第27回腸内細菌学会学術集会 Report|市民公開講座『腸活のすゝめ』
2024.04.04フレイル・サルコペニア , 栄養素 , 腸内細菌
『腸活のすゝめ』
司会:
加藤公敏(腸内細菌学会 理事)
●発表の要点
・京都府立医科大学の内藤裕二先生は健康長寿の高齢者が多く暮らしている京都府京丹後市で実施中のコホート調査のこれまでの結果を紹介し、握力、聴力、脚伸展筋力、脚屈曲筋力、血管年齢、10m歩行速度が老化と関連することを示した。さらに、フレイルと食物繊維摂取量に弱い相関があり、老化やフレイルインデックス改善と関連のある腸内細菌を増やす食物として豆類が抽出されたことを解説した。これらの結果から、フレイル予防には日本食が有効である可能性があるとした。
・医薬基盤・健康・栄養研究所の國澤 純先生は腸内細菌が様々な疾患の発症だけでなく、肥満や免疫にも関連していることを説明した。また、日本人では、雑食型や肉食型の腸内細菌のタイプの人が多く、草食型の腸内細菌を持つ人が少ないとのデータを示した。食物繊維の摂取量が少ないと、腸の免疫バランスを整え、脂肪の蓄積を防ぐ短鎖脂肪酸の産生が低下するとし、多種の腸内細菌が関与する短鎖脂肪酸産生の維持には、多様な栄養を摂取するバランスの良い食事が重要と強調した。
【株式会社ジェフコーポレーション「 栄養 NEWS ONLINE 」編集部 講演要旨】
長寿コホート研究から見えてきた食と腸内細菌の関連
内藤裕二(京都府立医科大学)
◆ 京都府京丹後市で健康長寿のメカニズム解明を目指す
最近は腸への注目の集まりを反映して、腸活、腸年齢など腸に関する話題が増えてきた。そこで、日本有数の長寿地域と言われている京都府北部の日本海側に位置する京丹後市で2017年から京丹後多目的コホート調査を行い、食と腸内細菌の関連を研究している。京丹後多目的コホートは、京丹後市に住む65歳以上の高齢者を対象に、長期にわたって各種検診、腸内細菌の調査、歩行速度や握力の測定などを継続的に行い、その結果の追跡から健康長寿の秘訣を探る研究である。継続した調査によって、健康長寿のメカニズムが明らかになると期待している。
現在得られている6年分のデータを解析したところ、生命予後に影響するのは肥満よりも握力であることが分かってきた。とくに握力が女性18kg、男性28kg以下の場合に生命予後が低下する。一方、肥満は生命予後に大きな影響を及ぼしていなかった。また、腸内細菌と食事の関連を調査したところ、肉類の摂取では健康を維持できないことが分かった。これまで肉類を食べると筋肉が付くとも言われてきた。しかし、このような単純な発想では健康は維持できない。日本人には日本人の身体に合った食事が必要である。
◆ 平均寿命の地域差は大きい
現在、日本人の平均寿命は女性87.57歳、男性81.47歳となり、人生100年時代と言われるようになった。これは今年生まれた人の2人に1人が100歳まで生存することを意味しており、今の高齢者で100歳を超える人が増えるわけではない。
この10年間の都道府県別の平均寿命をみると、滋賀県は男性で最も長い平均寿命を維持している。東京都は50年前に日本一長い平均寿命だったが、現在は下位に位置している。沖縄県も約30年前に平均寿命が最も長かったが、現在は40位前後まで下がってきた。この結果が示しているのは、取り組みを継続しないと、寿命や健康を維持できないことである。滋賀県では女性の平均寿命も第2位と長く、また平均寿命だけでなく健康寿命も長い。つまり、いわゆるピンピンコロリが多い都道府県と考えられるが、滋賀県の高齢者が健康長寿である理由は分かっておらず、科学的な解析は極めて重要である。
日本の平均寿命は戦後、直線的に延長し続けてきた。つまり、日本人の長寿への取り組みに間違いはない。しかし健康寿命は平均寿命よりも男性で8~9年、女性で約12年短い。健康寿命と平均寿命の差の期間は寝たきりで過ごさざるを得ないのが日本の医療の現実である。日本人の死因としてがん、心筋梗塞、脳梗塞が多いが、次に多いのは老衰である。何らかの臓器の悪化ではなく、「老衰という病気」が増えつつある。健康寿命を延ばし、平均寿命との差を縮めなくてならない。
京都府立医科大学ではすでに約2,000人に早期胃癌の内視鏡による切除術を実施したが、術後も健康を維持できる患者は多くはない。胃癌の再発で死亡する患者は少ないものの、他の病気で死亡してしまう。日本の医療は専門性が重視され、循環器専門医、腹腔鏡手術の専門医などそれぞれの分野のスペシャリストが多く存在する。そのメリットは大きいものの、リスクもある。スペシャリストは医学部卒業後すぐに専門性を追求する。専門医の受診を継続していても、専門以外の病気が見逃されている可能性がある。したがって患者は、定期的に検診を受ける必要がある。持続的に健康でいるためには、患者も賢くなることが求められる。
既に世界はwell-beingを目指して動いている。well-beingは単なる病気の予防だけではなく、肉体的にも精神的にも社会的にも全てが満たされた状態を指す。well-beingは身体の健康だけで測れるものではなく、様々な要因がある。2023年の166か国を対象にしたwell-being調査では日本は47位であった。well-beingが上位の国として、フィンランド、デンマーク、アイスランドなど北欧諸国がある。一方、48位がクロアチア、57位が韓国、64位が中国、70位がロシアとなっている。well-being度から考えると、日本は非常に遅れている。
