第29回日本フードファクター学会学術集会 基調講演 食品の精密栄養学 Part1
2025.12.22腸内細菌基調講演 食品の精密栄養学

座長:庄司俊彦(農業・食品産業技術総合研究機構 食品研究部門)
- 国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所の國澤 純先生は、腸内細菌叢は健康に様々な影響を与えるため注目されており、個人差が大きいが、
腸内細菌叢の状態は多様性があることが望ましいと指摘した。さらに、腸内細菌は食物繊維を利用して短鎖脂肪酸を産生していることに触れ、このよう
な健康に有用な代謝物を産生できる環境づくりが必要とした。その一例として、オメガ3脂肪酸によるアレルギー抑制効果を示し、オメガ3脂肪酸から有
用な代謝物を産生できない場合は、オメガ3脂肪酸を発酵食品に使われている菌などと合わせて摂取することで健康効果を得られる可能性があるとした。
また、個人の腸内細菌叢を迅速に測定するため、「腸内細菌検査キット」を開発し、大阪・関西万博で提供を予定していることを紹介した。
精密栄養学が作り出す健康社会の近未来像
演者:國澤 純(国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所)
◆腸内細菌は免疫とも関連
近年、腸内環境が様々な健康状態に関わることが明らかになり、「腸活」がブームになった。これに伴い、腸内環境、善玉菌といった言葉も一般的になっている。肥満に関連する腸内細菌が存在することも、「痩せ菌」「デブ菌」として注目されるようになった。腸内細菌は体重だけでなく、肌の状態、脳機能、性格にも関わっている。健康状態や身体状態との関連も大きく、感染症、炎症、アレルギー、がん、うつ、糖尿病などの病気は腸を起点に引き起こされている可能性も指摘されている。健康維持に重要な働きを持つ免疫は、腸内環境から大きな影響を受けることが分かっている。現在では、腸内環境改善が健康の維持、増進につながると考えられるようになった。
腸は、蠕動運動をしながら、摂取した食物を消化し、吸収・排泄していく。また、腸には免疫細胞も存在する。免疫細胞は腸内をパトロールしながら、腸の環境から影響を受ける。心臓の細胞は心臓だけに存在し、脳の細胞も脳だけに存在する。しかし、免疫細胞は身体中を移動する特徴がある。例えば、ある種の菌を摂取すると花粉症の症状が改善するといわれている。この菌が腸内の免疫細胞に影響を与え、花粉への反応を適正に抑えるようになる。この免疫細胞が鼻腔に移動し、花粉症の症状が抑制される。したがって、腸内環境を考える際には、食物の消化吸収機能だけでなく、免疫細胞への影響も重要になる。
「免疫力アップ」という言葉もよく聞かれるようになった。ただし、免疫が亢進しすぎると、いわゆる炎症状態になり、これも望ましくない。糖尿病は過食と運動不足による肥満が原因と考えられている。しかし、肥満の人全てが糖尿病ではない。逆に痩せていても糖尿病の人もいる。つまり、肥満と糖尿病は必ず同時に起こるわけではない。近年、糖尿病発症に免疫が関連していることが分かってきた。肥満になると脂肪組織の周囲に免疫細胞のマクロファージが集まる。この細胞は脂肪組織に入り、脂肪酸の刺激を受けて炎症を引き起こす。これがインスリン抵抗性を生じさせ、血糖値が下がりにくくなるため、最終的には高血糖、糖尿病となる。つまり炎症と免疫の暴走が糖尿病の発症の鍵と考えられている。
免疫を整った状態に保つことが重要で、そのためには腸内細菌、とくにいわゆる善玉菌と呼ばれる菌が働く必要がある。腸内細菌を整えるには、食事も重要である。食事はヒトの栄養になり、様々な健康効果をもたらすと同時に、腸内細菌の餌になり、腸内細菌の機能を変えることが分かっている。健康に対する食事の働きは、直接的な影響と腸内細菌を介した間接的な影響の2つのパラメータで考えなくてはならない。
