新型コロナウイルス感染症に対する栄養の重要性と日本栄養士会の対応 | 中村丁次 先生
2021.10.07歴史新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に猛威を振るう中、その治療法やワクチンはいまだ確立されておらず、患者自身の体力や免疫能がCOVID-19からの回復を左右する状態が続いている。こうした背景のもと、世界保健機関(WHO)をはじめとする様々な機関では、食事や栄養に関する推奨やメッセージを相次いで発表している。ここでは、新型コロナウイルス感染症への対応をめぐるこれまでの経緯を振り返るとともに、日本栄養士会 代表理事会長の中村丁次先生に、withコロナ時代における栄養の重要性についてお話を伺った。
取材日: 2020年6月22日
【株式会社ジェフコーポレーション「栄養NEWS ONLINE」編集部】
公益社団法人日本栄養士会
代表理事会長
中村丁次 先生
COVID-19への対応をめぐるこれまでの経緯
コロナウイルスはエンベロープを持つRNAウイルスである。古くから4種類のコロナウイルスが急性気道感染症の原因であることが知られていたが、2000年代になって新たな急性気道感染症の原因となるコロナウイルスが発見された。それが、2002年に流行したSARSコロナウイルス(SARS-CoV)と2012年に流行したMERSコロナウイルス(MERSCoV)である。
さらに、2019年末に中国の武漢市で原因不明の肺炎患者が発生し、これも新型のコロナウイルスが病原体であることが明らかになった。この新型コロナウイルスはウイルス学的にSARS CoVと類似していることから、SARS CoV-2と呼ばれるようになった。また、SARS CoV-2による感染症は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と名付けられている。
その後、COVID-19は世界に広がった。2020年6月29日現在10,239,954人がSARS CoV-2に感染し、504,617人が死亡するなど、世界的に大きな問題となっている。日本でも2020年6月29日現在18,593人がSARS CoV-2に感染し、972人が死亡している。そこで、2020年1月30日に世界保健機関(WHO)はCOVID-19に対して国際的な公衆衛生上の緊急事態を宣言した。
SARS CoV-2のおもな感染経路は飛沫感染と接触感染とされている。ヒトはSARS CoV-2に特異的な免疫を獲得しておらず、今のところSARSCoV-2に有効なワクチンも存在していない。そこで、SARS CoV-2の感染を防ぐため、世界各国では人同士の接触を避けるよう呼びかけ、経済にも多大な影響を及ぼしている。日本でも2020年4月7日に緊急事態宣言が発出され、外出自粛が呼びかけられた。高齢化の進んだ日本では、経済的な影響に加え、外出自粛による高齢者のフレイルやサルコペニアの進行も懸念されている。
COVID-19治療はエビデンスが確立された治療薬はない。現在、レムデシビル、ファビピラビルなど既承認薬のリポジショニングによる臨床試験などが行われている。レムデシビルについては2020年5月8日に特例承認されたが、今もCOVID-19治療は支持療法が中心であり、患者の基礎体力や免疫に依存する部分が大きい。 患者の体力や免疫に関連する食事や栄養についても重要視されており、世界保健機関(WHO)をはじめ各機関から食事や栄養に関する推奨が発表された。日本栄養士会でも『中村会長のメッセージ「新型コロナウイルスの状況下、今、栄養指導に必要な一般生活者へのアドバイス」』が発表されている。
ここでは、日本栄養士会の代表理事会長を務める中村丁次先生に「中村会長のメッセージ」を発表するに至った経緯やCOVID-19流行時に求められる食事、栄養摂取のあり方についてお話を伺った。
新型コロナウイルス感染(COVID-19)に対する栄養の重要性と日本栄養士会の対応
「中村会長のメッセージ」発表に至る経緯
◉ 免疫能と栄養は関連しているという情報発信が必要
