日本外科代謝栄養学会第59回学術集会 Report 「静脈栄養の未来:静脈栄養での問題点〜工夫・応用の可能性」
2023.01.26フレイル・サルコペニア , 栄養剤・流動食 , 栄養素
日本外科代謝栄養学会第59回学術集会が2022年7月7日(木)から9日(土)の3日間、茨城県つくば市の「つくば国際会議場」で開催された。
会長は筑波大学医学医療系小児外科 教授の増本幸二先生が務めた。本大会のメインテーマは『外科代謝栄養学の現在・未来』とされた。
ここでは、7月7日(木)に開催されたワークショップ2「静脈栄養の未来:静脈栄養での問題点〜工夫・応用の可能性」の概要について報告する。
【株式会社ジェフコーポレーション「栄養NEWS ONLINE」編集部】
ワークショップ2
静脈栄養の未来:静脈栄養での問題点〜工夫・応用の可能性
司会:
小山 諭(新潟大学大学院保健学研究科)
深柄和彦(東京大学医学部附属病院手術部)
【講演要旨(編集部)】
我が国の経静脈栄養の現状
笹渕裕介(自治医科大学データサイエンスセンター)
◆ 静脈栄養患者は栄養投与量が不足している可能性がある
栄養に関する国際的なガイドラインでは、長期間の非経口栄養が予想される場合は中心静脈栄養(Total Parenteral Nutrition:TPN)が推奨されている。中心静脈栄養によるエネルギーや栄養素の摂取量については、ドイツ、イタリア、カナダなどからエネルギーとたんぱく量の投与量が不足しているという報告がある一方、スイスからは栄養供給が過多になっているという報告もある。日本からの報告は少ないが、いくつかの研究から中心静脈栄養患者の多くは栄養投与量が不十分である可能性が示唆されている。
◆ 栄養障害は負のアウトカムをもたらす
栄養障害は入院患者の20~50%で認められ、とくに静脈栄養を行っている患者で多いとする報告がある。また、栄養障害は合併症増加、入院期間延長、再入院増加、死亡率上昇などと関連すると報告されており、適切な栄養管理はこれらのアウトカムを改善する可能性がある。
しかし、日本の入院患者ではTPNでどの程度の栄養投与が行われているのか、どのような患者で栄養投与が不十分になるのか、不十分な栄養投与はアウトカムの悪化と関連するのかなど不明な点が多い。そこで、2009~2018年の急性期病院のDPC(Diagnosis Procedure Combination)データを用いた後向きコホート研究で静脈栄養患者の栄養投与の状況とアウトカムについて検討した。
◆ DPCデータから静脈栄養患者の栄養投与量とアウトカムとの関連を検討
収集したDPCデータには病名、診療行為、処方薬剤等の情報が含まれているが、検査結果、画像所見は含まれていない。18歳以上で入院中に中心静脈カテーテルの挿入を行った患者のDPCデータについて解析し、経口摂取もしくは経管栄養の患者、および体重や栄養に関する情報が欠損または外れ値である患者は除外した。
DPCデータから年齢、性別、BMI、主傷病名、併存疾患、入院年度、病床数、入院時ADL、入院時ジャパン・コーマ・スケール(JCS)、緊急入院のデータを収集した。治療内容としては手術、輸血、ICU入室、人工呼吸、人工透析を収集した。
栄養投与量については、中心静脈カテーテル(CVC)挿入後10日間の投与量をエネルギー、アミノ酸、脂質ごとに算出した。さらに、CVC挿入4~10日目の1日平均投与量がエネルギー投与量体重1kgあたり20kcal、アミノ酸投与量体重1kgあたり1g、脂質2.5gとするガイドラインの目標を全て達成、一部達成、全て未達成の3群に分けて検討した。
アウトカムは院内死亡、ADL低下、退院後30日以内の再入院とした。ADL低下は退院時のバーセルインデックスが入院時より低い場合と定義した。なお、DPCデータでは退院後30日以内の再入院については同一病院に再入院した場合のみ追跡可能であった。
◆ エネルギー投与量、アミノ酸投与量、脂質投与量とも目標未達成の患者が多かった
