第37回日本臨床栄養代謝学会学術集会(JSPEN2022)パネルディスカッション「 漢方薬 を活かした栄養療法の最前線」Part2
2022.09.16フレイル・サルコペニア , 栄養素 , 漢方近年、漢方薬 を活用した栄養療法が臨床栄養領域において注目を集めている。ここでは、2022年5月31日と6月1日の2日間に渡ってパシフィコ横浜にて開催されたJSPEN 2022(第37回日本臨床栄養代謝学会学術集会の多数のプログラムの中から、漢方薬を活かした栄養療法に関するパネルディスカッションの概要を紹介する。
【株式会社ジェフコーポレーション「栄養NEWS ONLINE」編集部】
パネルディスカッション02
「漢方薬を活かした栄養療法の最前線」 Part2
座長:
大原寛之(日本赤十字社長崎原爆病院 緩和ケア内科)
室井延之( 地方独立行政法人神戸市民病院機構神戸市立医療センター中央市民病院)
大腿骨近位部骨折における人参養栄湯を用いた
多職種介入の術後経過に及ぼす影響
松本卓二(野上厚生総合病院 整形外科)
◆ 大腿部近位部骨折はADL低下とフレイル進行をもたらし、
健康寿命延伸を阻害
日本では、超高齢化が諸外国に比べ速いスピードで進んでおり、医療費、介護費の抑制という観点からも健康寿命の延伸が重要な課題となっている。健康寿命を損なう原因の一つが大腿部近位部骨折である。
骨粗鬆症がもたらす代表的な疾患である大腿骨近位部骨折は、術後のADLの低下とフレイルの進行が指摘されている。スペインで行われた大規模コホート研究では、バーセルインデックスによるADL評価、およびEQ-5D-5L(EuroQol 5 dimensions 5-level)で評価したQOLが大腿部近位部骨折の術後に大きく低下することが明らかになった。また、2016年のシステマティックレビューでは、高齢の手術患者におけるフレイルは術後死亡率、術後合併症罹患率、入院期間の延長を予測する強いエビデンスが示され、フレイルは大腿部近位部骨折の術後合併症罹患率や術後死亡率の予測因子になりえると報告されている。これらの点から、高齢者医療ではフレイルの予防が極めて重要となる。
◆ 人参養栄湯は老化モデルマウスの生存期間を延伸、
がん化学療法による食欲不振を軽減
人参養栄湯は補気の基本処方である四君子湯と補血の基本処方である四物湯を組み合わせたもので、疲労、倦怠、食欲不振、手足の冷え、貧血などの他、高齢者の術後にADLと栄養状態がともに低下した際にも適した漢方薬である。近年は人参養栄湯の効果について、生存期間延長、フレイル予防、がん悪液質での食事改善効果や大腿骨近位部骨折についての報告が散見されている。
老化モデルマウスに人参養栄湯1%、3%、5%を投与し、コントロール群と比較した報告では、人参養栄湯3%、5%ではコントロール群に比べ有意に生存期間が延伸したことが示された。また、がん化学療法に伴う食欲不振モデルマウスに人参養栄湯を投与し、コントロール群と比較した報告では、人参養栄湯群ではコントロール群に比べ、有意に摂食量が増加したことが明らかになっている。
◆ 高齢者医療における漢方薬の活用には
更なるエビデンスの蓄積が必要
高齢者医療でも、がん悪液質や加齢に伴うフレイル、サルコペニアのように多様な症状を示す病態においては、多成分を含有する漢方薬の有効性が期待されている。漢方薬は長年の検討に基づき、多くのエビデンスが蓄積されているが、基礎臨床でさらなるエビデンスを蓄積することによって高齢者医療に貢献できると考えられる。
