フレイルやがん治療における漢方の活用~後編~

2022.07.07フレイル・サルコペニア

神奈川県立がんセンター
東洋医学科部長
板倉英俊

がん患者の生命予後は、様々な抗がん剤の登場により飛躍的な改善を遂げてきた。しかしながら、患者QOLの点では未だ多くの課題が残されており、近年、QOLの維持改善に向けた支持療法の一つとして漢方が注目を集めている。
今回は後編として、板倉英俊先生(神奈川県立がんセンター 東洋医学科部長)にフレイルやがん治療における漢方の活用とエビデンスなどについてお話を伺った。

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フレイル、サルコペニアと漢方医学

◆フレイルは漢方医学の「虚証」と類似

フレイルは健康と要介護状態の中間に位置し、可逆性があります。食欲が低下すると、低栄養になり、サルコペニアをもたらし、基礎代謝が低下し、さらに食欲が低下します。この悪循環をフレイルサイクルといいます。フレイルの段階で介入すると、健康な状態に戻れる可能性があることから、近年はフレイルに対する介入が重要視されるようになってきました。
フレイルは漢方医学における「虚証」の状態に類似しています。加齢や大きな病気にかかったり、若年者でも養生ができなかったり過労すると、体力が低下して虚弱になります。このような状態を虚証といいます。
フレイルは虚証の中で、「脾虚」と「腎虚」に代表されます。東洋医学の「脾」は消化管、肝臓、膵臓、門脈、消化管内分泌、「腎」は副腎、腎・泌尿器、生殖器、骨髄から構成されます。消化器能機能障害や同化作用が低下して、食欲不振、低栄養、倦怠感、手足に力が入らない状態を「脾虚」といいます。一方、腎・泌尿器系調節障害、性欲低下、サルコペニアによる骨量低下を「腎虚」といいます。
「脾虚」の治療では、胃腸機能の改善により食事を食べられるようにして滋養することを目指し、体に栄養分をしみ込ませる働きを持つ六君子湯を使います。「腎虚」に対しては精力を含めて体を強く丈夫にするため、強壮作用を持つ牛車腎気丸を用います。
代表的な脾虚と腎虚をあげましたが、漢方医学ではフレイルをもっと多くのパターンとステージ分類を行い、その分類ごとに使用される漢方薬が異なります。つまり、フレイル全般を治療できる漢方薬は存在せず、漢方専門医は患者の病態を個別的に診断しながら、適切な漢方薬を適切なタイミングで処方していきます。

◆フレイルと六君子湯

フレイルと漢方に関しては、六君子湯や牛車腎気丸を用いた研究報告があります。中でも六君子湯はグレリンの分泌を促したり、グレリンの感受性を高めたりする働きがあるといわれています。
グレリンとは最近発見された消化管ホルモンの一つで、胃だけでなく脳にも作用します。グレリンが胃に働くと、胃を拡張して食物を受け入れられるようにするともに、胃内で消化した食物の排出にも働きかけます。一方、グレリンが脳に働くと、食欲中枢を刺激して食欲が増進し、成長ホルモンの分泌を促します。このことから、グレリンの臨床応用が期待されて、グレリン様作用薬のアナモレリンが開発されました。このアナモレリンは、がん悪液質に対する患者に対して、除脂肪体重を増加させ食欲を改善しましたが、身体機能(筋力)やQOLを改善しませんでした。
この結果を受けて、欧州医薬品庁(EMA)や米国食品医薬品局(FDA)はアナモレリンの承認申請を却下しています。EMAの審議報告書では、「わずかな除脂肪体重の増加しか得られず、身体機能やQOLに対して信頼に足る臨床に直結する成果を得られなかった」と記載され、「潜在的リスクがその利益を上回っている」と結論付けています。日本でも、「悪液質の診断及び治療に十分な知識・経験を持つ医師のもとで、本剤の投与が適切と判断される症例にのみ投与すること。また、本剤投与開始に先立ち、患者又はその家族に本剤のベネフィット及びリスクを十分説明し、理解したことを確認した上で投与を開始すること」とされています。
同じくグレリン様作用のある六君子湯は複数の生薬で構成されて、グレリンの分泌を促進するだけでなく、グレリンとグレリン受容体の結合を促進し、グレリン代謝を阻害します。六君子湯の薬効の一つ一つは弱いのですが、複数の機構が重なりあって身体に適切な作用を発動します。このため、六君子湯は広範な病態で安全に長期間使うことができます。六君子湯は悪液質になる前から投与可能で、食欲を改善することで未然に悪液質を予防することが期待できます。
漢方薬は何百年も多くの人に投与されてきた歴史があって、現代になって動物実験や臨床試験を行うという、西洋薬の臨床試験とは逆の手順でその薬効が検証されています。
六君子湯を老化マウスに投与したところ、寿命の延長と老化の抑制を認めたとの報告もあり、六君子湯が、なぜ食欲不振型フレイル(脾虚)に使われてきたのか、その理由の一つと考えられます。

