臨床栄養への関わり | 追悼:大熊利忠 先生

2023.04.13フレイル・サルコペニア , リハビリテーション栄養 , 栄養素 , 歴史

 

大熊利忠 先生を偲んで

2022年10月6日、出水総合医療センター 名誉院長の大熊利忠 先生が逝去されました。
大熊先生は、臨床栄養領域に数多のご功績を残された重鎮のお一人でした。

ここでは、大熊先生のご功績を偲び、弊誌「栄養ニューズPEN」2021年1月号にご寄稿いただいた、先生ご自身の手による回顧録を再掲させていただくことと致します。

大熊先生のご厚情に心から深謝申し上げるとともに、謹んで大熊先生のご冥福をお祈り申し上げます。

株式会社ジェフコーポレーション「栄養 NEWS ONLINE」編集部】

 

 

臨床栄養への関わり

 

大熊利忠 先生

大熊利忠
出水総合医療センター 名誉院長

 

はじめに

先日久し振りにジェフ・コーポレーションの石渡氏からメールがきた。内容は「栄養ニューズ・PEN」への寄稿依頼である。私は昨年3月「臨床栄養全史」を羊土社から上梓し、自分ながら文章を書くのもこれで最後と思っていた。
しかし、石渡氏とは長年の付き合いで、むげに断る事も出来ない。PEN への寄稿文はこれまでの私が歩んできた臨床栄養の回顧録で良いとのことで、それなら今でも書けるだろうと思いお引き受けした。書き出すと次から次へと色んな場面が浮かんでくる。

 

入局から臨床栄養への目覚め

私は昭和42年(1967年)に入局した。その年は「臨床栄養」にとって、世界的に画期的な年である事を後になって知った1)
その翌年Dudrick (ダドリック)らは先天性小腸閉鎖症に対し、初めて「TPN 」を施行し、順調に発育した症例を報告した2)。その指導者はJonathan Evance Rhoads である。彼は2002年に亡くなったが、その死は「The New York Times 」で大きく報じられた。「Jonathan Rhoads, 94, Medical Innovator dies 」“経静脈栄養を開発して医療の重大なブレイク・スルーを成し遂げた偉大なフィラデルフィアの外科医、1月3日に死亡。”と。其の後この方法は全世界に瞬く間に広がり、日本にも上陸した。
この詳細については、2015年第30回JSPEN の葛西森夫記念講演で、Dudrick 自身が述べている。その内容については拙書3)をお読み頂ければ、大まかな内容はお分かりかと思う。
私の入局時は未だ「臨床栄養」と言う言葉はなかったし、それが一つの学問体系をなすなど、ほとんどの外科医は考えてもいなかった。
術後合併症としての縫合不全を初め、食道がん手術、膵頭・十二指腸切除術など、多くの術後の合併症にはなかなか対応できず、その成績は惨憺たるものであった。
当時の横山育三教授はいつも「どうにかしてこの症例に2,000 kcal/日を投与できないか?」と回診の度に我々に問いかけられていた。
其の後私は地方病院に出張を命じられ、その頃には日本でも既に「TPN 」は広く普及していたが、現在のような感染防止対策(maximal sterile barrierprecautions )はとれず、注入液の作成も一般のナースステーションで行われ、穿刺も病棟で無菌手袋をして行うような状態でありすぐ感染を併発し、長い事維持する事ができなかった。
そこで経腸栄養でどうにかして大カロリーを投与できないかと考え、いろいろと論文を探してみた。
幸いグリーンスタインJP らの10編に亘る論文が見つかった。即ち、「Chemically Defined Diet:  CDD 」についての論文である。これは現在では“elemental diet ”と呼ばれているものである。NASA は宇宙食として残渣の少ない食餌を開発する目的であった。グリーンスタインらはNASAの依頼を受けて開発していた。その10編中3編は我が国の杉村 隆先生が筆頭著者となっている。杉村先生は国立がんセンターの名誉総長で生化学が専門で発がん物質などの研究もして居られた。今年9月94歳で亡くなられた。それらの一連の研究が“Vivonex ”と言う製品でVivonex 社から市場に出ていたが、本邦では手に入らない。
出張病院から医局に帰り食道グループに配属された。その頃の食道がんの患者は術前から“malnutrition ”であり、術後の栄養管理も非常に困難を極めていた。どうにかしてVivonex が手に入らないかといろいろ手をまわすも不可能である。それでは自分たちでCDD を作ろうと言う事になり、病棟の配膳室にミキサーを持ち込み作成した4)。蛋白源はプロテアミン12x、糖質はマルトデキストリンを使用し、投与直前に注射用脂肪乳剤を混入した。電解質とビタミンは必要量混じて投与した。これを「熊大一外科CDD」と命名した。

