食育健康サミット2022 Report:生活習慣病を中心としたミドル世代の健康マネジメント

2023.06.09フレイル・サルコペニア , 栄養素

公益社団法人 日本医師会と公益社団法人 米穀安定供給確保支援機構共催による食育健康サミット2022は2022年12月19日より、オンデマンド配信が開始された。食育サミットはご飯食を中心とした日本型食生活の健康面の有用性を普及、啓発する目的で毎年開催されている。一昨年より新型コロナウイルス感染症に配慮してオンデマンド配信となり、今回も2023年2月28日まで、オンデマンドで配信された。ここでは生活習慣病メタボリックシンドローム予防改善の視点から、ミドル世代以降の健康を支える食生活食習慣に焦点を合わせたメインプログラムの3講演の概要を報告する。

 

 

株式会社ジェフコーポレーション「栄養NEWS ONLINE」編集部 講演要旨】

講演1

働く世代の生活習慣病対策と食の重要性

吉田 博東京慈恵会医科大学附属柏病院 病院長/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 教授)

健康寿命を延伸する施策が必要

かつて日本の主な死因別死亡率で多かった脳血管障害は、1970年代に入ると肺炎や老衰とともに減り、徐々に癌や心疾患が増えてきた。その後も脳血管障害は減少を続け、癌や心疾患は増え、高齢化が進むにつれ肺炎や老衰も増えてきた。こうした死因の変化に対応した取り組みが必要である。米国でも平均寿命の延伸は限界を超えており、健康寿命を延伸させる施策が重要と提言されている。とりわけ高齢社会ではフレイル、癌、糖尿病など様々な疾患が増加する。これらの疾患のリスクを少しでも減らし、健康に過ごせる時間の延伸が求められる。
健康と病気の間のゾーンを指す「未病」期の取り組みによって、病気を防ぎ健康を維持する或いは取り戻す可能性が高まる。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によって制約された様々な社会的活動も現在は徐々に回復してきた一方、身体活動の低下や食生活・食事内容の変化等からメタボリックシンドローム(以下メタボと略)の問題は深刻化し、糖尿病、高血圧、心疾患、脳血管障害などのリスクが高まった。さらに進行すると介護を要し、日常生活が難しい状態となる。
この状態を予防する必要がある。

脳心血管疾患予防にはメタボリックシンドローム対策が重要

日本では脳卒中・循環器病対策基本法が2018年12月に成立し、脳心血管疾患予防が国家的な取り組みとなった。2015年に発表された『脳心血管病予防に関する包括的リスク管理チャート』も同法制定に伴い2019年に一部が改訂された。2019年版の『脳心血管病予防に関する包括的リスク管理チャート』で示されたアルゴリズムにあげられた8項目の留意すべきリスク因子のうち、脂質異常症と肥満(特に内臓脂肪型肥満)はすなわちメタボと関連する。
食事由来のリポ蛋白は小腸で脂質などが吸収され、カイロミクロンという大きなリポ蛋白粒子となって血液循環に入り、中性脂肪(トリグリセライド:TG )を分解する酵素であるリポ蛋白リパーゼ(LPL )の作用でレムナントリポ蛋白となり、肝臓へ到達する。肝臓では超低比重リポ蛋白(VLDL )という、低比重リポ蛋白(LDL )よりも少し大きいリポ蛋白が合成・分泌される。TG が多いVLDL はLPL で分解され、一時的に中間比重リポたんぱく質(IDL )になり、最終的に悪玉とも呼ばれるLDL となる。LDL は必ずしも悪玉ではなく様々な組織に必要なコレステロール運ぶ重要な役割がある。その際、血管壁に過剰なLDL が蓄積すると動脈硬化が進行する。LDL の蓄積を防ぐ粒子として高比重リポ蛋白(HDL )がある。HDL は動脈硬化を予防するため善玉とも呼ばれている。ヒトの体内ではこのようなリポ蛋白代謝が行われている。
脂質異常症はLDL コレステロール(LDL-C )、TG が高く、HDL コレステロール(HDL-C )が低い状態であり、動脈硬化進行のリスク因子である。TG は動脈硬化をもたらすだけでなく、500mg/dL 以上、とくに1000mg/dL 以上で膵炎のリスクともなる。
食後TG の高値も問題視されている。ヒトは朝食後、就寝までは基本的に食後であり、朝食を取るまでの就寝中のみが空腹時である。脂肪負荷試験において、脂肪を負荷する前からTG が比較的高値であり、脂肪負荷後のTG の上昇がさらに高いまま遷延する例を食後高脂血症と呼ぶ。食後高脂血症は心疾患や糖尿病の患者のほか、TG とLDL-C がともに高くなるⅡb 型高脂血症に多いと言われている。

TG、LDL、Non-HDLの高値は心血管疾患リスクを上昇

食後高脂血症と心血管疾患リスクの関連についてはかつて議論が多かったが、2014年に欧州の10万人対象の臨床研究において、非空腹時(食後、随時)のTG が175mg/dL より高値で、心筋梗塞、虚血性心疾患、総死亡のリスクが高まると報告された。その他にも様々なエビデンスの検討の結果、『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版』が発表され、脂質異常症の診断基準は、空腹時採血のTG で150mg/dL 以上、非空腹時の随時採血で175mg/dL 以上とされた。
LDL-C高値だけでなく、コレステロールの全体値(総コレステロール:TC )からHDL-C を除いたNon-HDL-C 高値も問題である。Non-HDL-C はLDL-C とともにTGを豊富に含むリポ蛋白中のコレステロールも含む。日本人を対象とした疫学調査によると50歳代、40歳代ではNon-HDL 値が120~160mg/dL を超えると、心筋梗塞のリスクが高くなることが明らかになった。さらに喫煙、高血圧や糖尿病の合併疾患があると心筋梗塞リスクがより高まる。
脂質異常症の診断後は管理目標値を考慮し、生活習慣改善や薬物治療を行う。脂質異常症改善のゴールはリスク状況に応じて定められる。糖尿病合併など高リスク病態ではLDL-C 値の管理目標は100mg/dL 未満とされ、TGの管理目標は随時採血で175mg/dL と設定されている。

