者と提供者の意思決定を支援するために、システマティックレビューによりエビデンス総体を評価し、益と害のバランスを勘案して、最適と考えられる推奨を提示する文書 」 とされている。 Minds ではシステマティックレビューでエビデンス総体を評価するプロセスと、益と害のバランスを勘案して推奨を提示するプロセスを分離するよう推奨している。本ガイドラインの作成でもシステマティックレビューは SR 班が、推奨決定はガイドライン作成班が別に作業を行った。
本ガイドラインの作成に当たって、 SR 班、ガイドライン作成班のほか、全体の作業の進捗管理、資材・レクチャーの提供、各班からの疑義対応を担当する統括班を設けた。ガイドライン作成班ではスコープを作成し、その中の重要な臨床課題から CQ を設定した。次に SR 班がエビデンスの収集および評価・統合を行った。さらに医療経済チームを設け、医療経済的な評価も並行して行った。 SR 班、医療経済チームの結果をガイドライン作成班に戻し、推奨を作成した。今後は外部評価、パブリックコメントを行うことになっている。
SR 班の作業は定型的な方法を採用した。エビデンスの収集はまず一次スクリーニングとして、書誌情報、タイトルと抄録を組み入れ文献を選択した。その後、二次スクリーニングとしてフルテキストを精査し、エビデンスの統合・評価に進む文献を選んだ。エビデンスの統合・評価ではバイアスリスクを評価し、可能であればメタ解析を行い、エビデンス総体の評価を行い、 SR レポートを作成した。
医療経済チームには医療経済の専門家にも加わってもらい、医療経済文献についてシステマティックレビューを行った。医療経済文献は複雑なモデルを用いて解析されており、結果の解釈が難しく、推奨作成に生かしにくい。したがって、定量的ではなく定性的にエビデンスをまとめ、推奨作成の基礎資料とした。
診療ガイドラインの推奨は益と害のバランスで決定される。最初に推奨文草案を作成し、推奨の強さ・エビデンスの確実さをデルファイ法で判定した。推奨が決定した後、解説の執筆を行った。これらのプロセスすべてで推奨決定のための価値評価テーブル ( EtD フレームワーク)を用いた。 EtD フレームワークは益と害のバランスだけではなく、費用対効果、活用可能な社会資源、健康格差、公平さなどを包括的に評価した上で推奨を決定する価値評価テーブルである。 EtD フレームワークは 『 Minds 診療ガイドライン作成マニュアル 』 でも使用が推奨されている。 EtD フレームワークを用いることで、推奨決定に必要な情報を構造化でき、エビデンスの評価がしやすくなる。
『 がん患者のための代謝・栄養管理ガイドライン』は日本臨床栄養代謝学会 ( JSPEN ) 初となる科学的に標準的な手法で作成した。このプロジェクトを通して、各 CQ のエビデンス総体が明らかになり、エビデンスが不足している領域として、がん栄養領域での様々な質の高いエビデンス、特にランダム化比較試験 ( RCT ) の蓄積が望まれる。
CQ3 SR 結果報告 成人の根治不能な進行性・再発がん患者に対する栄養指導の効果
上島順子 (NTT 東日本関東病院 栄養部)
CQ 3 は「根治不能な進行性・再発がんに罹患し、抗がん治療に不耐となった成人患者に対し、管理栄養士等による栄養指導を行うことは推奨されるか?」である。これらのがん患者では、抗癌治療の継続、中止を問わず、病態の進行に伴い栄養状態が悪化する。栄養状態悪化の抑制、防止のために栄養指導や栄養補助食品 ( ONS ) など様々な栄養療法が開発されているが、その効果は臨床的に未解決となっている。栄養指導には、グループセッションや電話相談、文書資料、 Web ベースのアプローチなどの様々な形態を含む。
