癌ケトン食療法の現状と課題

2021.10.07栄養素

 

糖質制限高脂肪食であるケトン食は、古くから難治性てんかん患者に対する治療で活用されてきた。 近年は進行癌患者におけるケトン食療法の有用性が注目され、海外では複数の報告がなされている。
日本でも大阪大学大学院医学系研究科先進融合医学共同研究講座を中心としたコンソーシアムによる臨床試験が行われており、その結果が2020年5月19日に国際科学雑誌Nutrientsのオンライン速報版で公開された。 ここでは、その臨床試験を主導した大阪大学大学院医学系研究科先進融合医学特任教授(常勤)の萩原圭祐先生に癌ケトン食療法の現状と課題についてお話を伺った。


萩原圭祐 先生
大阪大学大学院医学系研究科 先進融合医学 特任教授(常勤)

ケトン食の治療における活用と癌治療への展開

◉ はじめに
超高齢社会を迎える日本では、国民の2人に1人が癌になるといわれ、癌は国民病というべき状況になっています。 癌の診断や治療は大きく進歩し、治療成績が改善してきました。 とくに、画像診断や内視鏡検査の進歩により早期発見され切除可能となった胃癌や大腸癌などでは、患者さんの生命予後が改善しています。 しかし、膵癌など進行癌で発見される癌腫ではいまだに明らかな予後改善が見られない状況です。
こうした背景のもと、癌に対する新たな支持療法の一つとして注目を集めているのがケトン食療法です。 大阪大学大学院医学系研究科先進融合医学共同研究講座では、2013年から臨床病期Ⅳ期の進行癌の患者さんを対象に癌ケトン食療法の臨床試験を行いました。

◉てんかんの治療食として発展
ケトン食療法とは糖質を制限し、糖質の代替エネルギー源として脂質を摂取する食事療法のことを指します。 ケトン食を摂取し続けると、主に肝臓で脂肪酸や一部のアミノ酸からケトン体が合成され、代替エネルギー源として利用されます。
ケトン食療法は、主にてんかん治療の領域において古くから行われており、その起源を辿ると、ヒポクラテスの時代にまで遡ることができます。 当時から絶食でてんかん発作が抑制されることは知られていたのですが、この方法は絶食に伴う身体への負担が大きいという難点がありました。
1921年になると、Wilderが低糖質高脂質の食事を摂取することで絶食と同様な効果が得られることを報告し、「ケトン食療法」として広く認知されるようになります。
その後、抗てんかん薬の開発によってケトン食療法は一旦下火になりましたが、1990年代に薬剤抵抗性のてんかんに対する臨床効果が再評価され、今日では薬剤抵抗性のけいれん発作における二次的な治療として位置づけられています。
日本でも小児科の先生を中心に難治性のてんかん患者さんに対するケトン食の有効性と安全性が確認され、平成28年度診療報酬改定でケトン食が「てんかんにおける治療食」として認められるに至っています。
以上のように、ケトン食は主にてんかん治療の領域で発展してきましたが、近年では、それを癌治療にも応用できるのではないかと考えられるようになってきました。 その背景には、癌と糖質との関係性があります。