かつて、食事に求められ、重視されたのはエネルギー源や栄養としての機能だった。とくに戦後すぐは食料不足でもあり、栄養価の高い食事が求められていた。これが満たされると、おいしさを求めるようになる。現在は日本全国でおいしい食事が食べられるようになった。すると、「食べて健康になること」が求められるようになる。テレビでも健康によい食材がしばしば紹介されている。しかし、同じ食材を食べても、全員に同じ効果が出るわけではない。「健康によい」と言われる食材であっても、健康効果を得られやすい人と得られにくい人がある。現在はそのメカニズムも分かりつつある。健康効果に個人差が生じる原因が明らかになり、一人一人に適した食事を提案できるようになった。このベースに精密栄養学(Precision Nutrition)がある。
◆腸内細菌叢の個人差は大きい
ヨーグルトには多くのビフィズス菌や乳酸菌が含まれている。日本人はビフィズス菌を多く持つといわれている。日本人の腸内細菌叢におけるビフィズス菌が占める割合は平均10~15%とされる。ただし、個人の腸内細菌叢におけるビフィズス菌の割合は大きく異なる。多い人では、腸内細菌叢の半分以上をビフィズス菌が占める。逆に、ビフィズス菌がほとんど存在しない人もいる。我々のデータでは、日本人の3分の1はビフィズス菌が多い人で、3分の1は腸内細菌叢におけるビフィズス菌の割合が
約10%の人、残り3分の1の人は腸内細菌叢におけるビフィズス菌の割合が1%程度となっている。腸内細菌の種類は人種によって異なる。しかし、人種レベルでなく、個人差も大きい。
腸内細菌叢と食事や健康の関連を調べるため、北は北海道から南は沖縄まで全国各地に解析拠点を立ち上げるとともに、既に研究を進めている施設との連携を構築した。2023年末の時点で12,000人、現在はおそらく14,000~15,000人のデータが集まっている。データには食事や運動、睡眠などの生活習慣に関する情報、健康診断結果や服薬歴、病歴といった健康に関する情報が含まれている。あわせて血液や糞便、唾液の解析を行い、口腔細菌や腸内細菌、食事由来の代謝物や免疫のパラメータを収集した。これらをデータベース化しながら、バイオインフォマティクスやAIの技術を使い、健康との関わりを解き明かしていく研究を進めている。
◆腸内細菌叢は多様性が重要
本研究の参加者に、食事内容や腸内細菌のレポートをフィードバックすると、「これはよい腸内細菌か」といった質問をされる。しかし、善玉菌の代表格であるビフィズス菌でも個人差が大きく、腸内細菌叢における特定の細菌の割合で、腸内細菌叢を評価することは難しい。腸内細菌叢に存在する細菌ごとに色分けした円グラフを作成すると、2つのパターンに分かれる。ひとつはカラフルな円グラフで、もう1つは特定の菌だけが多いグラフである。腸内細菌叢も多様性が高いことが望ましいとされていて、カラフルな円グラフになるとよい。逆に特定の腸内細菌だけが占める状況はディスバイオーシスといわれ、様々な病気の原因になるとされている。したがって、腸内細菌の多様性を高めることが重要である。
そのためには、やはり食事が重要となる。食事は腸内細菌の餌にもなるため、偏った食事では、それを餌にする腸内細菌だけが増え、多様性が低下する。多くの食材を含む食事によって、それぞれを餌にする腸内細菌が増え、多様性が高くなる。したがって、たんぱく質、脂質、炭水化物、ビタミン、ミネラルをバランスよく食べることが重視される。これはまず栄養学的に重要な要素である。その上で、腸内細菌の餌という観点からも食事のバランスを考える必要がある。
◆腸内細菌は食物繊維を利用して短鎖脂肪酸を産生
この点では食物繊維の役割が大きい。現在、食物繊維は健康によい食材として注目されている。世界保健機関(WHO)でも25g/日の摂取を推奨している。しかし、現代人の食物繊維摂取量は少なく、15~20g/日の食物繊維を摂取している人はほとんどいない。したがって、食物繊維摂取量を大幅に増やす必要がある。
食物繊維はヒトの消化酵素では分解できない食材で、便の体積を増す役割が重視されていた。しかし、それだけでなく、腸内細菌の餌になって、短鎖脂肪酸産生に関与することが分かってきた。短鎖脂肪酸は腸の細胞のエネルギー源になり、腸が活動するための重要なファクターになっている。また、免疫に働きかけ、免疫の暴走を抑える役割も持つ。さらに脂肪の蓄積を抑制し、腸内細菌叢では病原菌や悪玉菌を減らして、善玉菌を増やす。
