経腸栄養剤による栄養管理の基礎 | 寄稿 : 馬場 忠雄 先生
2022.04.20栄養剤・流動食 , 栄養素 , 歴史滋賀医科大学 名誉教授
医療法人 友仁会 事業統括管理者
友仁山崎病院
馬場 忠雄
はじめに
地球上に 36 億年前に生命が誕生して以来、体外か らのエネルギーの摂取は、生命の維持に必須な要件 である。人の消化管は、口から肛門に至る一本の管で、 摂取する栄養素の消化吸収は勿論のこと、生体内に 侵入する外敵を防ぐ防御機能も備え、また、自律的に 物を送り出す神経系もあり、そして、ホルモンによる代謝 の調節、さらに、腸内に存在する無数の細菌による発 酵により、生体に物質やエネルギーを供給し、生命や 活動のエネルギーを供給する最も重要な臓器の一つ である。
しかし、小腸は形態的に 5 – 6 m と長く、内視鏡的にアプローチが困難であり、盲目的腸粘膜生検器具の開 発も遅れ、長らく「暗黒大陸」と言われていた。しかし、腸に存在する消化吸収、防御機能、神経系、 消化管ホルモン、さらに近年明らかにされてきた 1000 種類以上の総数 100 兆個に及ぶ腸内細菌叢などは、 生命の維持に重要な臓器として浮かび上がり、「新大 陸」と称されるようになってきた。
栄養素の消化吸収とその障害
糖質、タンパク質、脂肪の 3 大栄養素の中で、糖質と タンパク質はいずれも管腔内消化や膜消化により、糖質は単糖類や二糖類、タンパク質はアミノ酸やペプチド に水解されて、腸上皮細胞の輸送担体により、受動的 あるいは能動的に体内に取り込まれ、門脈を経由して、 肝臓に運ばれ代謝される。
しかし、脂肪は膵リパーゼにより部分加水分解を受 け、 2 分子の脂肪酸とモノグリセリドに水解されるが、加 水分解が効率的に行われるには、胆汁酸によるミセル 化が必要である。脂肪酸は濃度依存的に腸上皮細胞 に取り込まれ、その後、腸上皮細胞内で中性脂肪に再 合成され、その表面をタンパクが覆い、リポ蛋白となっ てリンパ管、そして胸管には運ばれ、左鎖骨下静脈角 から全身循環に入る。
このように、脂肪は他の栄養素とは異なって、消化障害を受けやすく、糞便中脂肪量の測定は、消化吸収 障害の程度を知る上で重要である。栄養素の消化吸収機能が障害された状態は、吸収 不良症候群と総称され、消化吸収に関与する消化器 系諸臓器の疾患が含まれる。臨床症状は、消化吸収 障害を受ける栄養素やビタミンや微量元素などにより 多彩である。すなわち、下痢、とくに脂肪便、体重減少、 るい痩、貧血、無力倦怠感、腹部膨満、浮腫などがみ られ、血液生化学的検査では、血清蛋白濃度、アルブ ミン濃度、総コレステロール、血清鉄、短半減期蛋白、 微量元素濃度などの栄養指標に低下がみられる。
消化吸収障害の評価法としては、血液生化学検査、 糞便中脂肪定量、同位元素をトレーサーとした脂肪や タンパク質の消化吸収試験、 d – Xylose 吸収試験、形態学的検査として、消化管 X 線検査や小腸内視鏡検査、カプセル内視鏡、さらに CT や MRI などの各種画像 診断を組み合わせ、吸収不良症候群の障害度や鑑 別診断の判定を行う。
なお、消化吸収障害を糞便で評価する場合、回腸末端までの消化については、主に膵などの消化の要因を示すが、大腸に入ると細菌による発酵の要因が大きく影響することを考慮しなければならない。消化吸収障害の対応としては、障害の程度に応じて消化酵素剤の種類や投与量などを決め、また、腸疾患の病態と栄養障害の程度に応じて、栄養組成を参考にして、経腸栄養剤の種類と補給エネルギー量を選択する。
成分栄養剤 ED – AC
リンパ系輸送障害による吸収障害
経腸栄養剤 ED – AC を初めて使用することになったのは、先天性リンパ管形成不全症により低タンパク血症をきたし、象皮病となった原発性蛋白漏出性腸症であった。 ED – AC は、アメリカで宇宙食として開発された成分栄養剤を基礎に、わが国で ED – AC として、窒素源をアミノ酸主体として開発され、短腸症候群など腸面積減少型の吸収不良症候群の栄養療法として用いられる。脂肪を含まない治験剤 ED – AC を徳島大学生理学 井上悟郎教授の指導のもとに患者の同意をえて使用した。
