静脈経腸栄養分野の進歩を振り返って | 寄稿:岡田晋吾 先生

2025.04.09フレイル・サルコペニア , 歴史

チーム医療から栄養管理の世界に

私が医者になったころは白い巨塔の時代、チーム医療なんて言葉はありませんでした。しかしひょんなことからチーム医療を推進することになり、病院医療から在宅医療へと進み、誰よりもチーム医療のありがたさを感じる毎日です。そして栄養管理の重要性も外来、在宅で感じています。ままならぬ医者人生ですが、チーム医療、栄養管理を通じて知り合った良い友人たちと楽しく過ごさせていただいています。

 

北美原クリニック
岡田晋吾

私が大学を卒業したのは1986年(昭和61年)でした。そのころの外科研修医のやりたいことは『IVHを入れる』でした。中心静脈栄養が臨床に登場して侵襲性の高い手術患者さんには必ず入れることになっていました。ただ今のようにエコーなどもなく盲目的に鎖骨下静脈に向かって刺していく野蛮な方法でした。見ていると上手な先輩と下手な先輩がおられます。早く上手な医師になるために先輩のやり方を何度も見てました。そしていよいよ3か月後に入れてみるか?と聞かれました。もちろん『はい』と即答でした。何度も刺しては当たらず、1時間ほどかかってなんとか入れることができました。肺を刺して気胸を作ってもう1本管を入れることも当たり前にある時代でした。さらに今みたいにキット製剤はありませんから患者さんごとに50%ブドウ糖液や電解質などをその日のin-outを計算してバッグに入れるのも研修医の仕事でした。
ある時、先輩からTPNの患者さんが重症のアシドーシスになるのはビタミン不足らしいのでビタミンも入れなきゃダメと言う今では医学生でも知っていることがやっとわかった時でもありました。栄養管理をしていると言う意識はなかったですが、私の属した防衛医大の外科は侵襲と代謝で有名な教室でした。私を産婦人科医から外科医に無理やり転科させた望月秀隆先生の指示で、マウスを使ってのTPNによる小腸粘膜の萎縮や脂肪肝についての実験の手伝いをしていました。しかし同級生よりも早く手術がうまくなりたい若手外科医は栄養や代謝のことに興味を覚えることもなくキット製剤が発売されたらそれを盲目的にオーダーして終わりになりました。
その後大学を辞め市中病院に出た時に神経内科医より誤嚥を繰り返している患者さんがいて胃瘻と言うものを作ってほしいけど消化器内科医が作ったことがないと言うのでどうしたらいいかと相談を受けました。大学時代に手術を教えていただいていた故門田俊夫先生が確か作っていらしたのを思い出して『作れますよ』と言ってしまいました。でも実は胃瘻を見たこともなければ造設キットに触ったこともありませんでした。門田先生に来てもらってIntroducer原法(門田―上野法)で造設すればいいやと思って引き受けたのですが門田先生は忙しくて出張はできない、造設キットと文献を送るから自分でなんとか作れとの指示でした。今みたいにYouTubeもビデオもなく、文献を見ながら造設するのも初めて介助をする看護師も初めての状態で慎重に操作してなんとか造設できました。そして栄養注入も問題なくできて転院となったのですが、転院先からそんな胃瘻なんて見たことがないし管理もできないのでと帰されました。泣く泣く抜去して経鼻胃管に入れ替えたのが私の1例目でした。
そのころツインライン®が発売されて胃瘻や経腸栄養療法を広めるために講演活動を始めました。そのうち胃瘻はキットの進歩とともに造設が楽な手技となりどんどん胃瘻患者が増えるとともに胃瘻や経腸栄養によるトラブルが問題になってきました。講演でも看護師、薬剤師、栄養士がたくさん参加されて下痢や嘔吐などの相談を受けることが多くなりました。造設医はいても胃瘻管理や経腸栄養管理ができる医師は少なかったためです。これは全国的な問題であり、危機感を抱いた医師たちで作ったのがNPO法人PDN(PEGドクターズネットワーク、現Patient Doctors Network)でした。まだSNSもない時代、医療介護者だけでなく患者さんや介護者からの質問などにも答える画期的な試みであったと思います。熱心な胃瘻オタク?の先生から教えていただいたティッシュこより法、簡易懸濁法、半固形化栄養なども講演や雑誌、書籍などで紹介し広めていました。
