第57回糖尿病学の進歩 Report:シンポジウム3 糖尿病患者の個別化食事療法の実現に向けて Part1

2023.07.24栄養素

座長
福井道明京都府立医科大学大学院医学研究科内分泌代謝内科学
矢部大介岐阜大学大学院医学系研究科糖尿病・内分泌代謝内科学/膠原病・免疫内科学

発表の要点

宮崎大学医学部中里雅光先生は、体重はエネルギー摂取と消費のバランスで決まるが、肥満治療のカギとなる食欲制御には迷走神経を介した脳への情報伝達の複雑なメカニズム理解が必要とした。また運動と脂肪摂取の関連や、ヒト独自の快楽的な摂食について解説した。


東京大学大学院 医学系研究科佐々木 敏先生は、 3 か月で数値改善した食事療法が、長期では有効性を消失するのはヒトが長期の指示に従えない行動学的特性とし、それを加味した実臨床での食事療法確立には個別化した食事指導のエビデンスの積み重ねが必要、と論じた。


東京大学大学院医学系研究科窪田直人先生は、戦後日本で爆発的に増加した2型糖尿病は食事の欧米化、特に糖分と飽和脂肪酸の摂取量増加によるインスリン抵抗性の増大が原因と指摘。一方、高齢糖尿病患者のエネルギーおよびたんぱく質摂取量の不足はサルコペニアの高リスクで、食事療法に薬物や外科治療を組み合わせた個別の調整が必要、と論じた。


慶應義塾大学勝川史憲先生は、現在の低 BMI および高齢の糖尿病患者のエネルギー摂取量は身体活動が考慮されていないため不足している、として、フレイル予防を意識した食事指導と、目標 HbA1c 値に対する目標体重エネルギー摂取量を設定する方法を提唱した。

株式会社ジェフコーポレーション「栄養NEWS ONLINE」編集部 講演要旨】

糖尿病患者の個別化食事療法の実現に向けて Part1

 

摂食調節機構とその破綻

中里 雅光宮崎大学医学部/ 大阪大学 蛋白質研究所

 

複雑な食欲制御メカニズム

肥満治療では、汎用的な治療が全ての患者に適しているとは限らない。さらに個別の患者に適した治療についてもよく分かっていない。これはヒトの食欲制御の複雑さに起因している。ヒトの体重はエネルギー摂取と消費のバランスでコントロールされている。しかし、エネルギー摂取量とエネルギー消費量の正確な測定することは困難である。

食欲制御の仕組みは複雑で、ヒトでは食欲と摂食が一致しないこともある。通常は神経やホルモンの働きによる代謝的な摂食が行われる。これに加えて、脳内の報酬、動機付けなど快楽系の働きによる摂食も行われる。このような快楽的摂食は、ドーパミン、エンドルフィン、カンナビノイドが扁桃体、島皮質、視床枕、前頭眼窩回などの脳の部位に働きかけて行われる。

実臨床では、患者は摂食によるエネルギー摂取量と運動で使われるエネルギー消費の関係性を知識としては、よく理解しているが、それを実際に生活に取り入れることは別の問題と捉えているようだ。この点を考慮した食事指導、運動指導の実施には、食事や運動の制御が脳から末梢へトップダウンか、末梢からのシグナルによるボトムアップなのかを明らかにする必要がある。

 

多岐にわたる肥満の要因

肥満の成因は、食や運動だけではなく、生活リズムの障害、慢性的なストレス、体重の増加をもたらす薬剤など多岐にわたる。スティグマの観点からは、肥満には遺伝的な要因が 40 ~ 70 % もあることに留意しなくてはならない。肥満は乾癬、心疾患、乳がんと同等あるいはそれ以上に遺伝的要因の関与がある。肥満糖尿病患者ではオランザピン、クロザピンなど抗精神病薬の服用症例が多い。これらの薬剤は過食をもたらすことが知られている。ヨーロッパで肥満度の高い小児では 13 種類のセロトニン 2C 受容体に変異があったことが報告された。オランザピンやクロザピンはセロトニン 2C 受容体の拮抗作用を持つ。このような遺伝子変異は機能喪失型で、遺伝的な関係も明らかになっている。

ヒトの代謝に占める遺伝子の寄与度を検討した研究では、 BMI には脳の遺伝子の寄与度が高いことが明らかになった。具体的には、レプチン抵抗性、インスリン抵抗性、セロトニン抵抗性などの異常をもたらす遺伝子が解明されている。

 

島皮質が摂食に関与

視床下部は摂食・エネルギー代謝の中枢の 1 つである。視床下部の弓状核には末梢からのシグナルが伝わる。ここでは空腹のシグナルであるアディポネクチンやグレリンが AMP 活性化プロテインキナーゼを活性化する。一方、レプチン、インスリンなど満腹シグナルは mTOR を活性化する。これらの食欲の抑制系、促進系のバランスが最終的に摂食の状態を決定している。

視床下部には多くの摂食調節系や自律神経の中枢がある。血糖が高い状態では糖感受性ニューロンのアデノシン 3 リン酸( ATP )が増え、ナトリウム・カリウムポンプが活性化され、過分極により神経系が抑制されて、それ以上の摂食が起こらない。一方、低血糖の場合には、糖受容ニューロンがシグナルを受け、プロテインキナーゼ C を介して ATP 感受性カリウム( Katp )チャネルが閉鎖し、神経が活性化して摂食が促進される。

