免疫療法のはなし【その❷ 癌(がん)と免疫】 | 奥村 康 先生
2023.07.04癌(がん)世界が経験したことのないほどのスピードで人口の高齢化が進む中、日本では「癌(がん)」にかかる人や「癌」で亡くなる人の数が増え続けています。最近は医療技術が進歩し、早めに対処することで治るケースも多くなってきてはいますが、身体に関する心配事の上位を占める病気といえば、やはり「癌」ではないでしょうか。
今回は、免疫学の第一人者である順天堂大学の奥村 康 教授に、「癌(がん)」と「免疫」の関係を中心に解説していただきました。
【株式会社ジェフコーポレーション「栄養NEWS ONLINE」編集部】
奥村 康 先生
(順天堂大学 医学部 免疫学 特任教授)
そもそも、「がん」とは?
免疫と「がん」の関係について述べる前に、そもそも、「がん」とは一体何なのかということからお話したいと思います。
生物の身体は「細胞」という小さな部品によって作られています。ただし、機械などの部品とは異なり、老朽化してくると体内で作られた新しい細胞と次々に入れ替わっていくという特徴があります。これはヒトに限らず昆虫などでも同様なのですが、ヒトの身体は構造がより複雑にできているため、部品(細胞)の種類も格段に多くなっています。また、細胞の種類によって寿命もまちまちで、とくに腸や皮膚の細胞はごく短期間で次々に新しい細胞と入れ替わっていきます。
私たちの体内で1日に作られる細胞の数は約1兆個ともいわれています。それだけたくさんの細胞が毎日作られるとなると、中に不良品(異常な細胞)が混じってしまっても不思議ではありません。この不良品の代表例が「がん細胞」です。「がん」とは、細胞の不良品である「がん細胞」がどんどん増えていき、周囲の組織や臓器を壊してしまう病気ともいえます。
不良品を取り除くしくみ
実は、健康な人であっても毎日5,000~6,000個の「がん細胞」が体内で生まれています。この数字だけ聞くと多いと感じるかもしれませんが、毎日約1兆個作られる細胞のうちの数千個ですから、数としてはほとんど誤差のレベルです。しかし、それが毎日積み重なっていくと、最初は小さな細胞だったものが次第に大きな塊を形成するようになり、やがて「がん」の発症へとつながってしまいます。
そこで、私たちの体には、日々生まれてくる細胞の中から不良品を隈なく見つけて取り除くしくみが備わっています。このしくみの主役を担うのが、前回お話した「NK細胞」です。「NK細胞」が元気であれば、「がん細胞」は生まれたばかりの段階ですぐに見つかって排除されるため、大事に至る心配はありません。
ただし、「NK細胞」は軍隊役の「T細胞」や「B細胞」ほど強靭にはできておらず、元気を失くして「がん細胞」を取り逃がしてしまうことがあります。
「NK細胞」の元気度「NK活性」
体内のお巡りさん役である「NK細胞」が不審者(がん細胞や風邪のウイルスなど)を取り締まる能力を「NK活性」といいます。
この「NK活性」には個人差があり、「NK活性」と発がん率の関係について調べた研究によると、「NK活性」が低めの人は発がん率が高く、「NK活性」が高めの人は発がん率が低いことが示されています1)。また、「NK活性」は加齢に伴って変化し、概ね20歳代をピークに低下していくこと、歳を取るにつれて一旦低下した「NK活性」はなかなか回復しにくくなることなどが分かっています。一般に、「がん」の発生率は高齢になるほど高くなりますが、その背景には「NK活性」の低下も関っているかもしれません。
このほか、「NK活性」の低い人は、高い人と比べて寿命が短いというデータもあります。私は以前、100歳を超えてなお現役医師としてご活躍された故・日野原重明先生(聖路加病院 名誉院長)の「NK活性」を測定させていただき、日野原先生の「NK活性」が若い人と同じくらいに高いことに大変驚いた経験があります。「NK活性」の維持は健康長寿の秘訣といえるかもしれません2)。
なお、「NK活性」は血液検査で測定することができますが、より簡単なバロメーターとして“風邪のひきやすさ”も一つの目安になります。過去1年間を振り返っていただいて、ご自分が何回風邪をひいたか思い出してみてください。1年に3回以上、高熱で寝込んだような経験のある人は「NK活性」が低下しているかもしれません。
「NK活性」を若く保つには?
以上のように、「NK活性」を日頃から若く保つことで、感染症だけでなく「がん」の予防にも役立つ可能性はありそうです。では、「NK活性」を若く保つにはどうすれば良いのでしょうか?
