第28回腸内細菌学会学術集会 市民公開講座「腸内細菌の光と影:病気との関わり」Part1

2025.04.16腸内細菌

市民公開講座「腸内細菌の光と影:病気との関わり」Part1

司会:加藤公敏(腸内細菌学会 理事)

・発表の要点

  • 杏林大学神谷 茂先生は腸内細菌がEHEC(腸管出血性大腸菌)感染症、ロタウイルス感染症、CDI(ディフィシル菌感染症)、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)などの感染症に関連し、抗菌薬やプロバイオティクスの投与、糞便移植による腸内細菌叢の是正がこれらの疾患に伴う症状を改善することを示した。

健全な腸内細菌は感染症を予防する~新型コロナウイルス感染症を含めて~

演者:神谷 茂(杏林大学)

◆細菌は死んだ細胞内でも増殖、ウイルスは生きた細胞内でのみ増殖

細菌の進化はヒトよりはるかに長い歴史を持っている。微生物には寄生虫、真菌、細菌、ウイルスなど様々な種類がある。細菌の大きさは1μmと非常に小さいが、ウイルスは100nmと、その10分の1のサイズである。Escherichia coli(大腸菌)の大きさはエイズの原因となるヒト免疫不全ウイルス(HIV)の約10倍。リンパ球の大きさはその大腸菌の約10倍だが、HIVウイルスはその100倍も大きなリンパ球に10年以上持続感染して、リンパ球を死滅させる。

細菌は球状のものと細長い桿状のものがある。球状の細菌を球菌、桿状の細菌を桿菌と呼ぶ。一方、ウイルスの構造は複雑である。形態も様々だが、正二十面体の構造を持つものが多い。外側にエンベロープを持つウイルスもある。細菌の核酸にはDNAとRNAがともに存在するが、ウイルスの核酸はDNAまたはRNAのどちらかとなる。

細菌や寄生虫、真菌は死んだ細胞内でも増えるが、ウイルスは生きた細胞の中でのみ増殖する。細菌は2つに分裂して増殖する。ウイルスは感染した細胞にウイルスの核酸やたんぱく質を合成させることで増える。細菌はペニシリンやセファロスポリンといった抗生物質が効果を示すが、ウイルスには無効である。インフルエンザウイルスに効くオセルタミビルなどの薬剤は抗生物質ではなく、抗ウイルス薬と呼ばれている。

◆腸内細菌叢はヒト最大の細菌叢

細菌を寒天培地で一晩培養すると、肉眼で観察できる大きさのコロニーができる。1つのコロニーは1~2mmの大きさだが、この中には1億個以上の多数の細菌が存在する。菌によって分裂のスピードは若干異なるが、大腸菌の場合15分に1回分裂する。したがって、一晩で250兆個になる計算だが、寒天培地には限られた栄養しかないため、無限に増えることはない。このような細菌の集まりを細菌集落(コロニー)と呼ぶ。

正常細菌叢はマイクロバイオータと呼ばれている。ヒトは無菌で生まれるが、産道、母乳、環境から細菌を獲得し、ある特定の細菌の集団が定着して正常細菌叢が形成される。細菌叢は皮膚、口腔、気道、消化管、泌尿器、生殖器など様々な部位に存在する。中でも消化管に存在する腸内細菌叢はヒトの体内で最大のマイクロバイオータである。また、生体とこれらのマイクロバイオータは生態学的に共生関係を保っていることが知られている。

腸管の表面積は200m2に上り、テニスコート一面分の広さを持つ。ここに数百種類、40兆個以上の細菌が存在し、腸内細菌叢を形成している。かつて、ヒトの全細胞数は60兆個とされていたが、近年は30~37兆個と言われている。つまり、腸内細菌叢の細菌数はヒトの身体を構成している全細胞数よりも多い。このことから腸内細菌叢は1つの臓器であるという言い方もされるが、科学的には正しくない。ただし、腸内細菌叢は、臓器と同じように重要な役割を果たしている。

腸内細菌叢の様々な機能には、エネルギー産生、蠕動運動や消化吸収の促進、物質代謝の調整、感染制御、免疫賦活、がんの抑制および促進などがある。物質代謝の調整では胆汁酸、コレステロール、ステロイド、尿素・アンモニアの代謝に関与するほか、薬物の活性化および不活化、毒性代謝物の産生にも関与している。また、がんについては抑制だけでなく、促進する腸内細菌も存在する。

◆日本人には海藻を分解する酵素を持つ腸内細菌が存在

米国健常人の糞便、鼻前庭、頬粘膜、膣、舌などの細菌を解析した報告では、部位によって構成細菌が異なることが分かった。ただし、それぞれの細菌の代謝機能に関しては、部位によらず同様であった。