しかし、臨床現場では漢方薬が完全に受け入れられているとはいえない。漢方薬が主流の薬剤として臨床現場で受け入れられるためには、実臨床における漢方薬の適切かつ安全な治療法に関して、より多くのエビデンスが必要といえる。
◆ 大腿部近位部骨折患者において人参養栄湯を用いた
リハビリテーション栄養の効果を検討
骨折した高齢者の多くは、栄養失調の状態を呈し、それがリハビリテーションの結果に影響を及ぼすと報告されている。つまり骨折治療にはリハビリテーション栄養を用いたチーム医療が重要である。
そこで、野上厚生総合病院では人参養栄湯を用いたリハビリテーション栄養における効果について検討し、臨床での栄養改善に応用してきた。さらに、大腿骨近位部骨折患者において人参養栄湯を用いた多職種介入が術後経過に及ぼす影響について検討を行うこととした。
対象は大腿部近位部骨折患者144例とし、データ不備、合併症、服薬拒否などの症例を除き、人参養栄湯投与群41例、コントロール群77例で解析を行った。平均年齢は87.3歳、性別は男性26名女性92名、簡易栄養状態評価表(MNA-SF)は8.85、CONUT(Controlling Nutritional. Status)は3.62、GNRI(Geriatric Nutritional Risk Index)は90.3、骨密度のYAM(Young Adult Mean)値は61.4%で、軽度の低栄養状態患者が多かった。検討項目は食事摂取率、体重減少率、ADL、疼痛、睡眠とした。ADLは機能的自立度評価法(FIM)で、疼痛と睡眠の指標はNRS (Numerical Rating Scale)を用いて評価した。
◆ 人参養栄湯投与群で食事摂取率、体重減少率、
疼痛、睡眠が改善
人参養栄湯投与群の術後2週と術後4週の食事摂取率はコントロール群に比べ有意に高かった。人参養栄湯投与群の体重減少率は術後1週、術後2週、術後4週のいずれもコントロール群に比べ有意に低かった。人参養栄湯投与群の疼痛NRSも術後1週、術後2週、術後4週のいずれもコントロール群に比べ有意に低かった。人参養栄湯投与群の睡眠NRSは術後1週、術後2週、術後4週のいずれもコントロール群に比べ有意に改善した。術後4週のFIMは人参養栄湯群において僅かではあるが改善を認めた。
術後ADLに関連する因子を検討したところ、栄養介入(人参養栄湯投与)、年齢、MNA-SF、入院時の血清アルブミン値が抽出された。
◆ 大腿部近位部骨折患者における人参養栄湯と
多職種の連携はADLを改善する可能性がある
大腿骨近位部骨折の症例報告では、人参養栄湯投与によりトランスフェリン、プレアルブミン、レチノール結合たんぱく質などたんぱく質レベルの栄養状態が改善し、FIMにより評価したADLも改善されたことが明らかになっている。この報告では、これらの改善は食事摂取量の増加を反映したものであると結論づけられている。
本研究は、単一施設での研究であり症例が少なく、食事摂取については持ち込み食をカウントできていないという制限があり、結果に多職種介入と人参養栄湯投与の両者が関与している可能性もある。しかし、人参養栄湯と多職種の連携は、栄養状態の改善、疼痛緩和、睡眠改善を導き、その結果としてADLを改善する可能性があることが示された。
◆ おわりに
人参養栄湯は手術的侵襲で栄養状態が悪化する高齢の大腿骨近位部骨折に対して、食事摂取を増やし、ADLの改善を促すことが確認された。入院時の栄養指標と術後の下肢機能の関連を認め、栄養状態の改善がADLの改善に結びつく可能性がある。