組み入れられた患者54,687名で、70歳以上が70%、男性が60%を占めていた。体重の中央値は50kgであり、約30%の患者はBMIが18.5以下の低体重であった。TPN患者ではエネルギー投与量、アミノ酸投与量とも初日から徐々に増加し、おおむね7日目に平衡に達していた。脂質は50%の患者が10日目まで投与されていなかった。
エネルギー投与量は患者の約50%、アミノ酸投与量は80%以上、脂質投与量は約70%で目標未達成であり、患者の約40%は全て未達成であった。エネルギー投与量、アミノ酸投与量ともにBMIが増加するにつれ目標を達成した人数および割合が減少していた。
◆ 高齢、BMI高値、併存疾患が多い患者で栄養投与量が不十分
栄養投与量が不十分になる患者要因を多変量解析で検討した結果、高齢、男性、BMI高値が抽出された。さらに、併存疾患の多さ、低ADLも栄養投与量が不十分になる患者要因となっていた。また、消化器系疾患では栄養投与量が達成されないリスクが低いことが明らかとなった。
◆ 栄養投与量の目標未達成群は院内死亡、ADL悪化が増加
栄養投与量の目標達成とアウトカムの関連を検討したところ、全て達成した群では院内死亡、ADL悪化ともリスクは低かった。多変量解析では全て未達成、一部達成、全て達成の順で院内死亡のリスクが低くなった。ADL悪化は全て達成した群で全て未達成群および一部達成群に比べリスクが低かった。30日以内の再入院は群間に有意差を認めなかった。
◆ おわりに
現状ではTPN患者の栄養投与量は不足しており、とくにアミノ酸、脂肪についてはガイドラインの目標投与量を達成していない患者の割合が半数を超えていた。日本ではTPN患者の栄養投与量が不十分であると考えられる。栄養投与量が不十分である要因として高齢、肥満、併存疾患の多さ、低ADLがあげられた。栄養投与量の不足は死亡やADL低下と関連していた。一方、今回の研究ではどのような患者に経静脈栄養を行うべきかという点の検討は行っておらず、今後さらなる研究が必要である。臨床における経静脈栄養についてはまだエビデンスが不足している。経静脈栄養を効果的に行っていくためには、より多くの臨床研究が求められる。
消化器外科患者における末梢挿入型中心静脈カテーテル挿入症例205例の後方視的検討
山本健人(医学研究所北野病院)
◆ 静脈栄養では合併症が少ないPICCが推奨される
消化器疾患患者では周術期に経静脈栄養が必要となるほか、腸閉塞や腸管感染症などによって経管栄養ができず、経静脈栄養が必要となるケースもある。経静脈栄養では合併症が少ない末梢挿入型中心静脈カテーテル(PICC)が推奨されており、北野病院でも2015年からガイドラインに準じた適用のもとで全例PICCを第1選択としている。
日本臨床栄養代謝学会(JSPEN)の『静脈栄養ガイドライン』では穿刺時の安全性の面からPICCの使用を推奨している。その理由は鎖骨下静脈穿刺や内頸静脈穿刺に対して安全性が高く、患者の恐怖心を軽減できるためである。米国疾病予防管理センター(CDC)のガイドラインでは、末梢静脈カテーテルあるいはミッドラインカテーテルに関して、使用の目的と期間、既知の感染性、胃感染性合併症、カテーテル挿入施行者の経験を踏まえてカテーテルを選択することとされ、輸液期間が6日を超えると見込まれる時は、短期末梢静脈カテーテルではなく、ミッドラインカテーテルまたはPICCの使用を推奨している。北野病院でもこれらのガイドライン上の推奨に基づき、PICCを積極的に導入することとした。
◆ PICCでは手技の標準化が重要
日本麻酔科学会が発行する『安全な中心静脈カテーテル挿入・管理のためのプラクティカルガイド2017』では、中心静脈カテーテル(CVC)挿入に関連した生命に関わる合併症発生の可能性を考慮し、PICC挿入を検討する必要があると記載されている。また、安全な挿入のためには施設、病院や診療科でその方法や手技を標準化しておくことが望ましいとい
う記載もある。近年では厚労省が定める特定行為にPICC挿入が含まれたことから特定看護師がPICC挿入に携わる施設も増えつつあり、手技の標準化が重要と考えられる。