◉癌と糖質との関係性について
かつて、脂質の過剰摂取は大腸癌や乳癌における重大なリスクファクターと考えられていました。 しかし、約5万人の閉経女性を対象にアメリカで行われた8年間の追跡調査では、脂質摂取が大腸癌と乳癌の発症リスクとはいえないことが報告されました。
こうした食事中の脂質と癌との関係性についてはイヌイット民族の食習慣の変化からも伺い知ることができます。 イヌイット民族は伝統的に魚やアザラシの肉などを中心とした食事を摂取しており、ケトン食に類似した食習慣を続けていました。 彼らは総エネルギーの40%超を占める形で脂質を摂取しても、デンマーク人と比較して全年齢層で血中脂質が低く、急性心筋梗塞や多発性硬化症、糖尿病などに加えて癌の羅患率も低いとのデータが報告されていました。 しかし、1950年代以降は大腸癌、肺癌、乳癌、前立腺癌といった欧米型の癌がイヌイット民族の間でも急増しており、その背景には欧米型食文化の流入が関与しているのではないかと考えられるようになりました。 そういった中で、癌と糖質との関係が報告されるようになりました。
厚生労働省研究班が1990~2003年にかけて全国9地域の40~69歳の男女約4万人を対象に行った追跡調査では、内因性のインスリン分泌の指標であるCペプタイド値が高い男性は、低い男性に比べて最大で3倍大腸癌になりやすいことが報告されています。 その他にも、多くの疫学研究の結果から、糖代謝の異常は癌のリスク因子として捉えられるようになってきました。
以上のような背景のもと、近年は癌と栄養、特に糖質との関連に着目した研究も試みられています。
例えば、HER-2/neu発現遺伝子を改変した乳癌モデルマウスを用いた実験においては、1年で一般食投与群の約50%が乳癌を発症したのに対し、低炭水化物高たんぱく質食投与群では乳癌の発症を認めませんでした。
ヒトにおいても、難治性の脳腫瘍であるグリオブラストーマの患者さんがケトン食を継続摂取したところ、癌の増殖が抑制されたとの報告があります。 また、末期癌の患者さんを対象にしたドイツの臨床試験では、ケトン食によって精神不安定や不眠、食欲不振などの症状が和らぎ、QOLの向上を認めたと報告されています。
これらの結果から、癌ケトン食療法に対する関心が高まり、欧米諸国では肺癌、膵臓癌、前立腺癌など様々な癌種での検討が行われるようになりました。 一方、日本人を対象にした研究はほとんど報告されておらず、そのことが、私が癌ケトン食療法に関する研究に取り組む動機の一つにもなりました。 しかし、何より大きな動機として、進行癌の患者さんたちの切実な叫びがありました。

大阪大学における取り組み

◉進行癌の患者さんに対する思い
もともと私は免疫学を専門領域としており、抗IL-6受容体抗体であるトリシズマブの開発や適応外処方の探索などの研究に携わってきました。 その研究が一段落した頃に漢方医学寄附講座へ異動することとなり、免疫内科の外来に加えて漢方外来も担当することになりました。
漢方外来を受診される患者さんには、手術不能の進行癌の方が多く、藁にもすがる思いで漢方治療を希望されるケースが少なくありませんでした。 しかし、いろいろな癌治療をやり尽くした患者さんたちに、提示できる方法は、残念ながら限られているのが現実でした。
そうした患者さんたちに新たな選択肢を提示できないかと思って模索する中で注目したのが、癌ケトン食療法でした。
2012年頃は、癌ケトン食療法に関する症例報告が海外で発表され始めた時期で、もしかしたら、手術不能の進行癌の患者さんに応用できるかもしれないと考えました。
いろいろ調べると、大阪大学は難治性てんかんのケトン食療法に関して20 年以上の実績を有し、その有効性と安全性が確認されていることも研究の後押しとなりました。
ただ、当時の私はケトン食療法に関する知識をほとんど持っていなかったため、てんかん領域でケトン食療法の知識と経験が豊富な大阪大学連合小児発達学研究科と大阪大学医学部栄養マネジメント部に協力を仰ぎながら、癌患者さん用のレジメを一から検討していきました。

癌ケトン食のレジメの検討

◉ケトン食のアドヒアランス
レジメの検討に際して最初に懸念されたのは、成人の癌患者さんがケトン食を継続摂取できるのかという問題でした。
一般的に、成人男性では1日あたり2000~2400kcalのエネルギーを摂取し、糖質は200~240g程度摂取しているといわれています。糖質制限食で主食のごはん類などを完全に除いても、制限できる糖質量はせいぜい50g/日程度です。
てんかんのケトン食治療の場合、糖質を乳幼児で10g/日、成人では15~20g/日まで制限しつつ、たんぱく質やエネルギーの摂取量を制限しない修正アトキンス食が用いられていますが、それでも継続するのは容易ではないとされています。私自身も糖質制限食を1か月試してみましたが、継続はなかなか容易ではないということを改めて実感しました。
また、癌患者さんにとって食事は数少ない楽しみの一つであり、それを制限してまでケトン食を導入する意義はあるのかとの厳しい意見もいただき、責任の重さを自覚しながらレジメの検討に取り組みました。

