第2回 我が国における脂肪乳剤の開発の歴史

2021.11.29栄養剤・流動食 , 歴史


老人保健施設桃寿苑 施設長
谷村 弘

ヨーロッパでは、何とか食品を体内に投与しようとして、臀部の皮下投与が試みられた。

1873年、カナダのHodder.E.M.という医師が乳牛からベッドサイドで採取したミルクをコレラ患者に400ml静注して救命したという記録があります。その後、ヒトに対する脂肪の非経口的投与は、主として臀部に皮下注射で肝油など油脂のまま投与して、膿瘍形成により失敗の連続でした。

ヒトに臨床的に初めて脂肪の静脈内投与に成功したのは東北大学内科の山川章太郎教授であった。


当時から、Tohoku Journal of Experimental Medicineはドイツ語で書かれており、欧米人も認識しやすかったのでしょう。
昭和初期の1929年に、第26回日本内科学会総会(東北大学講堂)で山川教授(東大明治42年卒)自身が発表されている写真が故木村信良先生の本『脂肪静注の試み』に掲載されています。脂肪は肝油とバターで、乳化剤としてのレシチンはドイツ・カールバム社製であったとか、山川教授の「Ya」と野村利治博士の「no」を取って名付けられた6%脂肪乳剤20ml「Yanol」は現在の静注用脂肪乳剤の原則を確立された世界的な業績と言えます。
注文に応じて、三共薬品が品川工場で作成し、せっせと東北大学山川章太郎教授らにアンプルを運んでいたとのことです。1箱(20アンプル)すべてにロット番号が付され、最初の1本で何らかの副作用が出ると、その箱は破棄されるという慎重さであったとのことです。教室員は、ブドウ糖液に混ぜて投与しておられたらしい。最高は200mlまで静注可能と書かれていたそうです。
肝油が選ばれた理由は、隣の内科教室で結核の研究をしており、その治療に役立つとの考えもあったのでしょう。
ウサギでの実験で、血中に脂肪染色された脂肪球を確認したとのことですが、大きい脂肪粒子は遠心分離機で取り除いていたため、のちの京都大学での分析では、実際は「レシチン注射液」に過ぎなかったと聞いています。
臨床使用は、太平洋戦争中のことであり、軍人に投与されたようです。したがって、まとまった症例報告もありません。
軍隊の栄養補給用として使用されたのは、上海天長節爆弾事件です。1932年(昭和7年)4月29日に上海の虹口公園(現在の魯迅公園)で発生し、天長節を祝賀するため君が代を斉唱中、水筒型の爆弾を式台に投げつけるのが見えたが、国家斉唱中であり不動の姿勢を崩さなかった上海公使であった重光葵氏は右脚を失いました。術後、Yanolの投与を受けたとの話もあります。したがって、戦後になっても、京都市伏見区藤森の京都陸軍病院を引き継いだ京都国立病院(現京都医療センター)に、数本の「Yanol」が残っていたのを日笠先生が貰い受けて分析なさったとのことです。結果は、真の意味での脂肪乳剤にはなっていませんでした。

 

誰か患者の栄養改善に脂肪の静脈内投与の研究してくれんか?