糖尿病患者では血糖値だけでなくTGなどを含めた包括的リスク管理が必要

2型糖尿病患者はTG高値など脂質異常症が併存することが多いため血糖コントロールのみでは健康を維持できず、包括的介入が必要となる。JDCS (The Japan Diabetes Complications Study )でも一般的な外来診療継続に加え、生活習慣指導の充実が脳血管障害リスクを低下させ、血清TG高値は脳血管障害発症リスクとなることが明らかになった。JDCS ではHbA1c 、LDL-C 、TG の高値が冠動脈疾患リスクを高めると確認された。
エネルギー過剰摂取や低身体活動で蓄積された内臓脂肪から炎症性サイトカインが産生分泌され、抗動脈硬化的に働くアディポネクチンが減り、インスリンの作用が低下する。内臓脂肪のTG が一部分解され肝臓へ運ばれ、TG を多く含むVLDLが産生される。さらに、TGを分解するLPL 活性低下などが複合して糖尿病患者でTG 高値となる。糖尿病患者ではとくにⅡb 型高脂血症やTG 高値のⅣ型高脂血症が多い。日本の糖尿病患者は比較的体重が少ないが、体重増加でVLDLコレステロール(VLDL-C )やTGの高値、HDL-C 低値となりやすい。また、男性約500名の健康診断結果を後方視的に解析した検討では、BMIおよび中間比重リポ蛋白(IDL )の高値で心筋梗塞や動脈硬化のリスクが高くなると報告されている。
糖尿病患者では様々な代謝異常を考慮した包括的リスク管理が求められる。日本で行われたJDCS や糖尿病合併症予防のための戦略研究(J-DOIT3 )などで包括的リスク管理の重要性が確認されている。一方、米国で実施のLOOK AHEAD 試験では包括的リスク管理によるHbA1c 低下効果は認められたが、心血管イベントリスク予防には繋がらなかった。LOOK AHEAD 試験では包括的リスク管理で、一時的に体重、ウエスト周囲長、HbA1c などが改善し、身体活動も増えたが、継続できなかったことが明らかになった。したがって、生活習慣指導では認知行動療法も含め、継続性を維持しないと心血管イベントリスク予防には繋がらない。

BMI20~25で死亡リスクが低減

肥満者では生活習慣指導による体重管理が基本となる。体重と全死亡との関係について白人成人対象の検討では、最も死亡リスクが低いBMI は20~25と幅があった。かつては日本でもBMI 22が様々な疾患リスクが低いとされたが、近年は、ミドルエイジではBMI 20~25の範囲で最も死亡リスクが少なく、健康度が高いと分かり、『日本人の食事摂取基準2020』にもそのように記されている。
肥満者には、BMI 20~25に近づけるため体重減少介入が必要と考えられる。しかし、肥満者に対する体重減少単独介入では、心血管疾患や死亡率の有意な低下はまだ見出せていない。

時間制限食のエビデンスは未確立、朝食欠食は是正が必要

近年注目されている時間制限食は、1日のうち8時間ですべての食事を摂り、残り16時間は食事をしない方法である。時間制限食と同じエネルギー量の低エネルギー食と比較した検討では、体重の変化量や変化率、腹囲、BMI 、体脂肪、血圧、血清脂質に有意差を認めず、時間制限食は必ずしも勧められないと考えられた。
エネルギー摂取量を朝食欠食で減らせば体重は減少するとの考えもあるが、アジア太平洋地域で行われた検討では、一時的な体重減少の可能性はあるが、その後、体重が増えてしまうことが明らかとなった。

メタボリックシンドロームに対する生活習慣改善介入は持続性が重要

メタボはウエスト周囲長が基準値を上回り、血清脂質異常(TG 高値・HDL-C 低値)、血圧高値、空腹時血糖高値のうち2つに該当する場合に診断される。メタボと高LDL-C 血症の合併は冠動脈疾患の高リスクとなる。そこで、特定健診の評価においては、Non-HDL-C やLDL-C への留意も大切である。
『動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版』では肝機能・肝疾患も重要であり、非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD )と非アルコール性脂肪肝炎(NASH )が心血管疾患の高リスクと示された。特定検診の健康増進に対する効果は、有用/有用でない、のどちらのデータもある。いずれにしても、肥満や心血管疾患リスクの改善に有効な生活習慣の介入は具体的かつ持続的な効果を示すデザインが必要である。
動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版』でもメタボと食事については、半年以内に現体重から3%以上の減少を目指すとされている。糖質はエネルギー摂取量の50~60%が推奨されている。減量のための炭水化物摂取量の制限は議論の余地が多く、明確なステートメントは出されていない。今のところ、炭水化物摂取制限が死亡リスクを減らすエビデンスはない。メタ解析の結果からは、炭水化物摂取の割合は約50%が最も死亡率が低く、これ以下では死亡率が高くなることが明らかとなっている。