骨折が発生した場合、適切な手術を行い、認知症、精神疾患の治療とともに、適切な疼痛緩和と栄養改善をリハビリテーションと並行して行うことがADLの改善につながると考えられる。
リハビリテーション阻害因子に対する
適切な漢方薬の使用
坂元隆一(すずかけセントラル病院 リハビリテーション科/静岡市立清水病院 NST)
◆ 回復期リハビリテーション病棟入院患者の便秘に対する漢方薬処方は
麻子仁丸、潤腸湯、大柴胡湯、大黄甘草湯が多い
静岡市立清水病院では回復期リハビリテーション病棟入院患者に対して、必要に応じて漢方薬を投与してきた。2019年10月から2021年11月の2年1か月間に入院し、漢方薬による治療を受けた患者335名の各漢方薬の使用頻度を調査したところ、便秘に対して麻子仁丸、桃核承気湯、潤腸湯、大柴胡湯が、フレイルに対する補剤としては補中益気湯、加味帰脾湯、大防風湯、人参養栄湯が、泌尿器系に対しては猪苓湯、牛車腎気丸、清心蓮子飲などが処方されていた。
便秘については、大黄を含有する麻子仁丸、潤腸湯、大柴胡湯、大黄甘草湯が用いられており、大柴胡湯は若干肥満の患者に使われていた。大黄に芒硝を加えた承気湯類では、桃核承気湯が数多く処方されていた。冷え、腹部膨満に対しては大建中湯が用いられていた。
◆ 作用が穏やかな漢方薬「潤腸湯」は「麻子仁丸」では効果が強すぎる場合に使用
潤腸湯は構成生薬が10味で、耐性ができにくいという特徴を持つ。麻子仁丸と比較すると、麻子仁が麻子仁丸5gに対し潤腸湯2g、大黄が麻子仁丸4gに対し潤腸湯2gと含有量が少ない。このため作用が穏やかで、麻子仁丸では効果が強すぎる場合の選択肢となる。
◆ 漢方薬「桃核承気湯」は1日1包から開始し、適量を模索する
大黄甘草湯に芒硝を加えたものが調胃承気湯だが、その調胃承気湯に局所のうっ血を改善する桃仁と気をめぐらせ温め、のぼせをとる(気を鎮める)桂皮を加えたものが桃核承気湯である。
桃核承気湯は透析患者でよくみられる水分を取られて乾燥が激しい便秘や、ADLが低下して腸蠕動運動が弱い患者に投与すると普通便になることが多い。桃核承気湯は、麻子仁丸を投与した患者において、さらに便通を改善したい際の選択肢となる。
ただし、最初から1日3包で投与すると効果が強すぎることがある。下痢ないし泥状便となって、便が背中まで到達しオムツ交換が負担となる場合もあるため、1日1包から始めて、適量を模索するとよい。
桃核承気湯は便秘以外に、精神不安、腰痛、頭痛、めまい、肩凝りなどの高血圧の随伴症状にも有効なことが多く、広く重用されるべき漢方薬と考えられる。
◆ フレイルに効果を示す参耆剤は
回復期リハビリテーション病棟で多く使用される
人参と黄耆を含有するものを参耆剤と呼び、活力を促進する効果があるため、フレイル対策に有用と考えられる。参耆剤として、補中益気湯、加味帰脾湯、大防風湯、人参養栄湯が多数処方されており、フレイル状態の患者が多かったことが示唆される。
清心蓮子飲は泌尿器系に対して用いられる参耆剤である。甘草を含有しない半夏白朮天麻湯を、めまいや起立性低血圧といったリハビリテーション阻害因子に対する長期処方に使用していた。夏季の発汗による疲労と脱水のようないわゆる夏バテの治療には清暑益気湯が使われていた。
十味剉散は脳血管障害後の関節痛アロディニアに対する疼痛抑制効果が認められている。静岡市立清水病院では十味剉散の近似処方(代替処方)として大防風湯が桂枝茯苓丸との併用で多数処方されていた。補中益気湯は補剤として最も使われている処方で、病後の体力回復、食欲増進効果がある。