京都大学外科学教室は肋骨カリエスを専門とされていたこともあり、太平洋戦争後の栄養失調の患者が多かったようで、青柳安誠教授の指示で、多くの外科教室員にテーマが与えられたが、みな逃げ回って誰も手を付けませんでした。そこで、すでに生理学の医学博士の学位を取得されておられた日笠頼則先生にお鉢が回ってきたとのこと。当時、戦後の物資不足の時期であり、てんぷら油としての「ゴマ油」と乳化剤としてのレシチンは「大豆レシチン」しか入手可能なものはなかったのです。
理学部の経験者である日笠頼則先生は、ホモジナイザーを自ら設計・作成し、脂肪粒子径をもっと小さいものになるように努力されました。また、今でいう治験第1相はご自身の腕に何回も投与して、肝炎にもなられました。この点は、スウェーデンの大豆油を卵黄レシチンで乳化した「Intralipid」とは出発点が大きく異なるわけです。
京都大学外科学教室での成果は「日本外科宝函」に日本語で発表されました。
アメリカでは、アプジョン社の人工的な乳化剤使用による脂肪乳剤「lipomul」が開発中止になり、以後、市販品はありませんでした。
米国対ソ連の厳寒の戦争に備えるべく、米軍は必死でした。そこで、京都大学外科学教室から、故久山健先生(近畿大学外科教授)がアメリカ陸軍のMengらに「Fatgen」のノウハウを紹介しました。しかし、日本からの輸出には至りませんでした。
脂肪乳剤の臨床応用に関しては、京都大学外科学教室のH先生と東京医科歯科大学の「Intrafat」の開発者木村信良先生との間に、大学を超えた意見交換が頻繁にされていたとのことです。しかも当時は、血清脂肪酸の分析方法もなく、僅かに薄層クロマトグラフィーを応用することで、その方法を開発した教室の先輩の先生は、それだけで医学博士論文になりました。
その後、日本に数台しかない島津製作所製の大きなガスクロマトグラフィーが開発され、岐阜大学内科の先生方がサンプルをもって測定に通われたとの伝説もあります。しかし、私達の外科学教室の研究の方向が、乳児の低体温麻酔による心臓手術の方向に向かいました。研究テーマは、必須脂肪酸の研究へと変化し、胆石の成因と脂肪との研究に向けられました。

どの製薬会社と組むかがおおきな問題であった。

青柳先生の教授室の、窓の桟にはアリナミンの空瓶がずらりと並んでいました。そのことからわかるように当時の京都大学は、衛生学教室の藤原元典先生が開発された「アリナミン」の普及に協力的であった武田薬品との関係で、小さな製薬会社であるマルP(大日本製薬)と、今後10年の開発専売特許契約をしていました。その特許切れを機会に「Fatgen」は1979年製造中止となりました。

日本最初の脂肪乳剤はアンプル製剤であった。

遠心分離をして大きな脂肪粒子を除去する方法では、駄目なことが分かったので、日笠先生は理学部で勉強された経験から、自ら設計された「脂肪乳化機」にて、脂肪乳剤を一定の大きさにそろえることに成功されました。
浸透圧調整にデキストリン(Dextrin)、消毒はアンプルとの熱処理可能になさいました。かのWrethlindも京都大学の外科学教室に来て、「Fatgen」粒子径の小さいことに大変感心して帰られたと聞いています。しかし、脂肪粒子の安定化には、「隠し味?」が必要でした。防衛医大の故玉熊先生が「Fatgen」を静脈投与すると、血中コレステロール値が上昇すると指摘されました。これは脂質代謝の影響ではなく、日笠頼則先生が商品内容に記載されていなかったノウハウである乳化の細粒子化と安定のため、秘密裏にコレステロールが添加されていたのを、私が成分分析して、暴露してしまったのでした。

脂肪酸の分析の進歩高速液体クロマトグラフィーの普及

私達は、ガスクロマトグラフィーから、さらに進歩した微量分析器として、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で脂肪酸分析を行う研究をしていたので、トランス脂肪酸なども分離できることがわかりました。
ちょうどその頃、いわゆる精製したレシチンを得るため、レシチンを水素添加して、不飽和脂肪酸をなくし、それを新製品に使用した脂肪乳剤を日本で開発されました。
A社の新規脂肪乳剤Vは、精製レシチンにするための過程で生じるトランス脂肪酸が血液中に出現することを指摘し、それがために、この製品は販売停止となりました。