◆ 京丹後市は健康長寿の高齢者が多数
京丹後市には116歳54日という世界最高齢の男性がいた。その記録は未だに破られていない。京丹波多目的コホート開始時点の京丹後市には100歳以上の高齢者が10万人あたり155人いた。10万人当たりの100歳以上の高齢者は京都府全体では66名、全国平均は53名である。さらに、京丹後市の100歳以上の高齢者は寝たきりではなく、日中は畑や海、山で自分たちの食べるものを作ったり、採ったりしていた。
京丹後多目的コホートでは約800人のデータ解析を行っている。800人のうちHbA1c7.5以上の糖尿病疑いは1.8%であった。東京都の65歳以上の高齢者で糖尿病疑いは約30%に上る。京丹後多目的コホートでミニメンタルステート検査(MMSE)23点以下の認知症疑いは7.5%、握力男性28kg女性18kg未満の筋力低下は17.1%であった。これらの結果から、京丹後多目的コホートの対象は極めて健康な高齢者の集団であることが分かる。
フレイルの診断は「体重減少」「握力が男性26kg女性16kg未満」「疲労感あり」「歩行速度低下」「運動習慣なし」の5項目のうち3項目以上に該当する場合とされている。しかし、多くのデータが得られている京丹後多目的コホートでは5項目の基準によるフレイル評価は科学的でないと考えた。そこで、京丹後多目的コホートで得られた30~40項目のデータをADLや全般的健康度、精神心理、依存症、身体能力に分類して指標とし、フレイルを評価した。その結果、15%がフレイルと診断された。つまり、京丹後多目的コホートの対象である高齢者の多くはフレイルではなく、健康で人生を楽しんでいることが分かった。
通常、健康長寿に関する研究は死亡率で評価するが、健康長寿を実現している集団で健康長寿となる条件を探る研究は難しい。京丹後多目的コホートでは6年継続しても、元気な人が多い。少なくとも10年以上の研究継続が必要と考えられる。
◆ 暦年齢よりも生物学的年齢が重要
ヒトの暦年齢が50歳と若くても身体が元気でなければ手術はできないが、暦年齢が80歳でも身体が元気であれば手術は可能だ。つまり、重要なのは暦年齢ではなく生物学的年齢である。
ニュージーランドで1972~73年生まれの1,037人を対象に、25~45歳の20年間のライフスタイルと健康の関連を検討した研究で、その期間のライフスタイルが健康と寿命に大きく影響すると報告された。このデータから、生物学的老化スピードは1年間で2.44歳から0.4歳まで大きな差があることが分かった。歩行速度、握力が低いと生物学的老化スピードが速く、筋力は重要な要素であり、バランス能力、聴力、視力も影響を及ぼしていた。外見が老けた人、IQが低い人、老化について否定的な人、75歳まで生きられないと考える人も生物学的老化スピードが速かった。これらの結果から、筋肉の維持は重要であることが分かる。
認知症の発症率は握力が低いほど高くなる。つまり握力を維持できれば認知症の発症率や認知症での死亡率が下がっていく。さらに聴力の低下を放置すると認知機能も低下することから、情報が入ってくることが、老化の抑制につながることも示された。近年は補聴器の技術が進歩してきた。聴力をきちんと測定し、性能の良い補聴器を使うことが重要になる。
◆ 老化を抑制する方法の開発が進む
暦年齢以外にも遺伝子や血液の検査で老化度が分かるようになってきた。遺伝子検査はハードルが高く、研究でも倫理委員会の許可が出にくい。しかし技術的には可能な時代になっている。スイスでは生物学的老化スピードが速い場合に、8週間のプログラムで望ましい食事、睡眠、運動、リラクゼーション方法についてのガイダンスや、プロバイオティクス、植物栄養素を含むサプリメント摂取などを体験できる施設がある。このプログラム参加で、DNAの年齢が2か月で3歳若返ったケースも報告されている。今後はこのようなサービスが世界的に展開される可能性がある。
筋肉や骨格筋を維持する食事の研究も進んでいる。老化細胞をターゲットにした薬やワクチンも開発されている。すでにマウスでは老齢マウスに若齢マウスの便を移植したところ、筋力が回復するなど若返りが確認されたとの報告がある。このようなマウスでの結果をもとに、ヒトでも若返りが可能になる可能性がある。
◆ 同じ暦年齢でも生物学的年齢には
老い群と若い群が存在
京丹後多目的コホートでも、これまでの研究と同様に握力、聴力、脚伸展筋力、脚屈曲筋力、血管年齢、10m歩行速度が暦年齢に影響すると分かってきた。肥満でも筋力があれば問題ない。肥満で筋力がないサルコペニア肥満が最も認知症のリスクが高くなる。したがって運動が重要になる。
京丹後多目的コホートでは遺伝子を調べなくても、握力、聴力、膝伸展筋力、10m歩行速度、フレイルインデックスのデータから、生物学的年齢が暦年齢以上に若い群と暦年齢以上に老いている群に分類が可能だった。男性の約15%が若い群、約15%が老い群であったが、女性ではどちらも10%弱であった。男性の15%の若い群は長生きするだろうと予測している。
◆フレイルに「腸内細菌科細菌」が関連