「NK活性」は自律神経の影響を受けやすいことが知られています。自律神経とは、内臓や血管などの働きをコントロールして体内環境を整える神経のことです。自律神経には昼間や緊張・ストレスを感じた時に働く「交感神経」と、夜間や睡眠中、リラックス時に働く「副交感神経」という2つの系統があります。これら2つの系統がアクセルとブレーキのように協調し合いながら身体機能を調節しており、そのバランスが崩れるようなことをすると「NK活性」にも悪影響を与えてしまいます。まずは日常生活の中で、以下のような点に注意すると良いでしょう。
《生活のリズム》
「NK 活性」にはもともと日内変動があり、活動的な時間帯に高く、休息時に低くなるように調整されています。ヒトの場合、最も高いのは朝から昼過ぎ頃までの時間帯で、夕方以降は次第に低下していきます3)。このリズムが乱れるような生活、例えば、日勤・夜勤の勤務シフトが不規則だったり、海外出張の多い仕事などでリズムが乱れがちな人は、活動時間帯に「NK活性」が低くなっている可能性があります。昼夜の自然な切り替えを促すためにも、生活のリズムを安定させることが重要です。
《適度な運動》
健康を維持する上で適度な運動は欠かせませんが、長時間の激しい運動は「交感神経」が過度に優位な状態を持続させることになります。こうした状態は身体にとってのストレスであり、免疫の観点で見るとかえってマイナスの効果を招いてしまう恐れがあります。
運動前後の「NK 活性」を測定した研究によると、運動中は運動の強さに依存して「NK 活性」が一時的に増加するものの、運動の終了直後から急激に低下し始めること、その低下の度合いは運動の強さに依存することが示されています4)。また、低下した「NK 活性」が元に戻るまでには、運動時間の何倍もの時間がかかるともいわれています。健康維持のためには“頑張りすぎない”ことが大切なのです。
《気分転換》
自律神経の働きは、心理状態にも大きく影響されます。現代社会では、多くの人がさまざまな精神的ストレスに曝されながら生活しています。これは激しい運動を長時間している時と同様、交感神経が過度に優位な状況にあるとも考えられ、その後の「NK活性」の急激な低下が予想されます。
実際、ラットを使った実験によると、子育て中のメスから子どもを取り上げると「NK活性」が急激に低下することが分かっています。さらに、子どもを取り上げられたメスの隣に元気なラットを置いておくと、元気なラットの「NK活性」まで低下することも示されています。この結果から、強いストレスは自分自身だけでなく、周囲にまで悪影響を及ぼすことが分かります。
そうした状況を避けるために大切なのは、早めに気分転換して自律神経をリセットすることです。真面目すぎる人は年中、交感神経が優位になっている状態で、それが免疫機能を下げる原因になっているかもしれません。「~すべきだ」「~しなければ」という発想をやめて、「ある程度、いい加減に生きる」ことがストレス対策として効果的です。「よく笑う」ことも自律神経の安定には有用で、ストレスを軽減させて免疫機能の活性化につながるとの報告もあります。
なお、気分転換に趣味に打ち込むのも良いですが、「極めよう」「やり遂げよう」と自分自身を追い込まず、三日坊主で終わっても構わないぐらいの軽い気持ちで、気楽に楽しむようにしたいものです。
《体温調節》
私たちの身体には、体温を一定に保つ機能が備わっており、その機能を担っているのは自律神経です。エアコンの使用などによって、室内と室外の温度差が激しい場所を一日に何度も行き来していると、知らないうちに自律神経に大きな負担をかけてしまうため注意が必要です。
また、免疫細胞が活発に働くのは、深部体温(内臓など体内の中心部の温度)が37度以上、皮膚温(わきの下など、体の表面の温度)でいうと36.5度以上の時です。体温が下がると、全身の代謝が悪くなって肩こりや頭痛などの症状が起こりやすいだけでなく、免疫機能も低下します。身体が冷えてしまった時には、少しぬるめのお風呂にゆっくりと浸かって体の芯から温まるようにすると良いでしょう。
《食事》
食事に関しては、1日3食のリズムを崩さないことが重要です。特に朝食はとても大切で、1日の始まりである朝にしっかりと食事を摂ることは規則正しい排便リズムにもつながります。
食事内容としては、栄養バランスのとれた献立が理想的なのですが、嫌いなものを我慢して食べていると、かえってストレスがたまってしまいます。人間とは、体内で不足している栄養素を本能的に求めるものです。その時々に食べたいと感じるものを、楽しい環境で食べるのが一番ではないでしょうか。
食品成分と「がん」予防
巷では、食品に含まれる特定の成分によって免疫機能を高め、「がん」に対抗しようという民間療法の類を数多く見かけます。ただし、それらの中には科学的な根拠に乏しいものも少なくないと感じています。
そもそも、大きな塊になってしまった「がん」を叩くには、人間の「NK細胞」の数は圧倒的に少なすぎます。このため、大きな塊の「がん」に対する治療や根治を体内の免疫システムに期待するのは難しいように思います。
一方で、まだ小さな「がん細胞」のうちに見つけ出して叩くということに関して「NK細胞」が非常に有能であることは事実です。従って、もし特定の成分によって「NK活性」を高めることができれば、「がん」の発症や再発を予防したり、大きな「原発がん」から飛び散った小さな「がん細胞」を叩くことで転移の低減につながる可能性はあります。実際、リンパ節で「がん」の転移が多いところと少ないところを調べてみると、転移の少ないところでは「NK活性」が高くなっているということも分かっています。
残念なことに、「NK活性」を高めることが科学的に立証された食品成分というのは非常に少ないのですが、一部、存在はしています。次回はその具体例について述べたいと思います。
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【参考文献】
1) Imai K, Matsuyama S, Miyake S, et al : Natural cytotoxic activity of peripheral-blood lymphocytes and cancer incidence : an 11-year follow-up study of a general population. Lancet 2000;356:1795-1799.
2) Solana R and Mariani E : NK and NK/T cells in human senescence. Vaccine. 2000; 18, 1613-1620.
3) Arjona A, Boyadjieva N, Sarkar DK : Circadian rhythms of granzyme B, perforin, IFN-γ, and NK cell cytolytic activity in the spleen : Effect of chronic ethanol. J Immunol. 2004;172:2811-2817.
4) Green KJ, Rowbottom DG, Mackinnon LT: Exercise and T-lymphocyte function: a comparison of proliferation in PBMC and NK cell-depleted PBMC culture. J Appl Physiol. 2002; 92: 2390–2395.