脂肪乳剤代謝の研究に脂肪乳剤の固定化と走査電子顕微鏡観察

後に、私の研究による走査電子顕微鏡による脂肪乳剤の観察で、「Intralipid」の粒子には大きなものが見つかるが、「Fatgen」には、均一な小さい粒子になっていることを明らかにしました。従来の市販脂肪乳剤に含まれる大きな脂肪粒子が肝・脾網内系にトラップされることを極端に恐れていました。
そこで、腸粘膜で修飾を受けずに、直接静脈内に入った脂肪粒子を観察するために、従来の透過型電子顕微鏡の前処置で必須の脱脂操作を避けるべき固定法を応用し、走査電子顕微鏡で立体的に網内系細胞と脂肪粒子を同時に観察できる方法を考案しました。その結果、早い段階で肝臓で代謝されることを見出しました。

All-in-Oneバックに脂肪乳剤を混合させる考え方

さて、私が京都大学外科学教室の大学院に進学したときには、まだリンゲル液とブドウ液の混合液、いわゆる「リブ各500ml」の大量皮下注射も行われていました。
静脈内へは、「Fatgen」25mlの4アンプルをリンゲル液500mlに混ぜ、イルリガトールで投与していました。そのため、しばしば投与後に発熱する患者があり、主治医はポケットに消しゴムを入れて持ち歩き、看護師が記入した患者カルテの熱型表の赤鉛筆のグラフを消して歩いた先輩もいたと聞いています。
その後、私が赴任した市中病院で、指示受けして看護師が全くの初めてのことで、「Fatgen」を直接静注して呼吸困難になった症例もありました。
1975年、京都で開催された第19回日本医学会のシンポジウム「輸液―その進歩と問題点」で、日笠先生が演者指定され、私に発表用の資料作成が回ってきました。
私達は、京都大学の日笠頼則先生の開発された脂肪乳剤「Fatgen」の発展として、8時間の全身エネルギー代謝の休息時間を考慮したCyclic hyperalimentationの概念から、それまでの輸液ガラス瓶の連結方式ではなくて、ポータブルなソフトバックの時代を先取りして、脂肪乳剤を混合したワンパックによるtotal parenteral nutrition を紹介しました。(第19回日本医学会総会会誌 1043-1046,1975)
10%の脂肪乳剤500mlも大量のブドウ糖・アミノ酸輸液で、脂肪2.8%~3.0%に希釈され、可塑剤溶出への影響も認めません。ただし、可塑剤を含まないソフトバックの素材には採血用の塩化ビニール製大バッグが使用できず、EVA製品に至るまでかなり苦労しました。これは後に、大塚製薬による「ミキシッド」TPNダブルソフトバック(ポリエチレン製)維持液の原点になったと推察します。

All-in-One方式の考案は、すでにフランスにありました。

1974年、メキシコで開催された第5回世界消化器病学会で、フランスのSolassol教授とJoyeux博士が3リットル用のシリコンバック(洗浄再使用)と輸液ポンプを腰につけた方法で「人工腸管Artificial gut」として発表していました。しかも、カットダウンで鎖骨下静脈の手前でカテーテルチューブの先端を留め、血流による大静脈血流による希釈と血栓防止の工夫もしていました。彼らが英語論文としてArch Surgにも発表していたものを改良した方法でした。これが、本当のTotal parenteral nutritionと私も同意しました。ただし、1日量を朝からぶら下げて歩く必要はないと考え、私は1日2バッグ方式でよいと考えてやってきました。

日本での静注できる脂肪乳剤は、東京でも同時進行していた。


日本では、木村信良先生らが「Intrafat」の作成に懸命の努力をされていました。1968年、残念ながら、国際特許はクリアできたが、その発売開始が、スウェーデンからのIntralipidの輸入許可と重なってしまいました。内容は同一です。
真島吉也先生(千葉大学外科出身)と日本から唯2人で、スウェーデンのカロリンスカに寒い2月に参加した「イントラリピッド発売50周年」も思い出の一つです。