健康長寿には腸が重要だと考えている。様々な病気に腸が影響しており、老化にもマイクロバイオームという腸内細菌や慢性炎症が影響していることが分かってきた。しかし、日本では長寿と関連する腸内細菌は明らかになっていない。フィンランドで50歳の7,000人を対象に腸内細菌を解析した報告では、15年間の追跡期間中に約10%が死亡した。腸内細菌と長寿の関連を検討したところ、腸内細菌科細菌が多いと消化器系疾患での死亡率、呼吸器系疾患での死亡率、癌での死亡率、全死亡率が高いことが分かってきた。腸内細菌科細菌には大腸菌、サルモネラ、クレブシエラが含まれる。ただし、この結果が日本人にも当てはまるのかは不明である。
京丹後多目的コホートでは800人のデータを解析し、老化を予測する過程で重要度の高い3種類の腸内細菌を発見した。特にロゼブリアやブラウティアという短鎖脂肪酸や酪酸の産生菌は寿命予測に重要と考えている。ブラウティアが日本人の肥満抑制に作用している痩せ菌であるとも報告された。ブラウティアは日本人にとって極めて重要な菌と考えられる。また、老化を予測する要素として、握力、聴力、下肢筋力、歩行速度、フレイル、短鎖脂肪酸産生菌特に酪酸産生菌の存在が重要であることが明らかになった。
京丹後多目的コホートではフレイルと関連する腸内細菌は見つかっていない。現状ではフレイルと正の相関を示すのは腸内細菌科細菌である。日本人でも腸内細菌科細菌の多さが、ライフスタイルや食事バランスの悪さを意味している可能性がある。ビフィズス菌、フィーカリバクテリウム、ブラウティアなどの酪酸産生菌が多いと、フレイルスコアが低いことも分かってきた。ただし、この仮説の証明にはビフィズス菌やフィーカリバクテリウムが多い人を長期間追跡することが必要となる。
◆フレイルと食物繊維摂取量が相関
最近は腸内細菌を調べてほしいとの要望が増えた。腸内細菌を調べた結果の解析によって、たんぱく質・脂質タイプ、バランス食タイプ、アンバランス食タイプ、たんぱく質・脂質・糖タイプ、ヘルシー食タイプに分類できることが分かってきた。このうち最も多かったのはバランス食タイプだった。さらに、フレイルインデックスと腸内細菌科細菌の多さに正の相関があり、短鎖脂肪酸産生菌の多さとは負の相関があることも分かった。
京丹後多目的コホートではフレイルインデックスと肉類の摂取量の相関はなかった。動物性たんぱく質摂取量、植物性たんぱく質摂取量、動物性脂質摂取量、植物性脂質摂取量、炭水化物摂取量とフレイルインデックスの相関もなかった。この結果は現在の栄養学の限界を示す。一般に食事指導ではエネルギー量の計算が中心で、その対応を患者に勧めてきた。しかし、このような食事指導では食事が腸で分解、吸収される過程での変化が評価できない。腸や腸内細菌を考慮した新しい栄養学が必要である。
フレイルインデックスと食物繊維には弱いながらも相関があった。食物繊維は水溶性と不溶性に分類され、フレイルの人は食物繊維の摂取量、特に水溶性の食物繊維摂取量が少なかった。水溶性食物繊維のみ含む食物、不溶性食物繊維のみ含む食物はなく、摂取の際は一括して食物繊維ととらえてよいと考える。
肥満のマウスに食物繊維を含まない食餌もしくは食物繊維を含む食餌を8週間与えたところ、食物繊維を含まない食餌群ではヒラメ筋と足底筋の断面積が萎縮した。たんぱく質を摂取していても食物繊維摂取量が少ないと筋肉は萎縮してしまう。筋肉が委縮した状態で食餌に水溶性食物繊維を添加すると、筋肉量が回復した。握力も食物繊維を含まない食餌で低下するが、食物繊維を添加すると回復する。少なくともマウスにおいては食物繊維が筋力維持に重要であることが分かった。ヒトでも身体の栄養や免疫をコントロールしているのは大腸ではなく小腸である。食物繊維の摂取によって、小腸で起きる炎症などを抑制し、結果として脂肪肝や筋肉の萎縮が抑制される、との仮説を立てている。
日本食についてもヒトのデータが増えてきた。日本食のスコアが高ければ高いほど死亡率や循環器疾患の死亡や心疾患の死亡率が低いと報告されている。国立長寿医療研究センターのデータでは、日本食スコアが高ければ高いほど腸内細菌も良く、認知症も少ないことが明らかになった。日本人のサルコペニア予防には、地中海食よりも日本食が有効との報告もある。
日本人の腸内環境や腸内細菌にマッチしているのは日本食と考えられる。そこで、京丹後多目的コホートで日本食スコアとフレイルの関連を検討した。日本食スコアが高い人はフレイルのスコアは若干低かったが、強い相関はない。つまりフレイル予防に有効な食事はまだ分かっていない。食物繊維の摂取が有効な可能性はあるが、食物繊維のみでは不十分である。
老化やフレイルインデックスと関連する腸内細菌を増やす食物を探したところ、豆類が抽出された。豆類は高たんぱく質で、ポリフェノールを多く含む。また、肉類の摂取量を少なくすることが重要であることが分かった。今のところ、フレイル予防には日本食が有効である可能性がある。特に豆類の摂取は有効である可能性が高い。肉類とくにハムやソーセージの摂取は控えるほうがよい。ただし、これは現時点での解析結果からの仮説である。この仮説を証明するためには10年程度の追跡が必要である。
◆老化を克服するため食事の見直しが必要
2023年、アフリカのタンザニア北部で暮らすハッザ族の腸内細菌についての研究報告があった。彼らは狩猟民族で、農業をしていない。山にある木の実や野菜を食べ、狩猟で採れた肉を食べている。ハッザ族は730種類の腸内細菌を持っている。ネパールで農業をしている人の腸内細菌は436種類、ネパールでも近代的な生活をしている人は317種類であった。カリフォルニアの都会で暮らす人の腸内細菌は277種類である。