症例: O. E. 23 歳 男。
主訴: 咳嗽と喀痰 家族歴 特記すべきものはない。
既往歴: 3 歳時で右下腿部腫脹のため Thompson の手術、 15 歳時で左下腿部腫脹出現。
現病歴: 21 歳時両下肢腫脹の出現と低タンパク血症(血清総タンパク量 3.8 g / dl )のため、京都府立医科大学付属病院に入院。右胸腔に乳糜胸水の貯留、小腸粘膜生検片に中心乳糜腔の拡張を認めた。そこで、低脂肪食( 10 g / day )と中鎖脂肪( MCT )により、血清総タンパク量 4.7 g / dl と上昇し退院したが、その後、自宅での食生活は、脂肪の少ない「かしわのささみ」を中心とした単調な食生活では長期間の持続は困難で、 23 歳時に咳嗽と喀痰を訴え再度入院。身長 168. 5 cm 、体重 65.5 kg 、栄養やや不良、胸部 X 線で右胸水の貯留、腰部から左側腹部皮下浮腫、下肢の著明な浮腫と硬化像を認めた。
そこで、 ED – AC 2400 kcal / dayを当初は経鼻チューブにより投与していたが、本人が経口的に飲むことを希望し、脂肪乳剤は週 2 - 3 回静脈投与する栄養治療を行った。血清タンパクはやや上昇し、胸水や腹水もやや減少し、退院した(図 1 )。第 1 回成分栄養研究会で発表した。 ED – AC を主体に栄養療法を長期間継続したが、友達との食事会などがあると、食事の制限はしばしば困難であった。
経腸栄養剤は、病態に応じた質の確保はもっとも重要であるが、長期間にわたることもあり、コンプライアンスを良くする工夫も重要であることを再確認した。
⬆図1
クローン病の栄養管理
わが国においては、戦前には腸の病気としては腸結核が主な疾患であったが、1960年代から、慢性炎症性腸疾患の潰瘍性大腸炎が注目されるようになり、患者数も増加し始め、厚生省は難病として研究班を組織した。
また、日本消化器病学会においてはクローン病研究班が組織され、腸の慢性炎症の病因、診断基準、治療法、疫学など研究が行われた。クローン病は難治性の慢性炎症性腸疾患で、5 -アミノサルチル酸、ステロイドなどが使用されているが、根本治療はない。また、食事療法として、エレンタールなどの脂肪制限が有用とされていた。
腸粘膜炎症と脂肪酸( FA )(長鎖 LCFA、中鎖 MCFA )の関与
食事中の脂肪の種類、すなわち LCFA と MCFA とが腸粘膜にどのような障害に与えるか、基礎的な研究をラットの腸で行った。
クローン病のモデルとして、ラット回腸管腔内に trinitrobenzene sulfonic acid ( TNBS )を投与し、小腸炎を作成した後に、留置カテーテルから MCFA と LCFA を含んだそれぞれの経腸栄養剤を 6 日間連続投与した。一晩絶食後、小腸を取出し、炎症スコア、湿重量などを計測した。 LCFA を投与したラットの腸の炎症スコア、湿重量、小腸壁の厚さは、有意に高かった(図 2 ) 1 ) 。
また、 LCFAと MCFA の炎症に関与する機序を明らかにするために、 in vitro で IL – 1β で誘導されるIL – 8の産生を見ると、濃度依存性に、 MCFA 、 LCFA ともに増加するものの、明らかにLCFAの方が高かった( 図 3 ) 2 )。また、 NF – κB の活性化を有意に抑制した 2)。この結果、 LCFA でより強く小腸粘膜の障害が生ずるものと解釈された。そこで、厚労省難治性腸疾患研究班 (班長 下山 孝 ) で行われた成分栄養剤に脂肪を負荷し、多施設共同無作為割り当て臨床試験を行い、無脂肪の成分栄養剤や脂肪が少ないことが、クローン病の緩解維持に有効な結果であった(図 4 ) 3 )。
⬆図 2 ラット TNBS 小腸炎に対する中鎖脂肪酸および長鎖脂肪酸の影響
※ 図表提供:馬場忠雄 先生