◉ケトン比の設定
ケトン食のレジメを検討する際の基本となるのはケトン比です。ケトン比は、脂質÷(たんぱく質+糖質)の式で求められ、てんかん治療におけるケトン食療法では、ケトン比の目標が2:1~3:1に設定されています。成人の癌患者さんがケトン食を始める際にも、血中ケトン体を十分に上昇させる必要があると想定されました。
例えば理想体重を50kg、摂取エネルギー量を30kcal/kg/日と設定した場合、ケトン比2:1を達成するための糖質摂取量は10g/日となります。また、小児の難治性てんかんでは、糖質量10g/日の遵守による発作軽減効果が臨床的に確認されています。
ただ、食事中の糖質量は献立内容を大きく左右する要素であり、糖質量を10g/日とした場合には野菜などの摂取も困難となります。そこで、癌ケトン食療法においては糖質量10g/日に制限する期間の目安を導入初期の1週間とし、2週目以降は20g/日に設定することにしました。

◉ケトン食の継続期間
継続期間の検討にあたっては、難治性てんかん患者さんではケトン食を3か月継続すると、摂取中止後も発作軽減効果がみられる患者さんもおられるとのアドバイスを受けました。そこで、癌患者さんにおいてもケトン食を3か月継続し、PET-CT検査で介入効果を評価した上で、患者さん自身にケトン食の継続を決定してもらうこととしました。患者さんが3か月以降もケトン食の継続を希望した場合の糖質量は30g/日としました。

◉エネルギー補充
糖質量を厳しく制限すると、場合によっては必要エネルギーの充足が困難になる可能性も出てきます。このため必須となるのがケトンフォーミュラやMCTオイルなどの補助食品です。
ケトンフォーミュラは乳幼児の難治性てんかんの治療用に開発された特殊ミルクで、あらかじめケトン比3:1を確保できるように成分調整されています。
一方、MCT(中鎖脂肪酸)はケトン体を産生する上で有効であるとされていますが、MCTを高濃度に含むココナッツオイルでも、その濃度は60%程度にとどまります。そこで、このココナッツオイルなどを精製し、中鎖脂肪酸のみで構成されるようにしたのがMCTオイルです。
試験実施にあたっては、これらの補助食品をコンソーシアムのメンバーである明治ホールディングス株式会社と日清オイリオグループ株式会社から安定的に供給いただくことができました。
以上のような打ち合わせ作業と倫理委員会の承認作業を1年近く続けた結果、私自身のケトン食に対する理解も深まり、結果として、継続率と再現性の高い癌ケトン食療法のレジメを構築できたと考えています。

癌患者に対するケトン食の有用性の検討

◉臨床試験の概要
癌ケトン食療法のレジメが完成し、臨床研究の体制が整ったことから、2012年11月に大阪大学ゲノム審査委員会の承認を得て、2013年より単施設オープントライアル試験を開始しました。試験デザインを以下に記します。
《対象》
切除標本や生検により病理学的に診断された臨床病期Ⅳ期、パフォーマンスステータス(PS)2以下の悪性腫瘍の患者さんのうち、ご本人ならびにご家族が食事療法の継続を了承している方を対象としました。経口摂取不能、PS3以上、糖尿病の合併例は対象から除外しました。なお、癌ケトン食療法以外の癌治療に関しては併用可能としました。
《方法》
個々の患者さんに応じて栄養摂取の目標を立て、栄養マネジメント部の指導の下で癌ケトン食療法を実施しました。
例えば体重50kgの場合、1日あたりの栄養摂取目標は、治療1週目でエネルギー1500kcal、脂質140g、たんぱく質60g、糖質10g、ケトン比2:1、治療2週目~3か月目は血中ケトン体の値を参考にしながらエネルギー1400~1600kcal、脂質120~140g、たんぱく質70g、糖質20g、ケトン比1:1~2:1としました。この目標を達成するためにMCTオイル、ケトンフォーミュラを適宜使用します。そして、3か月目以降は糖質摂取量を30g/日以下、食事1回あたり10g以下としました(図1)
また、栄養指導内容を遵守していただくために、日常生活における疑問や献立メニューなどについて相談できる体制を講座内に構築し、患者さんのサポートに当たりました。
《評価項目》
主要評価項目は癌ケトン食療法導入3か月後のPET-CT検査による画像評価とし、副次評価項目は癌ケトン食療法導入12 か月後の生存率としました。