ヒトは長い歴史の中で都市の利便性を手に入れる代償に本来持っていた腸内細菌を失ってきた可能性がある。しかし、ハッザ族に戻るわけにもいかない。減った腸内細菌を、次の世代に向け少しずつでも増やしていく取り組みが必要になる。糖類や肉類の摂取が増えると、次の世代の腸内細菌が減っていく。結果として重要な腸内細菌がなくなり、アレルギー疾患やメンタルの問題が増える。2022年にオランダで善玉菌といわれる腸内細菌と生活との関連を検討した研究では、地方に暮らすことと健康的な食事の摂取が重要であると報告された。つまり、都会に暮らすのではなく、地方で健康的な食事を摂ることこそが次の世代により多くの腸内細菌を残す方法と考えられる。
最近、ヒトに換算して約50歳となる30週齢のマウスに腸内細菌の餌になる食物繊維を5%加えた食餌もしくは通常の食餌を与え、比較する実験を行っている。1年間の経過後、通常の食餌群では口のまわりの毛が抜けてきた。マウスの老化は皮膚から始まる。この結果は食事が老化に影響を与えている可能性を示す。
しかし、多忙な現在では食物繊維の摂取量を増やすことが難しい。そこで、セブンイレブンとコラボレーションして、時間栄養学と腸活をドッキングさせたCycle.meブランドを発表した。このブランドでは時間ごとに食べると効果的なおやつやおつまみ、ドリンクを展開しており、これらの商品を摂れば、自然に食物繊維が摂取できる。
最近、アメリカのフラミンガム心臓研究からフレイルを予防する食物として果物と野菜があるという報告がされた。とくにフラボノールの中のケルセチンが重要とされている。ケルセチンは緑茶、リンゴに多く含まれており、日本人の摂取量は比較的多い。そこで、京丹後多目的コホートでも緑茶やリンゴの摂取量とフレイルインデックスの関連を検討している。
ヒドラという動物は脳がなく、口と肛門が繋がっている。それでも手を動かして食べ物を食べている。脳がなくても手を動かすことができる。これは腸からの刺激で手を動かせるためである。ヒドラは死なず、老化せず、癌もできない。そういう意味では幸せに生きている。一方、ヒトは脳を持ち、老化し、癌ができる。癌のシグナルと老化のシグナルは極めて類似していることが分かっている。この点でも癌と老化を克服するための食事やライフスタイルについてもう一度見直す時期と考えている。
【質疑応答】
フロア●ソーセージはよくないというお話があったが、魚肉ソーセージもよくないのか。
内藤●どうしてもソーセージを食べたい人は魚肉ソーセージにするとよい。日本人には豆も重要であるが、魚も重要である。魚はたんぱく質源にもなっており、京丹後市でも豆と魚が主なたんぱく質源になっていた。日本は海に囲まれており、魚の活用が重要になる。近年は陸上養殖で寄生虫をブロックしつつ養殖できるようになった。2050年には地球上の人口は100億になると想定されている。この時、日本の人口は1億だが、インドと中国で圧倒的な人口を占める。このような状況での食料需給を考えると、魚を中心とした日本食の重要性が高まる。
フロア●ヨーグルトの健康に対する効果にはどのようなものがあるのか。
内藤●日本人はヨーグルトが好きな人が多い。京丹後市でも約45%が毎日ヨーグルトを食べると回答していた。その中で害などは全くない。自分の身体に合ったヨーグルトを摂取してほしい。近年は睡眠、認知機能、血管などに有用な機能を持つヨーグルトも発売されている。このようなヨーグルトも試してみるとよい。
フロア●京丹後市では遺伝的なバックグラウンドに違いはあるのか。
内藤●資金的な問題もあり、ヒトゲノムは調べていないのでわからない。近年は解析技術が進歩し、かつてのような遺伝子多型やSNPでは有用なデータが得られなくなった。今後、さらに解析技術が進歩した段階で調査したい。
あなたのお腹は大丈夫?腸内環境から考えるあなたの健康未来
國澤 純(医薬基盤・健康・栄養研究所)
◆ 便移植で腸内細菌を改善
近年は腸内環境や腸活が注目されている。ワクチンに関わる免疫、さらには肥満や肌の機能、脳機能などにも腸内細菌が関わっていることが分かってきた。病気を腸内細菌で治すというマイクロバイオーム創薬の研究も進んできた。今までは、化学合成した薬を飲んで病気を治していたが、菌を薬として飲んで病気を治す可能性が見えてきている。腸内細菌がブームになり、それぞれの乳酸菌やビフィズス菌の働きが分かってきた。自分に合う菌が入ったヨーグルトなどを選んで、摂っていただきたい。
近年は便移植の可能性が報告されている。これは、病気の原因が腸内細菌の乱れであるならば、健康な人の便を移植すれば治るのでは、との考え方に基づいている。クロストリジウム・ディフィシル感染症は投薬治療では治癒率が2、3割程度の病気であるが、便移植を行ったところ、94%の患者で改善が得られたと報告された。日本でも様々な病気に対する便移植の効果が研究されている。便移植の効果が認められる事例がある一方で、便移植を繰り返しても効果がない患者の方もおられることが知られている。これは疾患の種類、患者の状態なども関係するが、便のドナーの問題もある。その中で、効果が高い便を持つスーパードナーの存在が明らかになってきた。既に海外ではスーパードナーからの便の提供に対して謝礼が支払われていることがメディアなどで紹介されている。