食物繊維はこれまで水溶性食物繊維と不溶性食物繊維に分類されていた。現在はこれに加え、発酵性食物繊維という概念も提案されている。発酵性食物繊維は短鎖脂肪酸の産生を促すため、発酵性食物繊維を積極的に摂ることが推奨されている。近年は発酵性食物繊維を含む製品も数多く販売されるようになった。ただし、食物繊維も多様性が重要であり、多くの種類の食物繊維が含まれる食品を摂取することが望ましい。
◆腸内細菌叢が有用な代謝物を産生できる環境づくりが必要
食物繊維を摂れば、腸内細菌が短鎖脂肪酸を産生できるとは限らない。短鎖脂肪酸には酢酸、プロピオン酸、酪酸の3種類がある。特に注目されている酪酸の材料は食物繊維や難消化性のオリゴ糖やデンプンである。酪酸産生には、3つのステップが必要となる。第1ステップでは納豆菌や糖化菌が、食物繊維などを材料に糖を産生する。第2ステップでは産生された糖を材料に、乳酸菌やビフィズス菌が乳酸や酢酸を産生する。第3ステップではプロピオン酸菌や酪酸菌が、乳酸や酢酸を材料にプロピオン酸や酪酸を産生する。
しかし、腸内細菌叢の割合は個人差が大きく、例えば、第2ステップで働く菌が存在しないもしくは非常に少ない状況では、第1ステップで産生された糖を、酢酸にできない。酪酸の材料になる酢酸がないため、酪酸菌が存在していても酪酸を産生できなくなる。この結果、食物繊維を摂っても糖だけが残ってしまう。「痩せよう」と思って食物繊維を摂っても、逆に太ってしまう可能性もある。このように、腸内細菌は1種類のみで代謝物を産生するのではなく、複数の腸内細菌が分業していることが多
い。腸内細菌の働きにおける連携を成り立たせるためにも、多様性が重要である。
通常、腸内細菌はビタミンB1を産生し、それを利用している。しかし、酪酸産生菌の多くはビタミンB1を産生できない特徴がある。このため、豚肉、大豆、うなぎなどビタミンB1を含む食材から供給しなくてはならない。実際、マウスにビタミンB1を欠乏させた食事を与えると、酪酸産生菌が減り、酪酸産生量も減ることが確認されている。
酪酸産生の観点で分類すると、ヒトは3つのグループに分けられる。第1グループはビタミンB1摂取が不足しているため酪酸菌が少なくなり、酪酸産生量が少ない。このグループではビタミンB1を含む食材を摂って、酪酸菌を増やすことが重要である。第2グループはビタミンB1を摂取できており、酪酸菌も多く、酪酸産生量が多い。したがって、食物繊維を摂れば酪酸が産生できる。第3グループはビタミンB1を摂取しており、酪酸菌も多いが、酪酸産生量は少ない。このグループは酢酸が少ない。つまり、酢酸を産生する菌が少ないと考えられることから、ビフィズス菌など酢酸産生菌を増やすことで、酪酸産生の経路が成立する。したがって、食物繊維と合わせて
ビフィズス菌など酢酸産生菌を摂取すると、酪酸産生が可能になる。このように精密栄養学では、腸内環境にあわせた食べ方のアドバイスをしていく。
腸内細菌を活かすために3つの戦略がある。1つ目はビフィズス菌、酢酸菌、酪酸菌、納豆菌などの身体によい菌を摂る「プロバイオティクス」である。2つ目は「プレバイオティクス」と呼ばれ、オリゴ糖や食物繊維など身体によい菌の餌を摂取する。プロバイオティクスとプレバイオティクスをともに摂る戦略は「シンバイオティクス」と呼ばれている。
ただし、腸内細菌は存在するだけでなく、健康効果をもたらす代謝物の産生がポイントになる。この観点でポストバイオティクスという新しい概念が提唱された。例えば、食物繊維を腸内細菌が分解して、短鎖脂肪酸を産生する。しかし、酪酸産生菌が存在していても、酪酸を産生できていない可能性がある。したがって、酪酸産生菌が存在するだけでなく、酪酸を産生できる環境を整えることが重要になる。このように身体によい菌が働ける環境を整えることが第3の戦略である。
◆オメガ3脂肪酸はアレルギー症状を抑制
第3の戦略の一例として、食用油の活用があげられる。食用油は種類により脂肪酸組成が異なる。一般に油の摂りすぎはよくないとされ、摂取量のみが議論されがちだが、脂肪酸組成も重要である。そこで、マウスを用いて、脂肪酸組成の影響を検討した。