◉癌ケトン食療法が著効した症例
臨床試験の開始当初は、肺癌の患者さんを対象に、支持療法としての癌ケトン食療法の可能性を探索する予定でした。しかし、初期に導入した5 例で予想以上の臨床効果を示す患者さんが見られたことから、2014年11月に倫理委員会に変更申請を行い、その他の癌種も対象に加えました。
参加者は最終的に55例に上り、その中には既に5年以上癌ケトン食療法を継続し、長期延命している方もいらっしゃいます。
例えば50歳代の肺腺癌の患者さんも、癌ケトン食療法が著効したお一人です。この方は胸水貯留精査のため近医を受診し、ステージⅣの肺腺癌と診断されました。その後、カルボプラチン+ペメトレキセド+ベバシズマブを6コース施行して胸水貯留は改善、さらにペメトレキセド+ベバシズマブを4コース施行したところCEA 値の上昇を認めたため、支持療法を希望して当科を紹介受診となりました。
この患者さんに癌ケトン食療法を導入したところ、3か月後のPET-CT検査で原発巣のわずかな縮小を認めたのですが、紹介元病院での頭部MRI検査で5mmの脳転移が発見されました。当時はまだ免疫チェックポイント阻害薬のニボルマブは開発されておらず、ステージⅣの肺腺癌で脳転移があった場合の余命は1年以内というのが通説でした。ご本人は「いつまで生きられるのか分からないので、無理をせず癌ケトン食療法を一旦中止したい」とお話されたので、3か月という最初の目標を達成していたので、この時点で癌ケトン食療法は中止となりました。
しかし、その後のγ-ナイフ治療により脳の転移病変は消失、さらにエルロチニブの内服で原発巣が縮小して手術可能となり、完全寛解に至りました。
1年後に受診された際には仕事に復帰されており、体重の変化もありませんでした。癌ケトン食療法の導入以降は食生活に気をつけ、糖質を控えるとともにオリーブ油やココナッツオイルなどの摂取を心がけているとのことです。この患者さんは今も元気に過ごされています。
私は、呼吸器内科も研修し、関連病院に勤務していた時も呼吸器内科とともに多くの肺癌患者さんの診療に携わりましたが、手術不能の進行癌の状態から完全寛解に至った症例は初めての経験でした。臨床家としてとても強い驚きを覚えたことを昨日のように覚えています。

◉癌ケトン食療法の有効性と安全性
臨床試験の参加者55例のうち、癌ケトン食療法を3か月間継続し得た37例についてデータ解析を行いました。
PET-CT検査の結果、癌ケトン食導入後3か月で5名が部分奏効を示し、1年後には3名が完全奏効、7名が部分奏効を示しました。生存期間の中央値は32.2か月で最大生存期間は80.1か月、3年生存率は44.5%でした。
また、癌ケトン食療法導入3か月後における血清アルブミン値、血糖値、CRP値による評点(ABCスコア)を用いて対象を層別化したところ、生存率が有意に異なることが分かりました。ABCスコアのうち、血清アルブミン値とCRPが癌の予後に関連することは既に知られていましたが、血糖値が、進行癌の患者さんの生命予後と関連することについては、本検討における新たな発見の一つでした。
安全性については、一部の患者さんで嘔気などの消化器症状の悪化を認めたものの、十分に対処可能なレベルであり、重篤な有害事象は観察されませんでした。
以上の結果から、大阪大学で開発した癌ケトン食療法は、様々な種類の進行癌患者に対して、有望な支持療法になる可能性が示唆されました。