中国で発見された新型コロナウイルス(SARSCoV-2)は世界中に広がり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者も増加し続けています。日本でも2020年1月の中国からの輸入例が確認され、2020年1月中旬から2月上旬にかけては武漢から到着した日本政府チャーター便搭乗者にもCOVID-19が確認されました。2020年2月には横浜港に寄港したクルーズ船で多数のCOVID-19患者が発生したほか、2020年2月以降からは海外からの帰国例を中心に流行し、2020年3月下旬からCOVID-19患者が急速に増加し始めました。
COVID-19に対する治療薬は確立されておらず、ワクチンも存在していません。このため、現在のCOVID-19治療は専ら患者自身の免疫能に依存しています。このような状況ですから、私は栄養の専門家として、免疫能と栄養は関連しているという情報を発信すべきだと考えました。
◉「中村会長のメッセージ」発表の経緯
2020年4月に開かれた日本栄養士会の理事会でもCOVID-19が話題になりました。そこで、私は「このような状況で栄養関係者がCOVID-19に関して何も言わなくてよいのだろうか。何らかのメッセージを発信すべきではないか」と発言しました。しかし、日本栄養士会としてメッセージを発表するのは責任が大きいことなど課題が多いことも分かりました。それでも私は何らかの行動を起こす必要があるだろうと考え、「中村会長のメッセージ」という形で発表することにしたのです。日本栄養士会の理事会の終了後すぐに7項目のQ&Aからなる原稿を作成し、動画を撮影して、「中村会長のメッセージ」を発表しました。
◉海外でも同様のメッセージが発表される
「中村会長のメッセージ」を発表してから、ヨーロッパ栄養士会やアメリカ栄養士会でもほぼ同じ内容のメッセージが発表されました。また、2020年6月の日本栄養士会の理事会では「中村会長のメッセージ」に対する反響が多かったという報告がされました。
現在、「中村会長のメッセージ」の続編として、免疫能を高める食事(予防めし)について、献立や調理方法を定期的にアップすることを企画しています。
脚気論争に見る医療分野での栄養の位置づけ
◉ 臨床現場における基礎研究軽視を象徴する脚気論争
免疫能と栄養についての研究はたくさんありますが、ほとんどが基礎研究です。しかし、明治時代の脚気論争に象徴されるように、一般に臨床現場に携わる医療関係者は基礎研究を軽視する傾向があるように感じます。
かつて脚気による神経症状は日本だけでなく、広く東アジア地域に拡大していました。今でこそ脚気の原因はビタミンB1欠乏であることが認知されていますが、当時は原因が明らかになっておらず、国家を巻き込んだ一大論争が巻き起こったのです。
◉白米中心の食事がもたらした「江戸わずらい」
日本で脚気が急増したのは江戸時代のことです。江戸時代の脚気は「江戸わずらい」と呼ばれ、日常的に玄米を食べていた地方の武士が、参勤交代で江戸に出て白米を食べるようになることで脚気を発症したとも言われています。
明治以降になっても、脚気は軍隊を中心に多発しています。これも玄米を中心に食べていた地方の若者を「軍隊に入隊すると白米を食べられる」と謳って勧誘し、実際に軍隊では白米を食べていたからです。
◉ 脚気が食事と関連していることを証明した高木兼寛先生
当時から脚気は食事と関連しているのではないかと言われていましたが、それを証明したのが、現在の東京慈恵会医科大学の源流となる成医会講習所を創立した医師の高木兼寛先生です。
高木兼寛先生はイギリスのセント・トーマス病院医学校で公衆衛生を学び、そこでヨーロッパには脚気の患者がいないことに気付いたのです。さらに、公衆衛生学的に研究を重ねた結果、ヨーロッパ人は肉食であるため脚気にかからなかったとの結論に至りました。なお、当時のヨーロッパでは脚気患者はいなかったものの、ビタミンC欠乏症である壊血病が多発していました。
◉日本海軍は洋食の採用で脚気予防に成功