一方で便移植以外にも腸内細菌を改善する方法を見つけるため、国内の製薬や食品、ヘルスケアなどに関する各メーカーがジャパンマイクロバイオームコンソーシアムを結成し、腸内細菌を対象にした薬、ヘルスケア製品、食品などの研究を行っている。
◆ 腸内細菌は肥満や薬の効果にも影響
腸内細菌は病気の発症だけでなく体質にも関わる。生まれた直後の体質は両親の遺伝子の影響が大きいが、その後は腸内細菌も影響することが分かってきた。腸内細菌を持たないマウスに肥満のヒトの便を移植すると、マウスも肥満になる。ヒトでも肥満の人から便移植したところ、痩せていた患者が数か月で太ってきたことが報告されている。
薬の効果にも腸内細菌が関わっている。パーキンソン病はドーパミンが不足し、脳の機能が衰える病気であるが、レボドパという薬は腸から吸収され、脳でドーパミンになることでパーキンソン病の進行を抑える。レボドパにおいては、最初から効果がない患者、最初は効果が高かったが徐々に効かなくなる患者がいることが知られていたが、そこに腸内細菌が関わっていることが示された。エンテロコッカスフェカーレスとエガセラレンタという菌が、腸でレボドパを分解してしまう一方で、その分解を抑えたところ、レボドパが効くようになったことから、レボドパが効かなくなる原因の一つに腸内細菌が関わっていることが分かった。
レボドパ以外にも多くの薬が腸内細菌の影響を受けていることが分かってきている。将来的には、お薬手帳に腸内細菌のデータも加え、医師が処方する際に腸内細菌を参考にして薬を選択する形ができないか考えながら、研究を進めている。
◆ 腸内細菌は個人差が大きい
日本人は腸内にビフィズス菌が多い人種と言われる。日本人の腸内細菌のうち10~15%がビフィズス菌とされており、私たちが関西地方のある自治体で行った調査でも、腸内細菌のうちビフィズス菌が占める平均的な割合は約10%であった。ただし、腸内細菌の50%以上がビフィズス菌の人がいる一方で、1%以下の方も多くいる。ビフィズス菌だけみても、これだけ個人差があることが分かる。
腸内細菌を種類で分類すると、バクテロイデスタイプ、プレボテラタイプ、ルミノコッカスタイプの3つに分ける方法がある。腸内細菌のタイプには長年の食生活が影響すると言われており、バクテロイデスタイプの人はたんぱく質や脂質の摂取が多い肉食型、プレボテラタイプは食物繊維や糖質など穀物の摂取が多い草食型、ルミノコッカスタイプは雑食型と言われている。私たちが日本人を対象とした調査では、肉食型が4割、雑食型が5割、草食型が1割となる。つまり、腸内細菌は人種差が大きいと言われているが、日本人の中でも大きな個人差があることが分かる。
そこで私たちは、北は北海道から南は沖縄まで日本各地の機関と協力し、腸内細菌と食事、運動(身体活動)、睡眠、服薬、健康診断、血液、糞便、唾液などのデータとサンプルを集め、腸内細菌や代謝物、免疫のパラメーターなどを測定し身体機能や疾患の関連を調べている。すでに、1万人を超えるデータが集まっており、地域の特色などを含め、腸内環境と健康との関わりを検討している。
◆野菜摂取量と腸内細菌が関連
大阪在住の100人の腸内細菌を調べたところ、肉食型が6割、雑食型が3割、草食型が1割と全国より肉食型が多かった。そこで食事のデータを解析したところ、大阪在住の人は性別を問わず、緑黄色野菜、それ以外の野菜のどちらも少ないことが分かった。『日本人の食事摂取基準』では1日350gの野菜摂取が推奨されているが、大阪の参加者の野菜摂取量は180~200gと推奨量よりかなり少ないことが分かった。このことから、野菜の摂取が足りず食物繊維が不足となり、肉食型になった可能性が考えられる。
別の地域の例として山口県周南市を紹介したい。ここは瀬戸内海に面し、海も山も近い自然の豊かな街で、さらに工業地帯としても有名である。山口県周南市の参加者は、肉食型が7割、雑食型が2割、草食型が1割と大阪よりも肉食型が多かった。大阪と同様、食事の影響の可能性を考え調べたところ、大阪とは少し異なる状況であった。周南市では、緑黄色野菜の摂取量は全国平均より多い一方で、根菜類などの緑黄色以外の野菜の摂取量が少ない。そのため野菜不足という認識があまりないまま、食物繊維の摂取量が不足していることが分かり、これが腸内細菌に影響している可能性が考えられた。
さらに、周南市は瀬戸内海に面しているため、魚をよく食べていると予想された。しかし、魚に含まれるオメガ3脂肪酸のエイコサペンタエン酸(EPA)の血液中量を調べると、予想に反し、特に30代、40代で東京の研究参加者よりも低い数値であった。周南市は海が近くて自然も豊かなため、野菜や魚の摂取量は多いかと思われたが、結果は逆であった。このように自身もしくは周りが持っているイメージと異なる点に気づきを得ることができるのも、この調査のメリットである。
◆調査結果のフィードバックで食生活が改善
本調査では、得られたデータを研究に使用させていただくだけではなく、腸内細菌と食事の調査結果を参加者にフィードバックしている。ビフィズス菌の割合や腸内細菌のタイプについてもわかりやすく伝えている。食事内容については、不足または過剰な栄養素を信号形式で示しており、例えば、食塩を摂りすぎの赤信号となっている場合、高血圧のリスクがあるとしている。さらに、どのような食材から食塩を摂取しているのかも分かるようにしており、例えば、調味料からの摂取が多い場合は、減塩の調味料を使う、調味料自体の使用を減らす、など、自分の食生活に合わせた対策が分かる。このように気づきを得た時の行動変容や、それによる健康状態、腸内環境への影響も調べている。