ペンフィールドの脳地図はヒトの身体を制御する脳の部位を示したものである。しかし、腹腔内の臓器を制御する脳の部位はなかなか分からなかった。現在は、消化管は島皮質によって制御されていることが分かっている。白い箱に甘い餌を入れ、黒い箱には餌を入れない環境でマウスを飼育すると、白い箱に入れるだけで、記憶によりマウスの脳は活性化される。この時に活性化される脳の部位は島皮質で、扁桃体の中心核にある神経経路が関与していることも分かった。島皮質の Nos 1 陽性神経の活性化が扁桃体の中心核の PKCδ ニューロンを抑制することも明らかになった。このような快楽的な摂食についての分子メカニズムも明らかになりつつある。

胃は食物が入ってくる最初の内臓である。胃からのシグナルの伝達経路を検討した実験では、迷走神経を介して、最終的に島皮質に伝わっていることが明らかになった。ヒトの脳は身体の多くの部位から感覚を受け入れる。迷走神経は食物、美味しいもの、有毒なものなどの感覚を脳に伝えている。迷走神経は肉眼でも見えるほど大きな神経で、臓器からの情報を延髄孤束核に伝え、再び視床下部や島皮質に情報を伝え、内臓情報のゲートキーパーとして機能する。

また、迷走神経は感覚だけではなく、炎症のシグナルも伝えている。マウスを高脂肪食で飼育すると腸内に炎症が起こる。この炎症が TLR 4 を介して迷走神経を伝わり、海馬や視床下部で中枢の免疫担当細胞であるマイクログリアが増え、炎症反応をもたらす。糖尿病や肥満は、視床下部の中枢の障害や海馬におけるアルツハイマー病に関連する。このメカニズムの一つに腸内炎症の脳内への波及が関与していると考えられている。かつてヒポクラテスは全ての病気は腸から始まると言ったが、代謝性疾患の一部の要因に起因することが判明し、この説の一部の正しさが証明されている。

 

グルカゴンや GLP1 、 GIP などが摂食調節に影響

脂肪と糖では脳への伝達経路が異なる。脂肪は上部消化管で吸収されるが、そのシグナルは迷走神経を介して視床下部に伝わり、摂食調節のシグナルになる。糖の場合には、肝門脈や腸の SGLT 1 を持つ細胞から内臓神経である交感神経の求心路を介して伝わる。

胃と腸は全く別の臓器のように考えられているが、魚類の約半分には胃が存在しておらず、胃からの情報と腸からの両方の情報をかなり多くのニューロンが受け取っている。このように胃と腸の関連は深い。

食欲調節シグナルの神経を介するメカニズムは、グレリンの研究によって進展してきた。グレリンは空腹になると胃体部で分泌され、脳に空腹シグナルを伝えるホルモンである。がん治療では患者の食欲減退が問題になっており、食欲増進にグレリン作動薬が使われるようになった。

摂食を増やすグレリン受容体と摂食を抑制する GLP 1 受容体は多くのニューロンで共存している。グレリン受容体は PI3K 、 ERK 1 / 2 などのシグナルを介して最終的には Katp チャネルを開いて過分極となり、神経細胞が抑制される。一方、食欲を抑える GLP 1 受容体はアデニル酸シクラーゼ、環状アデノシン一リン酸に働きかけ、 Katp チャネルを閉鎖して脱分極となり、神経が興奮する。摂食のアクセルとブレーキは最終的に Katp チャネルを介して、神経細胞の電気活動を制御している。

近年、高度肥満に対して行われるようになった外科手術後に、グレリン受容体の内因性の抑制ペプチドである LEAP – 2 が変化することが分かってきた。肝臓で作られる LEAP – 2 はグレリンを抑制する働きを持つ。通常はグレリンが LEAP – 2 の産生を抑制している。胃と肝臓において摂食調節を司る臓器連関の存在が明らかになってきた。

現在、摂食調節においてはグレリン、グルカゴン、 GLP 1 、 GIP 、 Gut Microbiota からなる 5G が注目されている。グルカゴンは、肝臓からの糖の放出も抑制することが明らかになってきた。グルカゴンが脳に働くと、迷走神経を介して肝臓での糖の新生を抑える。一方、肥満、糖尿病による炎症が視床下部で起きている場合、グルカゴンの糖新生抑制作用はキャンセルされてしまう。 GIP はインクレチンの 1 つで、脂肪の合成を促進する作用を持つため、糖尿病治療薬候補になるとは考えられていなかった。 GLP 1 は主に神経に機能する。ただし、 GLP 1 の血中濃度は 2 倍程度にしか増えない。一方、 GIP は非常に高い値まで増加する。近年の研究で、内因性の GIP が不足すると摂食量が減り体重も減少することが分かった。すなわち内因性の GIP は摂食量や体重を増加させる働きがある。一方で、薬理的な量のアシル化 GIP 投与で、摂食量や体重が減少する報告がなされた。これは脳特異的な GIP 受容体に依存することも明らかになっている。 GIP はノックアウトマウスの研究では体重を増やすと考えられていたが、薬理的には逆の作用が明らかになってきた。
臨床ではまもなく GLP 1 と GIP のハイブリッドペプチドを使えるようになる。このペプチドを構成する 39 個のアミノ酸の多くは GIP に由来している。すなわち GIP 受容体により強く作用するペプチドである。

グルカゴンは脂肪の燃焼を増加し、エネルギーの消費を増やす。また、グルカゴン、アミリン、 GLP 1 、 GIP はいずれも摂食を抑える。 GLP 1 、 GIP はインスリン分泌に関与し、 GLP 1 は心血管保護作用がある。ペプチド医薬の進歩により様々なアミノ酸を組み合わせることが可能になった。これらは糖尿病、肥満症、非アルコール性脂肪性肝疾患( NAFLD )の新たな治療戦略となる可能性がある。