門レベルで分類すると、ヒトに常在する細菌はFirmicutes門、Actinobacteria門、Bacteroidetes門、Pseudomonadota門の4つで約99%を占める。腸内細菌叢など常在細菌の乱れをディスバイオーシスと呼ぶ。例えば、抗生物質を長期間連用すると腸内細菌の種類や数が減る。このように常在細菌のバランスが異常となった状態がディスバイオーシスである。

常在菌の種類は多様性で評価される。多様性の評価にはα多様性とβ多様性がある。α多様性は特定のサンプル中の多様性を示す。例えば、ある個人の腸内細菌叢を構成する細菌の種類はα多様性で評価される。他方、異なる個体の細菌構成を比較することをβ多様性と呼ぶ。

2011年にヒトの腸内細菌叢はBacteroides属が多いエンテロタイプ1、Prevotella属が多いエンテロタイプ2、Ruminococcus属が多いエンテロタイプ3の3種類に分類されると報告された。このエンテロタイプの違いは地域性、性別、健康状態、年齢に依存していないことも分かった。

その後、エンテロタイプの違いは食事と関係があると報告された。エンテロタイプ1は米国人と中国人に多く、たんぱく質や脂肪が豊富な食事と関連する。エンテロタイプ2はアジア人、中南米人、アフリカ人に多く、炭水化物が豊富な食事と関連する。エンテロタイプ3は日本人やスウェーデン人に多いが、明確な食事の特徴とは関連していなかった。

海洋細菌であるZobellia galactanivoransは海苔、ワカメなど海藻の多糖類を分解する。ヒトの腸内ではこのZobellia galactanivoransは全く検出されない。しかし、日本人に特徴的なBacteroides plebeiusという腸内細菌は、海苔やワカメなどの海藻を分解する酵素を高率で持っていることが分かった。外国人の腸内ではBacteroides plebeiusは検出されていない。日本人は海藻を長い間摂取し続けていたため、腸内で海藻を分解する酵素がZobellia galactanivoransからBacteroides plebeiusに移行したと考えられている。この結果も食事が腸内細菌に関連していることを示唆する。

2016年に日本人の腸内細菌叢の構成が明らかにされ、外国人の腸内細菌叢との比較が行われた。その結果、腸内細菌叢は人種によって異なるクラスターを形成していることが分かった。日本人では外国人に比べ、Actinobacteria門が多かった。Actinobacteria門の代表的な細菌としてBifidobacterium属がある。一方、化膿性の病変の原因になるMethanobrevibacter smithiiは外国人に比べ少なかった。これら各国の腸内細菌叢の相違と、肥満度、食生活、年齢との相関は認められなかった。

日本人の腸内細菌叢をメタゲノム解析した報告では、炭水化物代謝や酢酸合成に関連する遺伝子群の発現が強い一方、複製、修復、運動性などバクテリアの病原性に関係する遺伝子やメタン合成遺伝子群の発現は弱いことが分かった。この結果から、日本人の腸内細菌叢は病原性の機能の発現が弱く、比較的健全とされている。

◆腸内細菌の乱れはEHEC感染症と関連

腸内細菌叢は多くの疾患と関係することが分かってきた。それらは腸管感染症、呼吸器感染症、炎症性腸疾患、大腸がん、生活習慣病、肝疾患、精神神経疾患、アレルギー性疾患、婦人科疾患などである。腸管感染症のひとつである腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症も腸内細菌叢との関連が指摘されている。

大腸菌は非病原性大腸菌と病原性大腸菌に分類される。非病原性大腸菌はすべてのヒトに存在しており、腸内では非病原性であるが、異所性炎症の原因となり、肺では肺炎、膀胱で膀胱炎、腎臓で腎炎などを起こす。病原性大腸菌は腸内でも病原性を示す。病原性大腸菌には腸管毒素原性大腸菌(ETEC)、腸管病原性大腸菌(EPEC)、腸管凝集接着性大腸菌(EAggEC)、EHEC、腸管組織侵入性大腸菌(EIEC)の5種類がある。

細菌にはH抗原、K抗原、O抗原と3つの抗原がある。H抗原は鞭毛抗原で、ガラスの曇りを意味するHauchbildung(ドイツ語)に由来する。寒天培地上を鞭毛で遊走した細菌によって形成されたコロニーがガラスの曇りに見えることから名付けられた。K抗原は莢膜抗原を示す。O抗原は糖鎖抗原で、曇りがないことを意味するOhne Hauchbildungに由来する。大腸菌はO抗原の血清型によって分類され、現在はO1~O181まで存在する。未知と思われる大腸菌が発見されると、O抗原を調べ、既知の抗原でなければ、新たな番号が付けられる。