動脈硬化予防のための包括的リスク管理では適量なエネルギー摂取と脂質摂取抑制が必要

動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版』では包括リスク管理の食事について、適切なエネルギー量摂取で体重を適正に保つ、肉類とくに加工肉や鶏卵の大量摂取を控える、魚の摂取量を増やし低脂肪乳製品を摂取する、未精製穀類や緑黄色野菜を含めた野菜摂取量を増やす、糖質含有量の少ない果物を適度に摂取し、果糖を含んだ加工食品の摂取を控える、アルコールの過剰摂取を控え1日25g以下とする、食塩の摂取を1日6g未満とする、などがあげられている。脂質エネルギー比率は20~25%、飽和脂肪酸エネルギー比率は7%未満とされている。トランス脂肪酸は不飽和脂肪酸で一見健康的だが、飽和脂肪酸と同様リスクを高めるため、摂取を控えることも記されている。
総エネルギー摂取量低減が心血管疾患リスクを減らすエビデンスはない。しかし、血清脂質改善効果は認められるため、間接的にイベントリスクを抑えると考えられる。とくに肥満者においては、総エネルギー摂取量の抑制が重要である。適正な総エネルギー摂取量で脂質エネルギー摂取を制限し、LDL-Cを低下させることは動脈硬化の予防に繋がる。日本の脂肪摂取量は世代に関係なく増加し、糖質摂取量は減ってきた。『日本人の食事摂取基準2020』では至適なエネルギー産生栄養素バランスとして、脂質は20~30%と示されている。また、成人の場合、飽和脂肪酸の至適エネルギー産生栄養素バランスは7%までとされている。
同ガイドラインでは飽和脂肪酸の摂取量低減はLDL-Cを低下させ、動脈硬化予防に繋がることが推奨されている。飽和脂肪酸の多価不飽和脂肪酸や一価不飽和脂肪酸への代替も推奨されるが、これらの脂肪酸の追加摂取はエネルギー摂取量が増えるだけで効果は少ない。
飽和脂肪酸のエネルギー比も全年齢層で増加傾向にある。メタ解析によれば飽和脂肪酸摂取の低減は心血管疾患発症を約17%抑制できると確認された。脂肪酸は飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分類され、不飽和脂肪酸はさらに一価不飽和脂肪酸と多価不飽和脂肪酸に分けられる。多価不飽和脂肪酸には主にn-6 系脂肪酸とn-3 系脂肪酸などがある。n-3 系脂肪酸は魚油に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA )やエイコサペンタエン酸(EPA )である。n-6 系には植物脂に多いリノール酸やアラキドン酸がある。
飽和脂肪酸を一価不飽和脂肪酸に入れ替えると動脈硬化性疾患の抑制効果があるが、飽和脂肪酸摂取量は年代に関係なく増加しており、とくに30~ 50歳代のミドル世代で多くなっている。
n-6 系多価不飽和脂肪酸の摂取量が増えるとLDL-C が低下し、動脈硬化予防に繋がるとされているが、摂取量は概ね横ばい傾向にある。n-3 系脂肪酸はTG を低下させ、冠動脈疾患の予防が期待できる。n-3 系脂肪酸の摂取量はこの10年間概ね横ばいだが、ミドル世代より上の60代においては摂取量が多く、ミドル世代以下では少ない。n-3系脂肪酸については血液中や赤血球中のn-3 系脂肪酸の割合を示すオメガ-3脂肪酸指数が4%未満になると心血管疾患や突然死が増加し、8%以上で冠動脈疾患のリスクが低下する。
動脈硬化の指標となる心臓足首血管指数(CAVI )検査では検査値が9.0以上で動脈硬化の疑いあり、8.0以下を正常、8.0~9.0 は境界域とされる。CAVI 検査で動脈硬化が疑われた人は血中のDHA /アラキドン酸、EPA /アラキドン酸が低い、との報告がある。つまり、相対的にDHA やEPA の摂取が少ない人は動脈硬化の病態がある可能性が高い。

コレステロールの摂取量制限で動脈硬化のリスクが低下

動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版』では食事のコレステロール摂取量の200mg 未満制限はLDL-C を低下させ、動脈硬化リスクも減るとしている。コレステロール吸収率は概ね50~60%だが、80% 以上の人や30% 未満の人など個人差が大きい。しかし、コレステロール摂取量が1日100mg を超えると血中コレステロール濃度が上昇し、400mg で頭打ちになる。食事性コレステロールの血清コレステロール値への影響は閾値と頂値があるとされている。血清コレステロール値はコレステロール摂取量の影響だけでなく、飽和脂肪酸の過剰摂取で高値になり、不飽和脂肪酸摂取で低下する総合的なバランスに基づく。メタ解析では食事コレステロールの制限によってLDL-C 減少が確認されている。近年は食事性コレステロールの摂取量300mg 以上で心血管疾患のリスクが高まるとの報告もある。鶏卵半分以上の摂取増加も心血管疾患リスク上昇につながると確認されている。
食物繊維の摂取も動脈硬化予防に重要である。1日25~29g の食物繊維摂取で心血管疾患だけでなく大腸癌や糖尿病の発症リスク、総死亡も低減すると報告されている。

生活習慣も冠動脈疾患による死亡率と関連

Ni-Hon-San Study で日本国内在住、ハワイ在住、カリフォルニア在住の日系人の冠動脈疾患による死亡率を比較した結果、日本国内在住、ハワイ在住、カリフォルニア在住の順で死亡率および総コレステロール値が高かった。これは、冠動脈疾患による死亡に生活習慣が大きく影響していることを示唆する。
7か国の男性を対象に飽和脂肪酸摂取量と冠動脈疾患の死亡率を検討した報告によると、日本では冠動脈疾患の死亡率は低く、飽和脂肪酸の摂取量も低い。日本の食品別平均摂取量は肉、乳製品、油脂類が少なく、米を中心とした穀類、大豆などの豆類、魚の摂取量が多かった。しかし近年、日本でも穀類や野菜の摂取量が減少傾向、乳製品や肉類の摂取量が増加傾向にあり、魚の摂取量は大きく減少している。
脂質のエネルギー比率が30% を超えると健康を損ねるリスクが高くなるといわれるが、日本では脂質のエネルギー比率の平均は30% に近づいている。30% を超えている人はミドル世代や若い世代で多く、日本の食生活パターンは過去と比べて大きく変化している。こうした食生活・食事内容のパターンを健全な状態に戻す必要がある。

減塩に配慮した上で日本食パターンが心血管疾患リスクを低減

日本動脈硬化学会では動脈硬化の予防に健康的な食様式『The Japan  Diet 』を提唱しており、その実践によって健康を享受できると考えられる。『The Japan Diet 』では肉の脂身や動物脂を控える、大豆、魚、野菜、きのこ類を積極的に摂取する、未精製穀類を増やすことを勧めている。塩分摂取量が多い日本では減塩も必要である。
日本的な食事と心血管疾患リスク低減との関連が研究されている。例えば、魚、大豆、野菜、海藻、きのこ、果物、いも類の摂取量増加が心血管疾患リスクを抑制した、との報告がある。魚や野菜の摂取量が多く、肉の摂取量が少ない、米や緑茶の摂取が多い、塩を多く含む食品の摂取が少ない、などが心血管疾患リスク低減と関連するとされている。
和食は2013年にユネスコ無形文化遺産に登録された。日本食のパターンである主食、主菜、副菜2品は、心血管リスク低減食品をバランスよく使い、減塩に心掛けることがポイントとなる。