通常のマウスの食餌は大豆油が4%含まれる。卵アレルギーモデルマウスを作り、通常の食餌を与えると、卵の摂取により下痢をきたす。しかし、食餌に含まれる油を亜麻仁油に置き換えたところ、下痢が抑制された。含まれる油の割合は4%と変わりはない。つまり、脂肪酸の組成による影響と考えられる。さらに、アレルギー性鼻炎モデルマウスを作ると、通常の食餌ではくしゃみなどアレルギー性鼻炎症状が出る。亜麻仁油の食餌に置き換えると、くしゃみの回数が減った。腸の免疫だけではなく、鼻粘膜における免疫の働きも、油の脂肪酸組成によって変わってくる。
亜麻仁油はオメガ3脂肪酸のひとつであるαリノレン酸を多く含む。αリノレン酸が吸収されると、エイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)に変換される。EPAやDHAは様々な健康効果が確認されている。近年は、EPAやDHAそのものが健康効果を発揮しているのではなく、そこから作られる代謝物が効果をもたらすことが分かってきた。そこで、EPAの代謝物を網羅的に調べたところ、EPAがエポキシ化された脂肪酸が増えていることが分かった。
通常のエサで飼育した卵アレルギーモデルマウスは、卵の摂取で下痢を起こす。この時に、エポキシ化されたEPAの17,18-EpETEの化合物を投与すると、亜麻仁油を含む食餌投与と同様に下痢の発症が抑制された。この結果から、亜麻仁油が下痢を抑制するメカニズムの一つは、αリノレン酸からEPAを介して17,18-EpETEが産生される経路によるものと考えられる。つまり、αリノレン酸が吸収されると、EPAに変換される。腸内では17,18-EpETEが産生され、アレルギー性の下痢を抑制する。
アレルギー性皮膚炎抑制の機序も検討した。皮膚では17,18-EpETE産生とは異なるメカニズムで12-HEPEが産生されアレルギー性皮膚炎を抑えることを見出している。さらに妊娠授乳期間中に亜麻仁油を摂ると、乳腺の代謝によってDPA(ドコサペンタエン酸)が産生され、DPAから14-HDPAが産生される。マウスの実験では、仔が14-HDPAを含む母乳を摂取すると、アレルギーが抑制されることも証明できた。ヒトの母乳中にも14-HDPAが含まれ、乳幼児アレルギーの発症と相関することが分かっている。鼻粘膜では15-HEPEが産生され、これがマスト細胞の脱顆粒を抑制し、アレルギー性鼻炎発症を抑えることも明らかになった。
オメガ3脂肪酸は、アレルギーや炎症を抑制するが、すべてが同じメカニズムで起きるわけではない。身体の部位によって代謝が異なり、その結果産生された異なる代謝物の作用によってアレルギーや炎症を抑制している。
腸内細菌もこのような有用な代謝物の産生に関わっている。その一例がαKetoAである。これはαリノレン酸を材料に産生される代謝物で、亜麻仁油を含んだ食餌を投与したマウスの糞便で増えることが分かっている。ただし、亜麻仁油を含む食餌で飼育しても、腸内細菌を持たない無菌マウスでは産生されない。つまり、ヒトを含む哺乳類の酵素では作ることができず、腸内細菌などの微生物の酵素によって作られると考えられる。αKetoAは糞便としてそのまま排泄されるだけではなく、一部は腸で吸収され、血液中でも検出される。
また、αKetoAは炎症抑制作用を持つ。例えば、皮膚炎モデルのサルではαKetoAが皮膚炎を抑制することが分かっている。αKetoAはマクロファージの暴走を抑える働きがあり、糖尿病モデルマウスにαKetoAを投与すると糖尿病の症状が軽減する。ただし、このマウスの肥満は改善されていない。肥満と糖尿病は同時に起こることが多いが、糖尿病の発症メカニズムは肥満が原因ではなく、肥満に伴って起こる炎症、とくにマクロファージが関わる炎症による。これをコントロールできる成分が油と腸内細菌の組み合わせによって産生されている。
◆食材の健康効果は人によって異なる
亜麻仁油を買われた人の中には「調子がよいので続けている」という人も多いが、「あまり変化を感じない」と言う人もいる。この個人差が、精密栄養学の考え方となる。