脂肪酸の種類から観た新しい脂肪乳剤はヨーロッパでのみ市販

新開発は、欧州に限られました。オリーブ油や魚油製剤、人工的なStructured lipids製剤が開発されましたが、日本には、小児用としても、数例の試験的使用報告はあるとはいえ、広範な一般臨床には至っていません。
中鎖脂肪酸(MCT)を添加したMCT/LCT脂肪乳剤やオリーブ油のω-9系の一価不飽和脂肪酸を添加した脂肪乳剤では、ω-6系脂肪酸含有量を減らして、炎症性のプロスタグランディン産生を抑えられるとか、ω-3系の脂肪酸として魚油を投与すると臨床上よい効果があると言われ、最近はω-3系脂肪酸の有効性が話題になり、術後に投与すると外科侵襲が軽減され、感染が少なくなったという報告があります。
私の実験では、量的にはω-6系に対して4分の1ほど混ぜればよいことになります。αリノレン酸からEPAに変換する酵素が、リノール酸からアラキドン酸を合成する酵素と拮抗しているため、現在市販の大豆油脂肪乳剤では、リノール酸の比率が高く、αリノレン酸の結果は期待できません。
EPA l0%、30%、60%の脂肪乳剤をラットに静注して白血球の脂肪酸を見た結果、10%が1番良かったという結果を得ました。すなわち、市販の脂肪乳剤の10%ですから、全体の1%程度のEPAがよいということになりました。
日本で魚油系の脂肪乳剤が普及しない理由の一つに、魚を原料にしているために季節によって抽出量が安定しないということがありました。
海外の場合は、ある程度幅を持たせて許可されますが、日本では正確に決めなければ薬品として許可が下りません。ただ、このような高度不飽和脂肪酸は経口投与もしくは静注しなければならないと思っていましたが、皮膚に塗布するだけで吸収され血中濃度は上がってきます。本当に必要であれば、EPAやDHAに拘らなくても上手く治療できるのではないでしょうか。
食道癌の術後の例で、脂肪乳剤投与群と非投与群とで割付比較試験をした結果で、非投与群では血中リノール酸濃度が1週間で下がってきます。大豆油に入っているαリノレン酸も4日目から差が出ており、脂肪を投与した方が維持できます。
トリエンとテトラエンの比も、必須脂肪酸欠乏になるとトリエンが増え、約1週間で差がでると考えてよいと思います。必須脂肪酸の欠乏は、その都度、血中濃度を測定しなければ分からないのですが、病院の中央検査室にはそのための高速液体クロマトグラフィーの設備が常に稼働しているわけではなく、外部に発注しますので、コスト高なのでルーチンには施行されていません。

今後の展望

最近、TPNが胃瘻と同様に、延命処置と誤認され、普及が批判されています。かつて、わが国でも脂肪乳剤に関する国際会議としてのシンポジウムはありましたが、必須脂肪酸の投与に拘り、最低限または最小単位の市販品を末梢静脈に週2回程度補給するということしか現在でも、行われていないと聞きます。
現在、全身麻酔薬として10% 脂肪乳剤溶解「プロポロール」としての普及しかないのは悲しい限りです。
エネルギー源としては、門脈閉塞症や透析患者の経口摂取不能患者に僅か20%Intrafat 250mlの末梢静脈投与が細々と行われているのみの我が国の現状は嘆かわしいといえます。
一方、新生児にTPN製剤として、おそらく アミノ酸毒性が原因の一つと考えられる肝障害が、新生児用All-in-Oneバッグにより防止になる可能性もあるとの報告もあります。しかし、解剖学的にはない「中心静脈」というのは用いない方がよいので、上腕静脈より、長いカテーテルを挿入する方法PPNも普及しているので、上大静脈カテーテル先端留置とするのがよいのではと愚考します。
3大栄養素を同時に混合して補うことの出来るダブルソフトバック製剤がわが国でも登場し、その製剤技術の進歩は目をみはるものがあるといえます。
栄養補給の必要性の理論とそれに対応した製剤の補給方法とが相まってこれからの医療に大きく役立つことを願っています。

 

第1回はこちら
臨床における栄養療法への関与を振り返って

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