【質疑応答】

寺本 ●特定健診の指導の際にはどのようなデータを活用すればよいのか。
吉田 ●保健指導は画一的になりがちだが、その目的は生活習慣改善を自ら選択する、行動変容である。経年的な健診で、体重、身体活動、食習慣のほか血清脂質値など関連データの変化が分かる。それを評価すれば適切な保健指導ができる。その中で、TG やHDL-C 、LDL-C 、Non-HDL-C も確認し、的確に指導していただきたい。
寺本 ●LDLを下げるためには、どのような指導が必要か。
吉田 ●まず適正なエネルギー摂取量が重要だが、食事中のコレステロール量や飽和脂肪酸を減らす必要もある。例えば、卵の過剰摂取などの確認である。飽和脂肪酸を不飽和脂肪酸に切り替えると、LDL-C の低下とともにHDL-C も若干低下する場合があるが、その幅は僅かで大きな影響はない。総合的には飽和脂肪酸を減らし、不飽和脂肪酸への置換が求められる。併せて食物繊維の摂取が重要である。日本は食物繊維の摂取が比較的少ない。1日20g、できれば25gの食物繊維を摂取していただきたい。

 

講演2

メタボ・ロコモ予防のための食事・運動指導の実際

増子佳世医療法人財団順和会 赤坂山王メディカルセンター内科/国際医療福祉大学臨床医学研究センター 講師)

超高齢社会ではメタボリックシンドロームおよびロコモティブシンドローム対策が課題

メタボリックシンドローム(以下メタボと略)の診断基準項目は、ウエスト周囲径、血圧、血糖値、血清脂質値である。ウエスト周囲長は100cm2 の内臓脂肪面積に相当する数値として設定されている。メタボは心血管疾患発症の高リスクである。疾患の予防には、特定健診や特定保健指導によるメタボの早期発見・早期介入が重要で、必要なら治療を実施する。
ロコモティブシンドローム(運動器症候群、以下ロコモと略)は日本整形外科学会によって、骨や関節、筋肉、神経など運動器の障害によって移動機能あるいは歩行能力が低下した状態、とされている。ロコモを生じる主な疾患には骨粗鬆症、変形性関節症、神経疾患、サルコペニア、骨折などがある。
令和元年度の『国民生活基礎調査』によると、要介護の原因はメタボに関連する疾患とロコモに関連する疾患で約40%を占める。メタボはミドル世代の約3分の1、ロコモは約70%でリスクを有すると推定されている。超高齢社会ではメタボ・ロコモ予防が大きな課題となっている。

メタボリックシンドロームとロコモティブシンドロームは関連

メタボに特徴的な蓄積した内臓脂肪では、脂肪細胞が肥大変性している。この脂肪細胞がインスリン抵抗性や酸化ストレス、慢性炎症などを惹起し、全身の組織に影響する。インスリン抵抗性とは血中のインスリン濃度に見合う作用が得られていない状態を指す。インスリンは糖質などのエネルギー源を細胞に取り込みエネルギーを貯蔵し、核酸やたんぱく質などを合成する作用を持つ。インスリン抵抗性でインスリンの作用が十分に発揮されないと、筋肉などのたんぱく質合成にも影響する。
実際にメタボはインスリン抵抗性を介して運動器にさまざまな影響をもたらし、生活習慣病が骨代謝に影響することが知られている。例えば、糖尿病患者では、骨密度の低下がなくても骨折リスクが高く、実際に骨折が多いと報告されている。この原因は、継続的な高血糖から産生された糖化産物が、骨を形成するコラーゲン繊維の架橋に異常を生じさせ、骨質劣化や骨強度低下をも
たらすためと考えられている。糖尿病だけでなく脂質異常、高血圧、動脈硬化なども骨密度と関連する。骨の健康は血管の健康とも関係する。
ロコモの原因であるサルコペニアは加齢や炎症、栄養不良などによって筋肉量もしくは筋肉の機能が低下する疾患である。サルコペニアの有病率は高齢者の約20%とかなり高い。高齢者だけでなく、心血管疾患、認知症、糖尿病、呼吸器疾患など生活習慣病患者にもサルコペニアがみられる。
インスリン抵抗性は一般的に肥満者に多いが、肥満者以外でも脂肪肝や運動不足で骨格筋でのインスリンの作用が不足し、筋肉量減少、糖代謝異常などの悪循環が生じる。筋肉量減少と脂肪増加を併せ持つサルコペニア肥満になることもある。近年、サルコペニアは筋肉の生活習慣病あるいはメタボの筋肉における表現型とも言われている。
また、メタボの関節軟骨への影響も示唆されている。変形性関節症は加齢に伴い関節軟骨が退行性変化して生ずる関節疾患で、特に膝の変形性関節症は肥満者に多いことが知られている。これは体重で関節に負荷がかかるほか、肥満で生じる関節軟骨の慢性炎症も関わっているとされ、とくに女性で、メタボが変形性関節症のリスクとなる可能性が報告されている。例えば、ROAD study ではメタボの構成要素である肥満、耐糖能異常、脂質異常、高血圧を多く持つ人ほど変形性関節症の発症や重症度が高くなることが明らかになった。
このようにメタボとロコモは多くの点で相互に関連している。従って、両者を単体ではなく、同時に予防できる食事指導や運動指導が必要になる。

幅広い世代を対象にメタボリックシンドローム・ロコモティブシンドロームに関する講座を開催

我々はこれまでに、メタボとロコモが関連しており、これらの予防に毎日の食事や運動が重要と知らせる講座を開催してきた。例えば2017年に相模原市の公民館にて開催したメタボ・ロコモ予防講座では、医学、栄養学、運動生理学の知識に関する簡単な講義の後、食事チェック、体力測定、体組成の測定、ロコチェックなどを実施し、自宅でもできる運動の講義と実技を行った。また、日常の食事と運動の習慣を記録し、体力測定などの結果と合わせ、問題点や課題を各自チェックし、講座後の目標を立てていただいた。その上で、初回の講座から1か月後にフォローアップ講座を設け、改めて、講義や体力測定などを行い、1か月間で取り組んだ生活習慣改善や、実践できたことを振り返ってもらった。短期間だったが、この間に食習慣や運動習慣が変化、体力が向上した参加者もいた。
高齢になると骨粗鬆症のリスクが高まる。骨量は10~20 代で最大になり、最大骨量(ピーク・ボーン・マス)と呼ばれる。高齢期でも高い骨密度を保つには、若年期の最大骨量を高くしておく必要がある。また、全身の筋肉量はミドルからシニアで低下し、特に下肢の筋肉量は20代を過ぎると急速に低下する。このためミドルやシニアにおけるメタボやロコモの予防には若年期の食事習慣や運動習慣が重要である。
我々は若年者への啓発として、これまでに例えば女子高校生とその保護者を対象とした健康講座を開催し、家庭での食事や運動の習慣の見直し、骨密度測定などを行った。さらに、女子高校生を対象にダイエットの健康への影響を知ってもらう講座も行った。これらの講座では、「ロコモティブシンドローム」という言葉を若年者に知ってもらい、食事や運動を含む健康的な日常生活によって、将来の健康を作ってもらうことを目指した。