 

運動により低脂肪食の選択が増加

摂食と運動は独立していると考えられているが、脳内では相反性に調節されている。肥満モデルの動物実験では、高脂肪食を自由に摂食できる環境であるが、運動は取り入れられていない。しかし運動できる環境では、高脂肪食を与えても体重増加が抑制されることが明らかになっている。また、運動がない状態で通常食と 40 % 以上の高脂肪食を同時に与えると、マウスは高脂肪食を好んで摂食し肥満になる。一方、運動ができる環境で同様に通常食と高脂肪食を与えると、低脂肪食を好んで摂食する。運動すると高エネルギー食を好むようになるといわれるが、一概には言えない。

村上らは、レプチン受容体欠損マウス、レプチン欠損マウス、レプチン受容体およびレプチン二重欠損のマウスでは肥満になる前から既に運動が減少することを示している。しかし、給餌量を 6 割以下に制限し、エネルギー不足の状態にすると運動するようになる。運動を抑制している栄養素を調べるため、胃内に直接栄養素を注入して検討したところ、炭水化物やたんぱく質の注入では運動の減少は起こらないが、脂肪の注入では多くの個体で運動が抑制されていた。

 

ヒトの摂食には情動的な要素も多大

ヒトでは様々なホルモンや神経がエネルギー代謝や摂食の調節を司っている。その中心は視床下部である。視床下部は自律神経の中枢でもあり、その遠心路を介して、内臓機能を抑制している。

ヒトの場合は、報酬、動機付けなど情動的な要素でも摂食が起こる。尾状核、線条体系、前頭前野などが複雑に絡み合って、摂食が起きる。これは摂食本来の目的であるエネルギー不足を補うこととは異なるメカニズムである。

 

 

 

栄養疫学研究からみた糖尿病の食事療法における課題

佐々木 敏東京大学大学院 医学系研究科

 

食事指導のエビデンスには行動科学の検討が欠如

ネズミは餌を食べる。ヒトは食事を食べる。つまり、食事は事であり、行動という要素がある。現在の食事指導にはこの観点が抜けている。

地中海食、低炭水化物食、低脂質食など 8 種類の食事療法の有効性をハイレベルなランダム化比較試験( RCT )を対象としたメタアナリシスの結果、すべての食事療法で有意な改善が認められ、かつ食事療法間で有意差は認められなかった。さらに低炭水化物食と低脂質食についてのメタアナリシスでは、 HbA1c は低炭水化物食で有意に改善したが、空腹時血糖値改善効果については有意差を認めなかった。したがって、どの食事療法が有用であるかという議論は、少なくとも患者集団レベルではできない。

このメタアナリシスには食品交換表を用いた食事療法は含まれていない。これはメタアナリシスの過程で網羅的に食事療法に関する RCT を検索し、ハイレベルの報告を選択したところ、食品交換表を用いた食事療法の報告が含まれなかったことを意味する。つまり、現時点で食事交換表を用いた食事療法に明確なエビデンスがない状態で、その有用性を議論している点に問題がある。

実臨床ではどの程度の強度の食事療法をどれだけの期間行えばよいかが疑問がある。食事療法の強度については、中強度以上の低炭水化物食は糖尿病の緩解に有意な効果をもたらした、とのメタアナリシスが報告された。この結果からは低炭水化物食が有用と考えられる。しかし、有意な効果は BMI 30 以上の集団を対象にした報告に限られていた。

別のメタアナリシスでは 3 か月の高強度の低炭水化物食は HbA1c を有意に低下する、とされた。しかし、6か月以上では有意な改善効果は認めなかった。このメタアナリシスが検討したのは欧米の報告であり、ベースラインの炭水化物エネルギー比は約 50 % で、低強度の低炭水化物食の炭水化物エネルギー比は 40 % であった。現実的に実施できる強度の低炭水化物食は炭水化物エネルギー比が 40 % 程度と考えられる。つまりヒトが実施可能な低炭水化物食の強度や期間は患者を対象にした試験でしか明らかにできない。ここに食事療法のエビデンス構築の難しさがある。

アメリカで平均 BMI 33 の肥満者 800 人を対象に、脂質/たんぱく質/炭水化物/のエネルギー比を 20 % / 15 % / 65 % 群、20 % / 25 % / 55 % 群、 40 % / 15 % / 45 % 群、 40 % / 25 % / 35 % 群の 4 群に分け、 2 年間このエネルギー比の食事を摂取してもらい、肥満改善効果を検討した報告がある。その結果、いずれの群も体重は 3 kg 低下したが、有意差は認めなかった。この報告にはそれぞれの群で指示されたエネルギー比の維持率も示されている。 2 年後の炭水化物エネルギー比は 40 % / 25 % / 35 % 群のみ低く、他の 3 群はいずれも同等であった。2年後のたんぱく質エネルギー比はいずれの群も同等であった。

この結果は、ヒトは医師の指示通りの食事を継続できないことを示唆する。医師はアウトカムに注目しがちである。しかし、ヒトはマウスではない。食事療法を行うためには、ヒトの行動を把握しなくてはならない。そのためには、ヒトの行動科学が求められる。糖尿病治療ではとくに行動科学の寄与が大きい。

 