周南市では「緑黄色野菜以外の野菜の摂取量が不足している」と伝えたところ、翌年には緑黄色野菜以外の野菜の摂取量が平均で約1割増え、腸内細菌のタイプも肉食型が減って、雑食型、草食型が増える変化がみられた。この調査は健康診断と抱き合わせで行っており、健康診断の結果と一緒にデータを見ると食生活の改善点が見えてくる。ただし、参加者の半分は食生活に変化がなかった。理由を聞くと「毎日の食事の作り方を急に変えろと言われても難しい」と言う。「少しの期間は続けられても習慣にならない」とも言われる。意識しなくても続けられる取り組みが必要とも考えている。
そこで、地元の商工会議所や道の駅「ソレーネ周南」と協働で取り組みを行った。ここはセミナーが開催可能な会場があり、看護師なども駐在している規模の大きな道の駅であるが、そこの直売所に腸内細菌コーナーを設け、腸内細菌の種類に併せた地元食材の推薦をしている。併設のレストランでは「美腸定食」として、腸内細菌にいい地元の食材を使ったメニューを提供している。
山口県の味噌は米味噌や豆味噌でなく麦味噌で、食物繊維が多い。先の調査で食物繊維だけでなくオメガ3脂肪酸のEPAも足りない傾向があるため、麦みそを使った肉みそ製品にオメガ3脂肪酸であるαリノレン酸を多く含むアマニの粒を加えた製品を地元企業に作ってもらっている。
◆腸内細菌の状態に合わせた食事の提案を目指す
多くの種類の腸内細菌を持つ人もいれば、1種類の腸内細菌が大部分を占める人もいる。1種類の腸内細菌ができることは限られており、他の腸内細菌と協働することで、多くの機能を発揮することから、なるべく多くの種類の腸内細菌が存在する腸内環境が重要である。一方で、特定の菌だけが存在する状況をディスバイオーシスと呼び、様々な病気の原因と言われている。ダイバーシティのある腸内環境を構築するために、腸内細菌の多様性を高めることが重要である。
食事は腸内細菌の餌になるため、腸内細菌の多様性には食事内容が影響する。偏った食事は、それを餌にする腸内細菌だけが増える。様々な食材を含む食事をすると、それぞれを餌にする腸内細菌が増え、腸内細菌の多様性が高くなる。食事はヒトの栄養になるだけではなく、腸内細菌にも餌を与えているとの観点からもバランスよく食べることが重要である。
日本人では全体的に食物繊維が足りない現状がある。もち麦は食物繊維の多い食材として知られている。もち麦を白米や食パンの代わりに毎朝食べると腸内細菌の種類が増えることが分かってきた。不足している食材を補うことによって、それを餌にする腸内細菌が増える。一方で同じように食事に配慮しても、腸内細菌が変わらない人、逆に腸内細菌の多様性が減る人もいる。同じ食事を食べても効果には個人差がある。効果が出にくい人には代わりの方法を提案する必要がある。腸内細菌や腸内環境に合わせた食事を提案できる社会の実現を目指し、精密栄養学、プレシジョン・ニュートリションの研究を進めている。その中で個別化、層別化栄養として、一人一人に合わせた食事を提案できる社会を目指したい。
◆短鎖脂肪酸の産生に多種の腸内細菌が必要
腸内細菌が食物繊維を餌にして短鎖脂肪酸を作ることが注目されてきた。腸は自発的に蠕動運動を行い、食べ物を消化・吸収して便として排出する。短鎖脂肪酸は、腸の蠕動運動のエネルギーになっている。さらに腸には免疫に関わる細胞も多い。短鎖脂肪酸は腸の免疫バランスを整え、脂肪も付きにくくする。さらに、短鎖脂肪酸は病原菌や悪玉菌を減らし、善玉菌を増やして腸内環境を改善する。とくに短鎖脂肪酸になりやすい食物繊維を発酵性食物繊維と呼ぶことが提唱されている。発酵性食物繊維の摂取を増やせば、腸内細菌の働きがよくなり、腸内環境も改善すると期待される。
食物繊維から短鎖脂肪酸ができる過程には、いくつかの腸内細菌が関与している。納豆菌などの糖化菌は食物繊維を分解して糖にし、この糖を材料にして乳酸菌やビフィズス菌などが乳酸や酢酸を作る。乳酸や酢酸を材料にして、別の腸内細菌がプロピオン酸や酪酸を作る。このように腸内細菌はリレー形式で食物繊維から短鎖脂肪酸を作っていく。この過程にある腸内細菌が少なくなるとリレーが続かない。例えばビフィズス菌が少なければ、酢酸が作りにくくなる。食物繊維の効果が変わるという点でも腸内細菌の多様性が重要である。
また短鎖脂肪酸は食物繊維を十分に摂取し、必要な腸内細菌が存在すれば産生できるわけでもない。短鎖脂肪酸が作られる過程ではビタミンB1も重要な働きをしている。ビタミンB1は腸内細菌からも作られるが、ビタミンB1を作れない腸内細菌も存在する。例えば、ルミノコッカス科の一部の菌は、ビタミンB1を作る遺伝子を持たないため、食事からのビタミンB1を利用しなければいけない。そのため、ビタミンB1を含まない食餌でマウスを飼育するとルミノコッカス科の菌が減り、その結果、ルミノコッカス科の菌が作る短鎖脂肪酸の1つである酪酸が減る。つまりビタミンB1の不足で、酪酸を作る菌が減り、食物繊維を摂っても酪酸を作れなくなる。