当院でも手技の標準化を行っている。デバイスは原則4Frのグローション®カテーテル(シングルルーメン)を使用し、穿刺血管は上腕尺側皮静脈を第1選択とし、カテーテルの挿入留置は原則透視下で実施する。カテーテルの固定はスタットロック®(カテーテル固定パッチ)を用いてスーチャーレス弁にて行う。
◆ PICCはカテーテル関連血流感染の頻度が低い
従来型のCVCによる内経静脈や鎖骨下静脈誤穿刺による大量出血や窒息、重度の気胸などで患者が死亡した例は数多くある。内経静脈や鎖骨下静脈穿刺のCVCに比べ、末梢血管を穿刺するPICCはリスクが低いと考えられる。PICCは挿入時の合併症が少ない、患者の見える位置で行うため不安が少ない、グローション®カテーテルを使用する場合はヘパリンロックが不要で管理が簡便である、カテーテル関連血流感染が少ないことなどの利点がある。
カテーテル関連血流感染の頻度については、CVCは一般的に1,000カテーテル挿入日あたり2.3件であるが、PICCは1,000カテーテル挿入日あたり0.4件と非常に少なく、末梢静脈留置針の1,000カテーテル挿入日あたり0.6件よりも少ないという報告がある。カテーテル関連血流感染の頻度が非常に少ないことはPICCの大きなメリットである。
◆ PICC挿入を試みた205例のうち挿入不可能は10例のみ
2015~2018年に当院消化器外科でPICC挿入を行った全患者を対象に、患者背景、穿刺血管、挿入時間、留置目的、術後の合併症について検討した。PICC挿入は205例で試みたが、10例4.8%で挿入不可能であった。その原因は、末梢静脈穿刺不可能が5例、腋下閉塞で穿刺不可能が4例、逆血不良が1例であった。
◆ 平均処置時間は38分
解析は挿入が成功した195例を対象に行った。対象患者の平均年齢は68歳、性別は男性121名、女性74名であった。挿入目的は消化器疾患により絶食の必要あり68例(35%)、周術期に栄養管理の必要あり44例(23%)、術後合併症により絶食の必要あり43例(22%)、悪性腫瘍による栄養状態不良が25例(13%)、末梢ルート確保困難が10例(5%)、化学療
法導入でPICCの必要ありが5例(2%)であった。 平均処置時間は38分であった。当院ではPICCの挿入を原則透視下に行っており、挿入時間は透視室入室から退室前のレントゲン写真撮影時刻までと定義し、患者の移動や物品の準備なども処置時間に含めている。
◆ カテーテル関連血流感染症は1,000カテーテル挿入日あたり1.55件
穿刺血管は第1選択の尺側皮静脈が178名(91%)、上腕静脈が9名(5%)、橈側皮静脈8名(4%)であった。合併症発生件数は、カテーテル関連血流感染症が1,000カテーテル挿入日あたり1.55件、血栓閉塞が1000カテーテル挿入日あたり1.33件、静脈炎が1,000カテーテル挿入日あたり0.44件であった。挿入日から抜去日までの平均挿入期間は23日間で、抜去は合併症の発生または目的達成となったタイミングで行っている。
◆ おわりに
従来型CVCにおけるカテーテル関連血流感染の頻度は1,000カテーテル挿入日あたり2.1~2.3件とされているが、PICCの感染リスクは一般にこれよりも低いとされ、本研究でも1,000カテーテル挿入日あたり1.55件と少なかった。過去の報告ではPICCによる血栓閉塞は2.7%、静脈炎は0.7~15%に生じるとされているが、本研究の結果も同等であった。
PICCは準備時間の長さや手技の煩雑さが導入の妨げになることがあるが、本研究では処置時間の平均は38分で、従来型CVCと遜色ない短時間で挿入可能であった。処置の迅速化、安全性の確保のためには手技の標準化が重要と考えられる。
一方で、全身状態によっては透視室への移動が困難となる点は課題の1つである。現在、北野病院ではPICC挿入を原則全例透視下で行っているが、今後は中心静脈カテーテル留置用ナビゲーション装置などを用い、ベッドサイドでの挿入も必要と考えられる。
消化器系疾患患者において、PICCは迅速かつ安全に挿入可能なデバイスである。中心静脈へのアクセスが必要な患者における第1選択としてPICCは推奨されるべきデバイスである。