効果発現機序の解明に向けて

◉ワールブルグ効果と“兵糧攻め”説への疑問
癌ケトン食療法が効果を発現するメカニズムについてはまだ解明はされていませんが、効果発現機序に関わる現象の一つとして、しばしば言及されるものに「ワールブルグ効果」があります。
正常な細胞は、有酸素下ではミトコンドリアで酸化的リン酸化を優先的に行い、低酸素状態では細胞質での嫌気的解糖系によってエネルギーを産生しています。一方、がん細胞では酸素が十分に供給されている状態であっても、嫌気的解糖が著明に亢進しているとされ、これを「ワールブルグ効果」と呼びます(図2)
嫌気的解糖は酸化的リン酸化と比較してエネルギーの産生効率が悪く、同じエネルギー量を産生するにも、より多くの糖が必要になります。
こうした癌細胞の特性から、糖質制限高脂質食の摂取により体内への糖の取り込みを抑制することで、癌細胞がいわば“兵糧攻め”のような状態に陥り、増殖が抑制されるのではないかという説が論じられるようになりました。
私が癌ケトン食療法の研究を開始した当初は、この説が有力な仮説の一つだったのですが、研究を進めていくうちに、“兵糧攻め”説では説明がつかない点があることに、いろいろと気がつきました。

 

◉癌ケトン食療法と血糖値
ケトン食は糖質が極端に制限されているため、当初は、低血糖が心配でした。確かに、導入当初は基本的に血糖値は低下していきましたが、1週間ほど経過すると、血中総ケトン体が4000~5000μmol/Lにまで上昇するのに対し、血糖値は60~100mg/dLで維持されました。
これは、食事由来の糖質の枯渇を補うべく、体内の糖新生によってアミノ酸から内因性の糖が作られるためで、血糖値は正常化・一定化するだけで、極端な低血糖を示すことはありませんでした。
腫瘍の細胞株を、ウシ胎児血清と糖質フリーの培養液で培養すると確かに増殖能が低下し、糖質を増やすと再び細胞の増殖を認めます。これが、よくいわれる癌の兵糧攻めの根拠ですが、このウシ胎児血清と糖質フリーの培養液の状態は血糖値10~20mg/dLに相当します。従って、癌細胞を兵糧攻めにするには、血糖値を10~20mg/dLにする必要があるということです。しかし、癌ケトン食療法を行っても血糖値は60~100mg/dLで維持されますから、癌細胞を兵糧攻めにするのは難しいということになります。
また、“兵糧攻め”説では癌細胞がケトン体を利用できないことが前提となっています。しかし、癌と一口に言っても、その種類によって、ケトン体を利用するための酵素の発現パターンやケトン体を取り込むトランスポーターの発現パターンなどが異なり、ケトン体の利用についても一律ではありません。

◉メカニズムの解明に向けて
前述の通り、ケトン食導入当初は血糖値の低下を認めますが、その低下のレベルには個人差があります。3か月後の血糖値の低下が不十分な人は、予後が不良な結果となっています。糖質の摂取を可能な限り減らしているにもかかわらず、その反応性に個人差があります。
こうした傾向は、今後、癌ケトン食の機序を明らかにする上で重要なポイントになると考えています。癌ケトン食療法は癌の増殖に関わる本質的な部分に働きかけている可能性があり、その効果発現に関するメカニズムを論文化すべく、現在準備を進めているところです。

