免疫療法のはなし【その❸ 食品成分と科学的根拠 β-グルカンを例に】| 奥村 康 先生

2023.07.04栄養素 , 癌(がん)

最終回となる今回は、免疫学の第一人者である順天堂大学奥村 康 教授に、「免疫」と食品成分との関係について解説していただきました。

株式会社ジェフコーポレーション「栄養NEWS ONLINE」編集部】

 

奥村 康 教授

奥村 康 先生
順天堂大学 医学部 免疫学 特任教授)

 

食品成分と科学的根拠

前回お話した通り、巷では、食品に含まれる特定の成分によって免疫機能を高めようという民間療法の類を数多く見かけます。しかしながら、そのような働きについて科学的に立証された食品成分というのは非常に限られているのが実状です。

そうした中で、しっかりとした臨床データが存在している食品成分の1例として「β-グルカン」が挙げられます。今回は「β-グルカン」の事例を中心にお話したいと思います。

 

「β-グルカン」とは

β-グルカン」とは、キノコなどに含まれる多糖類(グルコースなどの単糖が長く連なったものの総称)を指します。キノコは古くから健康に良い食品として世界中で使用されていますが、キノコの種類によって含有される「β-グルカン」の形はさまざまで、摂取した際の体内での働きも異なることが分かっています。

 

シイタケ由来の「β-グルカン」

日本では、1968年に国立がんセンター研究所(現・国立がん研究センター)の千原呉郎先生の研究チームが、シイタケの黒い部分に含まれるβ-グルカンの抽出・精製に成功しました1,2。このシイタケ由来のβ-グルカンは「レンチナン」と命名され、その後のさまざまな研究によって免疫機能を高める作用があることが明らかになっていきました35。そして、1985年には「レンチナン」を有効成分とする抗悪性腫瘍剤(注射剤)「レンチナン静注用医療用医薬品として承認を受けるに至ったといういきさつがあります68

レンチナン静注用」に関しては、いくつかの研究によってその作用メカニズムが示されています911詳しい内容については省略しますが、本剤の有効成分である「レンチナン」は体内の異物を直接攻撃するのではなく、マクロファージNK細胞T細胞などに働きかけて免疫機能を増強し、間接的に敵を攻撃するという仕組みです。そのため、重篤な副作用が起こりにくいという点も本剤の大きな特徴でした。

その後、さまざまな新薬が続々と登場してくる中で、本剤に対する需要が相対的に減少し、残念ながら現在「レンチナン静注用」は終売となっています12。それでも、シイタケ由来のβ-グルカンに免疫機能を高める作用があること自体は科学的に証明された事実といって良いでしょう。 “では、シイタケをたくさん食べれば良いのか?”ということになりますが、残念ながら一概にそうとは言えないようです。

 

キノコをたくさん食べるだけでは駄目?

前述した通り、β-グルカンキノコ類に多く含まれていますが、単にキノコをたくさん食べるだけではNK細胞の活性化はあまり期待できません。というのも、β-グルカンの粒子が大きすぎるからです。

私たちが口から食事を摂ると、まず腸の粘膜で吸収されて、そこから血管を通じて全身に運ばれていきます。その際にウイルスなどの異物も食事と一緒に侵入しやすいため、腸のパイエル板という部位には、たくさんの免疫細胞が異物を排除しようと待機しています。

それらの免疫細胞を刺激することができれば免疫の効率的な活性化につながるのですが、そのためにはパイエル板の壁を通過する必要があります。パイエル板を通過するには数マイクロメートル(1マイクロメートル=1000分の1ミリ)程度のサイズでなければなりません1314。しかし、先にも述べた通り、β-グルカンは単糖が長く連なった多糖類の姿をしているので、サイズが大きすぎてこの壁を通り抜けられないのです15, 16

 

β-グルカンの超微粒子化

β-グルカンパイエル板を通過できるようにするためには、長く連なった単糖をばらしてサイズを小さくする必要があります。しかし、β-グルカンを形成している単糖同士は簡単にバラバラにならないようにしっかりと結びついており、また、いったん引き離してもすぐ元に戻る性質を持っています。