◆ 地黄を含む漢方薬は嘔気嘔吐の副作用に注意が必要
漢方薬には副作用もある。胃もたれ、食欲不振、吐き気などが見られた症例を経験している。この症例は79歳女性、脳梗塞患者で、気血両虚で人参養栄湯を服用しており、さらに排尿障害に対して牛車腎気丸を併用することとなった。
牛車腎気丸開始から1か月後、嘔気嘔吐が1回あった。人参養栄湯や牛車腎気丸はともに地黄を含む。地黄には嘔気嘔吐の副作用がある。このため、地黄の副作用と診断し、牛車腎気丸から地黄を含まない清心蓮子飲に変更したところ嘔気嘔吐は消失した。
消化吸収は臓器だけではなく全身状態にも影響する。そのため、全身状態の調整が求められる。漢方薬で全身状態を改善するためには、まず補剤を用いる。気虚のみの場合は地黄を含まない補中益気湯が用いられるが、気血両虚の場合は地黄を含む人参養栄湯が用いられ、その際は嘔気嘔吐などの副作用に注意が必要である。
◆ 漢方薬「補中益気湯」は慢性閉塞性肺疾患(COPD)の症状や栄養状態改善に有効
『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015』では、高齢者に有用性が示唆される漢方製剤として複数の漢方薬が掲載されている。なかでも補中益気湯は慢性閉塞性肺疾患(COPD)の他覚症状や自覚症状、炎症指標、栄養状態の改善に有効とされている。
六君子湯の裏処方として、即効性のある半夏瀉心湯が知られている。これは体を冷ます黄連や黄芩と体を温める乾姜をともに含むユニークな漢方薬である。味は苦いが、薬剤性の食欲不振などに即効性がある。
◆ おわりに
フレイルに対しては参耆剤が有用である。フレイルでも気虚の場合と気血両虚の場合がある。気虚の場合は補中益気湯が第1選択となる。気血両虚の場合はより虚証となり、地黄を含む人参養栄湯、十全大補湯などが適用となる。腎虚に有効な地黄は嘔気嘔吐などの副作用があり、処方する際には、投与量に留意するべきである。
経腸栄養施行患者における漢方薬の応用
荻野 晃(トーカイ薬局 中津川市民病院前店)
◆ 経腸栄養での消化器症状や消化吸収機能低下に対する漢方薬の有用性を検討
経腸栄養における問題点として、下痢、嘔吐、便秘などの消化器症状、誤嚥性肺炎などの合併症、消化吸収機能低下があげられている。これらの対策として、消化管機能改善剤や流動食の半固形化などの取り組みがなされているが、十分な効果が得られず、経腸栄養の継続が困難となる症例も少なくない。
近年は漢方薬の有効性が認識され、各診療科で広く用いられている。そこで、経腸栄養の治療効果を高める補助的療法として漢方薬に注目し、その有用性について自験例をもとに検討した。
◆ 経腸栄養患者には六君子湯、補中益気湯、大建中湯、
十全大補湯、人参養栄湯などの補剤が用いられる
経腸栄養患者には消化器症状の改善に有効性を示す漢方薬が使用されることが多い。栄養不良患者では漢方医学的に陰と虚の証を示す症例が多いと考えられている。このような症例には補剤が有効となる。補剤とは心肺機能、胃腸機能、肝腎などの臓器の働きを高め自然治癒力を改善して、生体防御機能、免疫機能を回復させる漢方薬である。代表的な補剤として、六君子湯、補中益気湯、大建中湯、十全大補湯、人参養栄湯などがよく使用されている。
◆ 経腸栄養開始後の下痢患者に対して漢方薬「人参湯」の投与により下痢が改善
演者は経腸栄養の補助療法として、漢方薬を用いた患者を経験している。90歳代女性で経口摂取不良による低栄養、脱水のため入院となった症例では人参湯が用いられていた。