診療ガイドラインは実臨床での実現の検討が必要

多くの疾患で診療ガイドラインが作成された。しかし、診療ガイドラインは実臨床で使えない数字が示されている点で作成側とユーザー側に大きな乖離がある。診療ガイドラインはエビデンスに基づいて作成される。しかし、エビデンスに基づくと、患者が実践不可能な数字になってしまう。その代表が食塩摂取量であり、現実的に可能な数字を設定する必要がある。『糖尿病診療ガイドライン』にも食物繊維 20 g / 日以上の摂取が推奨されている。しかし、日本人の食物繊維摂取量、糖尿病患者の食物繊維摂取量の報告は少ない。 2 型糖尿病患者を対象に食物繊維の付加量と HbA1c 低下を検討したメタアナリシスがある。この報告では食物繊維摂取量の群間差が平均 12 g / 日で、食物繊維摂取量が多い群では HbA1c 低下効果が認められたが、用量依存性はなかった。つまり、診療ガイドラインに食物繊維摂取量の具体的な数字が出せない。さらに、平均 12g / 日 という値は現在、患者の食物繊維摂取量に付加したものである。

実臨床の食事療法で患者に食物繊維を 12 g / 日加えるよう指導できるか、患者の食物繊維摂取量を測定できるか、継続的に測定を繰り返しモニタリングしているか、モニタリングをもとに指導を変えているかなど様々な問題がある。これらが実現できなければ、実臨床でエビデンスが活かされているとは言えない。

診療ガイドラインはエビデンスに基づいている必要があるため、メタアナリシスなどを参照して作成される。しかし、エビデンスを実臨床で使う場合には、科学的な誤差を認めた上で、摂取量を臨床検査学の知見をもとに測定する必要がある。また、このような食事療法を行った RCT の積み重ねが必要である。現状の食事療法の RCT はほとんどが欧米で行われ、脂質エネルギー比は 30 % 、炭水化物エネルギー比が 50 % などとなっている。日本とはエネルギー比 10 % 以上の差がある結果を、そのまま日本では使えない。しかし、日本には質の高い報告がなく、メタアナリシスには含まれていない。

 

食事指導の個別化で HbA1c が低下

そこで、東京大学医学部附属病院では食事指導の個別化を試み、その効果を検討した。まず、各種の診療ガイドラインやメタアナリシスを精査し、各栄養素の目安となる摂取量を設定した。次に患者ごとに食事のアセスメントを行い、各栄養素の過不足を検討した。食事アセスメントの所要時間は約 15 分で、診察の待機時間に実施できる。栄養素の過不足判定はプログラムを用いて、瞬時に結果を得られる。この過不足判定で、摂取量の目安から外れていた栄養素のみ患者に指導した。コントロール群には食事交換法を用いた食事指導を行い、個別化食事指導群と HbA1c の変化を比較した。
その結果、個別食事指導群はコントロール群に比べ、有意に HbA1c が低下した。この試験のデザインには多くの問題があり、おそらくメタアナリシスには含まれない。しかし、このようなヒト試験を積み重ねていく必要がある。

 

患者行動の研究を含めた食事療法の検討が必要

日本では食事療法が十分な科学的知見、研究論文に基づいて行われていない。ヒト試験で有効性を検討し、食事療法の効果を議論する必要がある。ただしアウトカムだけでは食事療法の効果を評価できない。食事療法の効果を明らかにするには、アウトカムの専門家だけではなく、食事摂取を専門とするメンバーも試験に加わる必要がある。また、効果を議論する際には、欧米の研究では対象者特性に、日本の研究では研究のクオリティに注意が必要となる。

糖尿病の食事療法に真剣に取り組む医師や専門職は少ない。食事療法のメカニズムの研究はもちろん大切である。しかし、患者行動についての疫学研究も必要である。糖尿病の食事療法に対する研究が進み、科学的かつ現実的に行われることを願っている。

 

 

実臨床からみた糖尿病の食事療法における課題

窪田直人東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科

 

食事指導に加え、薬物療法や外科治療の併用も

2017 年の国民健康調査では糖尿病患者が 1000 万人の大台に到達したことで注目された。日本人の総人口が減少に転じるなど人口動態は大きく変わりつつあるが、現在もなお相当数の糖尿病患者が存在することは間違いなく、戦後爆発的に増加した糖尿病患者のほとんどが 2 型糖尿病と考えられている。

2 型糖尿病はインスリン分泌低下の遺伝素因と、肥満・内臓脂肪蓄積やインスリン抵抗性を増大させる環境因子などが相まって発症する。戦後の糖尿病患者の増加は、おもに後者の環境因子によると考えられる。その成因を考慮すると、 2 型糖尿病の治療においてインスリン分泌低下に対しては薬物療法が中心となる一方で、肥満・内臓脂肪蓄積やインスリン抵抗性に対しては食事療法や運動療法にも一定の効果が期待できる。糖尿病治療では良好な血糖マネジメントが最終的な目標であり、病態を考慮した治療が求められるが、内臓脂肪蓄積やインスリン抵抗性の評価は難しく、改善効果の確認が困難である。今後は特に肥満・内臓脂肪蓄積やインスリン抵抗性といった病態に対して有効な食事療法を考慮し、その効果を検証していくことが重要である。

米国糖尿病学会( ADA )と欧州糖尿病学会( EASD )が共同で発表した最新のステートメントでは、糖尿病治療に対して 2 つのゴールが示された。 1 つはハイリスク患者における合併症の重症化予防であり、エビデンスのある様々な薬物治療が推奨されている。もう 1 つは血糖および体重の管理、目標の達成であり、食事療法とともに、薬物療法や外科治療の併用検討が示されている。食事療法はとくに肥満やインスリン抵抗性を認める糖尿病患者で必要性と有効性が高いが、現在は食事療法だけではなく、薬物療法や外科治療も積極的に併用する時代になっている。