◆フレイルと人参養栄湯

フレイルに対する人参養栄湯の臨床応用についての報告もあります。フレイルの高齢者に人参養栄湯を24週間処方したところ、筋肉量の低下が有意に抑制され、筋肉量変化率も有意に低かったことが示されています。

◆サルコペニアと牛車腎気丸

サルコペニアや基礎代謝の低下に関しては、牛車腎気丸を用いた実験が報告されています。それによると、牛車腎気丸を老化マウスに投与したところ、筋萎縮、速筋と遅筋のバランス、筋肉中のグリコーゲン量のいずれも有意に改善されたとのことです。老化して筋力が衰えたフレイル(腎虚)に牛車腎気丸が使われてきたのは、抗サルコペニア効果のためだと実験で判明しました。

◆ フレイルに伴う食欲低下と人参養栄湯

当センターを受診した、BJPκ型の多発性骨髄腫でフレイルを認める70歳代の患者の事例を紹介します。この患者は前立腺肥大を合併しており、腰椎の圧迫骨折も起こしていました。抗がん剤治療のため通院していましたが、食欲がなく、ベッドに横になったまま一日を過ごす状態でした。ただし、嘔気はごく軽度でムカムカすることはありませんでした。患者は「物事に集中しにくく、もの覚えも悪くなった」と訴えています。在宅リハビリテーションについても、本人の意欲が湧かずほとんど進んでいませんでした。足の冷えを自覚しており、人参養栄湯を処方しました。
2か月間人参養栄湯を内服し、体調が改善してきました。リハビリテーションが進むと、一日の中でベッドから離れて生活する時間ができ、食卓で食事を食べられるようになりました。体重も増加し、EORTC QLQc30では食欲低下をはじめ、不眠、疼痛、嘔気・嘔吐、疲労感も改善しました(図1)。


⬆図1 人参養栄湯投与前後のEORTC-QLQ C30の変化

◆ フレイルに伴う倦怠感、食欲不振、不眠、痛みと加味帰脾湯

フレイルの状態に陥り、食欲不振や不安感、気力の低下を訴えていた70歳代の患者の事例を紹介します。この患者は口腔内の歯肉がんと診断され、5本抜歯と下顎骨の部分切除を行ったものの、3か月後に頸部のリンパ節が徐々に増大したため再入院となり、頸部の手術を行いました。
約2週間後に退院となり、放射線治療、抗がん剤治療を勧められましたが、食欲低下、体力低下、精神的な落ち込みのため治療を拒否していました。退院後の生活状況も屋内に引きこもって慢性的に疲労を訴えている状態で、「夜は深く眠れず夢ばかりみて、1晩に3度くらい起きてしまう」とのことでした。食事は以前の3分の1程度しか摂取できておらず、体重は半年で
9kg減少しています。こうした状況を鑑み、加味帰脾湯を処方して3週間後に再診としました。
再診時、患者は「漢方薬を飲んで、切羽つまっていた気持ちがぐっと楽になった」とのことでした。食欲は出てきたものの、歯がないため食事をあまり食べられていない状況でしたが、「放射線治療も考えてみたい」との前向きな意欲を示しました。EORTC QLQc30では3か月で疲労感、食欲不振、不眠、疼痛の改善を認めました(図2)。


⬆図2 加味帰脾湯投与前後のEORTC-QLQ C30の変化

がんに対する漢方医学

◆がん悪液質と漢方治療

がん悪液質に対する漢方治療も注目されています。EPERC (End-of-Life/Palliative EducationResource Center)の定義によれば、悪液質は前悪液質、悪液質、不可逆的悪液質に分類されますが、不可逆的悪液質になってしまうと漢方薬を服用できず、効果も見込めません。しかし、前悪液質の段階であれば漢方薬によるQOL改善を期待できるほか、悪液質に陥ってからでも漢方と灸の併用により奏効するケースは存在します。

◆がん治療の副作用と漢方

がん治療に伴う副作用は患者QOLを損ねる要因の一つです。主な副作用として全身倦怠感、冷え、更年期症候群、リンパ浮腫、白血球減少症、汎血球減少症、移植片対宿主病(GVHD)があります。そのほか、消化器症状、呼吸器症状、循環器症状、精神症状、皮膚科関連など多岐にわたる副作用が見られますが、これらは漢方医学で改善できる可能性があります。
患者は漢方薬でがんを治すと考えがちですが、漢方医学の2000年の歴史でもがんの治療法は見出されておらず、今後も発見される見込みは薄いといえます。従って、漢方薬でQOLを改善してがんに挑むという考え方の方が適切です。