 

亜鉛欠乏例の経験

食道がん術前・術後や胃全摘症例の術後やクローン病症例にこの「熊大一外科CDD 」を使い良好な感触を得ていた。ある日、35 歳特発性食道破裂の症例、右膿胸と持続する高熱で送られてきた。直ちに胸腔内持続吸引用ドレナージチューブを留置し、絶食とし、TPN 管理を行った。胸腔内吸引物も次第にクリアーになって来るも、TPN によるcatheter sepsis を繰り返していた。そこで経鼻的に二重管を挿入し、内筒は先端を空腸上部に位置し、外筒は胃液を吸引した。「熊大一外科CDD 」を投与してしばらくすると、次第に顔面の湿疹が出現、軽度の発熱が見られた。当時はまだ、微量元素についての知識が乏しく、我がCDD には微量元素は含まれていなかった。
血清アルカリホスファターゼ値が低下してきた。文献を検索してみると“亜鉛欠乏”である事がわかった5)。薬剤部と相談し硫酸亜鉛を作って頂き、経腸的に投与した。すると硫酸亜鉛投与後3 日目頃から皮疹は消退した。

 

小越章平先生との出会い

出張病院でNASA のCDD プロジェクトを知り、そのL- 型結晶アミノ酸は日本からの製品であった。其の後色々調べて行くうちに、日本でも千葉大学第二外科の小越章平先生と味の素が共同で“ED-AC ”の開発に取り組んでいる事を知った。メンバーには徳島大学の井上五郎先生もおられた。先生はアミノ酸代謝の第一人者である。
医局に帰り千葉大二外科主催の日本消化器外科学会に出席した。会場には当時講師の小越先生が居られた。私は小越先生とは面識がなく、どうしたら話しかけられるかと悩んでいたが、思い切って直接先生に“私は熊大の大熊です。”と自己紹介し、ED-AC の治験について話を伺った。 すると、先生は「熊大の大熊先生か、覚えやすいな」とおっしゃり、早速ED-AC治験の九州の担当にして頂いた。
「ED-AC」は「味の素」、「千葉」から取った治験名である。それを使い、食道がんや胃癌全摘術後症例に、今でいう「早期経腸栄養」を行い、それなりの成果を出し、学会発表をし、論文もだした6)。又、ED-AC は残渣のない成分栄養なので、クローン病にも非常に効果があり、数例の症例に使用し、病態の改善、局所の炎症の改善などをみた。妊娠合併例のクローン病症例に対し、ED-AC を使用し、無事出産にこぎつけた症例も経験した7)

 

最初のネズミの実験

当時我が教室には「代謝・栄養」グループと言うのは無く、皆それぞれ自分の好きな事をやっていた。私も最初は肝移植グループに入り、犬の肝移植実験にしばらく没頭した。臨床は食道グループで食道がん症例の管理に四苦八苦していた。その頃の食道がん症例は殆どが外来初診時から低栄養の状態であった。
食道がん術後合併症としての「乳び胸」が稀にある。本疾患は胸腔内で術中に胸管の本管、又はそれに入り込む支流を損傷し、リンパ液が胸腔内に漏れて、乳び胸を呈する疾患でなかなか治療困難な合併症である。はじめTPN で管理していたが、なかなか胸腔ドレーンからの排液は少なくならない、むしろ増加してきた。そこで、TPN を中止し、ED-AC を投与した。すると、胸腔ドレーンの排液が少なくなり、次第に治癒した症例を経験した。
そこで、ネズミで実験を行う事にした。左頸部で胸管を露出し、胸管の末梢側にカニューレを留置して胸管ドレナージを行い、リンパ液を採取してその量を測定した。反対側頸部からTPN ラインを作成し、更に腹部に胃十二指腸ろうを作成した。TPN ラインから、TPN 溶液を注入する群、胃十二指腸ろうから、ED-AC 及び生理食塩水を投与する3 群を作成し、胸管ドレナージ量を測定した。結果はTPN 群で最も胸管ドレナージ量が多く、生理食塩水、ED-AC 群は胸管ドレナージ量が有意に少ない事を観察した。この結果は当時の「術後代謝研究会」(現在の日本外科代謝栄養学会)で発表した8)。それから自然と我が教室にも代謝・栄養に興味を持つ研究者が出てきて、いろいろなネズミの実験が出来るようになった。
其の後4-5 人のグループでネズミの実験を重ね、TPN とEN のタンパク代謝への比較や成長ホルモン(GH )やグルタミン(Gln )について実験を重ね、数編の論文を発表した912)