システマティックレビューによって、根治不能な進行性・再発性のがん患者に対して、管理栄養士などによる栄養指導の効果を検討することとした。対象は18 歳以上のがん患者で、ステージ 4 が 67 % 以上含まれている。 1981 ~ 2020 年に発表されたランダム化比較試験 ( RCT ) を抽出し、特殊な栄養素による介入効果のみを見た研究を除外した。プライマリーアウトカムは QOL と身体症状の改善、セカンダリーアウトカムは有害事象、身体機能、全生存期間、栄養摂取量の増加、身体計測値とした。
データベースから 2,374 報を抽出し、ハンドサーチで 2 報の文献を追加した。 2 名の独立したレビュアーによって一次スクリーニングおよび二次スクリーニングを行い、第 3 のレビュアーによってコンフリクトの判定を行った。最終的に7報をレビューし、メタ解析できたのは 5 報であった。バイアスリスクは7報中 6 報で高リスクであった。
プライマリーアウトカムの QOL については 6 報で報告があり、うち 2 報で栄養指導による改善効果がみられていた。しかし研究数が十分ではないため質的統合ができず、 QOL の改善効果は不明であった。身体症状に関しては 1 報で栄養指導により情動機能の改善、嘔気の主観的改善を認めたが、文献数が少なく身体症状の改善効果は不明であった。
セカンダリーアウトカムのうちメタ解析できたのは、エネルギー摂取量とたんぱく質摂取量、体重の変化であった。そのうちエネルギー摂取量とたんぱく質摂取量は、栄養指導の介入によりいずれも増加を認めたが、エビデンスの総体としてはともに低いと評価した。体重の変化は認められず、エビデンスの総体は非常に低いという結果であった。有害事象については浮腫の報告はなかった。 1 報で ONS 介入により吐き気、下痢、鼓腸、痙攣など腹部症状の報告があった。身体機能も 3 報で報告されていたが、結果的には身体機能の改善効果は不明であった。全生存期間は群間に有意差はなく、栄養指導による全生存期間の延長効果も不明であった。医療費は 1 報で報告され、介入群は対照群に比べ低コストという結果が得られている。筋肉量に関しては 2 報があったが、増加したとの報告はなかった。
アウトカムに対するメタ解析が困難だったことがエビデンスの確実性に影響している。またメタ解析に含まれる文献数が少ないため、出版バイアス評価とサブグループ解析が困難であった。メタ解析された文献には運動と栄養を組み合わせた様々な介入が含まれており、異質性が生じている可能性がある。
栄養指導は、難治性がん患者のエネルギー摂取およびたんぱく質摂取を改善することが示されたが、いずれもエビデンスは限定的であった。患者報告アウトカムである QOL に対する効果については十分なエビデンスが見出せず、今後のさらなる研究が必要である。
CQ 3 推奨
前田圭介 (国立長寿医療研究センター 老年内科)
CQ 3 「 根治不能な進行性・再発性がんに罹患し、抗がん治療に不対となった成人患者に対し、管理栄養士等による栄養指導を行うことが推奨されるか? 」 について、システマティックレビューの結果を受けた 1 回目の投票ではほとんどが介入支持・弱い推奨となり、 2 回目の投票で 100 % の介入支持・弱い推奨となった。推奨文は 「 エネルギー量やたんぱく質量などの栄養摂取量が改善される可能性があり、行うことを提案する 」 とした。推奨は 「 弱い推奨 」 で、エビデンスの確実性は 「 非常に低い 」 とした。
この CQ の背景にはがん患者の推定死亡原因の 10 ~ 20 % は悪性腫瘍ではなく、栄養失調と考えられることがある。根治不能な進行・再発性がん患者に対し、管理栄養士による栄養指導効果は可能性は期待できる。しかしそのエビデンスはまだ明らかになっていない。
CQ 3 のシステマティックレビューでは QOL と症状がプライマリーアウトカムとされたが、メタ解析はできなかった。しかし、栄養摂取量についてはメタ解析されており、栄養指導により栄養摂取量が上がるとの結果が得られた。ただし、患者にとって栄養摂取量の増加が最も重要なアウトカムとなるかは不明である。 QOL はメタ解析できなかったが、効果があるとする報告が複数あった。身体症状については効果ありとの報告もあったが、特記すべきことはなかった。有害事象については 1 報で報告されていたが、臨床で懸念される浮腫の増悪の報告はない。そこで、益と害のバランスは、益が中程度、害はわずかと判断した。