今後の展望と課題

癌ケトン食療法に関して、現時点で明らかになっていることを示すとともに、今後の展望・課題について以下に述べたいと思います。

❶ 癌患者さんの生命予後や治療反応性が栄養介入によって変化する可能性がある。
これまでの癌治療では、栄養介入は患者さんの生命予後に影響を与えないと考えられてきました。実際、生命予後に影響を与えたというエビデンスも不十分です。
栄養介入について試験デザインを行う際、ランダム化比較は可能であるものの、二重盲検化できないという問題があります。さらに、栄養介入の臨床試験では、医薬品と比べて介入のパワーが弱く、被験者の長期観察が必要になります。さらに、日々の食事ということになるので、食事内容の一定化、そのモニタリングに課題があります。
しかし、逆に言えば、食事を標準化し、バイオマーカーでモニタリングした状態で、長期に観察できれば、クリアな結果を得られるのではないかとも言えます。
ベッドサイドで得られた経験や情報に基づいて仮説を立て、基礎的研究のデータなども参考にしながら対象を絞って介入デザインを考えていく必要があります。

❷ 癌治療の栄養学的介入において、ケトン体代謝は何らかの形で関与している。
従来、癌患者さんに対する栄養ケアは、あくまでQOLの改善、全身管理の一環として位置づけられてきました。しかし、今回の我々の癌ケトン食療法の研究を通じて、より積極的な治療手段の一つとなる可能性が出てきたように思います。少なくとも、癌の栄養代謝において、ケトン体代謝は何らかの形で関与していることは、間違いなさそうです。
今後はエビデンスをさらに積み上げ、癌ケトン食療法を広く普及させていきたいと考えています。そして、その実現のために不可欠なのは他の医療機関や研究機関、産業分野など様々な方面からの協力です。
現在、私が代表世話人を務めている「癌ケトン食研究会」は、そうした思いから設立したものです。今までの研究会活動は、癌ケトン食療法の臨床試験の結果を見守っていた部分がありますが、今後は臨床試験の結果を踏まえて活動の幅を広げていきたいと考えています。まずは、癌ケトン食療法のさらなるエビデンス構築、機序の解明を目指します。さらに癌ケトン食療法を行える医療関係者を育成していきます。また、患者さんに癌ケトン食療法の正しい情報を発信し、1日でも早く多くの癌患者さんに、癌ケトン食療法が実践できる環境を整えたいと思っています。
様々な方々のお力をお借りして、癌ケトン食研究会を実りのある組織にしていきたいと考えていますので、関心のある方のご理解とご協力をいただければと思います。

❸ 大阪大学の癌ケトン食療法のレジメはある程度の効果を期待できる。
試行錯誤の甲斐あって、再現性・継続性の高いレジメを作成できたと自負しています。ただし、ケトンフォーミュラの使用量については血中ケトン体を参考に経験的に決めたものにすぎず、今後はケトンフォーミュラやMCTオイルの至適用量の決定が不可欠です。
その手始めとして、我々は20~40歳の健常成人男性を対象に、以下の4群に分けて血漿中ケトン体濃度を比較する試験を行いました。
①プラセボフォーミュラ75g単回摂取
② ケトンフォーミュラ25g+プラセボフォーミュラ50g単回摂取
③ ケトンフォーミュラ50g+プラセボフォーミュラ25g単回摂取
④ケトンフォーミュラ75g単回摂取
さらに、20~40歳の健常成人男性を対象に、糖質制限食+ケトンフォーミュラ 50g、糖質制限食+プラセボフォーミュラ 50g、通常食のいずれかを1日3回、1週間にわたって摂取し、血漿中ケトン体濃度を比較する試験も行っています。
これらの試験結果は間もなく発表できる見込みであり、今後のレジメのさらなる進化に繋げていければと考えています。
また、ケトンフォーミュラやMCTオイルを使って管理栄養士と医師が協力して進行癌の患者さんに栄養指導できるようなプラットフォームを開発し、将来的にはケトン食療法の標準化も目指しています。

最後に

癌ケトン食療法の臨床研究では、予想を上回る介入効果を得ることができました。私は癌ケトン食療法は、癌の増殖に関わる生体の本質的な部分に働きかけているのではないかと考えています。その意味では、既に癌を発症している患者さんに介入するだけではなく、予防的な領域に応用できる可能性もあると考えています。
癌ケトン食療法の研究をいっそう進め、少しでも多くの癌患者さんの健康に役立てることができるよう、これからも尽力したいと考えています。

タグ : MCT ケトン食 経口摂取