当時、南米を航海していた日本海軍の練習船で脚気が多発し、多くの死者が出ました。高木兼寛先生は海軍医として、それまでの和食中心の食事から肉を多く使った洋食に切り替えれば脚気を防げるのではないかと提言しました。それを受けて、日本海軍は南米に派遣する練習船で提供する食事を洋食に変更することを決断し、1日に300gの肉、ビスケット、牛乳といった本格的な洋食が提供されることになったのです。その結果、この練習船では脚気がまったく発生せず、日本海軍は食事で脚気を予防できるとして、洋食への全面的な変更を政府に進言しました。
◉日露戦争で多くの脚気患者を出した日本陸軍
しかしながら、日本陸軍では洋食が採用されませんでした。当時の陸軍医は森鴎外先生です。森鴎外先生はドイツに留学し、感染症研究の権威であったコッホから「すべての疾患は菌に起因する」という考え方を学びました。このため、森鴎外先生は脚気が何らかの病原菌によって発生するものだと考え、その原因菌を探求し続けました。こうした背景から、日本陸軍では脚気対策としての食事の変更は顧みられることがありませんでした。
日本海軍は洋食、日本陸軍は白米を中心とした和食という食事形態のまま、日清戦争、日露戦争に突入します。日露戦争では日本陸軍の約1,000人が銃撃によって死亡しましたが、その4倍にあたる約4,000人が脚気で死亡しています。しかし、日本海軍では脚気による犠牲者はいませんでした。こうして日本における脚気論争は決着を迎えます。
以上のように、当時の臨床現場では感染症と栄養は一種の対立軸としての側面がありました。今日、感染症の専門家が栄養を軽視する傾向にあるように感じるのも、もしかするとその名残かもしれません。
COVID-19対策で触れられない免疫能と栄養の関連性
◉ 基礎研究では免疫能と栄養との関連性は明らか
基礎研究では10種類以上の栄養素が自己免疫や免疫獲得など免疫能に関与していることが明らかになっています。さらに、低栄養状態では感染症のリスクが高まり、免疫細胞の機能が低下し免疫効果が減弱することも示されています。
しかし、今回のCOVID-19に関する報道では、感染症の専門家もマスメディアも栄養についてほとんど触れていません。
◉ フィジカルディスタンスの重要性ばかり強調されるCOVID-19対策
現在、COVID-19対策として専ら重視されているのはフィジカルディスタンスです。しかし、フィジカルディスタンスを中心とした隔離政策は、18世紀に行われていた手法であり、それを21世紀の現在も国家主導で推進している現状には、些か違和感を覚えます。
科学が飛躍的に発展し、免疫能に関する研究が進んでいるにもかかわらず、なぜ免疫能を高める栄養について情報が発信されないのでしょうか。栄養に関するエビデンスが少ないからだと思います。
◉ 免疫能と栄養との関連性について情報発信することの意義
確かに今回のCOVID-19に対して特異的に免疫力を高める栄養素や食品は現時点では明らかになっていません。ただし、免疫能全体として栄養との間に関連性があることは分かっています。
COVID-19に対する治療薬が確立されておらず、ワクチンも存在していない現状において、COVID-19治療が個々人の免疫能に依存している以上、栄養の重要性について情報発信する意義は大きいと私は考えたのです。
外出自粛による栄養バランスへの悪影響
◉ 外出自粛により栄養バランスの取れた食事を摂りづらくなった
COVID-19感染予防として、世界中で隔離政策が行われました。日本では罰則のない自粛要請でしたが、多くの国では罰則付きの外出禁止令が出されています。こうして、世界中の人々が自宅にとどまることを余儀なくされましたが、このことは栄養面において様々な問題を引き起こす可能性があります。
例えば、休校や在宅勤務によって子どもは学校給食を、大人は職員食堂などの食事を摂ることができなくなりました。学校や職員食堂の食事は栄養士が栄養バランスを考えた上で作られているのですが、自宅では食事を作る人の栄養の知識次第で栄養バランスが左右されます。
さらに、外出自粛の影響で買いだめが起き、食材も入手しにくくなりました。これらの影響で栄養バランスは大きく崩れることが予想されます。そこで、「メッセージ」では栄養バランスの重要性を訴えることにしました。
◉ 栄養状態が整ってこそ、治療薬やワクチンも効果を発揮