ヒトではa.「ビタミンB1摂取量が少なく、酪酸産生菌も少なく、酪酸が少ない群」、b.「ビタミンB1摂取量は多く、酪酸産生菌も存在し、酪酸が多い群」のほか、c.「ビタミンB1摂取量は多く酪酸産生菌も存在するが、酪酸が少ない群」もいることが分かった。c.の「ビタミンB1摂取量は多く酪酸産生菌も存在するが、酪酸が少ない群」では、出発材料である食物繊維はきちんと摂取できていたが、酪酸の材料となる酢酸が少ないことが分かった。酢酸はビフィズス菌などによって作られる。そのため、c.の「ビタミンB1摂取量は多く、酪酸産生菌も存在するが、酪酸が少ない群」はビフィズス菌など酢酸を作る菌を摂れば、食物繊維から酪酸を作りやすくなる可能性がある。
◆腸内細菌と食事、健康状態などの関連を検索できるデータベースを作成
このように腸内細菌の種類から、食べるとよい食品が見えてくる。そこで、様々なデータベースを作り、AIなどの情報科学の技術を使って解析を進めてきた。すでに腸内細菌のパターンと1か月の食事内容、免疫のパラメーター、健康状態、病気の関連が閲覧できるようなデータベース(NIBIOHN JMD)を構築している。このデータベースから、様々な身体状態と関係のある腸内細菌を探すこともできるようになっており、さらにその腸内細菌と関係する食事、代謝物も検索可能である。つまり、「Aという腸内細菌を持つ人が、Bという食材をとり、そこからCという代謝物が作られれば、XXの身体状態になるのでは」といった仮説を立てることができる。
ただし、このデータベースで明らかにされるのはあくまでも相関関係だけであり、結果なのか原因なのか、関連はなく同時に変化しただけなのかまではわからない。これを明らかにするためには、動物モデルを使って因果関係の有無、因果関係がある場合はそのメカニズムを調べる必要がある。すでに様々な病気の予防や改善に繋がる菌や代謝物、それに関わる食生活なども見つけている。
◆日本人に多いブラウティアは肥満を抑制
肥満になる腸内細菌がいれば、痩せる腸内細菌も存在する。実際、ヨーロッパでは体重をコントロースする菌の開発が進んでいる。これはアッカーマンシアという菌で、低温殺菌したものは体重コントロールのための食品として認められ、開発が進められている。
私たちのデータベースを使用して日本人のアッカーマンシア菌の保有率を調べたところ、肥満が少ないと言われる日本人であるにも関わらず、アッカーマンシアが腸内細菌全体の1%以上を占める人は10%以下に過ぎなかった。このことから、アッカーマンシアの他に肥満を改善する日本人特有の菌が存在する可能性が浮上した。そこで肥満や糖尿病ではない人に多い腸内細菌を調べたところ、ブラウティア ウェクセラエ(以下、ブラウティア菌)が抽出された。アッカーマンシア菌とは異なり、日本人の約9割にのぼる人で、腸内細菌全体の1%以上をブラウティア菌が占めている。
そこで次にブラウティア菌の体重コントロールに関わる可能性を検証するために、マウスに高脂肪食を与えた際にブラウティア菌を同時に摂取させた。高脂肪食を摂ると、マウスの体重が増加し糖尿病の症状を呈するが、ブラウティア菌を同時に与えたマウスでは高脂肪食による体重増加が抑制され、糖尿病症状も改善した。つまり、ブラウティア菌は、太りにくくすると共に糖尿病を予防する働きがあると期待される。
ブラウティア菌は腸に存在しており、自らが脂肪組織に入って脂肪を分解しているわけではないので、腸内において何らかの物質を作り、それが身体に影響をしていると考えられる。そこでブラウティア菌が作っている物質を解析したところ、オルニチン、アセチルコリン、S-アデノシルメチオニンなど代謝の促進や炎症の抑制をする物質を作っていることが分かった。さらにブラウティア菌は難消化性デンプンとして腸内細菌のエサになるアミロペクチンを蓄積していることが分かった。つまり、日本人で太ってなく、かつ糖尿病でない人に多い菌として同定されたブラウティア菌は、代謝促進や腸内環境の改善をする物質を産生して太りにくい体質にしていると予想される。
日本人の9割がブラウティア菌を持っていることから、現在はブラウティア菌を増やす食材や腸内細菌を探すと共に、ブラウティア菌を持たない人や増えにくい人のための薬や食品を開発する研究も行っている。
私たちのデータだと、ブラウティア菌が腸内細菌全体の6%以上になると肥満や糖尿病のリスクが低下する。このように数値が重要な場合、自分の腸にどのくらいの菌がいるのか「見える化」することが重要である。現在、ゲノム解析により腸内細菌を調べようと思うと、1~2万円の費用が掛かり、結果が出るまでに約1か月は必要になる。ゲノム解析により全部の腸内細菌を調べるという方法ではなく、自分が気になる菌だけを、できればワンコイン、1時間程度で調べられるシステムの開発を進めている。これが実現すれば、例えば、ショッピングモールに到着した時に腸内細菌調査の依頼をしておくと、買い物中に結果が返却されることで、その日の腸内細菌に合わせた食材を買うことが出来るようになる。
食事を意識すると腸内細菌も変わってくることも分かってきた。例えば、ブラウティア菌は食物繊維を好む菌であることが分かってきたが、私たちの調査から「食物繊維の摂取が足りない」と伝えると、食物繊維を摂るようになった方ではブラウティアも増えてくる。しかし、やめるとまた減ってくるようである。つまり、腸内細菌は食事を継続的に意識することにより、目的の菌を増やしたり、減らしたりすることが出来るようである。腸内細菌は将来の健康状態を先取りして反映している。腸内環境の見える化で健康意識を高める取り組みを進めていきたい。