メタボリックシンドローム・ロコモティブシンドローム予防にはバランスのよい食事が重要

メタボ・ロコモ予防のためには、メタボやロコモが年代や性別を問わず「自分に関係する」という可能性を知ることが重要である。さらに、栄養を確保すべき年代、メタボを予防すべき年代、ロコモやフレイルを予防すべき年代があり、それぞれの時点での自分に合った食事や運動へのギアチェンジが必要である。加齢によって、健康体からプレフレイル、フレイル、要介護へと進んでいくなか、一人一人の心身の状態に合った脳、心血管、運動器の健康維持のため、メタボやロコモの概念を踏まえて、必要な対策を考えるための指導が求められる。
我々が開催していたメタボ・ロコモ予防講座では、各自の栄養状態の簡単な把握のため、まず現在のBMI を計算式から知ってもらう。その上で『食事摂取基準2020年版』の記載を示し、BMI の上限だけではなく下限にも気づいてもらい、現在の体重や栄養状態が適切かを考えてもらった。
適切なBMI の維持に重要なのはバランスのよい食事の摂取だ。曖昧な概念である「バランスのよい食事」とは「糖質、たんぱく質、脂質、ビタミン、ミネラルなどの栄養素を適量に摂取できる食事」と言える。『食事バランスガイド』に示されている栄養素の適量を参考に、日頃の栄養摂取について考えてもらうと良いだろう。
『食事バランスガイド』は食品の組み合わせと摂取量の目安が分かりやく示されており、食事のバランスを把握しやすい。主食、主菜、副菜、副々菜、汁の和食パターン1食で、バランスのよい食事が摂れることも分かる。
食事バランスガイド』は厚生労働省や農林水産省のWeb ページで年代ごとの活用方法やフードダイアリーなどのツールがダウンロードできる。ただアプリがないなど、使いにくい点もある。具体的な活用方法を管理栄養士に相談するのもよい。同ガイドの活用によって、運動不足、主食の不足などでメタボやロコモになりやすいことも直感的に理解できる。
食事バランスだけでなく、欠食や不規則な食事時間にも注意が必要だ。毎日朝食を摂取している人は朝食欠食の人よりも心血管疾患やメタボのリスクが低い、との報告もある。食習慣をチェックして、朝食を摂らないのはなぜか、就寝時間が遅くなっていないか、朝時間がないのは勤務状態に問題があるためかなど、生活習慣全体を見直すことが重要である。場合によっては、産業
医や産業保健スタッフと連携し、生活習慣を変えることも有効である。

生活習慣の振り返りやオーラルフレイル対策もメタボリックシンドローム・ロコモティブシンドローム予防に有効

メタボ・ロコモ予防講座では食事記録として、3食の食事だけでなく、合間に口にした飴やチョコレートなどもすべて記録してもらっている。さらに、残業などその日の活動も記録する。このように食習慣や生活習慣まで記録すると振り返りやすく、フィードバックにつながる。これが将来的なメタボやロコモの予防に有効と考えられる。
適切な食事には歯の健康も重要である。ミドルからシニア対象のメタボ・ロコモ予防講座ではオーラルフレイルの講義も行い、食べこぼしやむせが気になったら歯科で相談すること、口腔機能の向上に「パタカラ体操」などを行うことも勧めている。

生活活動の向上をきっかけに身体活動量を増加

運動というといわゆるスポーツをイメージする人は多いが、運動以外でエネルギーを消費する身体活動に生活活動がある。運動は定期的、意識的に行うが、生活活動は、歩く、掃除するなどの日常的な活動を指す。運動ができなくても生活活動を充実させれば、エネルギー消費量や身体活動が向上する。
近年は座位時間の長さが健康リスクにつながるとの報告がある。スクリーンタイムや座位時間が長いとメタボの高リスクとなり、寿命も短くなるとの報告もある。そこで、メタボ・ロコモ予防講座では長時間の座りっぱなしを避け、まずは時々立つことを心がけるよう説明している。さらに整形外科学会の「ロコトレ」などの資材を参考にした簡単な運動や、地域のスポーツクラブなどの運動資源の利用も勧めている。
メタボやロコモ予防のためには、運動と生活活動がともに重要である。「まずは通勤や普段の作業、家事など生活活動を増やし、毎日の身体活動を増やす。その上で、できれば運動、有酸素運動、筋トレなどをやるとよい」など、ハードルを下げた指導も有効である。我々の講座でも、食事や運動について「少し頑張れば達成可能」な目標を設定してもらっている。
インターネットに様々な情報が溢れている現在、メタボ・ロコモ予防講座では専門職からの正確な情報提供を目指している。専門職と参加者同士のコミュニケーションによって、家族や職場の問題として継続的な取り組みが可能な形にしてもらいたい。

米を中心とした日本食はメタボリックシンドローム・ロコモティブシンドロームの予防に有用

近年、糖質制限する人が多くなっているが、糖質を過剰に制限すると、必要なエネルギーの多くをたんぱく質と脂質で摂ることになるため、高たんぱく質食あるいは高脂肪食となる。その人が何を制限しているのか、糖類のみの制限か、炭水化物全体を摂っていないのかの聞き取りが重要である。また欠食があると、1度に多量のエネルギーを摂る高エネルギー負荷となり、代謝やインスリン分泌の負担が増すため、やはり見直しが必要である。
日本の主食の代表である米はパンに比して、脂質や塩分を含まず水分調整も簡単で、味や栄養の点で他のおかずと合わせやすいのが特徴だ。日本動脈硬化学会では『The Japan Diet 』の日本食パターンとして、減塩した上で穀類、魚、野菜、海藻、乳製品を十分摂取することを推奨している。メタボやロコモの予防に『The Japan Diet 』も活用してもらいたい。

多職種連携によるメタボリックシンドローム・ロコモティブシンドローム予防が必要

管理栄養士や栄養士による栄養相談も有効だ。管理栄養士は特定の疾患の予防だけでなく、広い意味での予防医療、メタボ・ロコモ予防を目指し、その方の生活を支える観点での栄養相談実施が望ましい。
ポストコロナでは代謝異常や心血管リスクが増えると考えられており、日頃の食事や栄養を含む健康観察の重要性が今まで以上に高まっている。そのためには幅広い世代でメタボ・ロコモ予防の観点で協力し活動することが求められる。
メタボとロコモはともに予防できる。「よく食べ、よく語り、よく動く」を目指し、専門職の多職種連携で予防を進めていく必要がある。