そこで、この難題を解決しようと早くから取り組んでいたのが、先ほどもお名前を挙げた千原呉郎先生らの研究グループでした。千原先生らのグループは食品メーカー「味の素」の協力のもと、ナノテクノロジー技術を使ってβ-グルカンを「ミセル」という安定した微粒子の状態にすることに成功しました。この「超微粒子 β-グルカン」は味の素」から2002年に健康食品「ミセラピスト」として発売され、その後も商品名・販売元の変更を経ながら継続して販売されています17, 18

この「超微粒子 β-グルカン」を溶かして実験用マウスに飲ませると、腸管粘膜の固有層までしっかり届いていることが確認されたほか、通常のβ-グルカンを飲んだ時には見られなかった免疫機能の増強も確認されたとのことです19

また、私自身も「超微粒子 β-グルカン」を用いた研究成果を2004年に発表しています。この研究は、超微粒子化したβ-グルカンの摂取による「NK活性」への影響について調べたものなのですが、健康な人に摂取してもらったところ、NK細胞の活性化が確認されました20)

 

その他の食品成分と「NK活性」

β-グルカン以外の有望な食品成分の例として、「乳酸菌」が挙げられます。「乳酸菌」とは、乳糖やブドウ糖を分解して大量の乳酸をつくる細菌の総称で、身体に良い影響を与えることから「善玉菌」とも呼ばれています。「乳酸菌」を多く含むヨーグルトなどの発酵食品は、古くから健康に良い食品とされており、「乳酸菌」自体あるいは「乳酸菌」が作り出す物質にはNK 細胞を刺激して「NK 活性」を高める作用があると報告されています2122

 

最後に

今回は「β-グルカン」の例を中心に、食品成分免疫の関係、ならびにその科学的根拠について述べました。最近は、いわゆる「健康食品」やサプリメントの類が数多く販売されており、その中でも免疫機能のアップを謳ったものには高額な商品が少なくないようです。ただ、それらの科学的な根拠に関しては疑問を感じることがしばしばあります。また、前回も申し上げた通り、いくら免疫機能を上げたからといって、そもそも人間の免疫に期待できることとできないことがあるという点にも注意が必要でしょう。

センセーショナルなあおり文句に乗せられて過度に期待しすぎた挙句、後で落胆してしまうようでは、かえって免疫機能が低下しかねません。過剰な精神的ストレスは免疫の大敵です。何事もあまり深刻に思い詰めず、「ある程度、いい加減に生きる」ように心がけることが、免疫を維持・向上させる一番の秘訣なのではないでしょうか?

 

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【参考文献】

1)     Chihara G, et al :  Nature. 1969; 222: 687-688.

2)      Chihara G, et al : Cancer Res. 1970; 30: 2776-2781

3)      Zakany J, et al : Int J Cancer. 1980; 25: 371

4)     Suga T, et al : Cancer Res. 1984; 44: 5132-5137.

5)      Suga T, et al :  Int J Immunother. 1989; V: 187-193.

6)      田口鐵男ほか: 癌と化学療法. 1985; 12: 366-378.

7)      石谷邦彦ほか: 診療と新薬. 1991; 28: 127-148.

8)     https://image.packageinsert.jp/pdf.php?mode=1&yjcode=4299401D1083

9)      Maeda Y, et al : Int. J Cancer. 1971; 8: 41-46.

10)     Maeda Y, et al : Int J Cancer. 1973; 11: 153-161.

11)     Maeda Y, et al : Nature. 1971; 229: 634.

12)    https://www.nikkei.com/article/DGXLRSP448770_R20C17A6000000/

13)    Jani P, et al : 1990; 42: 821-826 .

14)    Eldridge J, et al : Molecular Immunol. 1991; 28: 287-294.

15)    Maeda Y, et al : Cancer Res. 1988; 48: 671-675.

16)     https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/letter/documents/hospitalletter28.pdf

17)    https://www.ajinomoto.co.jp/company/jp/presscenter/press/detail/2003_11_28_2.html

18)    https://glucanshop-yuki.jp/

19)    須賀泰世ほか: Biotherapy. 2003; 17: 267-273.

20)    奥村康: 日本高齢消化器医学会議会誌. 2004; 6: 19

21)    Takeda K, et al : Clin Exp Immunol. 2006;146:109-115.

22)    Makino S, et al : J Daily Sci. 2006;89:2873-2881.

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