日本注射薬臨床情報学会の発展を願いつつ|寄稿:東海林 徹 先生

2023.04.21栄養素 , 歴史

「栄養ニューズPEN」2020年12月号にご寄稿
株式会社ジェフコーポレーション「栄養NEWS ONLINE」編集部】

 

東海林 徹
元日本注射薬臨床情報学会 会長
日新薬品株式会社 顧問

 

はじめに

1991年9月に「注射薬配合変化予測研究会」を故 仲川義人先生(元 山形大学医学部附属病院 教授・薬剤部長)と共に山形市の一部の医療機関で立ち上げた。その一つの目的は、私のライフワークとしていた注射薬配合変化予測法を広めることであった。しかし、研究会は思いもかけない展開をして、現在、学会へと発展し、国内はもとより日本、韓国、中国の三カ国で相互に開催するまでになった。当初の小さな目的よりも、注射薬のリスクに関する問題点を薬剤師の観点から捉え、社会貢献に寄与しようという大きな目的を掲げている。これらに至る経過を踏まえて、当初の活動からどのように会が発展してきたかについて振り返ってみた。

 

pH変動スケールを用いた注射薬配合変化予測法

pH変動スケールは日本独自の考え方で、1959年、青木大 先生(当時 大阪大学医学部附属病院薬剤部)によって最初に考案された。このpH変動スケールを用いた配合変化予測法は、大きく二人の先生によって展開された。一つは田辺登 先生による図解法、もう一つは幸保文治先生による希釈法が考案された。
田辺による図解法は、各注射薬のpH変動スケールを並べて予測する方法である。この方法によって、図1の上の処方例1について予測を試みた。ソリタT3号液500mLのpHは5.2、ソル・コーテフ100mg/2mLのpHは7.2、変化点pH6.9および11.5、ビソルボン注2mLのpHは2.8、変化点pH4.7である。この組み合わせでのpHは2.8〜7.2の間にあることが想定され、その間にはソル・コーテフ100mg/2mLとビソルボン注2mLの変化点pHがあるので、配合により外観変化が認められると予測される。
一方、図1の下、処方例2について、希釈法によって予測を試みた。水溶性ハイドロコートン注とビソルボン注2mLの配合で白濁する。この白濁は注射用蒸留水500mLで希釈しても白濁のままであり、その時のpHは7.9であった。次に変化点pHを要するビソルボン注2mLを注射用蒸留水500mLで希釈して、変化点pHを求めると、pH6.7以上のアルカリ領域で白濁することが判明した。したがって、pH7.9は白濁領域になるので、この処方例は配合不可と予測された。この処方例は臨床の場での実例であり、このいずれも外観変化が認められずに配合は可であった。ここで、この食い違いについて、しばらく考えて次の結論に至った。図解法では輸液の緩衝性を度外視して、輸液500mLと2mLの注射薬を同列にみている。希釈法では輸液の緩衝性を度外視して、全て緩衝性のない注射薬蒸留水で希釈している。この問題点を解決することで、新たな現場に沿う予測法ができるのではないかと考えた。

図1 それぞれの予測法の限界

輸液をベースに臨界点pH変動スケールを用いた予測法

輸液の緩衝性を加味した変動スケールの解消は、各輸液製剤を用いることで解決する。もう一つの問題は、変化点の考え方にある。というのは、肉眼で外観変化が認められる最小のpHであることが問題である。変化点pH6.7、それよりアルカリ領域で白濁することになる場合、pH6.5は外観変化が認められないと言い切れるか?そこで、臨界点pHの概念を考えた。臨界点は、確実に外観変化が認められないぎりぎりの点で、そのpHを臨界点pHと定義した。なお、詳細は文献を参照していただきたい1)。この輸液の緩衝性と臨界点pHを加味した配合変化予測法で、先ほどの処方例1および2について予測を試みた(図2)。ソリタT3号500mL+ソル・コーテフ100mg/2mLと、ソリタT3号500mL+ビソルボン注2mLの臨界点pH変動スケールを並べてみると、先ほどの図解法では、配合不可と予測されたものが、配合可と予測された。同様に、処方例2も本予測法では配合可と予測された。注射薬配合変化予測研究会では、この予測法を広めることを主目的として、配合変化予測システムを構築する方向にあった。当時、無謀にも大塚製薬工場の配合変化システムADMICSと張り合った経緯がある。