 

文部省在外研究員としてのアメリカ留学

1988年文部省在外研究員として短期(2か月)アメリカに留学する機会を与えられた。留学先はNewYork, Cornell 大学医学部で、コーネル大学医学部医療センターのDavid B. Skinner 教授である。彼はつい最近シカゴ大学からここに移り、同病院長であり、胸部・心臓血管外科のチーフであった。勿論私はそこで食道がんや、特に食道の機能性疾患について勉強した。その間ボストン・ハーヴァードのProf Wilmore DW ラボを訪問し、彼とGH やGln について、我々のデータを中心に討論し貴重なアドバイスを頂いた。その時そのラボにいたのがDr. Zeagler TRである。彼はその時腎不全患者に対する成長ホルモンの効果について臨床研究中であった。彼は自分の車で私を腎透析センターにつれて行き、施設内の見学をさせてくれた。直接腎不全患者と会話を交わす事が出来、患者はGH の投与で非常に体調も良く、食欲も出てきて、BUN の上昇を抑えられたと言う事などを聞かせてくれた。

 

第17回日本静脈経腸栄養学会の開催

1999 年の本学会で2002 年第17回の本学会を熊本で開催する事が決定された。その当時私は大学をはなれ、出水市立病院の院長として従事していた。当時の学会は参加者が1000 名余という比較的小さな学会であり、どうにか熊本で開催できると思いお引き受けした。しかし会場探しも難しく、熊本空港近くのグランメッセ熊本とした。熊本大学第一外科教授である北村信夫先生はじめ、医局員の皆様、それに同門の方々の応援でどうにか開催にこぎつけた。グランメッセ熊本は熊本空港と市内を結ぶ道路の沿線にあり、また九州縦断高速道路も通っていて、アクセスは便利である。
葛西森夫記念講演には順天堂大学の河盛隆造先生、武藤輝一記念講演には熊大の佐谷秀行先生にお願いした。河盛先生は父上が熊大第一内科の教授でわれわれも学生時代講義を受けた。また、河盛隆造教授は熊本高校の私の一年後輩であった。佐谷先生は神戸大学から熊本大学の腫瘍医学教室に移られ、現在は慶応大学医学部の教授である。
また、外国からは英国ノッチンガム大学の教授でその頃ヨーロッパ静脈経腸栄養学会(ESPEN)の会長をされていたSimon P. Allison 教授、カナダバンクーバーのBritish Colombia 大学の栄養化学の教授であるSheila M. Innis 先生、それに韓国の外科代謝・栄養学会長のMyung Duc Lee 教授をお招きした。
おかげで約1500名余の参加者があり、これまでに最も多くの参加者であった。

 