栄養指導による栄養摂取量の増加は、患者の生きる希望に繋がる可能性がある。しかし、今回のシステマティックレビューでは栄養摂取量の増加が望ましい転機につながることは明らかにならなかった。また、患者が食べたい物を楽んで食べられるか、の評価はされていない。患者・市民の価値観、希望という点においては、患者によって何に価値を置くかは様々であるとの意見も出た。
栄養指導に関連する資源についてはマンパワー、栄養剤の種類など様々な要素がある。患者やケア提供側の経済的、地理的、心理的、人的な要素も異なる。そのため、栄養指導に関連する資源についての結論は出せなかった。また、費用対効果を検証した文献は1報のみで、結論を見出せなかった。
QOL や身体症状は CQ 3 のプライマリーアウトカムであり、さらなる研究が必要である。しかし、アジア人を対象にした悪液質診断基準が存在していない問題がある。今後、アジア人の体格に合った悪液質診断基準が確立し、根治不能な進行性・再発性がんに罹患し抗がん治療不耐となった成人患者に対し、管理栄養士などの栄養指導による QOL や身体症状改善のエビデンス構築に期待したい。
CQ 1-1 SR 結果報告 Perioperative standard nutritional intervention for patients undergoing cancer surgeries
佐川まさの (東京女子医科大学附属足立医療センター)
CQ 1-1 「 頭頸部・消化管がん患者で、予定手術を受ける成人患者に対して術前の一般的な栄養療法は推奨されるか? 」 について、一般的な栄養療法を行った患者は行わなかった患者と比較して術後合併症が少ないとの仮説を立て検証した。一般的な栄養療法とは、経口・経腸栄養、静脈栄養、管理栄養士による栄養指導と定義した。プライマリーアウトカムは術後合併症、感染性合併症、非感染性合併症とし、セカンダリーアウトカムは術後死亡率、重症合併症、縫合不全、術後肺炎、術後在院日数、栄養介入による有害事象とした。
データベースからランダム化比較試験 ( RCT ) を対象にスクリーニングした結果、一次スクリーニングで 42 報が抽出されたが、二次スクリーニングで 26 報が除外され、最終的に組み入れた文献は 16 報、対象者は 1,689 例であった。これらにメタ解析を行い、全てのアウトカムに対し、投与のタイミングは術前投与群と術前術後投与群の 2 群、がん種では上部消化がん群と下部消化管がん群の 2 群、栄養障害の有無の 2 群で分け、サブグループ解析を行った。
術後合併症は栄養療法により有意に減少した。異質性が認められたが、出版バイアスは示唆されなかった。サブグループ解析ではいずれの群間にも有意差は見られなかった。感染性合併症も栄養療法により有意に減少した。サブグループ解析ではいずれの群間にも有意差はなかった。非感染性合併症は栄養療法により減少した。研究数の不足でサブグループ解析はできなかった。
術後死亡率は栄養療法により有意に減少した。サブグループ解析ではいずれの群間にも有意差はなかった。重症合併症では栄養療法による有意な減少を認めなかった。縫合不全は栄養療法により有意に減少した。サブグループ解析では投与タイミングの群間に有意差はなく、がん種、栄養障害の有無は研究数の不足で解析できなかった。術後肺炎は栄養療法により有意に減少した。サブグループ解析ではいずれの群間でも有意差はなかった。術後在院日数は栄養療法により有意に短縮した。サブグループ解析では投与タイミング、栄養障害の有無で群間に有意差はなく、がん種では研究数の不足で解析できなかった。有害事象は栄養療法により有意に増加した。サブグループ解析では投与タイミング、がん種で群間に有意差は見られず、栄養障害の有無では研究数の不足により解析できなかった。