【質疑応答】

寺本 ●腎臓病患者ではたんぱく質制限が必要だが、サルコペニアのリスクも高くなる。このような場合にロコモ対策としてどのような食事を指導すればよいか。
増子 ●腎臓病患者でたんぱく質制限とサルコペニア予防は両立しづらい。日本腎臓学会ではたんぱく質制限を優先して腎を保護する時期と、たんぱく質制限を緩和してもよい時期で対応を変えるよう提言している。推算糸球体濾過量(eGFR )、尿たんぱく量、心血管リスク、合併症などを考慮し、腎保護の優先時期は、たんぱく質は制限して、他の栄養素でエネルギーを確保する。腎機能が維持されていればたんぱく質制限の緩和も検討しうるが、いずれにしても腎臓専門医や管理栄養士と相談しつつ、その時期や病態に合った食事の提供が重要である。
寺本 ●特定保健指導などで運動指導をすると、「忙しくて、運動の時間がとれない」と言われる。家や仕事の合間にできる運動を提案するが、このような運動のエネルギー消費量の計算方法はあるか。
増子 ●日常動作のエネルギー消費量はMETs という運動強度の単位で示される。例えば、安静時は1 METs 、歩行は2 METs となる。METs と活動時間、体重、係数1.05 を乗じれば、エネルギー消費量が計算できる。また、スポーツ庁のWeb サイトにある『あなたの1日の身体活動を「運動強度(METs )」で見える化しませんか!』というコンテンツを参考にエネルギー消費量を推定することもできる。
寺本 ●高齢の女性では関節疾患や骨折が多い。関節疾患や骨折を防ぐには、料理や掃除などどの程度の生活活動が必要か。
増子 ●家事掃除は2~3METs 、料理は3METs となる。これらの生活活動は長時間ではないが、毎日の積み重ねでそれなりの時間になる。生活活動も運動として積極的に取り入れて欲しい。
寺本 ●若い女性のダイエットは将来に様々な問題を起こす可能性がある。若い女性にしっかり食事を摂ってもらうよい説明はあるか。
増子 ●同様の問題は以前から指摘されているが、対応が難しい。家族であれば母親、あるいは周りのインフルエンサーのような人が適切な体型で健康を維持するロールモデルとなり、啓発してもらえれば。例えばファッションモデルなどでも、現在はやせすぎよりも健康を維持できる体型が望ましいと認識されており、そのような価値観を社会全体で共有することも必要である。

 

講演3

時間栄養学で考える健康によい食べ方

山﨑聖美国立健康・栄養研究所栄養・代謝研究部時間栄養研究室室長)

◆ シフトワーカーでは時計遺伝子発現が変化

ヒトには約1日周期の概日リズムがある。例えばメラトニンは松果体で産生される睡眠誘発ホルモンで、就寝前に分泌が増える。深部体温は起床すると上昇、就寝時に低下する。コルチゾールは副腎皮質で産生されるが、早朝に分泌のピークがある。また、ストレスで分泌が亢進される。
これらの概日リズムはヒトの身体内の時計で制御されている。視交叉上核には中枢時計が、脂肪組織や肝臓などの末梢組織には末梢時計があり、1日周期のリズムを刻む。このリズムは振幅、周期、ピークの位置で規定される。中枢時計は光、末梢時計は光や食事の影響を受ける。
概日リズムは時計遺伝子によって生み出される。時計遺伝子のBMAL とCLOCK は二量体を形成して、CRY やPER 遺伝子の上流にあるE-box に結合し、CRY 、PERの転写を促進する。その結果、増えたCRY 、PER のたんぱく質は、E-box へのBMAL とCLOCK の結合を阻害し、CRY 、PER のたんぱく質が減少する。このサイクルが1日周期で繰り返される。BMAL はROR 遺伝子によって転写が促進され、REV-ERB 遺伝子で転写が阻害される。
シフトワーカーでは時計遺伝子の発現リズムが乱れる。シフトワーク2年以上の看護師とシフトワーク未経験の看護師で、リンパ球の時計遺伝子の発現を比較した報告によると、シフトワークをした看護師で有意に時計遺伝子関連の遺伝子の発現に変化が起きていた。

◆ 時計遺伝子発現の変化により多くの疾病発症リスクが上昇

時計遺伝子の発現が変化したシフトワーカーは疾病発症リスクが高くなる。1か月に8回以上の夜間シフトワークで肥満リスクが3.9 倍に上昇するとの報告がある。夜間のシフトワークを20 年以上続けると、メタボリックシンドローム(以下メタボと略)の発症リスクが高くなる、とも報告されている。5 年、10 年の長期間にわたる夜間のシフトワークで、糖尿病の発症のリスクが高くなるとの報告もある。さらに30 年以上の夜間のシフトワークは乳癌の発症リスクを高めるとの報告や、シフトワークで虚血性心疾患の発症リスクが高くなるとの報告もある。
近年、シフトワークによりサルコペニア発症リスクも高くなることが報告された。サルコペニアの特徴は加齢に伴う筋力低下、筋力や身体活動能力などの機能障害で、高齢者の活動能力低下の原因となるため、サルコペニア発症リスクの低減が重要になる。時計遺伝子の改変マウスでは早期に加齢性の筋肉減少を示すことが報告されている。詳細なメカニズムは不明だが、シフトワーカーの時計遺伝子発現の変化で筋肉量が減少する可能性がある。

◆ 生活リズムの乱れや肥満をもたらす食生活でも概日リズムが変化

夜更かしや朝寝坊、時差ボケなど生活リズムの乱れ、不規則な生活は概日リズムの乱れに繋がり、耐糖能の低下、レプチン濃度の低下、起床時の血圧上昇を引き起こす。時差ボケは平日と休日で就寝や起床の時間が異なる社会的時差ボケも含む。概日リズムの乱れは、時計遺伝子が代謝に関連する転写因子の発現を制御するために起きると考えられ、結果的に肥満、糖尿病、心血管系疾患のリスクが増加する。
また、肥満をもたらす食生活によっても末梢時計のリズムが乱れ、肥満や糖尿病、虚血性心疾患、癌、サルコペニアの発症リスクが増えることも報告されている。
概日リズムが乱れている人に対し、時間栄養を取り入れて正常化する研究が進められている。時間栄養とはヒトの体内の時計遺伝子のリズムからできる概日リズム、概日時計を考慮した食事、栄養の摂り方に関する考え方を指す。食事摂取のタイミング、1 日の食事回数、各食事のたんぱく質、脂質、炭水化物の割合、摂取量などを考慮して疾病発症を予防し、健康寿命の延伸を目指している。