中心静脈栄養製剤の課題と展望
千葉正博(昭和大学薬学部臨床薬学講座臨床栄養代謝学部門)
◆ アミノ酸製剤は改良が進み、多彩な処方の製品が開発されている
中心静脈栄養製剤ではダブルバッグ、トリプルバッグ、クワッドバッグの開発に伴い、感染性合併症、ビタミン欠乏の発生が少なくなってきた。材料費の削減、業務の効率化も進み、病院だけでなく在宅でも多大な恩恵をもたらしている。
なかでもアミノ酸製剤に関しては、1946年に必須アミノ酸にアルギニン、ヒスチジン、グリシンを加えたVuj-N処方が登場した。1957年には人乳・全卵のアミノ酸処方に応じた国際連合食糧農業機関(FAO)処方およびFAO/世界保健機関(WHO)処方が作られ、1980年には分岐鎖アミノ酸(BCAA)が強化されたTEO処方が作られた。
特殊アミノ酸製剤としては1957年に必須アミノ酸および非必須アミノ酸の配合を変えた腎不全用製剤が、1976年にBCAA含有量を増やした肝不全用製剤が、1985年にBCAAおよび準必須アミノ酸の配合比を高くし、タウリンを配合した新生児未熟児用のアミノ酸製剤が作られている。
特殊アミノ酸製剤では癌患者へのメチオニン欠乏インバランス療法が第Ⅱ相試験まで実施されたが、中止されている。メチオニン制限食に関しては、海外では現在でも行われており、実際にメチオニン制限によって癌が抑制されたという報告がされている。
◆ オルニチン、グルタミン投与が死亡率を低下させるという報告がある
新規のアミノ酸製剤の可能性としては、肝性脳症を有する肝硬変患者に対するオルニチン投与が死亡率の低下、肝性脳症の予防に有用であったというシステマティックレビューが報告されている。
また、グルタミンに関しては、重症患者へのグルタミン投与が死亡率を上げるとする報告がある。ただし、この報告に対してはグルタミン投与群で3臓器以上の障害を有する患者が多く、グルタミン投与量も多量であったという指摘がある。さらに、その後の解析では対象に投与前のグルタミン血中濃度が高い患者が含まれていたことも明らかになった。
また、グルタミンに対する効果を検討したシステマティックレビューではグルタミンを体重1kgあたり0.3~0.5g/日投与した群で感染性合併症発症率低下、ICU在室期間短縮、入院期間短縮、呼吸器使用期間短縮がみられ、病院での死亡率も45%低下したという報告もされた。
◆ セレノメチオニン、セレノシステインの投与で組織移行性改善の可能性
アミノ酸は今までもニュートリエントデリバリーシステム、ドラックデリバリーシステムとして多く使われてきた。今後は栄養素を運ぶためにアミノ酸を使う方向性も考えられる。
通常、食事中のセレンはセレノメチオニンあるいはセレノシステインとして存在し、これが腸管の能動輸送によって吸収されると、赤血球に入っていく。一方、製剤として使われている亜セレン酸は腸管から受動輸送で吸収され、その後、グルタチオンによる還元を経て赤血球の中に入っていく。亜セレン酸に代えてセレノメチオニンあるいはセレノシステインの投与によって、組織移行性改善の可能性が示唆された。
◆ 新規アミノ酸製剤でのバイオアクティブペプチド活用の可能性
また、近年はバイオアクティブペプチドについても研究が進んでいる。とくにロイシンの分解産物である3-ヒドロキシイソ吉草酸(HMB)の研究が進み、たんぱく質の異化抑制、筋肉量の増加等の可能性が注目されている。ほかにも低分子のペプチドによる創傷治癒、たんぱく質合成、抗炎症、抗酸化作用など様々な生理活性が分かってきた。ラクトフェリン、テアニン、カテキンなど可食性たんぱく質由来のペプチドも約20万種以上が発見されており、多様な生理活性が報告されている。新規アミノ酸製剤の可能性として、このようなペプチドの利用も考えられる。
◆ 脂肪乳剤は第1世代から第4世代まで進化した
脂肪乳剤は第1世代の大豆油製剤から、即時利用できるエネルギー源として中鎖脂肪酸(MCT)を加えた第2世代、認知症の惹起を抑えるためオリーブオイルを加えた第3世代、炎症の惹起を高度に軽減させるため魚油を加えた第4世代と進化してきた。しかし、日本では現在のところまだ、いわゆる第1世代の大豆油製剤が使われている。