図2 輸液をベースに臨界点pH変動スケールを用いた配合変化予測

 

輸液中に含まれる亜硫酸塩の問題

本研究会の理事でもある浅原慶一 先生(当時 兵庫県立柏原病院薬剤部)のご講演で「輸液に添加されている亜硫酸塩の功罪」について拝聴した。亜硫酸塩は、抗酸化剤として使用が認められており、輸液製剤のうち生理食塩液とブドウ糖輸液を除いた輸液製剤に含有されている。その目的として、電解質によるブドウ糖の酸化防止およびメイラード反応を抑制することである。このように亜硫酸塩は有用である一方、ビタミンB1を加水分解させることを浅原先生が示された。ブドウ糖のエネルギー代謝には、ビタミンB1が必須である。高カロリー輸液を投与されている患者さんへのビタミンB1を添加しなかったことによる乳酸アシドーシス発症が、医薬品副作用情報No.104で医療機関に提供された。その後、何度となく情報が提供され注意喚起された(表1)。我々は、研究会を通して、高カロリー輸液投与患者さんへのビタミンB1添加の重要性を啓蒙すると同時に輸液製剤中に含有される亜硫酸塩によるB1の分解についても注意を喚起した。

表1 ビタミンB1欠乏で高カロリー輸液投与中に誘発されるアシドーシス

輸液セットからの可塑剤の溶出

1995年、第8回注射薬配合変化予測研究会において、山梨医科大学病院薬剤部 河野健治 先生を招いて、「注射薬と医療用具との相互作用」と題した講演をいただいた。内容は、ポリ塩化ビニル(PVC)製輸液セットからの可塑剤の溶出であった。当時、玩具メーカー、食品メーカーでもPVCからの可塑剤が環境ホルモンとして問題視されていた頃である。研究会では引き続きこの可塑剤の問題を整理して、病院薬剤師に情報を提供した。問題はPVC製輸液セットには、可塑剤としてフタル酸ジ-2-エチルヘキシル(DEHP)が使用されており、ポリオキシエチレンヒマシ油などを可溶化剤としている注射薬(図3)と接すると、溶出してくること。このDEHPは、外因性内分泌攪乱化学物質ではないかと環境庁(当時)で問題にしていたことである。このDEHP溶出に関する問題は、2001年静脈経腸栄養学会の座談会2)でも取り上げ、多くの医療関係者に情報を提供することになった。その2年後の2003年に厚生労働省は、各医療機関にDEHPを溶出しない輸液セットの代替え品を提示した。

図3 PVC輸液セットからDEHPを溶出させる可溶化剤

 

学会としての国際化

研究会の目的を社会貢献に立脚して、幅広く考えようということで、2001年には、日本注射薬臨床情報学会と名称を変更した。初期の山形開催を仙台、東京、名古屋、大阪と各地で開催されるようになった。そのころ、理事の間で韓国の状況を知りたいという話題が持ち上がっていた。そこで、仲川先生と私とで韓国ソウルに向かうことになった。ソウル大学で韓国の関係者との話し合いの結果、日韓合同のシンポジウムを交互に開催することになった。第1回目は2002年に韓国ソウル大学での開催となり、チェアマンはUlsan大学医科大学のRo教授に決定した。Ro教授は日大板橋病院 薬剤部で、幸保先生から注射薬の配合変化について学んだ経緯があり、我々の話に大変興味を示した。学会が国際化へと向かう第一歩であったが、NTT東日本関東病院 薬剤部長 折井孝夫 先生のご助力が大きかった。折井先生は以前から、韓国、中国の病院薬剤師の先生とは交流が有り、日韓合同シンポジウムから日中韓合同シンポジウムへとの発展にもご助力をいただいた。第3回合同シンポジウムの写真は、前列の左から3番目に仲川先生、その隣がRo先生、その隣が私である。シンポジウムは特別講演、教育講演、一般演題から構成され、第1日目の午後から2日目の午前中に開催された。第1日目の夜には歓迎会が開催され、日韓薬剤師の良き交流の場になった。その後、中国の病院薬剤師から本学会への参加要望がある旨、折井先生より打診された。この申し入れは、喜んで受け入れると共に、理事会で中国での開催を協議した。ここに、日中韓の3国による合同シンポジウム(CJK Joint Symposium)開催が決定した。第1回CJK Joint Symposium は、2010年に韓国ソウル大学で開催され、2011年には東日本大震災により学会の開催が延期になり、2012年に岡山大学医学部附属病院 教授・薬剤部長 千堂年昭 先生がチェアマンとして、岡山で開催した。2013年には、CJK JointSymposiumが北京で初めて開催された。この中国でのCJK Joint Symposiumの開催にも折井先生のご助言があったことは言うまでもない。