腸管出血性大腸炎はO157、O111、O26、O128などが原因となり、溶血性尿毒症症侯群(HUS)などの重篤な合併症を引き起こす。HUSが重症化すると尿毒症により腎機能が低下し、透析が必要となる場合もある。また、血小板減少性紫斑病や脳症も起こす。病原因子はベロ細胞(サル腎臓細胞)を破壊するベロ毒素を産生する。

腸管出血性大腸炎の治療は水分補給、ホスホマイシンやフロオロキノロンなど抗菌薬投与、プロバイオティクス投与、HUS後の腎不全に対する人工透析である。1996年には大阪府や岡山県を中心にO157が原因となる食中毒が発生した。9,451人がO157感染症を発症し、12名が死亡している。ただし、海外のO157感染症に比べ、死亡率は10分の1から100分の1程度であった。これは日本の透析技術が優れており、腎不全による死亡がほとんどなかったためである。

O157によるEHEC感染症の治療としては安静、水分補給が基本となる。水分補給は経口的な輸液で十分である。つまり電解質を含んだドリンクを摂取すればよい。さらに消化しやすい食事の摂取も必要である。止瀉剤は使用せず、鎮痛剤も慎重に投与する。鎮痙剤は蠕動運動を抑えるため避けた方がよい。感染症による下痢を鎮痙剤で抑制すると、原因の病原体を腸管内に貯留することになる。したがって、EHEC感染症による下痢では、鎮痙剤を使用しないことが原則である。抗菌薬として、小児ではホスホマイシン、成人ではフルオロキノロンが使われる。さらにプロバイオティクスなど生菌製剤の投与も行われる。

EHEC感染症では腸内細菌叢が変化する。小児のEHEC感染症患者の腸内細菌叢ではα多様性が亢進し、Prevotella属、Faecalibacterium属、Megasphaera属、Blautia属が増加したと報告されている。また、マウスでEHECに感染させたところ、門レベルではFirmicutes門が減少、Pseudomonadota門が増加したことが報告されている。さらに、Alistipes属、Bacteroides属、Blautia属が増え、Lachnospiraceae科やRoseburia属が減少したことも明らかになっている。

◆プロバイオティクスはEHEC感染症による腸内細菌叢の乱れを是正

腸内細菌叢の是正にプロバイオティクス、プレバイオティクス、シンバイオティクスが用いられている。プロバイオティクスは十分な量が投与された場合、宿主に健康上の利益をもたらす生きた微生物と定義されている。プレバイオティクスは腸内細菌叢の構成・活性に特異的な変化を引き起こし、結果的に宿主の健康に利益をもたらす選択的な発酵を受けた成分とされている。シンバイオティクスはプロバイオティクスとプレバイオティクスを含み健康的な利益をもたらす産物である。

プロバイオティクスとして様々な薬品や食品が市販されており、Streptococcus属(レンサ球菌)、Enterococcus属(腸球菌)、Lactococcus属といった乳酸を産生する菌、Bifidobacterium属(ビフィズス菌)をはじめBacillus属、Clostridium属などの細菌、Saccharomyces属(真菌)などが使われている。プロバイオティクスは上皮細胞への効果、抗菌物質の産生、競合阻害などを示すほか、宿主の免疫機能を活性化し、感染症に効果を示す。そこで、プロバイオティクスとしてClostridium butyricumを用い、EHEC感染症に対する効果を検討した。

無菌マウスをEHECに感染させたところ、出血性腸炎、腸粘膜炎症、腎障害、小脳の障害を認め、すべてが5日以内に死亡した。予防的投与としてEHEC感染4日前にプロバイオティクスを投与したところ、生存率は100%となった。治療的投与としてEHEC感染2日後にプロバイオティクスを投与したところ、生存率は50%であった。糞便内の細菌数はプロバイオティクスの予防的投与及び治療的投与で無投与に比べ約1%まで低下した。EHECによるベロ毒素1型および2型の産生量も抑制されていた。Bifidobacterium longumを用いて同様の実験を行ったところ、Clostridium butyricumと類似の改善効果を認めた。これらの結果からプロバイオティクスは、EHEC感染症に有効と考えられる。