◆グレリン、GLP- 1に対する六君子湯の作用

がんに対する六君子湯のエビデンスとして、食道がん術後患者を対象にした研究報告があります。それによると、六君子湯の投与によって食事摂取満足度が向上し、体重減少が抑制されたとのことです。
六君子湯はグレリンに作用します。グレリンは胃に作用するため、胃切除後では六君子湯の効果はないとの意見もあります。しかし、六君子湯はGLP-1にも作用することが分かっています。
胃切除後はGLP-1が上昇し、GLP-1が食欲を抑制します。六君子湯はGLP-1の上昇を抑制します。一方、胃切除後のグレリンは六君子湯投与群、非投与群ともに低下することが報告されています。
GLP-1上昇抑制が食欲低下に効果があるならば、GLP-1阻害薬を投与すればよいという考え方もありますが、GLP-1阻害薬は耐糖能を低下させます。六君子湯は耐糖能を悪化させません。

◆がん悪液質による食欲不振と漢方

当センターではがん悪液質による食欲不振に対し、併発症状に応じて以下のような漢方薬を処方しています。

漢方医学では、併発症状の有無だけでなく、食欲不振の重症度を細かく分類して、その状況で漢方薬を使い分けるというストラテジーがあります。
がん悪液質に対する漢方薬処方でも、ストラテジーに沿って処方できる漢方専門医の活用がポイントになると考えます。

◆食欲不振と六君子湯

当センターを受診した、50歳代後半の卵巣がん患者の事例を紹介します。この患者は抗がん剤治療を行ったものの再発を繰り返して腹膜播種を認め、嘔気と体重減少により当センター受診となりました。
診断の結果、摂食不良によって身体が衰弱している「脾気虚」の状態と考え、六君子湯を処方したところ、抗がん剤治療を継続しながら食事を食べられるようになりました。
残念ながら、この患者は当センター受診から2年ほど経過した後にお亡くなりになりましたが、亡くなる1か月前まで通院でき、亡くなる直前まで食事を摂ることが可能でした。

◆食欲不振に下痢や冷えを伴う場合

がんが進行すると食欲不振に下痢や腹部の冷えなどを伴う場合があります。六君子湯はこのような病態に対して有効ではなく、当センターでは人参湯を処方しています。実際、人参湯の服用によって下痢の改善、腹痛の軽減に加えて、体も温まるようになり、食事を食べられるようになったというケースを経験しています。

◆漢方薬の服用が難しい場合

漢方薬を処方したものの、味が苦いなどの理由で服用できない患者もいます。当センターを受診した急性リンパ性白血病患者のケースでは、外来で灸を実演して患者・家族に覚えてもらい、自宅で灸を行ったところ、食欲が改善しました。

◆腹水や薬剤性の腎機能障害にも有効

腹水の貯留が原因で食事を食べられなくなった患者に対して、腹水軽減作用のある補気健中湯(煎じ薬)を処方したところ、食欲の改善を認めました。体重は若干減少しましたが、これは腹水の軽減によるものでした。
また、抗がん剤治療に伴う薬剤性の食欲不振と腎機能障害で当センターへ紹介となった卵巣がん患者に対して煎じ薬を処方したところ、2週間で腎機能が改善し、その後の再発や食欲低下もなく、抗がん剤治療を継続することができました。

おわりに

がん悪液質患者のQOLに関しては、栄養療法と同様に漢方医学への期待も高まっています。
一般に、栄養状態の改善は生命予後の改善に繋がることが知られており、がん領域においても、術後の栄養状態が生命予後に関連するとの報告があります。しかし、どのような栄養素を摂取すれば生命予後が改善するのか、未だ明らかになっていません。栄養に関心のある先生方は「何を食べたらがんが治るのか、長生きできるのか」と質問されることも多いと思います。しかし、この質問には答えがありません。栄養療法は様々なアプローチを通じて体内のバランスを整えることで初めて効果を発揮するものであり、特定の栄養の過不足だけで説明することは不可能です。
同様に、われわれ漢方医も「食欲不振には、どの漢方薬が適していますか」と尋ねられることがしばしばあります。しかし、このような安易な漢方薬の使い方では臨床効果を得られません。
私はNSTにも参加しており、NSTがハイリスクの患者に早期から介入する臨床的な意義を感じています。NSTに専門性があるように、漢方サポートチームもNSTのような専門性を持つ集団と認められるように願っております。

 

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