αリノレン酸を摂ると、EPAが産生され、17,18-EpETEに変換され、その後、17,18-diHETEに変わる経路が存在する。EPAを多く摂取すれば代謝物も多く産生されると思われる。実際にマウスに亜麻仁油を含む食餌を摂取させると、どのマウスにおいてもこの代謝物が増える。ただし、ヒトの血液中で代謝物の量を検討すると、個人差が大きい。つまり、代謝物を多く産生できる人もいれば、少ない人、さらには全く検出されない人もいる。したがって、亜麻仁油や青魚などEPAを含む食材を摂っても、健康効果をもたらす代謝物が作れない人は、この代謝物がもたらす健康効果を感じにくいと予想される。腸内細菌が産生するαKetoAも同様で、基本的にはαリノレン酸が多いとαKetoAも多く産生される。ただし、産生量の個人差は約100倍に上る。このような代謝物の産生の個人差が、「健康によい」とされる油を摂っても、全ての人が同じレベルの効果を得られるわけではない理由の一つであると考えられる。
健康効果をもたらす代謝物産生の可否、産生できる場合の産生量によって健康効果の感じやすさが変わる。これは遺伝や腸内細菌叢の状態によって決まる。近年はこのような代謝物の産生を指標にして、健康効果を予測できるようになってきた。代謝物を産生できる場合は、その食材を摂取すればよい。産生できない場合は発酵食品が有用である可能性がある。亜麻仁油は味噌汁やヨーグルト、納豆に混ぜて摂取する人が多い。このように発酵食品の力を使うことで、代謝物が産生できる可能性がある。そこで、様々な発酵食品と食材を組み合わせ、そこからできる代謝物を網羅的に検討している。
その中で、ある種の納豆菌がEPAから17,18-EpETEを産生できる可能性が分かってきた。有用な菌が持つ酵素の遺伝子を大腸菌に発現させ、17,18-EpETEを産生させたところ、化学合成した17,18-EpETEと同様の抗アレルギー活性が確認された。将来的には、納豆のタレにEPAを加え、17,18-EpETEが産生させた後、食べることで、自身が17,18-EpETEを作ることができない人でも、健康効果が期待できるようになるかもしれない。
◆データベース解析をもとに食材の健康効果を予測
このように、健康によいとされる食材でも健康効果が得られる人と得られない人がいる。そこで、食材の健康効果を予測するAIシステムの開発を進めている。まだ、始めたばかりだが、大麦の健康効果、大麦と納豆の組み合わせによる健康効果、亜麻仁油のポリフェノールによる健康効果については予測が可能になりつつある。
食材を摂取しても健康効果が期待できない場合は、その人に合わせた食べ方を提案できる社会を実現したい。そこで、内閣府の「研究開発とSociety5.0との橋渡しプログラム(BRIDGE)」事業の支援を受け、精密栄養学の社会実装として、個人ごとに適した食事提案ができる社会を目指した取り組みを進めている。
その一環として全国各地から免疫指標、生活習慣、生理指標など1,640項目のデータを収集している。医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBN)では、これをNIBN JMD(Japan Microbiome Database)としてデータベース化した。その一部はWebサイトで一般公開し、無料で利用できるようにしている。
あわせて、統合解析プラットフォーム MANTA(Microbiota And pheNotype correlaTion Analysis platform)を提供している。MANTAでは、IDの項目をクリックすると、そのIDの腸内細菌、食事のパターン、免疫パラメータなどを紐づけて確認できる。データ解析も可能であり、主座標分析、ヒートマップ、クラスタリングもワンクリックで表示できる。相関解析も可能であり、選定した項目と相関のある因子がリストアップされる。この因子と関連のある因子を連続的に検索することで、例えば、腸内細菌と食事や代謝物の傾向、健康状態の関連が推測できると期待される。