各研究のバイアスリスクは中程度、もしくは高かった。エビレンスレベルは、術後合併症総数、感染性合併症、術後在院日数はバイアスリスクと非一貫性があり低い、その他はバイアスリスクが高く中程度と判断した。
頭頸部・消化管がん患者を対象とした一般的な栄養療法による介入は栄養剤関連イベントを増加させたが、術後合併症総数、感染性合併症、非感染性合併症、死亡率、縫合不全、肺炎を有意に減少させ、術後在院日数を短縮させた。
CQ 1-1 推奨
郡 隆之 (利根中央病院 外科)
頭頸部・消化管がん手術は腫瘍の進展状況で通常の経口摂取が可能な症例から通過障害などで栄養障害をきたしている症例まで様々である。低栄養患者に対する術前栄養療法は推奨されているが、疾患群全体に対する術前の一般的な栄養療法の有効性は明確でない。この点が明確になれば臨床決断の大きな助けになる。そこで、重要性は 「 高い 」 とした。
価値観については、手術を安全に施行するための準備として、栄養療法追加に異議は少ないと思われる。患者市民がこれらのアウトカムをどの程度重要視するかは、重要な不確実性やバラつきは認められないと判断して、バラつきは 「 恐らくなし 」 とした。
栄養療法の害についての報告には、術前の経腸栄養追加投与で嘔気、嘔吐、腹部膨満、下痢などの症状による減量・中止が 10 % 程度認められるとするもの、経腸栄養にほぼ脱落例はなかったとするものがあった。静脈栄養の害についての報告はすべてが中心静脈栄養を用いており、 30 ~ 40 年前の古い報告であった。現在はデバイスや管理方法が進歩しており、カテーテル関連の合併症や投与後の浮腫による術後肺合併症などはほとんどなくなったと考えられる。実際、栄養関連イベントの増加は術後の死亡率や合併症、及び在院日数の増加に影響を及ぼしていなかった。したがって害と益のバランスでは「介入が優れている」と判断した。
医療経済評価に関する報告は 5 報あり、一般的な術前栄養療法の費用対効果は支持されていた。経腸栄養は効果が示されているが、静脈栄養は上部消化管での効果は様々であり、下部消化管では報告がなかった。したがって、費用対効果は 「 恐らくよい 」 と判断した。頭頸部・消化管がん手術に対する栄養療法は経腸栄養、静脈栄養と様々な方法があり、実施も外来、入院と様々である。したがって、必要資源量は様々とした。一般的な経腸栄養、静脈栄養は利害関係者にとって容認できるものと思われ、忍容性ありとした。日本で頭頸部・消化管がん手術を施行している施設では、一般的な経腸栄養、静脈栄養は十分実行可能であると思われ、実行可能性ありとした。
これを受けた投票の結果、強い推奨 63 % 、弱い推奨 36 % となった。弱い推奨の理由としては、個々の研究の介入内容の多様性が大きいこと、全体的なエビデンスの確実性が弱いことがあげられた。最終的には推奨文を 「 頭頸部消化管がんで予定手術を受ける成人患者に対して、通常の食事に加えて術前の一般的な栄養療法を行うことを推奨する 」 とし、推奨度は弱い推奨、エビデンスの確実性は弱いとした。
従来は低栄養の者に対する栄養療法は有効とされてきた。今回のサブグループ解析では低栄養でなくても周術期の栄養療法は有効との結果が得られた。これは全ての患者に栄養療法を実施すべきであることを示唆する。また、今回の解析では術前の栄養投与量は文献ごとに異なっていたため、適正な栄養量の設定について今後の分析が待たれる。さらに経腸栄養と静脈栄養を行う場合のイベント増加には注意が必要と考えられる。
Part 2 はこちら
第38回日本臨床栄養代謝学会学術集会 Report : 委員会報告 「 がん患者のための代謝・栄養管理ガイドライン 」 の出版と今後の展望 Part2
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