臨床における栄養療法への関与を振り返って | 寄稿: 大柳治正 先生

2021.10.07栄養素 , 歴史


日本栄養療法推進協議会理事長
日本臨床栄養代謝学会名誉会長
近畿大学医学部名誉教授
大柳治正

はじめに

PEN の編集子より上記の原稿依頼を受け取った。 小生は栄養療法に関与して半世紀以上になるが、研究会や学会への関与に関してはその都度詳細に報告してきた。 また個人的な研究成果は学会発表や論文を通じて一応公表した積りなので、今更何を書くことがあるのかと辞退した。 しかし、編集子より臨床栄養の研究に創生期より従事した小生が、学会への関与を含め、研究を始めた動機やその結末を語ることは、臨床栄養に関係している人や今後研究を始める人の啓発に繋がると思われるとして懇願されてしまった。 ここでは小生がオリジナルとして関与した臨床栄養素材の研究の顚末を述べる。 最後に学会活動を簡単に追加する。

 

静脈内栄養投与法と小生との出会い

1968 年ペンシルバニア大学医学部外科研究所の postdoctoral research fellow として留学した小生を驚かせたのが、研究所における月一回のスタッフミーティングであった。 夕方に始まり終わるのは日付けが変わってからという大変緊張と忍耐の求められる会合であった。 そこでいつも積極的に発言していたのが total parenteral nutrition TPN の論文を発表したばかりの Stanley J Dudrick であった。 人懐っこい彼はにこにこしながら新参者の小生に声を掛けてくれた。 まだ彼の仕事が直ぐに世界的に受け入れられるとは思わず、的外れの対応をしていたのは汗顔の至りである。 それでも Dudrick は自分の研究の経緯や将来性を詳しく説明してくれた。

同じ研究所には後にハーバード大学の教授になり、アミノ酸の臨床応用の領域で世界の第一人者となるDouglus W Wilmore も在籍していた。 ペンシルバニア大学留学中は別の研究に従事し、高カロリー輸液の研究は見ていただけではあるが、小生にとっては貴重な財産となり、 Dudrick とはその後半世紀以上にわたり親友としてお付き合い出来た。

これらの出来事が小生と静脈栄養法との幸運な出会いである。
本邦での静脈栄養法に関する研究会は、 1970 年に当時東北大学外科教授であられた葛西森夫先生が、ご自分の弟子である森昌造先生や新潟大学外科の武藤輝一先生らに呼びかけられ、非公開として蔵王で開催された完全静脈栄養研究会が最初である。 小生は葛西先生から Dudrick と同じ研究所にいたという理由で呼んで頂き、恐る恐る末席に座らせて頂いたのを鮮明に憶えている。

 

静脈栄養の基質に関する研究

本邦における静脈栄養管理法の導入の時期には、静脈内に安全に投与可能な糖質液はグルコース液( 5 % 、 10 % 、50 % )、マルトース( 10 % )、フルクトース( 5 % )、キシリトール( 5 % )、ソルビトール( 5 % )があり、アミノ酸液や10%脂肪乳剤も既に市販されていた。 しかし、静脈内に栄養輸液として用いるためには、各施設でDudrick などの文献を参考に、用事混合しなければならず、臨床現場の負担と細菌感染の危険性のため、栄養輸液を積極的に実施する施設も限られていた。 大阪大学の岡田 正教授らは森下製薬 KK との共同で、高濃度グルコース・電解質液 IVH  1 号液、 IVH 2 号液を作成し、高カロリー輸液の全国普及に大きく貢献した。

小生は外科医として、高カロリー輸液の適応患者には耐糖能低下症例が多いことに注目し、耐糖能異常時の各糖質に利用状況を動物実験で検討した。
14 C 標識糖質液をラットの静脈内に投与し、呼気中の炭酸ガスを経時的に集めて、非侵襲時、開腹腹膜刺激時、それにストレプトゾトシン糖尿尿時で比較検討した。 耐糖能低下時のグルコース利用率は有意に低下するが、それでも他の糖質より強くなることはなく、耐糖能異常時でも糖質の第一選択はグルコースであることが確認できた1)

一方、術後の高カロリー輸液を想定し、家兎を用いてグルコース、フルクトース、キシリトールの組合せを変えた8種類の混合液を作成し、血糖値、インスリン分泌量、窒素バランス、標識グルコース投与後の呼気中炭酸ガス回収率も比較検討した。 その結果はグルコース:フルクトース:キシリトール 8:4:2 が耐糖能低下時の輸液組成としては最適であることが判明した 2)
種々の研究と臨床成績を積み重ねて GFX 輸液トリパレンが完成した3)

高カロリー輸液管理時にビタミン B1 非投与の場合、乳酸アシドーシス発生が問題視されたが、多くの症例を集めた市販後調査でも、トリパレンは他の高カロリー輸液製剤と変わらず、安全な輸液と認知されてきた。 市販後 10 年以上問題なく使用されてきたが、トリパレンはビタミン剤と混合すると安定性が問題となり、キット商品としては残念ながら発売をあきらめざるを得なくなった。