◆ロタウイルス感染症も腸内細菌叢と関連し、プロバイオティクスによる治療が有効

発展途上国だけでなく先進国でもロタウイルス感染症による下痢症が多い。先進国では冬期の発症が多いため、小児冬季白色下痢症とも呼ばれていた。通常、糞便には褐色の胆汁が含まれるため黄褐色になる。しかし、重症の下痢では胆汁が少なくなり、便は白色を示す。ロタウイルス感染症の下痢も白色の下痢が多い。ロタウイルスのロタは、車輪を意味するrotaに由来している。ロタウイルスには二重の核膜構造があり、車輪のように見えることから名付けられた。

ロタウイルス感染症患者の腸内細菌叢はα多様性が低下し、大腸菌やFusobacterium nucleatumが増え、Bacteroides属やFaecalibacterium属の菌が減少していた。ロタウイルス感染症の有無、下痢の有無で4群に分け腸内細菌叢を比較したところ、ロタウイルス感染症で下痢あり群、非ロタウイルス感染症で下痢なし群はともにα多様性が低下し、Proteobacteria門が増加していた。ロタウイルス感染症で下痢あり群では非ロタウイルス感染症で下痢あり群に比べLachnospiraceae科、Clostridiaceae科の細菌が増え、Enterobacteriaceae科の細菌が減少していた。ロタウイルス感染により腸内細菌叢が変化し、腸内細菌の代謝物も変わると考えられる。

ロタウイルス感染症でもプロバイオティクスの効果を検討した多くの報告があり、おおむね下痢の持続日数が約1日低下している。例えば、プロバイオティクスとしてSaccharomyces cerevisiaeという酵母を投与したところ、下痢の罹患日数が約1日短縮したと報告されている。

Lacticaseibacillus rhamnosus GG(LGG乳酸菌)は世界で最も使われているプロバイオティクスの菌と言われている。ロタウイルス感染症患者に対しLGG乳酸菌を用いた報告のメタ解析では下痢の相対リスクが0.49となり、下痢抑制に有用であることが明らかになった。

◆抗菌薬使用によるディフィシル菌の割合増加がCDIを惹起

Clostridioides difficile(ディフィシル菌)という細菌がある。difficileはラテン語で英語のdifficultという意味を持つ。かつてはこの細菌の分離培養が難しかったため、この名が付けられた。ディフィシル菌はグラム陽性の芽胞を作る細菌で、偽膜性大腸炎や抗菌薬関連下痢症の原因になる。芽胞は熱、酸、アルカリに耐性があり、生育環境が悪い時は芽胞中に遺伝子を格納する。その後、生育環境が改善すると、芽胞から出芽し増殖する。

ディフィシル菌は腸内細菌叢を構成する細菌の一つで、ヒトの約1-2割が保有していると考えられている。ディフィシル菌は抗菌薬に自然耐性を持つ。ディフィシル菌保有者に抗菌薬を投与すると、他の腸内細菌が死滅する。相対的にディフィシル菌の割合が増え、抗菌薬関連下痢症を引き起こす。これは抗生物質の副作用である下痢の原因の一つと考えられている。抗菌薬関連下痢症が重篤化すると偽膜性大腸炎に至ることもある。

ディフィシル菌感染症(CDI)はディフィシル菌が原因の感染症である。CDI患者の腸内細菌叢ではFirmicutes門の割合が減り、多様性が低下していた。つまり、CDI患者では腸内細菌叢のディスバイオーシスが起きている。CDI患者の腸内細菌はVeillonella属、Enterococcus属、Lactobacillus属が増え、酪酸塩を産生するLachnospiraceae科およびRuminococcaceae科の細菌が減るという報告もある。

抗菌薬投与によって腸内細菌叢にディスバイオーシスが起こると、ディフィシル菌が異常増殖をして下痢を起こす。これに対して抗菌薬が投与されるが、ディフィシル菌は芽胞を作るため再発しやすい。再発性のCDI治療ではまず原因抗菌薬を中止する。代わりにバンコマイシン、メトロニダゾール、フィダキソマイシンといったディフィシル菌に効果がある抗菌薬を用いる。さらに糞便移植やプロバイオティクスも推奨されている。

◆プロバイオティクス投与でCDIが改善

CDIに対するプロバイオティクスとしてClostridium butyricumの有効性を検討した。無菌マウスにディフィシル菌を感染させたところ、85.7%が死亡した。感染5日前にプロバイオティクスを投与すると、死亡率が20.0%に減った。プロバイオティクスを投与しない場合、ディフィシル菌感染により腸管粘膜が障害を受けていたが、プロバイオティクスを投与した場合は腸管粘膜障害が軽減された。また、プロバイオティクス投与によりディフィシル菌の増殖が抑制されて、毒素の産生も低下した。