◆EPAのアレルギー抑制効果にも腸内細菌が関与
油も健康に関わる栄養素として注目されており、現在では様々な種類の油が売られている。油は種類によって成分が異なる。油の摂り過ぎは良くないと言われるが、私たちの研究から、量だけではなく質も重要であることが分かってきた。例えば、マウス用の通常の餌には大豆油が含まれているが、その油を亜麻仁油に切り替えると、卵アレルギーやアレルギー性鼻炎が改善する。
亜麻仁油はオメガ3脂肪酸であるαリノレン酸を多く含むため、亜麻仁油で飼育したマウスでは、αリノレン酸や青魚などに多く含まれるEPAが増えてくる。EPAをもとに腸で作られた物質により、食物アレルギーやアレルギー性皮膚炎が改善することが分かった。また、妊娠や授乳期間中に亜麻仁油を摂ったマウスでは、オメガ3脂肪酸から作られた物質が母乳にも含まれ、その母乳を飲んだ仔マウスのアレルギーが抑制される。このようにαリノレン酸やEPAから様々な物質が作られ、異なるメカニズムでアレルギーの症状を抑えている。
このような過程では、腸内細菌も関わっている。腸内環境の改善にはプロバイオティクス、プレバイオティクス、シンバイオティクスが重要と言われている。プロバイオティクスはヨーグルトや納豆などヒトに有用な菌を摂取すること、プレバイオティクスは有用な菌の餌を摂取すること、シンバイオティクスはその両方を行うことを指す。腸内細菌は腸で何らかの物質を作り、それが身体の中に入っていく。その「物質を作る」観点から「ポストバイオティクス」という新しい概念が提唱されている。ポストバイオティクスは食事成分を材料にして腸内細菌が作りだす私たちの健康にとって有用な物質を指す。短鎖脂肪酸もその1つである。
先の油に含まれるオメガ3脂肪酸の形に変えて健康効果を発揮させる過程に腸内細菌が関わっている。例えば亜麻仁油を含んだ食餌でマウスを飼育するとαKetoAが増える。αKetoAは腸内細菌がないと作れない。αKetoAは便として排出されるだけでなく、腸から吸収されて血液中に入っていく。アレルギー性皮膚炎のサルモデルでは、αKetoAが皮膚炎を抑制することを確認しており、さらにマウスモデルでは、αKetoAが糖尿病を抑える働きがあることも分かってきた。
一方で、人を見てみると。亜麻仁油を摂取しても健康効果を感じやすい人とそうでない人がいる。マウスにおいては、亜麻仁油を摂るとEPAが増えて、そこからできる代謝物も増える。しかし、ヒトの場合、代謝物を作れる人と全く作れない人に分かれることが見えてきた。つまり、代謝物を作れる人は亜麻仁油の効果があり、作れない人は効果を感じにくいことになると予想される。これは腸内細菌が作るαKetoAでも同様である。材料のαリノレン酸を摂ると基本的には増えてくるが、増え方の個人差は100倍と大きい。
◆腸内細菌の機能研究で創薬や個人に最適化した食事内容の提案を実現
このように同じ油を摂っても人によって効果が違うことも科学的に明らかになってきた。そこで、それぞれの食品を摂取した時に代謝物を作れる人、作れない人にはどのような特徴があるのかを調べている。その結果から、食品摂取による効果をAIで予測できると考えている。まだ始めたばかりではあるが、大麦やアマニポリフェノールについて予測モデルが構築できている。さらには、効果がない人には代わりに食べていただく代替方法の開発を行っている。その1つの例が納豆である。亜麻仁油は味噌汁や納豆、ヨーグルトにかけて食べている人が多い。納豆のタレにEPAを入れ、納豆にかけて混ぜると、身体に有用な物質ができることも分かってきた。発酵食品に含まれる菌の力を借りることによって、食の健康効果を高められる可能性がある。
このような形で日本各地から多くのデータを集め、情報科学の技術を使って分析している。結果は参加者にフィードバックし、薬やワクチン、食品、ヘルスケアの開発に生かすとともに、一人一人に適した食事を提案できる社会にしたいと考えている。
【質疑応答】
フロア●生まれたばかりの子どもはどのような腸内細菌を持っているのか。また、知能を向上させるような腸内細菌はあるのか。
國澤●生まれた直後ではビフィズス菌が多い子どもが3分の2、残りはビフィズス菌が少ないと言われている。ビフィズス菌が多かった子どもの半分は、卒乳するとビフィズス菌が減ってくる。腸内細菌は学習機能、運動機能など成長期の発達にかかわっていると思われ、研究したいと考えているが、日本では幼稚園から中学生の身体が成長する時期の腸内細菌のデータが少ないことから、現在、これらの年齢層を対象にした研究を進めている。また、脳腸相関という言葉があるように、腸内細菌は脳の働きに影響する。高齢者では、中鎖脂肪酸から作られるケトン体が脳のエネルギーになり、認知症が改善する可能性が報告されている。このように腸内細菌や食事が、子供だけでなく幅広い年齢層の方の脳の発達に影響する可能性がある。
フロア●食物を生産する際の農薬、肥料は腸内細菌に影響するのか。
國澤●農薬についての知識はないが、例えば、糖尿病の治療薬などで代謝改善作用がある薬は自分の身体だけでなく、腸内細菌の代謝も変え、腸内細菌が変わってくることが分かっている。農薬の作用点が細菌の機能に影響するのであれば、当然、腸内細菌にも影響はあると考えられる。
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