 

経腸栄養法との出会いと素材の研究

近代的な経腸栄養剤は 1950 年代後半の Greestein JP と Winitz M らの Quantitative Nutritional Studies with water soluble chemically defined diet の研究に始まり、 1968 年の Stephans RV らの Vivonex 作成に繋がった。 この概念を本邦に導入し、味の素株式会社と共同で経腸栄養剤 EDAC を作成したのが、当時千葉大学外科の佐藤博教授と小越章平講師である。

1978 年に彼らは非公開で成分栄養研究会を立上げ、後の日本経腸栄養研究会となり途中から全国研究者に公開した。 小生は小越先生とアメリカ留学時代の同僚との縁で、成分栄養研究会立上げに最初からチームに加えてもらい、 EDAC 代謝面への影響を研究した。 その過程で、 EDAC は脂質含有量が強く抑えられているために、潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患には有効である反面、小生らの動物実験で数週間の投与量のみで肝臓に中性脂肪が有意に蓄積されることが明らかになった。 この結果を研究会で発表した時の小越先生の苦虫を噛み潰したような顔は忘れられない。 脂肪蓄積への対策として、 EDAC で管理中に一定間隔での脂肪乳剤を静脈内投与すれば肝臓への脂肪蓄積は防げるとの成績を出し、佐藤博監修、小越章平編集の単行本“経腸栄養-基礎と臨床-”(朝倉書店 1984 年) 4)の小生の分担執筆の項で述べ、小越先生を納得させた。

また小生は独自の経腸栄養剤の開発を目指し、日本人の主食は米という前提で、米デキストリン、米油に卵黄蛋白を加えた組成から研究を始めた。 年に 1 - 2 度の割合で、組成の改変を行い、 8 年目には自分でも納得できる臨床応用可能な製剤が出来た。 大変喜んでくれると期待した共同研究の大手製薬会社の社長が、市販の健康食品に変えて販売したいと許可を求めてきた。 激怒したが、現在でも高い販売量の見られるその健康食品をテレビコマーシャルで見る都度、開発に情熱を注いでいた自分の姿を懐かしく思い出している。

 

新しい栄養基質の開発に関する研究

❶ 新しい高カロリー輸液製剤の可能性としての核酸輸液

ヌクレオチドは DNA や RNA の前駆体として、また各種代謝の高エネルギー中間体として必須なため、その合成系はsalvage,  de novo と巧く作動するようになっており、日常臨床でその欠乏症を見ることはない。 しかし、 1983年 Van Buren CT らが動物実験において、核酸フリー食で免疫能が低下し、核酸の経口投与で改善すると報告している。 種々の病態下で、しかも経口摂取の制限される静脈栄養法管理の患者では、同様の病態が推測される。

小生と小越先生の両研究室共同でかつ競合的に、核酸の前駆体を静脈内に投与可能かどうか検討することにした。 小越先生らは肝臓における核酸塩基の比率を参考に、彼らは核酸輸液を作成し、肝切除時の窒素平衡や肝機能検査より有効性を報告した 5)。 小生らは培養ラット肝細胞を用いて、個々の核酸前駆物質の細胞内への取り込み、 DNA 、 RNA 合成能などより、核酸前駆体の最適量と比率を調べた 6)

両研究室における核酸前駆体の成分や比率に相違はあったが、議論を重ね、 inosine,cytidine , 5’ – guanosine monophosphate  ( GMP ) , uridine , thymidine をモル比にして 4 : 4: 4 : 3 : 1 の OGVI  液として研究開発を続けることにした。 小生らは肝細胞と肝癌細胞の培養系にもう一度それぞれの核酸前駆体と OGVI の細胞内への取り込み、 DNA 、RNA 合成能を検討し、正常細胞と癌細胞への至適濃度の違いより、肝癌肝切除前後の患者管理に有用かどうかを研究した 7)

幸いこれら一連の研究が認められ、スペイングラナダ大学生化学の Angel Gil 教授とチリ大学栄養学教室の Richardo Uauy 教授主催で Abbott Laboratories 後援の国際シンポジウム Nutritional and Biological Significanceof Dietary Nucleotides and Nucleic Acids  (スペイン、グラナダ 1993 年)にシンポジストとして招待された。 この研究は期待できると、健康成人の phase 1 study まで継続した。 しかし、厚生労働省の専門家に相談すると、同時期に問題となったソルブジン薬害を例に出され、核酸代謝に影響を及ぼす栄養剤や薬剤は、侵襲反応からの回復が少しばかり促進されても、抗がん剤治療時薬害の可能性が危惧されねばならず、開発を勧められないとの返事で共同研究の会社が降りてしまった。

 