経口摂取不良に加え、誤嚥を繰り返したため胃瘻造設となった。経腸栄養開始後、水様便が持続し、整腸剤、止瀉剤の投与が行われたが、効果が得られず、胃瘻チューブより人参湯の投与が行われた。人参湯は身体を温めて代謝を高める代表的な補剤で、経腸栄養患者の下痢に有効と考えられる。この症例でも人参湯投与6日目には下痢の改善を認めた。
◆ 麻痺性イレウスによる便秘、嘔吐を繰り返す患者は
漢方薬「大建中湯」と「潤腸湯」の併用で経腸栄養継続が可能に
経腸栄養を行っていた麻痺性イレウスによる便秘、嘔吐のため誤嚥性肺炎を繰り返した症例では大建中湯と潤腸湯が併用された。消化管運動機能改善剤が投与され、ジェジュナルカテーテルが挿入されたが、嘔吐による誤嚥性肺炎を繰り返し、経腸栄養の継続が困難となった。そこで大建中湯と潤腸湯が投与された。
大建中湯は腸管運動亢進作用と腸管粘膜血流量増加作用を持ち、腹痛や腹部膨満感に効果がある。潤腸湯は腸管の水分泌を増加させて、排便を促進されるため、胃腸機能の低下を要因とする便秘症例に効果的である。この症例でも大建中湯、潤腸湯開始後は、排便コントロールも良好となり、経腸栄養の継続が可能となった。その後は、麻痺性イレウスによる嘔吐や誤嚥性肺炎の発症も認めなかった。
◆ S状結腸癌術後患者への六君子湯投与で胃食道逆流が改善
77歳男性のS状結腸癌患者では六君子湯が用いられた。S状結腸癌術後、人工肛門造設後に縫合不全を合併し、経口摂取量も少なかったため、栄養改善のため一時的に胃瘻を造設し、経腸栄養となった。しかし、胃食道逆流による誤嚥性肺炎を繰り返し、消化管運動機能改善剤を投与したが効果が得られず、経腸栄養の継続が困難となった。
そこで、六君子湯を投与した。六君子湯には多くの薬理作用が報告されているが、とくに胃排出機能促進やグレリン分泌促進が注目されている。この症例でも六君子湯使用後、胃食道逆流症状の改善が認められた。
◆ 褥瘡を有する経腸栄養患者に漢方薬「補中益気湯」を投与してアルブミン値が上昇
経腸栄養法に補中益気湯を併用して栄養状態改善効果が得られた症例もある。1か月にわたってアルブミン値が低下し続けたため、補中益気湯が投与された。
補中益気湯は消化吸収機能を整え、代謝を改善する代表的な補剤である。この症例でも補中益気湯投与後、アルブミン値の上昇が認められた。
◆ 漢方薬の副作用では甘草による偽アルドステロン症が多い
漢方薬には副作用もある。最も頻度の高いものは甘草による偽アルドステロン症である。甘草は漢方薬に最も多く含まれる生薬で、医療用漢方製剤の7割以上に含まれている。甘草を含む代表的な漢方薬として、六君子湯、補中益気湯があり、とくに抑肝散、芍薬甘草湯で偽アルドステロン症の発現が多く報告されている。
◆ 大黄を含む漢方薬では大腸メラノーシスに注意が必要
大黄は下剤の代表的な生薬で、多くの漢方薬に含有されているが、副作用として、下痢、腹痛、骨盤内うっ血などがある。子宮収縮作用、骨盤内臓器の充血作用もあるため、妊婦への使用には注意が必要である。
また、大黄の長期投与例では、大腸メラノーシスが度々認められている。大腸メラノーシスでは、メラニン色素によって、大腸粘膜が褐色を呈する。この変化が粘膜内に留まらずに腸管内神経叢にも至ると便秘を増悪する可能性が指摘されている。
◆ 黄笒、麻黄、山梔子にも副作用が報告されている
黄笒による副作用には間質性肺炎、肝機能障害がある。黄笒を含む代表的な漢方薬として、小柴胡湯がある。麻黄による副作用ではエフェドリンによる交感神経刺激症状がある。山梔子による副作用としては、腸間膜静脈硬化症が報告されている。