戦後、日本人のエネルギー摂取量はほとんど変わっていない。しかし、 1960 年代後半から 1970 年代に食事の欧米化が進み、脂質摂取量が増えた。現在は脂質摂取量はほぼ横ばいとなっているが、炭水化物摂取量の減少に伴い食物繊維摂取量は減ってきている。食物繊維摂取量と 2 型糖尿病発症率の関連を検討した報告では、食物繊維摂取量が多いと総死亡率や糖尿病発症率が低くなり、食物繊維摂取量が減ると糖尿病の発症が増加する可能性が示されている。また、食物繊維は全粒穀物での摂取が望ましいとされている。

 

清涼飲料摂取量増加で単純糖質摂取量が増加

食事の欧米化という観点では、脂質の摂取量増加が注目されがちだが、同時期に清涼飲料水の消費量も増加しており、肥満やインスリン抵抗性を増やし、糖尿病発症に関連している可能性がある。近年はエナジードリンクや栄養ドリンクの摂取量が増えるなど、日本の清涼飲料摂取量は今なお増加している。これらの清涼飲料にはぶどう糖果糖液糖や果糖ぶどう糖液糖と表示される異性化糖が多量に含まれ、安価で安定した生産が可能な上に温度が下がると甘味がむしろ強まる特徴を持つため、多くの製品に用いられている。その量は、空腹時血糖を 80 mg / dl 、全血液量を仮に 5 l とすると健常者では全血液中に約 4 g (角砂糖約 1 個分)、糖尿病患者でも健常者の 3 ~ 5 倍にすぎないのに対し、清涼飲料では多いものになると 500 ml 中に 56 g 、角砂糖 14 個分、ヒトの全血液量 5 l に換算すると角砂糖 140 個分にも上る。日常的な清涼飲料の多飲は、大量の単純糖質の摂取につながってしまう。

 

夜遅い時間の食事で血糖コントロールが悪化

わが国では 24 時間社会の到来などの社会環境の変化に伴い、食事を摂るタイミングも変化し夕食時間が遅くなってきた。健康成人を対象に、朝食と昼食の時間は変えず、夕食のみ早い時間と遅い時間に分け、血糖変動を比較した報告がある。その結果、夕食が遅い群は夕食が早い群に比べ、食後血糖値や平均血糖値が上がることが示された。また、糖尿病患者を対象に夜食習慣の有無で血糖コントロールを比較した観察研究では、夜食習慣があると血糖値が高く、肥満になりやすく、合併症が進行しやすいと報告されている。血糖コントロールにおいて夜遅い時間の食事が望ましくないことは、ある程度コンセンサスが得られている。

最近絶食時間が血糖コントロールに及ぼす影響も検討されている。肥満やインスリン抵抗性がある糖尿病予備軍を対象としたクロスオーバー試験では 12 時間絶食に対し 18 時間絶食では食事摂取量が同じであるにもかかわらず、インスリン抵抗性の改善が認められた。また絶食時間を 14 時間とし、残りの 10 時間以内で自由に食事を摂取するようにしたところ、摂食量が減少し、インスリン抵抗性の改善が認められた。食事摂取時間を 1 日 4 時間または 6 時間に制限しても、コントロールと比較し摂食量が減り、肥満やインスリン抵抗性が改善した。また、肥満患者を対象に 12 か月間にわたりエネルギー摂取量を男性 1,500 ~ 1,800 kcal 、女性 1,200 ~ 1,500 kcal に制限し、食事時間を 8 時~ 16 時に制限した群と制限しない群に分けインスリン抵抗性などを比較した報告では、両群間に有意差は認められなかったが、時間制限群ではエネルギー摂取量が少なく、インスリン抵抗性が改善する傾向にあった。一連の結果は方法にもよるが食事療法でインスリン抵抗性を改善しうる可能性が示唆されている。ただし絶食時間を長くするために朝食を欠食するのは好ましくないとされており、早めの夕食が推奨される。

過体重や肥満の患者を対象に、 1 日のエネルギー摂取量を同一とし、朝食の摂取量を多くした群と夕食の摂取量を多くした群の比較も行われている。その結果、体重には有意差はないが、朝食摂取量が多い群では食欲が低下し、空腹感を感じにくくなっていた。食欲関連ホルモンもこの所見に合致する結果となっていたが、興味深いことに、朝食摂取量が多い群では胃内容物排泄速度が遅く、これが空腹感を感じにくくなった理由の1つと考えられた。食事療法で減量・インスリン抵抗性改善を達成する方法として、朝食をしっかり食べて夕食を早めに摂取することが望ましいのかもしれない。

 

超加工食品摂取量増加により飽和脂肪酸摂取量・食塩が増加

新型コロナウイルス感染症( COVID – 19 )拡大防止のために外出自粛が呼びかけられ、長期保存、短時間調理可能な超加工食品の利用がここ数年特に増えている。非常に便利であり今では我々の日常生活に欠かせない食品であるが、いくつか負の側面が最近報告されている。超加工食品の摂取頻度と肥満との間に正の関連が報告され、飽和脂肪酸や砂糖、食塩の摂取量が増加し、死亡リスクも高まる可能性があることが示唆されている。

超加工食品に対する食行動も検討されている。肥満、インスリン抵抗性がある成人を対象に、 2 週間は超加工食品食を、 2 週間は未加工食品食をそれぞれ自由に摂取する研究が行われた。その結果、超加工食品食ではエネルギー摂取量が未加工食品食より多くなり、食事の速度も早くなっていた。超加工食品食では未加工食品食に比べて血中 PYY レベルが低下しており、超加工食品食は満腹感を感じないまま、勢いで食べてしまう可能性が示唆された。