そのころ函館の病院に移ってクリニカルパスに取り組むことになりました。このクリニカルパスのおかげで初めて看護師、薬剤師、栄養士などとチーム医療を行うことが大切と言うことを習った気がします。ちょうどそのころSSI(surgical site infections)に関するCDCガイドライン1999年度版が発表され、剃毛の廃止、抗菌薬の点滴は術前1回のみなどのエビデンスが示されたので外科医としてガイドラインの内容をクリニカルパスに組み込んで発表していました。まだまだ石(医師?)頭の外科医の先生も多く、講演会ではボコボコにされましたけど、今では当たり前になりましたよね。クリニカルパスの普及の講演会でたまたま一緒になったのが東口髙志先生でした。先生はNST(栄養サポートチーム)が日本の医療に必要であり、正しい栄養療法を全国に広げようと熱く語られていました。そして後進地域である北海道の担当を岡田にするからなんとかしろ、がんばれと初対面なのに言われました。よほど人材不足だったんでしょう。しかしご存知の通り北海道はでっかいどうです。普及のための講演活動をするにしても飛行機で釧路に飛んで講演して夜行列車で札幌に帰り丘珠空港から朝一番の飛行機で函館に帰り普通に手術するなどの過酷な布教活動を繰り返しました。幸いなことに北海道内にもNSTを始めたいと言う機運が広がり始めたところであり熱心な医師、看護師、栄養士がたくさんおられ、1年後には大阪や愛知など先進地域と変わらないNST稼働病院数になりました。
初めて参加したJSPENは熊本だったと思います。たまたま日本ストマリハビリテーション学会と同じ日程で熊本市で開催されていました。前日に井上善文先生の講演を聞いて栄養にとてもストイックな人がいるなと思いました。まだ参加者も1,000人ちょっとだったような気がします。クリニカルパス学会や医療マネジメント学会で友達になったのが山中英治先生ですが、山中先生は同じ外科医で臨床栄養の分野の先駆者であり、いろいろ教えてくれるとのことでした。その代わりこちらは褥瘡や創傷管理について教えると言う約束で一緒にいろいろな講演に出かけることになりました。それから生涯の友人になって毎年温泉旅行に行ってJSPEN黎明期などの昔話をしています。2000年ころ診療報酬改定で褥瘡対策未実施減算と言う驚くべき改定がなされました。やったらプラスの算定ではなく、やっていなかったら減算しますと言う改定です。それは褥瘡対策をチームで予防から治療までの対策をしていることが条件でした。でもそのような対策を実際にしているところがあまりなく、五稜郭病院が褥瘡対策チームを作って実際に活動しているとのことで照林社から原稿依頼があり、真田弘美先生、阿部俊子先生(現衆院議員)の3人で『褥瘡対策のすべてがわかる本』を出版したところバカ売れしました。その本には五稜郭病院での委員会構成や活動内容を書きました。栄養士の参加が必須であり、褥瘡対策には除圧、栄養、局所管理の3本柱で進めるべきと書きました。まだまだ褥瘡学会で栄養の話をされることはない時代でした。でもそれ以降、学会に参加される栄養士が増えてきた気がします。
褥瘡学会でガイドラインを出すことになり、栄養の分野は故 足立香代子先生と私が担当になりました。でも褥瘡に関する栄養のRCTなどは全くなく、エビデンスレベルの低いガイドラインになりました。栄養だけでなく局所管理や除圧の条件をそろえてRCTを行うことがとても困難なためでした。そんな話の中、大塚製薬工場の熱心な社員さんたちと大浦武彦先生、大村健二先生、足立香代子先生とRCTを行い、栄養管理を適切に行うことで褥瘡の治癒を早めることができると言う世界で初めてのエビデンスを導き出しました(図1)。褥瘡学会ではこのころ『いわゆるラップ療法問題』と言うのにも担当理事として関与しましたがこの話はまたの機会にしましょう。