現在、COVID-19に対する治療薬の試験やワクチンの開発が行われています。しかし、治療薬やワクチンがすべてのCOVID-19患者に対して有効だとは限りません。治療薬やワクチンは栄養状態が整ってこそ効果を発揮するものです。withコロナの時代はとくに栄養が大切になってきます。今こそ、栄養バランスが整った食事を摂るべきです。
COVID-19対策による外出自粛の影響で、糖尿病内科や循環器内科の医師からは患者に血糖上昇、体重増加、血圧上昇が増えたと聞きます。このような状況に対して、薬剤を増やせばよいと言う意見もあります。
しかし、医療費抑制の観点からも、まずは栄養バランスを整えることが大事だと考えます。その意味でも、栄養の専門家が栄養バランスの重要性を訴えるメッセージを発信する意義があるでしょう。
栄養状態とCOVID-19発症率、重症化率の関連
◉ 感染症のリスクを高める低栄養
withコロナの時代である今こそ、感染症と栄養には関係があることを訴えるチャンスだと考えます。免疫能は低栄養でも過栄養でも低下しますが、とくに低栄養は感染症リスクを高めることが分かっています。
かつて日本で結核が流行したのも、日本が貧しく、たんぱく質やビタミン、ミネラルの摂取量が少なかったことが原因の一つでした。痩せて色白の女性は結核にかかりやすく、美人薄命などと言われていましたが、これは低栄養だったためとも考えられます。
◉ COVID-19重症化リスク因子としての肥満
COVID-19でも重症化リスク因子として肥満があげられています。イタリアなどのヨーロッパ諸国ではICUに入室したCOVID-19患者のうち、ICU滞在期間が長期にわたる人には重度の肥満者が多いと報告されています。
アメリカでは黒人のCOVID-19による致死率が高くなっています。これも人種差という背景のほかに、黒人に貧困層が多く、肥満も多いことが原因として指摘されています。
肥満は呼吸器に大きな負担を及ぼします。さらに、脂肪組織から炎症性サイトカインが分泌され、血管内に炎症が起き、血栓形成を促します。血栓は心筋梗塞など心疾患を惹起します。
COVID-19もこのような炎症が重症化や死亡に影響している可能性があります。COVID-19はSARSCoV-2感染をきっかけに発症しますが、重症化して死亡に至る段階では、代謝性疾患としての側面も考慮すべきだと思います。
◉ 日本のCOVID-19致死率の低さと肥満との関係
日本では欧米諸国と比較してCOVID-19の致死率が低くなっています。そのファクターについて、様々な観点から研究が進められていますが、栄養もファクターの一つになっている可能性があります。
事実、肥満率とCOVID-19致死率には正の相関がありますし、アジア人には肥満が少ないことが知られています。
◉ 日米における肥満の定義の違い
そもそも肥満の診断基準がアジアと欧米では異なっています。日本の基準ではBMI 25kg/m2以上で肥満とされますが、アメリカでは30kg/m2以上とされています。
欧米の考え方では、日本の肥満の診断基準のBMI値は低すぎると言われています。しかし、日本の肥満の診断基準を欧米の基準と揃えたら、日本には肥満者がほとんどいなくなってしまいます。逆に、アメリカの基準を日本と揃えたら、多くのアメリカ人が肥満と診断されると思います。
◉ 欧米の肥満と栄養政策上の問題点
日本と比べて欧米諸国に肥満者が多い理由として人種差を指摘する意見もありますが、食事のポーションサイズが日本より大きいことも原因の一つとして考えられます。
アメリカにおけるポーションサイズは市場の競争原理の中で大きくなっていきました。例えば、ハンバーガーの価格を変えずに、サイズを競合店より大きくすれば、より多くの客が集まります。これに対抗するため、競合店はさらに大きなハンバーガーを提供するでしょう。こうした競争が繰り返される中で、ポーションサイズが次第に大きくなっていったのです。
さらに、アメリカでは食用油と砂糖の価格が安いことから、とくに貧困層の間では油と砂糖を多用した食事を摂る傾向があります。
以上のように、アメリカに肥満者が多い背景には、栄養政策上の問題が関わっている可能性が考えられます。
◉ 中国武漢市のCOVID-19患者の多くに低栄養を認める