◆朝食の摂取は肥満予防・改善と関連

エネルギーの摂取量が消費量より大きくなると体重増加に繋がる。しかし、同じエネルギー摂取量でも摂取の時間帯によって、体重変化が異なる。マウスに活動期(暗期)あるいは休止期(明期)に等量の餌を与え、体重変化を比較したところ、明期のみ摂取した群では有意に体重が増加していた。この結果は、エネルギー摂取の時間が体内のエネルギーバランスや体重増加に関係することを示唆する。
エネルギー消費は基礎代謝と非運動性熱産生(NEAT )、運動によるエネルギー、熱産生からなる。NEAT は仕事中の活動や家事などで消費するエネルギーである。全エネルギー消費のうち熱産生は約10%を占めている。熱産生は寒さによる震えなどの寒冷誘導熱産生と、食事摂取時に産生される食事誘発性熱産生(DIT )に分けられる。DIT は食事摂取に伴う消化吸収などのエネルギーで、エネルギー摂取量の約10 %を消費する。DIT 消費は栄養素によって異なり、たんぱく質では約30 %、糖質では約5 %、脂質では約4 %とされている。
健常成人13名を対象とした試験で、エネルギー摂取量など全条件を揃え、同一の食事を8時摂取群と20時摂取群に分けた。それぞれの食後DIT を測定すると、DIT は朝摂取群に比べ夜摂取群で約44% 低下した。同じエネルギー摂取量でも、朝摂取のエネルギー消費量は夜摂取より大きくなる。
また、肥満者を対象として総エネルギー摂取量を1400 kcal /日に揃え、朝食を多くした群と夕食を多くした群で比較したところ、両群とも体重は減少したが、体重減少は朝食を多くした群で大きかった。ウエスト周囲径も朝食を多くした群でより減少した。空腹時血糖値やインスリン、グレリンは両群で低下したが、空腹時血糖値やインスリンは朝食増量群でより大きく低下していた。また、血中トリグリセリド(TG )値は朝食を多くした群で減少、夕食を多くした群は増加が見られた。朝食の時間帯はDIT が高いため、肥満改善効果が高いと考えられる。
朝食欠食は社会的時差ボケを起こし、BMI の増加に繋がる。高校生を対象に1週間の朝食摂取の回数と社会的時差ボケについて調べた報告がある。社会的時差ボケは週末夜の就寝時刻と起床時刻の中間点から平日の就寝時刻と起床時刻の中間点を引いて算出した。週末の就寝時刻が遅くなる、あるいは、起床時刻が遅くなると値が大きくなり、社会的時差ボケが起きていることを示す。朝食摂取回数週4回以上群は、朝食摂取回数週4回未満群より社会的時差ボケになる人が少なく、また、社会的時差ボケは有意にBMI 増加に関連していた。
日本人を対象に寝る直前に夕食を摂取する習慣がある人、夕食後に間食を摂る習慣がある人、両方の習慣がある人、両方の習慣がない人で肥満の状況を比較した報告がある。寝る直前の夕食摂取群や夕食後間食摂取群はこのような習慣を持たない群に比べてBMI 、ウエスト周囲径、低比重リポたんぱく質(LDL )値が有意に増加していた。メタボの発症も習慣のある人で有意に多かった。このような習慣がある人は1週間に朝食を食べる回数が少ないことも分かった。男女別の検討では、このような習慣がある人では男女ともにBMI の増加、ウエスト周囲径の増加、LDL の増加が見られ、男性にはそれに加えてメタボの発症も増加した。
食べる時間が遅いと肥満を誘発するだけでなく、減量効果が抑制される、との報告がある。朝食と夕食の中間の時間が14 時54 分以前群と14 時54 分以降群で分け、肥満改善効果を19 週間調べた研究がある。朝食と夕食の中間が14 時54 分となるのは概ね、朝食を7~8時に摂取し、夕食を20 ~21 時に摂取する場合となる。14 時54 分以前群に比べ、14 時54 分以降群は肥満を発症している人が多く、減量に成功した人が少なく、減量に何らかの障害がある人が多いことが示された。この結果から、朝食を十分に摂取し、夕食は遅い時間の摂取を避け、夕食後の間食を控えることは肥満予防になるとともに、肥満の減量効果も大きいと考えられる。

◆ 時間制限食の体重減少効果については更なる検証が必要

近年は、1 日の8 時間のうちにすべての食事を摂り、残り16 時間は食事を摂取しない時間制限食も注目されている。時間制限食には多くの報告があり、これらのメタ解析では時間制限食により平均3 %の体重減少が認められた。しかし、体重変化に影響しなかったとする報告もあるなど結果はまちまちである。
食事時間の制限は、エネルギー摂取量を制限するだけでなく、運動や睡眠にも影響を及ぼすため、時間制限食単独の効果の検証が難しい。このメタ解析では、さらに厳密な研究が必要と結論付けられている。

◆ 朝食のたんぱく質摂取はたんぱく質合成を促進

食事の内容も重要である。朝食と昼食にたんぱく質を多く摂ると、除脂肪重量が増加したとする報告がある。つまり1 日の早い時間帯でのたんぱく質摂取によって、筋肉重量などが増加することを示唆する。
また、たんぱく質の摂取について、朝食、昼食、夕食で均等にたんぱく質を摂取した群と、夕食にたんぱく質を多く摂取した群で筋肉のたんぱく質合成を比較したところ、均等にたんぱく質を摂取した群でたんぱく質合成の効果が高い結果が得られた。たんぱく質は早い時間帯に摂ることが望ましいと考えられる。
高齢マウスは腎臓や肝臓、顎下腺などの末梢時計が摂食による変化を受けやすいとの報告がある。一方で、朝食時の高たんぱく質食摂取は、筋合成の増強、および末梢時計のリズムをリセットし乱れた概日時計を改善する、といった2 つの効果をもたらす可能性が報告されている。つまり、朝食時の高たんぱく質食摂取はサルコペニア予防にもつながる。