 

そして胃瘻に関する現場でのトラブルはPDN所属の先生方の講演活動や書籍発行によって少なくなってきたようでしたが、今度はいわゆる『胃瘻バッシング問題』が起きてきました。つまり、日本では食べられなくなったら安易に胃瘻を作って介護病棟や施設に送って寝たきり状態にしているだけだと言うものでした。確かにACPなどと言う言葉がない時代、意識レベルが落ちてきた患者さんが食べられなくなったら胃瘻を作って後方病院に送ると言うのが当たり前でした。消化器内科医は頼まれた胃瘻をただ造設するだけでしたし、内科医や神経内科医も多職種のみんなで相談して決定することもなく造設されたことで患者も家族にも負担をかけている事例が一部あったのは事実でしょう。ちょうど私が病院を退職し、開業医として在宅医療を始めた頃でした。急性期病院で働いていたころには行くことのなかった在宅医療の現場、介護病棟や施設に行くと栄養評価もされず漫然と経腸栄養剤を注入されている患者さんたちが多く見られました。これでは胃瘻バッシング、ひいては栄養バッシングが起こるかも知れないと思いました。そこで病院NSTだけではいけない、栄養連携、在宅NST、地域NSTなどをしっかりやらなければいけないとJSPENや在宅医学会で講演し始めたのでした。
在宅の現場や介護施設では経腸栄養剤の注入に伴う介護負担が問題だと気付いたのもこのころでした。そこで蟹江次郎先生が世界で初めて作りだした半固形化栄養法を活用することによってこの負担を取り除くことができ、なおかつ患者さんのリハビリ時間を確保できるようになるのではないかと考えました。全国の胃瘻、栄養仲間の先生にお願いして半固形化栄養法が介護者にとってどのような影響を与えるかを調べ論文化しました(図2)。

 

これによって半固形化栄養法は下痢や褥瘡などの合併症予防だけでなく、もっと積極的に用いることで介護者の負担を軽減して患者さんのQOLをもあげる方法として確立されたと思います。その後医薬品としてラコールNF配合経腸用半固形化剤®も発売され、毎日訪問診療で行く在宅医療の現場では半固形化栄養法が多く使われていてうれしく思います。褥瘡治療での栄養管理の重要性は広く認知されるようになり、栄養の発表も多くなりましたが一時特定栄養素含む栄養剤を使って褥瘡が治ったなどと言う1例から数例の発表も多くなっていました。エビデンスとしてはあまり意味がないものでした。そこで真田弘美先生、山中英治先生とでコラーゲンペプチドを含む栄養剤(CP10®)を用いたRCTを計画しました。正直なところあまり期待はしていなかったのですが、有意の差が出て褥瘡治療におけるコラーゲンペプチドの有用性が確認できました(図3)。

 

開業医として在宅医として忙しくなり、なかなか大好きな学会に行くことも難しくなってきていますが、在宅医療の現場では栄養管理の必要な患者さんたちは増えてきています。20年前に比べて、がん患者さんが増え外来化学療法を受けながら在宅で栄養管理を行いサポートする患者さん、残念ながら看取ることになる患者さんたちの終末期の栄養管理を行うことなどやりがいを感じています。ACPが当たり前になりつつありますが、栄養管理について話し合わないACPはあり得ないと思っています。ひょんなことで栄養の世界に入りこんでしまいましたが、日本中の素晴らしい多職種の仲間、友人と知り合い楽しい医者人生が送れた気がしています。なにより外来や在宅の患者さんたちに自信を持って診察に当たることができています。
数年前にJSPENで大会長から特別講演を頼まれた際に『勝手に引退記念講演』と名付けて呼びかけたところたくさんの友人たちが駆けつけてくれて満員となり通路に体育座りまでしてくれて聞いてくれたことは本当にうれしかったです。引退したわりに学会で時々、講演や司会をやっていることもありますが、お世話になったお礼に来ていると思ってこれからも暖かい目で見てください、よろしくお願いいたします。

 

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