◆ 新規脂肪乳剤に画期的な効果を示すエビデンスは得られていない
脂肪乳剤の効果については複数のメタアナリシスが報告されている。1980~2012年までの間に公表されたランダム化比較試験6報392名を対象にしたメタアナリシスの結果では死亡率、人工呼吸器管理期間、感染性合併症発症率、ICU在室期間に脂肪乳剤間で有意差は認めなかった。1980~2014年までの期間に公表されたランダム化試験10報733名を対象にしたメタアナリシスでは死亡率、人工呼吸器管理期間、ICU在室期間、入院期間には脂肪乳剤間に有意差を認めなかったが、感染性合併症発生率は第4世代の脂肪乳剤で有意に減少したと報告されている。1991~2015年までに公表された小児対象のランダム化比較試験23報1,983名のメタアナリシスでは、1か月以内の短期使用では胆汁うっ滞率、血清ビリルビン値に脂肪乳剤間の有意差を認めなかった。日本では薬事行政上の制約が大きい。
日本では同じ効果を持つ類似薬がある場合には、新薬の一日薬価を既存類似薬の一日薬価に合わせる規定がある。また、新規性に乏しい新薬の薬価は、過去数年間の類似薬の最も低い薬価とする規定もある。このため、魚油を含む第4世代脂肪製剤の薬価は、類似薬とされた第1世代脂肪製剤と同一になった。第1世代脂肪製剤の薬価も1981年の発売以来、毎年のように引き下げられ、現在はほぼ原価に近い。実臨床においては第4世代脂肪製剤に画期的な効果は実証されておらず、補正加算もない。このため、メーカーにとって新規脂肪製剤を日本に導入するメリットがない。
◆ おわりに
アミノ酸製剤は実質1980年代から大きく変化していない。そのためグルタミン、オルニチン、シトルリンなど非必須アミノ酸の利用に新たな方向性が残存していると考えられる。その他、ニュートリエントデリバリーシステムとしての利用、あるいはバイオアクティブペプチドへの応用も課題と考えられる。
脂肪乳剤では新規製剤のエビデンスが乏しく、薬価は第1世代と同様とされている。そのため、日本での新規脂肪乳剤の導入が進んでいない。
新規中心静脈栄養製剤の導入にあたっては、栄養剤関係の薬価が低すぎるという大きな問題がある。そのため学会をあげて、栄養製剤の薬価改定を発信する必要がある。また、新規中心静脈栄養製剤の有用性の検証を積極的に行うことも求められ、学会主導の治験実施も重要である。
高度侵襲手術に対する早期高たんぱく量投与と強化血糖管理からみた早期静脈栄養の意義
土師誠二(蘇生会総合病院外科)
◆ 重症患者に対する早期のたんぱく質投与量は議論が続いている
重症患者に対する栄養管理において、現在のガイドラインでは早期静脈栄養投与は推奨されていない。蘇生会総合病院では以前より高度侵襲手術実施の際の早期静脈栄養の是非について検討を行ってきた。今回は、ICU入室を伴う肝胆膵系の高度侵襲手術に対する早期静脈栄養を含めた栄養管理の意義、血糖管理とたんぱく投与量別の臨床効果について検
討した。
欧州静脈経腸栄養学会(ESPEN)のガイドラインでは、侵襲1週間以内の早期のたんぱく質投与量は体重1kgあたり1.2~1.3g/日が推奨されている。この投与量のエビデンスとして、経腸栄養で投与量が十分でない患者に対し、3日目以降にたんぱく質を投与すると感染性合併症が減るという報告をベースにしている。
一方、早期静脈栄養は早期の死亡率を上昇させ、とくにたんぱく投与量が多い場合はオートファジー抑制により死亡率が高まる、とする報告もある。最近では、人工呼吸器装着の敗血症患者を対象とし、体重1kgあたり0.8~1.2g/日のたんぱく質投与が予後を向上させるという報告もある。このように適切なたんぱく投与量については今も議論が続いている。
エネルギー投与量、たんぱく質投与量と死亡率を検討した報告では、エネルギー投与量は多くても少なくても死亡率が高くなるU字カーブを描くが、たんぱく投与量が多いほど死亡率が低下することが明らかになった。エネルギー投与量が少ない群と多い群の比較ではエネルギー投与量が多い群で生存率が高いことも分かっている。