◆ 朝食の炭水化物摂取でメタボリックシンドローム発症率が低下

糖尿病患者を対象に、朝食に炭水化物を多く含む食事を摂取する3 Mdiet 群と3 食同量の炭水化物を摂取して間食も摂取する6 Mdiet 群で減量効果を比較した研究がある。1日のエネルギー摂取量は両群とも同一とした。3 Mdiet 群は6 Mdiet 群に比べて体重が大きく減少し、HbA1c も減少、血糖値も改善し、時計遺伝子のROR 発現も増加した。ROR はインスリン分泌に関与している。この結果から、朝食に炭水化物を多く摂ると、糖代謝が改善することが示唆される。
朝食に炭水化物を多く摂取するとメタボ発症を抑制するとの報告もある。この報告では、メタボ発症の人は未発症の人に比べ、夕食時のたんぱく質からのエネルギー摂取量や朝食時の脂肪からのエネルギー摂取量が多く、朝食時や昼食時の炭水化物からのエネルギー摂取量が少なかった。同報告で、朝食時および午前中のエネルギー摂取の一部を脂肪から炭水化物に置き換えるとメタボ発症率が低下することも示された。朝食に炭水化物を多く摂取することは好ましいと考えられる。

◆ 不規則な食事は低身体活動、睡眠障害などと関連

日本人を対象に不規則な食事摂取と関連する生活習慣を検討した調査がある。過去4 週間の食行動を振り返ってもらい、7 段階の尺度で評価した不規則な食事は、バランスの悪い食事、朝食抜き、間食の頻度が多い、最後の食事から入眠までの時間が短い、野菜摂取不足、などと捉えられていた。また、不規則な食事は低い身体活動レベル、高い生産性損失、睡眠障害の発生率の高さ、主観的な精神的健康状態の低さと関連していた。

◆ DHA、EPAの摂取が時計遺伝子のリズムを正常化

リズムの乱れた時計遺伝子のリセットには複数の方法が考えられる。光はヒトの概日リズムに最も重要であり、光照射は迅速かつ大幅に概日リズムをシフトできる。とくに短波長光である青色光は、メラトニンの合成を抑制し、午前中に浴びると概日リズムが早くなり、夕方以降に浴びると概日リズムが遅くなる。シフトワーカーの時計遺伝子のリズムリセットに、1 日の特定の時間帯に短波長光への曝露を調節する試みも行われている。しかし、光照射の研究全てで有益性が証明されているわけではない。
インスリンは時計遺伝子の発現をリセットすると考えられている。マウスを用いた研究でも炭水化物摂取によるインスリン分泌が、時計遺伝子の発現をリセットするとの報告がある。朝食に多く炭水化物を摂取すると糖代謝が改善し、メタボ発症を抑制できる。このメカニズムの一部はインスリンによるものと考えられる。またマウスを用いた研究で、食事の時間を調整して絶食時間を長くすると、食事摂取の際のインスリン分泌量が大きくなり、時計遺伝子の発現をリセットできることも報告されている。しかし、ヒトが対象の場合、食事時間制限で他の条件も変化するため食事時間制限そのものの有効性は検討の余地がある。
魚油に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA )、エイコサペンタエン酸(EPA )も時計遺伝子に関係している。DHA 、EPA は小腸などに発現しているGPR 120レセプターにリガンドとして結合し、インクレチンの分泌を促進、最終的にインスリン分泌を促し、時計遺伝子の発現をリセットできる。したがって、朝食での魚の摂取はDHA 、EHA とたんぱく質を同時に摂取でき、有用と考えられる。
カフェインは、時計遺伝子の周期を延長し、かつ振幅を増強する。ヒトでも就寝3時間前のカフェイン摂取でメラトニン分泌が遅れ、寝付きが悪くなると確認されている。

◆ 時間栄養を活用した食事は時計遺伝子のリズムを整え疾患発症を予防

シフトワークや夜勤、生活リズムの乱れ、時差ボケなど不規則な生活は不規則な食事摂取に繋がり、概日リズムの乱れを引き起こす。概日リズムの乱れは時計遺伝子による代謝関連の転写因子への作用を介して、代謝にも影響を及ぼす。また、糖脂質代謝関連の転写因子は時計遺伝子の発現を制御しており、さらに概日リズムを乱すなど悪循環につながる。その結果、肥満、糖尿病、心血管疾患などの発症リスクを増加させる。
時計遺伝子のリズムを整えるには、起床後に太陽光を浴びる、朝食は十分に摂取し炭水化物やたんぱく質を多めに摂る、夕方以降はカフェインの摂取は控える、夕食後の間食は控える、夕食後就寝までの時間を空ける、夕食と朝食の間の空腹時間をできるだけ長くとる、などがポイントとなる。時間栄養を活用した食生活は疾病発症を予防し、健康維持に大いに有用と考えられている。
シフトワーカーは時計遺伝子が乱れやすい。兵庫県立大学環境人間学部栄養教育・栄養生理学研究室のWebサイトコンテンツ『交替勤務や夜遅く食べる方の食事ガイド』には、シフトワーカーは時間帯を問わず、帰宅後は夕食と捉えて軽めに摂取する、シフト前は朝食と考えてバランスよくしっかり摂る、などが推奨されている。シフトワーカーはこのような食事で、できるだけ時計遺伝子のリズムを整えることが有効である。

【質疑応答】

寺本 ●シフトワーカーは肥満や生活習慣病が多い。食後1時間以内に就寝しなければならない場合もある。活動中の夜勤時の食事について、時間栄養の視点でアドバイスをお願いしたい。
山﨑 ●就寝前の食事はどのような時間帯でも夕食と捉え、軽めな摂取がよい。夜勤中はカレーレイス、ラーメンなど高炭水化物食が好まれる傾向だが、炭水化物過多にならないバランスのよい食事が望ましい。
寺本 ●近年は、減量などを目的に、主食を減らして副食や間食を増やす人が多い。時間栄養の見地から生活習慣病患者への理想的な食事について聞きたい。
山﨑 ●主食の炭水化物を抜いても間食を摂れば減量効果や肥満改善にはならない。1日全体のエネルギー摂取量を考えながら毎日の食事に注意することが重要である。

 

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