中国の武漢市のCOVID-19患者に対して、ふくらはぎ周囲長測定を用いて栄養アセスメントを行った報告では、COVID-19患者には低栄養の人が多かったことが明らかになっています。
COVID-19は低栄養で発症リスクが高くなり、肥満で重症化リスクが高くなる可能性があります。低栄養という観点では、アフリカの貧困層でのCOVID-19拡大が懸念されます。
◉ COVID-19患者に対する栄養アセスメントが求められる
中国でCOVID-19患者に栄養アセスメントを実施していることを知り、日本でもCOVID-19患者に対して栄養アセスメントを行うべきだと提言しました。しかし、感染対策の観点から体重測定すらできない状況があったためにデータが得られず、日本では栄養とCOVID-19との関連は明らかになっていません。
現在、世界の医学雑誌のトップジャーナルでも、他疾患ではまず掲載しないような症例報告をCOVID-19に関してだけは積極的に取り上げています。その背景には、治療法が確立していない未知の感染症の流行という緊急事態において、少しでも多くの症例から情報を集めることが重要だとの認識があります。
医学雑誌1誌に掲載されている症例が少なくても、複数の医学雑誌を集めれば多くの症例が集まり、総合的な判断ができるようになります。
COVID-19を契機にした臨床現場でのオンライン使用の拡大
◉ COVID-19をきっかけに栄養指導にもオンライン化の流れ
COVID-19は医療現場にも大きな影響をもたらしました。COVID-19患者の治療を行う病院の中には、他疾患の患者に対する治療が制限され、救急の受け入れを中止せざるを得なくなった施設もあります。その一方で、地域のかかりつけクリニックでは感染を懸念する患者の受診控えが起こり、患者が大幅に減少しています。
2020年の診療報酬改定では、オンライン診療に関する要件が緩和されました。さらに、COVID-19対策として初診でのオンライン診療が一時的に認められています。
今後もしばらくはwithコロナ時代が続くと予想され、医療現場ではオンライン診療の拡大が見込まれます。栄養指導もオンラインで行うケースが多くなるでしょう。
今回の診療報酬改訂では2回目以降の栄養指導ではオンラインにより、180点付くことになりました。
◉オンライン時代に求められる栄養指導の在り方
オンラインによる栄養指導により、栄養士の業務が奪われるのではないかと懸念する声も聞かれます。しかし、こうした技術の進歩を止めることは誰にとっても不可能であり、技術を活かす方法を考えなくては時代に取り残されてしまいます。いま必要なのは、オンラインによる栄養指導がどの程度まで可能なのかを見極めることだと考えます。
そこで、日本栄養士会では、このようなITを使った栄養指導をはじめとした業務の在り方についての検討会を立ち上げており、今年度中に報告書を公表する予定です。
◉オンライン化を踏まえた栄養評価システムの開発
また、画像診断システムを活用し、食事の写真から食材を認識して栄養価を算出できるシステムの開発にも取り組んでいます。現在、精度を高める研究が進められています。
このシステムが実用化されれば、患者に食事の写真を撮影して送ってもらうことで、オンラインによる栄養指導を行うことが可能になります。
◉オンライン対応に向けた今後の課題
オンラインで栄養指導を行う際には、具体的にどのような方法を用いるのが効果的かを検討する必要があります。また、栄養指導を実践する上では、管理栄養士の信頼性や人間性も指導の成否を左右する大きな要素です。指導する対象者との間にいかに信頼関係を構築するのか、どのような話し方をすれば温もりを感じてもらえるのか、体は離れていても心は寄り添えるようなコミュニケーション技術を修得していかなくてはなりません。
環境問題を考慮した食事、栄養摂取のあり方
◉外出自粛によりCO2の排出量は大きく減少
現代の世界においては環境の維持も大きな課題の一つです。国際連合(UN)でも2015年に持続可能な開発目標(SDGs)として、17項目の目標と169項目の達成基準を示しています。世界的なCOVID-19の蔓延で環境問題は置き去りにされていますが、今後も人類が生命活動を営んでいく上で、地球環境の保護が極めて重要であることは間違いありません。