◆ おわりに
漢方薬は経腸栄養施行患者の合併症の予防、栄養治療効果の向上に有効であり、経腸栄養を安全に継続する上で有用な補助療法であると考えられる。
漢方薬局の日常,漢方製剤と栄養管理
夜久泰造(夜久薬局)
◆ 漢方薬局を訪れる患者には気虚証が多い
漢方では脾陰虚証、脾胃陽虚証、腎虚陽虚証、気血両虚証、脾虚陰虚証、腎虚陰虚証、血虚受寒証などさまざまな証がある。これらの証に応じて薬を決定していく。
漢方薬局には食欲不振、栄養不良、疲労、倦怠感、体重減少、るい痩などを訴えて相談に来る患者が多い。患者の話を聞くと栄養不足、偏食、孤食の問題などが背景にあると感じる。これらの諸症状は漢方医学的には気虚証に相当する。気虚証は病院の検査で異常が出にくい症状である。気虚の概念は臓腑の機能低下であり、抵抗力の低下、代謝の低下、栄養不足を引き起こす。気は身体を動かす、守る、代謝を行う、栄養を与える、体温を維持するという働きがある。この気が不足している状態を気虚証という。
◆ 気虚証には四君子湯を用い、帰脾湯、六君子湯、補中益気湯、
十全大補湯、人参養栄湯を症状に応じて使い分ける
気虚証は脾の気虚症、脾の陽虚証に分類できる。気虚証には四君子湯を用いる。四君子湯は気虚の主方とされており、『和剤局方』では「一切の脾の元気として諸処を表すもの加減斟酌して領すべし」とされている。四君子湯加減法の薬方では、気虚証に対して帰脾湯、六君子湯、補中益気湯、十全大補湯、人参養栄湯を症状に応じて使い分ける。
四君子湯は気を高めて胃腸機能を高めるが、その働きはおもに人参が担っている。人参は脾の気を補って、気を旺盛にする。そのため人参は気虚証に用いられる。さらに、人参は津液の不足も補う。旺盛になった脾の気を受けて、胃の陽気が旺盛になり食欲が増す。
四君子湯には大棗、生姜、茯苓、白朮、甘草も含まれる。大棗は血を多くする。生姜は胃の陽気を補う作用がある。茯苓は、津液を血脈に入れて、心腎に送る。白朮は、営気を補って血流を盛んにして、尿を調節する。甘草は脾に入り津液を多くして、腎を益する。腎が弱いと脾が働きにくくなる。
◆ 五行の説、五味調和を考慮した食事摂取も重要
今から2000〜3000年前の『黄帝内径素問霊枢』という書物には五行の説が書かれている。その中で寒熱の分類という考え方があり、人間の身体を寒熱に分けている。食物も寒熱に分けられ、熱性の食品、温性の食品、平の食品、涼性の食品、寒性の食品と分類される身体を温める時には熱性の食品、身体を冷やす時には寒性の食品を用いる。
五味調和という考え方もある。これは五味が五臓の不調を整えるという概念である。肝は酸を、心は苦を、脾は甘を、肺は辛を、腎は鹹を欲する。体調が悪いときには、各々の臓に関連する味の食べ物を好む傾向がある。また、好き嫌いなく五味をバランスよく食べられれば、健康を保てる。
気虚では脾の働きが弱くなるため、甘味で栄養の消化吸収作用を補って脾血を生成し、水分や服用物を排泄する。さらに筋肉や神経の滋養作用があり、虚弱体質、体力消耗に効果があるとされている。これに加えてうま味があるからこそ、おいしく食べられる。
漢方の視点からの食事を考えると、その人の証つまり体質や状況によって必要な食品が変わってくる。その人に合わない食材の場合は、調理方法を工夫する必要がある。
◆ おわりに
気虚の人は、身体を冷やす食品や冷たい飲み物はなるべく避けるとよい。基本は季節のもの、旬のものを大切にするという考え方がある。現代栄養学と漢方の食性、五気、五味調和の考え方を取り入れた食養生を通じて、患者の健康に寄与できると考えている。