前列左から3番目 中川先生、4番目 Ro先生、5番目 東海林先生

注射薬に関するリスクマネジメント

2003年、チェアマン 杉浦伸一 先生(当時 名古屋大学医学部)により、第4回日本注射薬臨床情報学会が名古屋大学医学部で開催された。グループ学習を中心に高カロリー輸液の処方設計を演習で学ぼうという趣旨であった。NST(Nutrition Support Team)において、輸液は薬剤師が得意とすべきものにも関わらず、浸透圧とかmEqとか苦手な分野である。杉浦先生から輸液に関する基礎知識の講義に続いて、実戦に即した少人数のグループ学習は、やがて日本静脈経腸栄養学会(現 日本臨床栄養代謝学会)の薬剤師部会セミナーへと展開することになった。輸液の処方設計に関する学習は、薬剤師のリスクマネジメントとしての処方監査へとつながった。その後リスクマネジメントに関するテーマは、学会のメインテーマになった。第13回学会において、中西弘和 先生(当時 同志社女子大学薬学部医療薬学科臨床薬学教育研究センター)は、抗がん剤調製中のケミカルハザードについて講演している。さらにCJK Joint Symposium in 岡山においては、メインテーマが「注射剤安全使用に向けた薬剤師の関わり」と、学会の目的として薬剤師のリスクマネジメントとしての役割がクローズアップされてきた。

 

注射薬中の微小異物

本学会の目的が大きく展開して、注射薬に関するリスクの問題に目を向けつつあった。注射薬中のアンプルカット時の微小異物の問題点を、すでに岡山大学病院 薬剤部の千堂教授が発表していた。その後を追うように、内田享弘   教授(武庫川女子大学薬学部)、私の教室(奥羽大学薬学部)で発表した。内田教授はセフトリアキソンとカルシウム含有輸液製剤との配合変化の原因を明らかにした。この問題は、配合により結晶が析出しそれが原因で死亡にいたることもあるというFDAからARERTが出されたことに発する。内田教授らの教室では、この結晶析出には輸液ポンプによる物理的刺激が関与していることを明らかにした。
我々は、凍結乾燥製剤を溶解した後に微小異物が検出され、それは輸液フィルターで除去できることを示した。さらに、10μmの微粒子をラットに投与して、臓器への移行をみたところ、肺と腎臓に蓄積することを明らかにした。この結果は、中国北京で開催されたCJK Joint Symposiumにおいて講演した。

 

最後に

山形で誕生した小さな研究会がCJK JointSymposiumを開催する国際会議にまでに発展した。約30年間の出来事である。その間、会長は初代が仲川義人 先生、2代目が東海林徹、3代目が内田享弘 先生、現在4代目の千堂年昭 先生と続いている。今後、日本注射薬臨床情報学会のさらなる発展とCJK Joint Symposiumの継続を願っている。

 

【参考文献】

1) 東海林徹、仲川義人:注射薬配合変化の予測法, 医薬ジャーナル,  35(4), 169-178, 1999.
2) 輸液・栄養に関する医療事故対策と今後の展望, 静脈経腸栄養,16(4), 95- 109,  2001

 

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