最近、低脂肪食と低炭水化物食の自由摂取下おけるエネルギー摂取量を比較した研究が報告された。低炭水化物食は低脂肪食に比べ、エネルギー摂取量が多いにも関わらず体重が減少していた。この結果は一見低炭水化物食の有用性を示しているようにもみえるが、低脂質食では変化が認められない除脂肪量が低炭水化物食では減少し、体脂肪量は逆に低脂肪食でより減少していた。減量の目的に合わせて制限する栄養素を選択し、低炭水化物食を行う場合には特に除脂肪量の喪失に注意が必要である。

 

高齢糖尿病患者でエネルギー指示量やたんぱく質指示量が不足

2019 年度 ~ 2020 年度の 2 年間に東京大学医学部附属病院で栄養指導を受けた糖尿病患者 901 名を対象に解析を行ったところ、平均年齢は 60 代前半、平均 BMI は 27 ㎏ /㎡ 、平均 HbA1c は 7.2 % であった。当院の糖尿病患者でも高齢者が増えているが、年齢が上がるほど BMI は下がる傾向にあった。

医師のエネルギー指示量は高齢になるにつれて高くなっており、ある程度年齢を考慮していると考えられた。しかし、『糖尿病診療ガイドライン 2019 』や『高齢者糖尿病治療ガイド』では高齢者のフレイル予防では身体活動レベルより大きい係数が設定することが推奨されているが、当院の栄養指導では 75 歳以上の患者であってもエネルギー指示量が体重 1 kg あたり 30 kcal / 日未満となっており、十分なエネルギー必要量に到達していない可能性が示唆された。またたんぱく質指示量は年齢による差がなく、全体的に不足しており、実際のたんぱく質摂取量はたんぱく質指示量よりもさらに少なくなっていた。

サルコペニアについては 65 ~ 75 歳の患者の約 80 % では問題ないとの評価だったが、 75 歳以上になると約 40 % が低骨格筋量や低筋力を認めるサルコペニアの高リスク症例であった。エネルギー指示量やたんぱく指示量はサルコペニアの重症度に合わせて増える傾向にあったが、それでも十分な水準には到達しておらず、実際の摂取量にいたってはその指示量よりもさらに少なくなっていた。エネルギー量に関してもたんぱく質量に関しても、年齢や高齢者の病態を踏まえた食事療法においてはまだまだ改善の余地があると考えられた。

 

糖尿病患者の個別化食事療法の実現に向けて

糖尿病が増えた背景には、生活習慣の変化に伴うインスリン抵抗性の増大がある。このため、糖尿病治療では食事療法が基本とされている。しかし、個人的には食事療法の必要性は患者により異なる可能性があると考える。

1, 食事療法は必要性の高い方と低い方がおり、肥満・インスリン抵抗性の病態改善を期待して行うのが良いのではないか。
2, 食事療法が困難な方には、薬物療法・外科治療なども考慮したり、併用したりしても良いのではないか。
3, フレイルやサルコペニアといった高齢者特有の病態に対するエネルギー量・たんぱく質量に関しては、まだまだ指示量も摂取量も少ない可能性があるのではないか。

食事療法は特に糖尿病の基盤病態である肥満やインスリン抵抗性を改善し、最終的には HbA1c を下げる目的で行われる。その達成には食事療法だけではなく、薬物療法や外科治療なども上手に組み合わせ、個別にモニタリングして調整する必要がある。

 

 

リアルワールドのエネルギー必要量

勝川史憲慶應義塾大学 スポーツ医学研究センター

 

エネルギー出納の基本概念

はじめにエネルギー出納の基本概念を確認しておく。肥満者ではエネルギー摂取量がエネルギー消費量よりも多く、低体重者では摂取量が消費量よりも少ないと考えがちだが、これは誤っている。もしそうであれば、肥満者は体重が増加し続け、低体重者は体重が減り続けることになる。体重に変化がなければ、肥満者も低体重者でもエネルギー消費量と摂取量は等しい。

エネルギー出納はエネルギー摂取量と消費量の差として定義される。エネルギー出納に過不足があれば体重が変化するが、体重が変化するとエネルギー消費量も変化する。これはエネルギー消費量が体重に規定されるためで、体重が多ければ、基礎代謝量も多く、身体活動によるエネルギー消費量も多い。食事制限によってエネルギー摂取量を減らすと、体重が減ることでエネルギー消費量も減っていき、やがて減らしたエネルギー摂取量とつり合って体重は平衡状態に達する。エネルギー摂取量を増やした場合も同様である。体重が多い人も少ない人も、エネルギー摂取量とエネルギー消費量は等しく、それはエネルギー必要量に一致する。違いは、体重の多い人は多いエネルギー摂取量、消費量でエネルギー出納が保たれており、体重が少ない人は少ない摂取量、消費量でつり合っていることである。

 

BMI22未満の糖尿病患者でガイドラインのエネルギー摂取量は過小

日本人の食事摂取基準』によると、身体活動レベルが低い〜ふつうの健常成人のエネルギー必要量は、体重 1 kg あたり平均 30 ~ 40 kcal / 日である。

糖尿病患者では、総エネルギー消費量を構成する 3 つの要素のうち、基礎代謝は健常者と同等か 5 ~ 6 % 程度高いと報告されている。これは、肝臓での糖新生や、糸球体でろ過されるブドウ糖が増加し、尿細管でエネルギー依存性の再吸収も増加するためとされている。また、食物の消化、吸収、体内への貯蔵に要するエネルギーである食後の熱産生は、糖尿病患者では健常者に比べ低下しており、インスリン抵抗性が関連していると言われている。これらは糖尿病の病態に関連したエネルギー消費量の変化である。一方、総エネルギー消費量を構成する 3 番目の要素である身体活動は、身体活動量が少ない人で糖尿病になりやすく、また、糖尿病患者は種々の合併症にともない身体活動量が低下していると指摘される。糖尿病と身体活動量の低下は、疫学的にみて双方向の因果関係にあるといえる。