2020年5月に世界エネルギー機関(IEA)は、COVID-19感染対策として世界中で外出制限されていた時期にCO2の排出量が8%減量したことを発表しました(図)。これにより、パリ協定のCO2排出量目標値も達成されています。
この結果はCOVID-19が収束した際に、COVID-19蔓延前の生活にそのまま戻すことは、地球環境にとって悪影響になることを示します。今後はCOVID-19感染予防だけでなく、環境問題を減らすためにも、生活スタイルや農業、工業など産業の新しいあり方を確立する必要があります。
◉肉食は環境負荷が大きい
CO2は自動車や航空機からの排出量より、畜産業からの排出量が多くなっています。つまり、肉を食べなければCO2排出量を削減できるということです。
有力な医学雑誌の一つであるLancet誌上にCO2排出量を削減するための食事構成の提言が掲載されていました。それによると、肉の摂取量は1日あたり約14gとされており、畜産業界から猛反発を受けています。
一方で、肉食を完全に中止すると低栄養によるフレイルなどを深刻化させます。高齢化が進み、フレイル対策が求められている日本では、肉食を完全に中止するわけにはいきません。
◉栄養の専門家として管理栄養士に求められること
今後は単に非感染性疾患(生活習慣病)と低栄養予防だけでなく、感染症予防、環境汚染低減、福祉、農業など複雑なファクターを考慮しつつ、何をどれくらい食べれば良いのかを考えていく時代になりました。そのきっかけがCOVID-19だったと考えています。
新しい生活様式を検討する際、栄養はその重要な基盤となります。栄養の専門家及び専門職は、多くのファクターを考慮しながら、必要な栄養を提案する必要があります。
社会に向けてメッセージを発信する必要もあるでしょう。日本栄養士会はそのための努力を続けたいと考えています。
中村会長のメッセージ「新型コロナウイルス(COVID-19)の状況下、今、栄養指導に必要な一般生活者へのアドバイス」(日本栄養士会ホームページより)
Q1.食事療法によって免疫システムを強化できますか?
A.簡単に言えば、食事を通じて新型コロナウイルスに対する免疫システムを特別に増強することはできず、特定の食品やサプリメントによりウイルス感染の拡大を抑えることはできません。感染を回避するための最良の手段は、依然として適切な衛生習慣、つまり、ウイルスに感染しない行動をとることです。ところが、免疫システムが正常に機能するために多くの栄養素や関連物質が関与しています。
1) 摂取エネルギー:やせても肥満でも感染リスクは高くなる。
2)栄養素
※ たんぱく質、n-3系脂肪酸、食物繊維、ビタミン:ビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンB群(B1、B2、B6、B12、葉酸、パントテン酸、ナイアシ ン、ビオチン)、ビタミンC、
※ミネラル:鉄、亜鉛、銅、セレン
3)乳酸菌
従って、これらの摂取が過不足になると免疫システムが機能しにくくなり、ウイルスに対する抵抗力は低下します。たとえば、エネルギー・タンパク質欠乏症(PEM)により免疫能は低下し、高齢者では、やせや血清アルブミン値の低下により、インフルエンザワクチン接種後の抗体陽性率は著しく低下し、感染予防率も低下することが解っています。また、各種のビタミンは、各種の代謝を営む補酵素として働くことから、これらが欠乏すると免疫能を担う細胞の機能低下を招きます。ミネラルの欠乏は、胸腺の形成不全や抗体となる免疫グロブリンのレベルを低下させます。一方、肥満や糖尿病等の過剰栄養も免疫能の低下を誘発します。
従って、免疫能を維持するには、免疫システムの正常な機能を維持するために必要な各種の栄養素関連物質が適正に摂取されること、つまり、栄養不良を起こさないようにすることが第一に必要になります。栄養のバランスが崩れて、免疫能が低下している人には、食事改善により、免疫能を回復することが可能になります。
健康的でバランスの取れた食事を維持するためには、さまざまな食品を食べることが必要で、そのヒントになるのが、厚生労働省が示している「食事バランスガイド」です。
Q2.ビタミンDサプリメントは、とるべきですか?