小児の抗菌薬投与関連下痢症患者を対象に、抗菌薬のみ、抗菌薬からプロバイオティクスへ切り替え、プロバイオティクス投与の3群に分け、下痢の発症を比較した報告では、6日目の下痢発症率が抗菌薬群では59%だったが、抗菌薬からプロバイオティクス切り替え群で5%、プロバイオティクス群で9%に低下するという報告もある。

ディフィシル菌関連下痢症に対してプロバイオティスとしてLactobacillus属を投与した報告のメタ解析では、プロバイオティクス群の下痢の相対リスクは0.25であった。つまり、Lactobacillus属はディフィシル菌の感染症の予防に有効であると考えられる。

◆糞便移植もCDI治療に有効

糞便移植は中国の4世紀の時代から行われていたとされており、17世紀にはイタリアの獣医学領域で糞便移植を行ったという記録がある。ヒトでは1958年に米国の偽膜性大腸炎患者に対して健常者の糞便が浣腸で注入され、当時は原因として考えられていたStaphylococcus aureus(黄色ブドウ球菌)が消え、症状もなくなったと報告されている。

2013年には再発性CDI患者を対象に、抗菌薬投与のみ、抗菌薬投与および腸管洗浄・糞便移植、抗菌薬および腸管洗浄の3群に分け、予後と腸内細菌叢の変化を比較したところ、糞便移植群は他の2群に比べ、治癒率が高く、腸内細菌叢の多様性も改善していた。糞便移植の安全性については議論が続いているが、今のところ糞便移植には重篤な副作用が報告されているため、モニタリングを慎重に行うことが重要であり、糞便移植の副作用に関するさらなる検討が必要とされている。

2022年には米国で再発性CDIに対する糞便移植浣腸剤の臨床試験が行われ、投与群の治療成功率が70.4%、対照群は58.1%と有意な改善を認めた。この結果から、糞便移植浣腸剤が承認されている。2023年5月には経口の糞便移植薬も承認された。しかし、これらの薬剤は1週間の治療期間で薬価が約15,000ドル、日本円にして200万円以上と非常に高価であるという課題がある。

◆COVID-19でも腸内細菌叢が変化

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)でも腸内細菌叢の変化が報告されている。COVID-19患者の腸内細菌叢ではClostridium属、Actinomyces属、Bacteroides属といった日和見病原菌が増え、Eubacterium属、Faecalibacterium属、Roseburia属、Lachnospira属の有益菌が減ることが分かっている。

中国からは重症度別にCOVID-19患者の腸内細菌叢が検討され、Faecalibacterium属の菌やClostridium butyricumClostridium leptumなどの酪酸産生菌数が重症度と逆相関していることが報告されている。また、Enterococcus属の菌とEnterobacteriaceae科の菌の比が大きい患者は重症度が高く、重症度のマーカーとなり得る可能性がある。

抗炎症性サイトカインが発現すると、Faecalibacterium属、Bifidobacterium属、Roseburia属の菌が増える。炎症が増悪し、サイトカインストームが起きるとKlebsiella属、Streptococcus属、Escherichia属の菌が増えてくる。COVID-19でもこのような腸内細菌の変化が起きていると考えられる。

COVID-19に対するプロバイオティクスの有効性も検討されている。8菌株を含んだプロバイオティクスをCOVID-19患者に投与したところ、下痢が改善し、他の症状も改善したことが分かった。一方、中国からの報告ではCOVID-19患者にプロバイオティクスを投与したが、退院率、入院日数、ウイルス陰性化率に差がなかったとされている。また、米国ではCOVID-19患者がいる家庭でプロバイオティクスのLGG菌を投与し、COVID-19の感染予防効果が検討されたが、COVID-19発症率に有意差はなかった。COVID-19患者に対するプロバイオティクスの有効性を検討したメタ解析では消化器症状の改善効果を認めるものの、死亡率には有意差を認めなかった。ただし、複合的臨床的増悪と死亡、胃腸症状、呼吸器症状、副作用のリスクはプロバイオティクス投与により減少していた。

◆腸内細菌叢のディスバイオーシスが多彩な疾患の発症と関連

腸内細菌叢は数百種類、40兆個以上の細菌によって構成され、宿主と共生している。抗菌薬によって腸内細菌叢がかく乱されて誘導されるディスバイオーシスがCDIの発症基盤となる。CDIにはバンコマイシン、メトロニダゾール、フィダキソマイシンといった抗菌薬に加えて、糞便移植やプロバイオティクスが有効とされている。また、COVID-19も腸内細菌叢に変化をもたらし、プロバイオティクスの有効性が報告されている。

Part2へ続く…

 

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