⬆図 3 IL – 1β により誘導される IL – 8 産生に対する中鎖および長鎖脂肪酸の影響
※図表提供: 馬場忠雄 先生
⬆図 4 活動期クローン病における成分栄養剤と脂肪添加成分栄養剤の緩解導入率
※ 図表提供: 馬場忠雄 先生
MCT を含む経腸栄養剤
MCT はすでに述べてきたように、 LCT に比べて消化吸収され易く、消化障害や短腸症候群においても、エネルギー源として有用である。 MCT を素材とした経腸栄養剤の開発がすすめられ、ツインライン(大塚製薬)が市販され、広く臨床で使用されている。
クローン病の栄養治療として長期間、長鎖脂肪を制限すると必須脂肪酸の欠乏をきたす可能性も指摘されているが、 MCT によるエネルギー補給と適量の必須脂肪酸の補給など、医師と栄養士との密な連携による患者への適切な栄養管理が求められる。クローン病には根本的な治療は未だない。クローン病の炎症の強い急性期には、抗 THF – a 抗体が有用であるが、継続的な投与が必要となる。基本的な栄養療法と薬物療法の併用が緩解維持に有用である。
ペプチド栄養剤
腸管内グルコースは Na + によって細胞外から細胞内へ運ばれる。グルコースの輸送担体は 1960 年 Crane R. K., et al 4 )によって同定された。たんぱく質は、腸管内で膵酵素などによりアミノ酸やペプチドに加水分解される。アミノ酸輸送担体には、中性、酸性、塩基性の三種類があり、いずれもグルコースと同じ Na + との共輸送で吸収される。したがって、グルコースがアミノ酸と共存すると、両者の吸収は障害される。
タンパク質の大部分は、膵酵素で部分水解され、生成されたペプチドはさらに刷子縁膜アミノペプチダーゼの作用を受け、アミノ酸やオリゴペプチドになり、それぞれアミノ酸やペプチド輸送担体により細胞内に取り込まれる。
ペプチド輸送担体は、 Fei らにより同定され 5) 、 H + を駆動体としてペプチドを細胞内に取り込む。ペプチド輸送担体はアミノ酸とは異なり、ペプチドの種類とは関係なく吸収する。グルコースが同時に存在しても吸収には関係せず、効率よく窒素源を腸上皮細胞に取り込む。
タンパク質を部分加水分解した経腸栄養剤は、ペプチドはペプチド輸送担体で、アミノ酸はそれぞれのアミノ酸輸送担体で、それぞれが効率的に吸収される。そして、窒素源をすべてアミノ酸に由来するエレンタール( ED – AC ) と比べ、経口的摂取するときには、アミノ酸特有の味はなく、抵抗がない。また、ジ、トリペプチドは、生体でそのまま蛋白代謝に取り込まれ易い。ペプチド輸送担体は、絶食時や腸切除後、抗がん剤投与後においても、アミノ酸輸送担体に比べ、増加あるいは減少しない利点を有している 6) 。
なお、ペプチド輸送担体は、薬剤の吸収に関与し 7)、潰瘍性大腸炎の大腸上皮細胞にも出現し、腸内細菌叢が産生する炎症惹起物質を吸収し、病態を悪化する 8) ことも判明している。
タンパク源の補給には、効率的に吸収され、代謝されるペプチドが、有効であり、短腸症候群やクローン病などの栄養障害時の栄養補給には適している。
クローン病の栄養管理
エンテルード(テルモ社) は、タンパク源を主に卵白水解物からえられたジ、トリペプチドを 70 % 以上含む経腸栄養剤を開発した。クローン病患者に 1 日当たり 1200 - 2400 kcal を 2 週間以上投与できた 51 例の多施設共同研究 9) で、栄養指標とした総タンパク、アルブミン、トランスフェリン、プレアルブミン、レチノール結合タンパクは、投与前に比べて、有意に上昇した。炎症指標のCRPも有意に減少した。臨床的指標の改善が 51 例中 42 例( 82. 4 %) で中等度以上の改善を見た。 5 例に腹部膨満、腹痛、下痢などが認められた。しかし、アミノ酸が 2, 3 個の一定のペプチドを精製することは困難である。現在、乳タンパク加水分解物として種々のペプチドを含む製剤ツインライン(大塚製薬)などが普及することになった。