A.ビタミンDは、健康な骨、筋肉、歯のためにカルシウムとリンとともに働きます。また、筋力を保護し、くる病、骨軟化症、転倒を防ぐのにも重要です。最近では、免疫システムの一部を担っていることが明らかにされていますが、サプリメントにより食事摂取基準で示された目安量(8.5μg/日:「日本人の食事摂取基準(2020年版)」男女18歳~)以上に取ることで、COVID-19が予防、治療できる根拠はありません。
健康的でバランスの取れた食事で、十分な日光を浴びることができれば、特別にビタミンDのサプリメントをとる必要はありません。外出自粛で、ビタミンDの摂取や日光を浴びる時間が著しく減少する場合は、庭やバルコニーなどで時間を過ごし、ビタミンDが豊富な食品、たとえばサケ、イワシ、マス、ニシン、ウナギなどのあぶらの多い魚をとってください。ビタミンDが添加されている乳製品、マーガリン、粉ミルク、一部のヨーグルト等を活用するのもよいでしょう。食事が十分に摂れず日光浴もほとんどできない場合は、サプリメントを活用するのもよい方法です。
Q3.水分の補給は関係ありますか?
A.すでに発症している場合、良好な栄養と同時に水分を十分補給することが重要です。感染すると、高熱が続くこともあり、通常より多くの水分が必要になります。大人は、1日にコップで6〜8杯の水を飲むことをお勧めします。食欲がない場合でも、定期的に飲食を行っていることを確認してください。高エネルギー・高栄養の流動食品を利用するのもよい方法です。
Q4.特別に食品を購入しておく必要がありますか?
A.通常よりも多くの食料を購入し、備蓄する必要はありません。買い物は必要量だけに抑えるように努めてください。外出が自粛されても、生活に必要な物資を購入するために店に行くことはできますし、スーパーマーケットやコンビニが閉店されることはなく、むしろ食料不足は買いだめによって引き起こされています。食品の購入や消費を上手に行うヒントをご紹介します。
1)生鮮食品は、できる限り使い切ってください。
2)保存期間の長い食品を使う前に、腐敗しやすい材料を先に使ってください。保存期間が比較的長い食品には、ジャガイモ、サツマイモ、ニンジン、タマネギなどの根菜が含まれます。
3)サラダのような生食する新鮮な野菜は洗浄、すすぎ、水切りし、適切なプラスチック製の保存容器に入れ、蓋をして冷蔵します。この手順に従うことで、新鮮な野菜は、蓋をしていない状態で冷蔵庫に保管した場合よりも、さらに数日間新鮮な状態が保たれます。
4)冷蔵庫に保管する必要のないものは、冷蔵庫に保管しないことも大切です。たとえば、新鮮なトマト、皮が付いたタマネギやジャガイモは、涼しい暗い場所に保管すると、冷蔵庫のスペースが空き、より傷みやすい物が多く収納できます。
5) 在宅で時間があるなら、古くなっていたり、今後も使用しない食品は思い切って処分しキッチンの戸棚を整理整頓してはいかがでしょう。
6) 外出が制限されて気分が塞いだら、料理に挑戦して気分転換するのもいいでしょう。料理を作る気力がない場合は、缶詰のスープ、電子レンジで炊けるご飯、冷凍食品等、簡単な調理法で食べることができるのでお勧めします。解らないことがあれば、管理栄養士・栄養士にご相談ください。
Q5. 食品衛生と新型コロナウイルス感染について心配する必要がありますか?