【ディスカッション】
大原●栄養療法に役立つ漢方薬について、先生方の考えを聞きたい。
丹村●おいしく食べるためには管理栄養士を中心にした癒やし、個別対応食が重要である。しかし、患者は気持ちが落ちこんでいる場合が多い。そのような場合に気を高めると食事がおいしくなり、栄養改善にもなる。そのために補剤をよく使う。気を引き出したい場合は人参養栄湯がよいと思う。補中益気湯は糖尿病東洋医学会でがん患者のCRPを低下させると報告された。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の入院患者では栄養状態が悪く、CRPが高い場合は予後が悪いことが示されている。炎症がある場合には補中益気湯を使うとよい。
太田●気の低下への対処から始め、その後、次のステップに移りたいと考えている。そのため、高齢患者には補中益気湯を使うことが多い。若い患者の消化器症状には六君子湯を使うことが多い。
大澤●人参養栄湯は、視床下部に存在する摂食を亢進させる神経を活性化させる。がん患者は食欲不振を来すグレリン抵抗性になっているが、人参養栄湯はグレリン非感受性の摂食促進神経も活性化する。視床下部から「食べたい」というモチベーションを出すためには、人参養栄湯がよいと考える。ただ、気虚の状態から血虚になり、腎虚になっているような患者では、順に六君子湯、十全大補湯、人参養栄湯の選択も考えられる。
松本●大腿骨近位部骨折患者は外傷手術侵襲で元気がなく、出血もしている。入院でうつ気味にもなる。いわゆる補気、健脾、補血、安神といった状態であり、これに当てはまる漢方薬としては人参養栄湯がよいと考えられる。また、食事を十分に摂れない患者も多い。このような患者に食事を摂取してもらう目的では六君子湯と補中益気湯がよいと考える。
坂元●医師として自分が処方した薬で患者が悪化することは避けたい。しかし、西洋薬の処方で食欲不振が起きることもある。このような西洋薬による胃腸障害で、嘔気嘔吐がある場合には半夏瀉心湯がよいと考える。補剤に関しては、回復期リハビリテーション病棟入院中も退院するまで使ってほしい。場合によっては退院後も使ってほしい。十分な期間、投与することも必要と考える。
荻野●基本的に食欲がない場合は六君子湯と補中益気湯のどちらかが使われる場合が多い。六君子湯は胃腸症状が強い患者に、補中益気湯は元気がなく痩せている患者にファーストチョイスで使い、効果をみる。貧血や骨髄抑制などがあれば十全大補湯、呼吸機能の障害があれば人参養栄湯といった使い方がよいと考える。大建中湯は小腸粘膜の血流を改善し、結果的に小腸の吸収機能促進に繋がると考えている。
夜久●四君子湯を骨格とした処方になると考える。補中益気湯は補剤でも別格な位置にあり、小柴胡湯の虚証を帯びたものに用いるのが補中益気湯と考えられている。柴胡でCRPが下がることが報告されているが、この観点から妥当と考えられる。また、脾胃が弱ると、唾液が多くなる。このような場合は補中益気湯が有用である。小建中湯、黄耆建中湯は身体の津液が少なくなり、口渇や手のほてりがある脾の陰虚証の場合によいと考える。
室井●今回のシンポジウムでは、漢方薬の薬効最大限に引き出すためには、患者の症状をしっかりと見て、処方し、副作用もモニタリングしていく。そしてアドヒアランスも大切であるということをお話しいただいた。このシンポジウムが日常診療で栄養療法の1つとして漢方薬を使うきっかけになればよいと思う。