以上の 3 つの構成要素を足し合わせた総エネルギー消費量を、糖尿病患者と健常人について二重標識水法で評価し比較した複数の研究では、いずれも両者で差を認めていない。糖尿病患者の体重 1 kg あたりの総エネルギー消費量は、普通体重者でおよそ 36 kcal / kg / 日であった。一般に、体重を X 軸に、総エネルギー消費量を Y 軸にプロットすると、回帰直線は原点を通らず Y 切片がプラスとなる。したがって、体重あたりの総エネルギー消費量は肥満者の場合、やや低い値になり、一方、 BMI が 20 前後になると平均で 40 kcal / kg / 日程度と高値になる。当然、こうした総エネルギー消費量に見合ったエネルギー量を糖尿病患者は摂取していることになる。

日本糖尿病学会の『糖尿病診療ガイドライン 2019 』では、食事療法の総エネルギー摂取量の設定方法が変更された。そこで、このエネルギ—摂取量と、実際に二重標識水法で測定した総エネルギー消費量を、平均年齢 70 歳の糖尿病外来患者のデータで比較した。目標 BMI の 22 〜 25 を超える肥満者で、エネルギー摂取量が総エネルギー消費量より少ないのは、減量のために妥当な設定かもしれない。しかし、 BMI が 22 〜 25 および 22 未満の対象者でみても、エネルギー係数として 27.5 または 32.5 kcal / kg 、目標 BMI を 22 とした場合、エネルギー係数 27.5 kcal /  kg 、 65 歳以上で目標 BMI を 25 とした場合、いずれの場合もエネルギー摂取量の設定が、エネルギー消費量より平均で約 250 〜 550 kcal 過小であった。とくに体重を減らしてはいけない BMI 22 以下の患者で、エネルギー摂取量が過小となるのは問題である。これは先に述べたように、この BMI の範囲でガイドラインが指示するエネルギー係数が実際の値に比べて過小であることに由来する。

体重あたりのエネルギー消費量に一定の値を用いている点は『日本人の食事摂取基準』でも同様である。健常人では、二重標識水法による総エネルギー消費量のデータが比較的豊富にあるので、まずは健常人で、体重と総エネルギー消費量の関係を明確にすることが必要だろう。糖尿病患者は、総エネルギー消費量は健常人と差がないものの、病態として基礎代謝や食後の熱産生に差があるので、糖尿病患者での総エネルギー必要量の推定式作成には、データ数が不足しており、難しいように思われる。ひとまずは健康人のデータを参考にすることになるのではないか。

ここで、エネルギー摂取量が過小に設定された背景についても触れておく。二重標識水法が使われるようになったのは 1980 年代前半以降で、それ以前のエネルギー摂取量の評価は食事調査で行われていた。体重に変化がなければ、摂取量と消費量は同じ値になるはずである。しかし、様々な食事調査法と二重標識水法を同時に評価した多くの研究で、食事調査法のエネルギー摂取量は、二重標識法で測定したエネルギー消費量に比べて 20 ~ 30 % も過小評価することが明らかにされた。これは健常人だけでなく、糖尿病患者でも同様である。

 

高齢糖尿病患者では生活活動がエネルギー消費量を規定する

次に、身体活動ベルについて述べる。『日本人の食事摂取基準』の前身である『日本人の栄養所要量』では、当初、軽労作、中労作、強労作の上に、重労作、激労作のカテゴリ−が存在した。しかし、機械化の進展によりこうした労働に従事する者がいなくなり、 5 段階から 4 段階、さらに 3 段階に減らされてきた経緯がある。力仕事に相当する職種は消失し、立ち仕事に従事する者が、現在では身体活動レベルの「高い」に相当しており、このことを踏まえた身体活動レベルの再定義が必要だろう。現在の『日本人の食事摂取基準』は、生活の大部分が座位の場合の身体活動レベルは「低い」、デスクワークでも通勤、買い物、家事のいずれかがあれば「普通」、立ち仕事の場合は「高い」に分類している。

ところで、先ほどの高齢糖尿病患者の二重標識水法のデータでは、総エネルギー消費量が健常人と差がないことは予想されていたが、総エネルギー消費量を基礎代謝量で割った身体活動レベル( Physical Activity Level : PAL )に、健常人と同程度の個人差があることはまったく予想外であった。高齢者は仕事に就いていないのに、何が身体活動レベルを規定しているのだろうか。

この高齢糖尿病患者を PAL で 3 群に分けると、 PAL 1.54 と低い下 3 分の 1 と PAL 1.90 と高い上 3 分の 1 では、二重標識水法で評価した総エネルギー消費量はそれぞれ 1,900 kcal / 日と 2,400 kcal / 日と、 500 kcal / 日もの差があった。活動量計による評価では、 1 日のほとんどの時間は低強度の歩行以外の身体活動か、座位行動で費やされており、両者の多寡が総エネルギー消費量の差と関連していた。糖尿病ではないが、域在住高齢者をフレイルの有無で比較した海外の成績も同様の所見だった。すなわち、 1 日のほとんどの時間は低強度身体活動か座位行動で占められており、座位行動でじっとしている時間が少なく、こまごまとした生活活動をして過ごす時間が多い非フレイル群はフレイル群に比べて総エネルギー消費量が 600 kcal / 日多かった。高齢者では、総エネルギー消費量を規定する因子として低強度の身体活動に注目する必要がある。