A.食品から直接COVID-19が感染することはありません。しかし、一般的な食品安全に関して、従来通り衛生管理には気をつけてください。また、食事中は密接を避け、大声でしゃべりながら食べるのは控えて下さい。
Q6. COVID-19で栄養不良の改善が重要なのはなぜですか?
A.低栄養や過剰栄養等の栄養不良が、各種の栄養欠乏症や肥満・生活習慣病の誘因になることは、よく知られています。COVID-19で必要なことは、ウイルスと戦ってくれる我々のもつ免疫能を維持しておくことであり、このシステムに栄養状態が影響しているからです。従って、栄養不良は、ウイルス感染のリスクを高め、すでに感染した人の回復を遅らせる危険性があります。さらに、今回のCOVID-19は、発症すると激しい呼吸器障害をきたすので、呼吸を助ける筋肉の機能を高めておく必要があります。筋肉の機能を高めるには、タンパク質を中心とした種々の栄養素の補給が必要になるのです。
一方、感染拡大を抑制するために外出自粛がかかり、自宅での生活を続けることが多くなると、栄養不良のリスクが高くなります。特に栄養不良は、高齢者や社会的に孤立している人々によく見られます。社会と接する距離が遠ざかり、孤立すると、健康を維持するために必要な多種多様な食品へのアクセスが困難になり、食事の量、質ともに低下させるからです。高齢者の栄養不良は、フレイルの原因となり、筋肉の衰弱につながり、転倒し、寝たきりになると、事態は、さらに深刻になります。
意図しない体重減少や肥満は、どのような状態にあっても、改善しておくことが必要です。このような場合、特別な食事療法が必要になるので、医師や管理栄養士に相談してください。
Q7. 栄養不良のリスクがある人へのアドバイスやサポートをする際のチェックポイントは何ですか?
A.以下に示した点を検討してみてください。
1)スーパーマーケットや食料品店に行って食べ物や飲み物を購入できますか?それとも外出できませんか?
2)家に十分な食べ物と飲み物がありますか?
3)栄養不良のリスクがある場合、食事や水分の栄養成分を調整することができる食品を入手できますか?
4)保存性が高い食品、調理済食品、冷蔵・冷凍食品を保存できるようになっていますか?
5)地方自治体を介して、地域の社会支援組織やチームとつながりを持つことできますか?
6)食事宅配サービスなどを利用できますか?
7)社会的孤立を減らすために、IT機器を活用してコミュニケーションをとることができますか?
Q8. 病気により、既に食事療法を実施している人は、どのようにすればいいでしょうか?
A.COVID-19感染が拡大する初期の段階には、高齢者や糖尿病、高血圧、呼吸器疾患、心臓病の患者さんたちに多発しました。これらの人達は、加齢や病気の影響により免疫能が低下していることが一義的に考えられますが、高齢者によるフレイルや病気の食事療法による栄養素の制限などによる低栄養が、二次的に免疫能を低下させていることも考えられます。食物アレルギーを持つ患者さんの場合も、食事療法が複雑になります。感染期間が長期に及べば、栄養不良が深刻になり、特別用途食品、栄養サプリメント等が必要になります。
いずれにしても、個別対応の食事療法が必要で、まず患者さんの栄養状態を評価、判定することが必要になり、医師、管理栄養士に相談しながら、食事の管理を実施することをお勧めします。
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