◆ 高たんぱく質投与を含めた栄養介入の効果を検討
当院では膵頭十二指腸切除や膵体尾部切除術手術を含めた肝胆膵系手術を施行した115例を対象に、栄養介入群46例と対照群69例の2群に分け、比較検討を行った。腎不全患者と人工透析中患者は除外している。対照群には通常の栄養管理を行った。栄養介入群では術前の免疫療法を含めた当院のプロトコルに沿った栄養介入を行った。
当院のプロトコルでは早期に経腸栄養を行いつつ、静脈栄養も併用する。術後1週間は血糖値150mg/dlを目標に血糖コントロールを行った。術後3日目から段階的にエネルギー投与量を増やし、7日間で体重1kgあたり20~25kcalとする。術後早期から高たんぱく質投与を行い、術後3日目のたんぱく質投与量は体重1kgあたり1.2~1.5gとする。早期離床やリハビリテーションは通常通り行った。静脈栄養では高非たんぱく質カロリー/窒素(NPC/N)比の製剤を用い、術後翌日から投与を開始、経腸栄養の増量とともに段階的に増やす。その間、インスリン持続投与を行った。
◆ 栄養介入群では手術部位感染が少ない
栄養介入群と対照群間に年齢、性別などの患者背景に有意差はなかった。糖尿病合併は両群ともに約45%で、米国麻酔学会による全身状態分類(ASA-PS)は3以上が栄養介入群で若干多かった。栄養介入群のたんぱく投与量はプロトコル通り術後3日目に体重1kgあたり1.2g投与されていた。栄養介入群のたんぱく質投与量は術後1週間目まで対象群に比べ有意に多かった。栄養介入群のエネルギー投与量は術後5日目まで対照群より有意に多かったが、術後6日目以降は有意差を認めなかった。
栄養介入群のたんぱく質投与経路は、術後1日目には約93%が静脈栄養による投与で、術後3日目までは約80%が静脈栄養から投与されていた。栄養介入群の血糖値は術後1日目から対照群に比べ有意に低かった。栄養介入群の手術部位感染(SSI)は対照群に比べ有意に少なかった。
◆ 高たんぱく質の投与と厳格な血糖コントロールでSSIが減少
術後3日目のたんぱく投与量が体重1kgあたり0.8g/日未満、体重1kgあたり0.8~1.2g/日、体重1kgあたり1.2g/日以上の3群に分けて合併症発生率を検討したところ、体重1kgあたり1.2g/日以上で重症合併症およびSSI発生率が有意に低かった。
術後3日間の平均たんぱく質投与量体重1kgあたり1g/日、平均血糖値180mg/dlをカットオフとして、高たんぱく質高血糖値群、高たんぱく質低血糖値群、低たんぱく質高血糖値群、低たんぱく質低血糖値群に分け、アウトカムを比較した。その結果、高たんぱく質高血糖値群と低たんぱく質高血糖値群、低たんぱく質低血糖値群ではSSI発生率に有意差は認めなかったが、高たんぱく質低血糖値群ではSSI発生率が有意に低かった。
◆ おわりに
たんぱく投与量が多い群ではアウトカムが向上するが、血糖コントロールが不十分であるとSSIに対する栄養投与の効果は減弱する。早期静脈栄養を含む高たんぱく量投与は、良好な血糖管理の下で高度侵襲手術におけるアウトカムを改善できると考えられる。
アミノ酸含有量がTPN管理時の腸管免疫に及ぼす影響:HMB添加・非添加モデルでの検討
高山はるか(東京大学大学院医学系研究科侵襲代謝・手術医学講座)
◆ GALTの萎縮は感染リスク上昇に関連
腸管には生体の免疫細胞の半数以上が存在しており、腸管リンパ装置(gut-associated lymphoidtissue:GALT)はその中心的役割を果たしている。GALTには3つの主要な器官として、誘導器官のパイエル板、実行器官の腸上皮細胞間、粘膜固有層が存在する。
経腸栄養が欠如すると、中心静脈栄養(TPN)で栄養を十分に投与していても腸管構造が萎縮したり、GALT細胞数が低下したりすることが明らかになっている。GALTは全身の粘膜免疫にも関わっており、GALT細胞数の萎縮はIgA(免疫グロブリンA)レベルの低下を引き起こし、感染リスクを上昇させる。