これらは相関解析であることから、実際の因果関係の有無やそのメカニズムまでは分からない。そのため、MANTAで見えてきた仮説を動物モデルで検証しながら、メカニズムを解明する必要がある。これまでの我々の検討では、複数の疾患や生活習慣に関わる有用菌や代謝物、食事、生活習慣が見出されてきた。
◆日本人に多いブラウティア菌は体重抑制作用を発揮
そのひとつがいわゆる「痩せ菌」「デブ菌」である。肥満者と痩せた人から糞便を採取して、無菌マウスに移植したところ、痩せた人の糞便で変化が起きなかったが、肥満者の糞便ではマウスが肥満になったという有名な報告がある。これは肥満に腸内細菌が関連していることを示唆している。
世間では「痩せ菌」に対するニーズが高く、実際に海外ではアッカーマンシア・ムシニフィラ(以下、アッカーマンシア菌と略)が肥満や糖尿病をコントロールできる菌として報告されている。既にヨーロッパでは低温殺菌したアッカーマンシア菌が体重コントロール目的で食品としての開発が承認されている。日本人は世界的に肥満が少ない人種とされている。そこで、日本人の腸内細菌叢におけるアッカーマンシア菌の割合を検討した。しかし、腸内細菌におけるアッカーマンシア菌の割合が1%以上になる日本人は約1割であった。
日本人ではアッカーマンシア菌は少ないにもかかわらず、肥満が少ない。このため、日本人にはアッカーマンシア菌以外の体重をコントロールできる菌が存在すると予測される。肥満だけでない人、糖尿病でない人に共通で多い腸内細菌を解析したところ、ビフィズス菌、フィーカリバクテリウム属のほか、ブラウティア ウェクセレラエ種(以下、ブラウティア菌と略)が抽出された。ブラウティア菌は日本人の多くが持っている。腸内細菌叢におけるブラウティア菌の割合が1%以上の人は日本人の約9割に上る。腸内細菌叢におけるブラウティア菌の割合が0.1%以上の人は日本人のほぼ全員になる。
高脂肪食を摂取させ肥満モデルマウスを作ると、体重増加とともに糖尿病の症状も出てくる。この時、同時にブラウティア菌を摂取させると体重増加が遅れ、糖尿病の症状が抑制される。ブラウティア菌の代謝産物をメタボローム解析したところ、S-アデノシルメチオニンやオルニチンが抽出された。これらは代謝を促進する物質である。また、ブラウティア菌は酢酸産生菌であることも分かった。つまり、酪酸産生経路の第2ステップで働く。ビフィズス菌が少ない腸内細菌叢の人でも、ブラウティア菌が多ければ、酪酸が産生できると期待される。
ラマン分析でブラウティア菌に蓄積している物質を解析したところ、アミロペクチンが多いことが分かった。アミロペクチンはレジスタントスターチ(難消化性でんぷん)と呼ばれ、善玉菌の餌になる。つまり、食物繊維と同じような働きを持つ。ブラウティア菌はアミロペクチンを蓄積し、死んだ後に善玉菌の餌になることが予想される。
これらの結果からブラウティア菌は肥満ではない日本人健常者に多く、代謝を促進するような物質や短鎖脂肪酸、アミロペクチンの産生によって腸内環境を改善と共に宿主の代謝を促進し、肥満を抑制していると考えられる。現在はブラウティア菌を増やす食品の発見を目指している。これが見つかれば、ブラウティア菌が少ない人に摂取してもらい、ブラウティア菌を増やせる。また、その際の有効性や安全性も検証も必要となる。
◆簡便に腸内細菌叢を評価できる「腸内細菌検査キット」を開発
さらに、腸内細菌叢を簡便に評価できるシステムの開発も進めている。ブラウティア菌が健康効果を発揮するためには、ある程度の数が必要であることが分かってきた。腸内細菌叢におけるブラウティア菌の割合と疾患リスクを検討したところ、ブラウティア菌の割合が6%以上になると肥満や糖尿病のリスクが下がる。しかし、ブラウティア菌の割合がそれ以上になっても肥満や糖尿病のリスクは大きく低下しない。ブラウティア菌が増えすぎると、他の有用菌が減ることになるので、多様性の観点から望ましくない。