なお、この糖尿病患者で 3 日間の食事調査から求めたたんぱく質のエネルギー比率は、 3 群とも約 15 % であった。総エネルギー消費量とたんぱく質のエネルギー比率から、実際に摂取しているであろう、たんぱく質の量を計算すると、 PAL の低い群、高い群それぞれで 1.20 g / kg 、 1.53 g / kg だった。どちらも推奨量は満たしているが、 PAL の高い群の方がフレイル予防に有利と考えられる。実際に、これらの対象者集団で評価した除脂肪体重、握力等の指標は、総エネルギー消費量から基礎代謝を差し引いた non – basal energy expenditure と正相関が認められた。フレイル予防には主にレジスタンス運動が有用とされているが、高齢者では日常の生活活動の増加が、身体活動量増加からエネルギー摂取量、たんぱく質等の栄養素の摂取量増加を介してフレイル予防に貢献する点も見逃せない。

 

高齢糖尿病患者ではフレイル予防を意識した食事指導が必要

低体重や体重減少はフレイルのリスクとされる。わが国の高齢者は、肥満者が少ないために、どうしても低体重者に目が向きがちである。しかし、欧米では、高齢者でも肥満が多いため、肥満者におけるフレイルが注目されるし、日本人の高齢者集団でも BMI 27.5 以上ではフレイルのリスクが高くなると報告されている。さらに、糖尿病やメタボリックシンドロームなど肥満に合併する病態が、サルコペニアやフレイルのリスクとなることも指摘されている。職域健診のデータからは日本人の BMI は増加傾向にあることが示唆され、今後は肥満糖尿病患者においてフレイル予防も考慮した食事指導が必要となるだろう。詳細は省くが、現在我々が検討している大規模な職域データでは、肥満や高血糖、糖尿病、さらに高血圧もフレイルのリスクとなり、肥満糖尿病患者では、 5 年間で 5 ~ 10 % 程度の体重減少がフレイルのリスクを低下させていた。したがって、肥満糖尿病患者においてはフレイル予防の観点からも、この程度の体重減少は望ましい可能性が示唆される。

 

目標体重の個別化

最後に、糖尿病食事療法の個別化という観点で減量目標を考えたい。日本糖尿病学会の『糖尿病治療ガイド』では、 1999 年から 2004 年は BMI 20 〜 24 を目標体重としていた。 BMI 22 を目標体重とする従来のエネルギー摂取量の設定は、これと合致していたわけである。治療ガイドの目標体重は、その後 2004 年からは当面、現体重の 5 % 減、 2020 年からは 3 % 減に改められたが、その際に、エネルギー摂取量の設定は変更されなかった。

日本肥満学会も用いている現体重の 3 % 減という減量目標は、特定保健指導の対象集団で健診指標が統計学的に有意な改善を認めたことが主な根拠のようである。今後、検討する対象集団がますます大きくなると、より少ない減量でも改善が統計学的には有意になるので、そろそろ発想を変えるべき時期かと思われる。

肥満糖尿病患者を対象に、食事療法もしくは抗肥満薬で減量介入を行った研究のメタ解析では、 1 %の体重減少で HbA1c が0.1 %改善する直線的関係が示されている。つまり、 HbA1c をたとえば 0.7 % 下げるためには、体重を 7 % 減らせばよい。治療の個別化として、 HbA1c の目標値を達成するために、糖尿病患者がそれぞれ個別に体重減少量を設定する方法が考えられる。

多人数の集団で、二重標識水法で求めた総エネルギー消費量と体重の関係をみた検討からは、体重が 7.1 % 異なる場合の総エネルギー消費量は 10 % 異なると指摘されている。この関係が、同じ個人の体重変化の前後にも当てはまると仮定すると、次のように患者のエネルギー摂取量の設定を個別化することができる。たとえば、 HbA1c を目標値まであと 0.7 % 改善したい場合、体重を 7 % 減らせば良いことになり、現在の食事量からエネルギー量を 10 % 減らせば、 7 % の減量が達成されることになる。高齢糖尿病患者でも、 5 ~ 10 % の体重減少は、フレイル予防を考慮しても許容できるレベルと考えられる。

上記の体重と総エネルギー消費量の成績は『日本人の食事摂取基準』でも引用されているが、欧米人のデータである。体格の異なる日本人に同じ数値があてはまるかどうかは不明であり、現在、日本人の多人数のデータを用いた分析が進んでいる。日本人における体重と総エネルギー消費量の関係が明らかになれば、一定の減量目標を達成するためのエネルギー制限量について目安を得ることができるようになるだろう。

もっとも、食事調査がエネルギー摂取量を過小評価するのと同じように、食事指導においても患者が自分の食事量を過小評価する可能性がある。また、高齢者ではエネルギー吸収率が低下している可能性も考慮する必要がある。したがって実臨床では、上記のような方法でエネルギー制限を指示したあと、実際の体重変化をモニターしながら食事量を微調整することになるだろう。

 

目標の HbA1c をめざした個別の減量目標、エネルギー摂取量の設定

以上、最後の部分では、食事のエネルギー摂取量設定の個別化として、私見を述べた。糖尿病の食事療法のエネルギー量の設定では、まず目標とする HbA1c 値に対応して目標とする体重減少値を設定し、次に、その減量を達成するために現在の食事から減らすべきエネルギー量を指示する、ということである。もちろん、 HbA1c 改善の目標が、減量の達成、維持が困難なほど大きければ、当初から薬物療法の併用を考慮することになるだろう。

Part2へ続く...

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