Germinated barley foodstuffs ( GBF ) を含む経腸栄養剤
抗炎症作用と酪酸
腸内細菌叢による食物繊維の発酵により生じる酪酸の抗炎症作用を検討するためヒト腸管上皮細胞株 HT – 29 を用いて、TNF – α ( 100 ng / ml ) により誘導される IL – 8 と Factor B の産生に及ぼす sodiumbutyrate ( 0.1 – 10 mM) の効果を見ると、濃度依存性にIL – 8とFactor Bの産生は抑制された (図 5 ) 10) 。また、 TNF – α( 100 ng / ml ) の添加により HT – 29 細胞の核内に NF – κB , AP – 1の活性化が誘導されたが、 sodium butyrate の添加は、 TNF – α により誘導される NF – κB および AP – 1 の活性化を著明に抑制した 10) 。すなわち、酪酸は炎症性サイトカインにより誘導される転写因子発現を抑制することにより抗炎症作用を発揮しているものと考えられた。
⬆図 5 TNF – α により誘導される HT – 29 細胞のタンパク産生に対する酪酸の影響
※ 図表提供: 馬場忠雄 先生
潰瘍性大腸炎の栄養管理
GBF (発芽大麦 キリンビール) はビール製造に用いられ、その最終過程産物 (タンパク質、そのうち 25 % はグルタミン、セルロースの 50 % は、ヘミセルロースなどを含む) を、通常飼育で慢性腸炎を発症する HLA – B 27 transgenic ラットに 13 週間投与し、セルロース飼育群と糞便潜血、腸粘膜タンパク量、 RNA 、 DNA 量、炎症パラメータなど、形態的には絨毛の陰か深などを両群で比較した。いずれのパラメータも GBF 群で有意に改善していた (図 6 ) 11) 。
また、盲腸内の酪酸濃度は有意に増加し、酪酸は腸内細菌叢によって産生されることが確認された (図 7) 11) 。そこで、活動性潰瘍性大腸炎患者に GBF 1 日 30 g / 日を 4 週間経口的に投与したオープン試験では、臨床的活動指標や内視鏡スコアは有意に改善し (図 8 ) 12) 、酪酸の産生も有意に多い結果であった。 GBF は潰瘍性大腸炎患者用食品に認定された。
⬆図 6 各種炎症性マーカー
※ 図表提供: 馬場忠雄 先生
⬆図 7 回腸内容物の短鎖脂肪酸濃度
※ 図表提供: 馬場忠雄 先生
⬆図 8 内視鏡指数スコア
※ 図表提供: 馬場忠雄 先生
おわりに
腸は、生命の維持や活動の源であり、管腔内や膜消化、腸上皮細胞からの吸収のみならず細胞内代謝、これらと関連するホルモンや腸上皮細胞の増殖、あるいは粘膜下免疫細胞やそのサイトカインネットワークなど、さらに神経系や腸内細菌叢も含め、研究課題は広く、 dynamic になっている。
動的に生体のエネルギー代謝を臨床的に評価可能にする検査法やチェック可能な方法の開発など、栄養の消化吸収過程から生体での利用効率を研究する時期である。
これまで、消化器疾患や肝疾患、糖尿病、腎疾患、心疾患などそれぞれの病態に応じた経腸栄養剤が開発され、広く使用され、評価されている。
高齢社会を迎えて、最も解決が求められているのは、高齢者のサルコぺニアや認知機能と栄養との関係である。基礎的研究の成果から、新たな経腸栄養剤が生まれることを期待している。
【参考文献】
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12) Mitsuyama K., et al, Treatment of ulcerative colitis with germinated barley foodstuff feeding a pilot study. Aliment Pharmacol Ther. 12: 1225-1230, 1998.
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