腸内細菌叢データベース構築の研究に参加した多くの人ではブラウティア菌の割合が増えることが分かってきた。参加者の初年度のデータをみると、ブラウティア菌の割合は平均3.3%であり、肥満や糖尿病のリスクが下がる6%には満たなかった。しかし、2年目になると平均7.5%と、6%を超えてくる。ブラウティア菌は食物繊維を好むことが報告されているが、現代人は食物繊維が不足している。そのため、参加者の多くは、初年度に「食物繊維が不足している」というレポートを受け取る。すると、食物繊維を意識的に摂取するようなり、2年目にはブラウティア菌が増えてくる。
その後、5年目に得られたデータでは、2年目と同様に同じようにブラウティア菌の割合が多い人もいれば、1年目と同程度にブラウティア菌の割合が減った人もいる。つまり「腸活」は継続することが重要であり、生活習慣を元に戻すと腸内細菌も戻ってしまう。
「腸活」を継続させるために、腸内細菌叢の現状を見える化したいと考えた。腸内細菌叢は基本的にゲノムで分析するため、1~2万円の費用と1~2か月の期間がかかり、頻繁に調べるわけにはいかない。これをワンコイン1時間でできるようにしたいと考えている。現在、ワンコイン1時間は難しいものの、数千円で数日あれば結果が出せるレベルまで到達している。
このシステムは腸内細菌に対する抗体で分析する。例えば、バクテロイデス属もしくはフィーカリバクテリウム属に対する抗体を作る。この抗体はバクテロイデス属もしくはフィーカリバクテリウム属の菌にしか反応しない。今のところ、このような抗体を複数の腸内細菌や口腔細菌に対して樹立できている。これを酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)やイムノクロマトグラフィで分析すれば、約1日で結果が出せる。
このシステムを検査キット化して、腸内細菌叢をすぐに調べられるようにしたいと考えている。すでに、多くの郵送検査キットを実用化している株式会社ヘルスケアシステムズと共同で、「腸内細菌検査キット」の開発を開始し、大阪・関西万博会場での森永乳業株式会社がプロトタイプを使用して腸内細菌を調べることを発表した。興味がある方はぜひ手に取っていただきたい。
◆精密栄養学の社会実装を目指した研究を推進
日本各地で腸内細菌叢のデータを収集し、データベース化して情報科学、AIの技術を使いながら解析してきた。その結果から仮説を立て、動物モデルや基礎研究で解明し、ヒトにフィードバックする。このプロセスを進めながら研究を高度化し、同時に創薬やヘルスケア、食品などの開発を目指したい。さらに精密栄養学に基づく個人にあった食事を提案できる新しい社会を構築したいと考えている。
精密栄養学の社会実装には様々な協働が必要である。現在は約30社と協力し、腸内環境から新しい社会を作る取り組みを行っている。アカデミアとの共同研究も進めており、このような領域に興味ある方はぜひお声掛けいただきたい
質疑応答
フロア●酪酸産生菌が酪酸を産生する際にビタミンB1が重要であり、食事からの供給が必要というお話があった。ただし、ビタミンBやビタミンKは腸内細菌が合成して宿主に供給できると考えられる。この観点から、ビタミンB1を産生する菌と酪酸産生菌をともに増やす介入で酪酸産生量を増やせないか。
國澤●当初はその可能性を考えていた。しかし、マウスにビタミンB1を欠乏させた食餌を与えると酪酸産生量が劇的に減ってくる。他の腸内細菌からある程度のビタミンB1を補填できるのであれば、食餌からビタミンB1を欠乏させても大きな影響はない。したがって、酪酸産生菌の周囲に存在するビタミンB1を産生する腸内細菌からビタミンB1が供給されることは少ないと考えている。
フロア●日本人特有の「痩せ菌」としてブラウティア菌が見出されたというお話があった。一方で、属レベルではブラウティア属が肥満や2型糖尿病と正の相関を示すという報告もある。ブラウティア菌は特異的に「痩せ菌」として働くのか、それとも宿主の環境によって二面性を示すのか。
國澤●両方の可能性が考えられる。酪酸産生経路の観点ではブラウティア菌だけでなく、その後のステップで働く菌が存在する必要がある。酪酸産生量が少なく、ブラウティア菌が多い場合、腸内細菌叢におけるブラウティア菌の割合が高いことが、何らかの影響を与えている可能性がある。その点では、宿主の環境も関連している。また、腸内細菌叢におけるブラウティア菌の割合とその特徴について解析したところ、ブラウティア菌でも株レベルで機能に相違があることが分かった。さらに、同じ