❷ n – 3 系不飽和脂肪酸の研究と魚油由来の脂肪乳剤の開発

n – 3  系不飽和脂肪酸の特異的な薬理作用が解明されてきた。小生らはヒト膵癌細胞株( Panc1 他)を用いて、エイコサペンタエン酸 EPA  の細胞内への取り込み、アポトーシスへの関与を調べ、 n –  3 系不飽和脂肪酸は癌細胞の細胞死を誘導する可能性を明らかにした。 ESPEN で発表し優秀賞を受賞し、 Nurition に採用された 8)

同時に n – 3 系不飽和脂肪酸を含んだ脂肪乳剤の効果を、ラットの栄養輸液で検討した。 5 日間 TPN 管理後の脾細胞膜内リン脂質への不飽和脂肪酸の取込みや、カゼイン腹腔内投与後の腹腔内多核白血球のロイコトリエン合成能力などを調べ、魚油が有効なのを確認した 9)。この仕事は魚油内の EPA 濃度を一定にするのに難渋している間に、外国の製薬会社に先に特許を取られ、市販品も出されてしまった。
開発に際してはスピードと決断が大事なことを思い知らされた。

 

学会活動への関与

小生の臨床栄養領域への学会活動は、前述のように完全静脈栄養研究会と成分栄養研究会への参加から始まった。これらの研究会が統合した日本静脈経腸栄養研究会が学会へ発展する過程において、世話人や理事として活動させてもらった。第 12回の日本静脈経腸栄養研究会の当番会長を引き受けた。学会に変わり、初代理事長に小越先生が就任した時、小生は副理事長として、日本特有の NST 制度の確立普及に尽力し、種々の栄養療法に関する指導者、認定医、専門コメディカルの養成や認定制度の確立に働いた。 2代目理事長になってからは NST の普及と関与するスタッフのインセンティブ向上のために、日本栄養療法推進協議会を立上げ、栄養療法管理加算を厚生労働省に認めてもらった。

それらと並行して、国際的な JSPEN の地位向上に向けて、 ASPEN 、 ESPEN との交流に努め、 PENSAでは発起人に加わった。特に ESPEN とは JSPEN – ESPEN Collaboration Agreement を締結し、 JSPEN 会員の学問的向上と JSPEN の世界的地位向上を目指した。 ESPEN のホームページで Fight Against Malnutrition  の項で、日本の NST 活動の現況を述べ、 ESPEN 理事会にも出席し、 ESPEN の世界的戦略である Nutrition Day の立ち上げに参加者した。

小生が大学を退任する際に、 ESPENの Olle Ljungqvist理事長が小生をアジア人最初の honorary member にしてくれた(表彰状)。外科代謝栄養の国際学会 International Association of Metabolism and Nutrition の Vice Chairman としても働かせてもらった。

おわりに

臨床栄養の素材を自分らのオリジナルで開発しようとした研究は、費やしたエネルギーの割に成果は得られなかったと思う。後に続く方々が小生の研究や開発の経緯を少しでも他山の石として見てくれれば幸いである。また小生の学会活動は有能な同僚、後輩に助けられた幸運の結果だけであるが、現役の皆様の目標にして頂ければとの思いで、敢えて述べた次第である。

 

【参考文献】

1) Ohyanagi H et al: Carbohydrate sources in total parenteral nutrition-their metabolism and application to cases with depressed glucose utilization, in 1983 Elsevier Science Publications B.V. Parenteral and Enteral Hyperalimentation. Ed. Ogoshi S and Okada A
2) Ohyanagi H et al: Effectiveness of Carbohydrates mixtures as the energy source for Total Parenteral Nutrition: A Comparative Study in Postoperativ, Rabbit Model. J Clin Biochem.Nutr.5:29-42,1988
3) Ohyanagi H:Carbohydrate Metabolism in Parenteral Nutrition. Nutrition.1994(Suppl) 10:517-518
4) 大柳治正、齋藤洋一:経腸栄養食の代謝的特徴;経腸栄養(佐藤博監修、小越章平編集)朝倉書店,P27-34,1984年
5) Ogoshi S et al.:JPEN 9:359,1985
6) 西松信一、大柳治正他:肝臓27:1531,1986
7) Ohyanagi H et al: Effects of Nucleosides and a Nucleotide on DNA and RNA Syntheses by the Salvage and De Novo Pathway in Primary Monolayer Cultures of Hepatocytes and Hepatoma Cells. J Parenteral and Enteral Nutrition 13:51-58,1989
8) Shirota T, Ohyanagi H et al: Apoptosis in human pancreatic cancer cells induced by eicosapentanoic acid. Nutrition 10:1010-1017,2005
9) Hagi A, Ohyanagi H et al, Effects of the ω-6:ω-3 Fatty Acid Ratio of Fat Emulsions on the Fatty Acid composition in Cell Membranes and Anti-inflammatory Action. J Parenteral and Enteral Nutrition 34(3):263-270,2010

 

 

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