臨床栄養の将来の展望

臨床栄養を勉強していくと、非常に奥深い事を最近痛感している。その中でサルコペニアの問題がクロースアップされてきた。
サルコペニアは一次性、と二次性のものがあるが、いずれにしてもその病態は「骨格筋の減少と機能低下」である。臨床栄養の目的は如何に「骨格筋を維持するか」と言っても過言ではない。それを保つための栄養法にはオートファジーの考え方を導入しなくてはならない事もある。オートファジーは、飢餓時に活性が増強する。東工大の大隅良典教授らは“細胞内のリサイクル”の仕組みを解明し、それによってノーベル賞を受賞された事は周知の事と思う。
そのオートファジーの脂肪二重膜から次第にオートファゴゾームが形成され、それがライソゾームと癒合し細胞内の老廃物を処理する機構であるが、この機構が破綻すると、細胞内にROS (reactive oxygen species : 抗酸化物質)が蓄積し、いろんな障害が起きてくる。この機構はタンパク質に関する機構であり、これによって普段我々も、体タンパクを十分に維持している。その分子機構も複雑で成書をご覧頂きたい。
骨格筋は身体内の最大の“内分泌器官”であり、運動によって多くの物質が血中に分泌される。その主なものはIL-6 である。IL-6 は炎症によって血中に分泌されるが、炎症の場合にはIL-6 の分泌前にTNF-α が分泌される時期があるが、運動によって分泌されるIL-6 はTNF-α の分泌がない。
即ちサルコペニアを予防するには、栄養だけでは、不可能であり、「栄養+運動」が必須である。
運動によって筋肉から分泌される物質をDemontis らは“Myokine ”と名付けた13)。IGF = 1 、IGFBPs は運動によって分泌され、骨格筋の維持肥大に作用し、Myostatin は運動によって反対に分泌が抑制され、筋委縮を軽減する。IL-6 、IL- 1β は運動によって分泌が亢進し、すい臓に働き、インスリン分泌をうながす14)
面白いのは“Irisin”と言う物質である。運動によってPGC- 1α が活性化するとそれによって、骨格筋中にFNDC- 5 ( Fibronectin typeⅢdomain containing 5 )が増加し、それが血中に出てWAT (white adiposetissue )に作用し、WATをBeige adipocytes に変換し、宿主のUCP1 を増加し、肥満を解消すると言う15)
この“Myokine ”の分泌は最近では“Exosome ”によって血中に分泌されることがわかった。Exosome とは細胞の二重膜に包まれた100 nm前後のExtracellularvesicles (細胞外小胞)の一つで、近年その研究が盛んである。その小胞の中に蛋白質、脂肪、mirRNA 、mRNA 、DNA 、免疫物質など多くの情報源が含まれ、autocrine 、paracrine 、endocrine 的に標的細胞に作用する14)。更に“liquid biopsy ”によって取り出す事が出来ると言う。
また、脳血液関門(BBB )を通過する事も分かり、パーキンソン氏病の治療などへの応用も考えられている。 将来はこの“exosome ”を用いて骨格筋の維持なども考えられるかもしれない。

 

おわりに

これまでに行って来た仕事について述べてみた。最後に臨床栄養の将来の展望について述べたが、「臨床栄養」は本当に奥深く、唯、経静脈栄養や経腸栄養を投与しておけば済む話ではなくて、その奥には色んなメカニズムが潜んでいて、今後若い先生方がこれらの事について一つずつ解き明かして頂ければ幸いである。特にこれからのリハビリテーションは「運動+栄養」が必須であり、大いに変化を遂げるであろう。1万数千人の会員を持つ「日本臨床栄養代謝学会」の将来は前途有望である。

 

【参考文献】

1) Dudrick SJ, Wilmore DW, Vars HM: ., Surg Forum;  18: 356–357, 1967.
2) Dudrick SJ, Wilmore DW, Vars HM, et al., Surgery; 64: 134-42, 1968.
3) 大熊利忠., 臨床栄養全史; 2019, 羊土社 東京
4) 大熊利忠他., 臨床外科; 34: 547-553, 1979.
5) 岡田 正 他., 医学のあゆみ; 92: 436-442, 1975.
6) 大熊利忠 他., 日本消化器外科学会雑誌; 13: 159-164, 1980.
7) 松尾 勇 他., 日本産婦人科学会雑誌; 38: 616-619, 1986.
8) 岡村健二 他., 術後代謝研究会誌; 14: 297-301, 1980.
9) 田平洋一 他., 外科と代謝・栄養; 22(4): 306-313, 1988.
10) Okamura K et al.,  J PEN JParenter Enteral Nutrition; 13(5): 450-454, 1989.
11) 堀地義広 他., JJPEN; 14(6): 909-913, 1992.
12) Okuma T. et al.,  Nutrition; 10(3): 241-245, 1994.
13) Demontis F., Aging cell; 12(6): 943-9, 2013.
14) Barlow JP., Am J Physiol Endocrinol Metab; 314(4): E 297- E 307, 2018.
15) Bostrom P., Nature; 481(7382): 463-8, 2012.

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