人で複数の株を持つことも分かってきた。現在、「痩せ菌」として働くブラウティア菌の株を探索している。ブラウティア菌は基本的に抗炎症効果によって健康効果をもたらすが、個体差や宿主の環境も考慮しながら考える必要がある。
フロア●実際に健康効果がある食事を提案し、それを継続してもらう場合、効果を体感し、見える化することが重要となる。その点で簡便な「腸内細菌検査キット」は見える化のツールとして有用と思われる。このキットは、将来的により簡便化できる可能性はあるのか。
國澤●例えば、健康効果がある食品のサブスクサービスを展開する場合、その効果が実感できないと摂取を中断する人が出てくる。そこで、便を採取して、表示されたバンドの太さで腸内細菌を評価できるようなキットを作りたいと考えている。できれば、自宅で測定できるキットにしたい。これが実現すれば、食品をある程度の期間食べ続けた後にキットを使ってもらい、バンドの太さで効果を見える化できる。数千円で分析できるキットができれば、3か月に1回程度の腸内細菌評価が可能になると思われる。腸内細菌が増えていれば、そのまま食品を食べ続け、増えていなければ別の食品に変える提案もできる。
フロア●腸内細菌を抗体で認識するというお話があった。これはどの程度のレベルで分析できるのか。
國澤●糞便では100倍希釈から1,000倍希釈でも分析できる。実験としては100倍希釈で分析している。キットにする場合は、1,000倍希釈でも分析できるようにしたい。ただし、解像度はそれほど高くない。フローサイトメーターでは数%の相違を解析できるが、ELISAやイムノクロマトグラフィにそこまでの解像度は求められない。ある腸内細菌が「多い」「中程度」「少ない」といったレベルの評価になる。
フロア●使用する抗体は腸内細菌のどのような物質を認識するのか。
國澤●ノンターゲットで抗体を作っている。まず菌を丸ごと免疫し、その菌に対する反応の有無で一次スクリーニングをする。その結果、多くの場合で複数の菌に反応する。約3,000クローンを検討すると、数クローンで単一の菌に反応する。これをプロテオーム解析する。すでに病原菌ではこの戦略で抗体が作られている。例えば、カンピロバクター・ジェジュニやカンピロバクター・コリといった食中毒の原因菌については、特異的なアミノ酸配列を認識する抗体ができている。
フロア●多くの人の腸内細菌叢を調べて、理想的なフローラのモデルは見えてきたのか。
國澤●多様性がある、つまりカラフルな円グラフになることが重要である。管理栄養士が指導しているトップアスリートの腸内細菌叢はカラフルな円グラフになる。食品会社から「健康によい製品をトップアスリートに食べてもらい、腸内細菌が改善することを示したい」と相談を受けることがある。しかし、トップアスリートの腸内細菌叢はもともとバランスがよい。製品を食べても、よくて変わらないか、多くの場合はバランスが崩れてしまう。それでも、トップアスリートに食べてもらいたいと実行する。その結果、バランスが崩れてしまい「どうしたらよいか」とも聞かれる。このようなアピールをしたい場合、今はトップではないがよい素質を持っているアスリートを探すとよい。製品を食べてもらい、腸内細菌叢が改善した結果、トップレベルになるかもしれない。
フロア●個人の腸内フローラを改善する場合、どのような指導をするのか。体型や体調を考えてこのフローラならこの食品を増やすといった判断をしているのか。
國澤●具体的な提案はしていない。腸内細菌叢のデータとともに食事のデータをフィードバックしている。参加者はそのデータを見て、「この食品は食べていると思っていたが、食べられていない」「この食品は食べすぎ」などと意識し、食生活が変化する。すると、腸内細菌の多様性が増えると考えられる。実際に、継続して調査に参加されている人の多くは、腸内細菌叢が変化している。
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