◆ TPNへのHMB付加は腸管構造の萎縮やGALT細胞数の低下を改善
3-ヒドロキシイソ吉草酸(HMB)にはmTOR活性化によるたんぱく質合成促進、NF-κB阻害による過剰な炎症反応の抑制、ユビキチン・プロテアソーム系抑制によるたんぱく質分解抑制、アポトーシス抑制などの効果が確認されている。HMBはロイシンの代謝産物で、静脈内にも投与できる。TPNにHMBを加えることで、GALT細胞数を改善できる可能性がある。
マウスを4群に分け、それぞれ通常の食餌、標準的なTPN製剤、HMBを600mg/kgBW付加したTPN製剤、HMBを2000mg/kgBW付加したTPN製剤で5日間管理し、GALTリンパ球数を比較した。HMBを加えたTPN製剤で管理したマウスにおいて、パイエル板と腸上皮細胞間のGALTリンパ球数が有意に改善をした。
鼻腔洗浄液、肺胞洗浄液のIgAレベルはHMBを加えたTPN製剤で管理したマウスで改善傾向は見られたが、有意差には至らなかった。腸洗浄液ではHMBの付加による改善傾向が消失し、IgAレベルの明らかな効果は認められなかった。
腸管の形態は、HMBを加えた標準的なTPN製剤で管理したマウスにおいて、コントロール群に対して空腸の萎縮が改善していた。これらの結果から、TPNにHMBを加えることで、腸管構造の萎縮やGALT細胞数の低下が改善することが示唆された。
◆ TPNにアミノ酸を付加してもGALTリンパ球数、フェノタイプに影響しない
HMBはアミノ酸の代謝産物であるため、TPN製剤にアミノ酸を付加することでGALTが改善する可能性がある。そこで、マウスを用いて、TPN製剤中のアミノ酸含有量を増加した場合のGALTリンパ球数とフェノタイプへの効果について検討した。
マウスを2群に分け、標準的なTPN製剤(アミノ酸2.3g/100mL)、アミノ酸を付加したTPN製剤(アミノ酸4.5g/100mL)で管理し、GALTパイエル板、腸上皮細胞間、粘膜固有層のリンパ球数およびフェノタイプを測定した。なお、TPN製剤は2群ともHMBを含
んでいない。
GALTリンパ球数はパイエル板、腸上皮細胞間、粘膜固有層のいずれにおいても群間に有意差を認めなかった。GALTリンパ球のフェノタイプも全ての器官において、有意差を認めなかった。これらの結果から、HMBを含まないTPN製剤におけるアミノ酸含有量の違いは、GALTリンパ球数およびフェノタイプに影響を与えないことが分かった。
◆ HMB添加TPNにおけるアミノ酸含有量の増加はGALTリンパ球数の部分的な回復、フェノタイプ修飾をもたらす
TPN製剤に、アミノ酸に加えてHMBを付加した場合はGALTの改善効果が認められる可能性がある。そこで、マウスを標準的なTPN製剤(アミノ酸2.3g/100mL)にHMB(145㎎/100mL)を付加した群、アミノ酸を増量したTPN製剤(4.5g/100mL)にHMB(145mg/100mL)を付加した群に分けて管理し、同様の検討を行った。
GALTリンパ球数はパイエル板、腸上皮細胞間においては群間に有意差を認めなかったが、粘膜固有層ではHMBおよびアミノ酸を付加した群で有意に多かった。フェノタイプは、HMBおよびアミノ酸を付加した群で腸上皮細胞間のCD4が有意に高値を示した。この結果から、HMBを付加した上でアミノ酸含有量を増やしたTPN製剤では、GALTリンパ球数を部分的に回復させ、フェノタイプを修飾することが明らかになった。
◆ おわりに
今回の検討では、アミノ酸のみを付加したTPN製剤ではGALT細胞数の改善は認めなかった。一方で、HMBおよびアミノ酸を付加したTPN製剤ではGALT細胞数が改善した。TPN管理下におけるGALT萎縮は、TPN製剤へのHMB付加およびアミノ酸量含有量増加で抑制できることが示唆された。
これらの結果はたんぱく質を合成するHMBとその基質となるアミノ酸が十分に存在したことでGALT細胞数が回復したためと考えられる。TPNの新たな可能性を探るためには十分なアミノ酸投与だけでなく、HMB添加など、質を工夫した検討も重要であると考える。