第67回日本透析医学会学術集会・総会 Report「食べる」ための食事療法・栄養管理とは
2022.11.14フレイル・サルコペニア , リハビリテーション栄養 , 在宅医療第67回日本透析医学会学術集会・総会が2022年7月1日(金)から3日(日)の3日間、神奈川県横浜市西区の「パシフィコ横浜」で開催された。会長は東京女子医科大学 血液浄化療法科の土谷 健 先生が務めた。本大会のメインテーマは『透析医療のSDGsを求めて』とされた。
ここでは、7月3日(日)に開催されたワークショップ21「『食べる』ための食事療法・栄養管理とは」の概要について報告する。
【株式会社ジェフコーポレーション「栄養NEWS ONLINE」編集部】
ワークショップ21
〈合併症の予防・管理のSDGsを求めて〉
「食べる」ための食事療法・栄養管理とは
司会:𦚰野 修(徳島大学)
北島幸枝(東京医療保健大学)
透析患者の食欲低下の要因とその対策
加藤明彦(浜松医科大学医学部附属病院血液浄化療法部)
◆ 透析技術が進歩しても、透析患者の食欲低下は改善されていない
食欲低下と低栄養の関連を検討した報告では、食欲低下を有する者では血清アルブミン3.5g/dl以下、標準化たんぱく異化率(nPCR)が体重1kgあたり0.9g/日以下、クレアチニン7.5mg/dl以下、BMI20kg/m2以下の低栄養が多いことが明らかになっている。この結果は食欲低下と栄養障害がリンクしていることを示唆する。
米国の透析導入患者において、大規模コホートのデータを用い、15年前と現在の食欲低下を比較した検討がある。この報告では15年間で透析技術が進展したにも関わらず、食欲低下はほとんど変化がないことが示された。現在でも多くの透析患者が食欲低下に悩んでいると考えられる。
◆ 透析患者では透析日に食欲が低下し、エネルギー摂取量やたんぱく質摂取量が減少する
日本人の透析患者を対象に4週間のアンケート調査を行った報告では、程度の差はあるものの食欲低下を自覚している患者は約40%とされている。この報告では食欲低下の定義を、食事摂取量が通常の食事量の半分以下に低下したこととし、5種類の評価法の食欲低下に対する妥当性も検討した。その結果、自己評価は食欲低下と一致せず、視覚的アナログ尺度(VAS)による評価が実際の食事摂取量に近いことが明らかになった。透析患者における食欲評価法としては、VASが妥当と考えられる。
透析患者を対象にVASを用いて、食欲低下の推移を検討した報告もある。この報告によると、透析日の昼食時に最も食欲が低下することが分かった。また、透析日と非透析日の食事摂取量を比較した報告では、透析日では非透析日に比べ、約40kcalエネルギー摂取量が減り、たんぱく質摂取量も約5g減少していた。
実臨床でも透析日に食欲低下を訴える患者が多く、食欲低下の程度が強いほど、非透析日と比較した透析日のエネルギー摂取量が少ない。透析患者では食欲低下によりエネルギー摂取量やたんぱく質摂取量も減少している可能性がある。
◆ 透析食提供の中止はドライウェイトの低下をもたらす
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響で透析食提供を中止した施設も多い。透析食提供中止の影響に関する報告では、透析食を利用していない患者ではドライウェイトは変化しないが、透析食の利用患者では透析食提供中止後3か月目のドライウェイトに変化はなかったが、7か月目で0.8%、10か月目で1.2%減少していた。透析食の利用患者ではゆるやかにドライウェイトが減り、栄養障害となっている可能性がある。
◆ ヒトの食欲にはグレリンとトリプトファンの関与が大きい
透析患者における食欲低下の原因は合併症、尿毒素、薬剤の影響、うつ病、社会的な側面など多岐にわたる。ヒトの食欲調整には生体内因子の影響も大きい。とくに胃の内分泌細胞から産生されるグレリンと食欲を抑制する必須アミノ酸のトリプトファンの関与が知られている。
◆ 透析中の運動、中鎖脂肪酸摂取はグレリン産生を増加
グレリンはほとんどが胃の粘膜から産生され、脳の食欲中枢を刺激し、食欲を増す。近年は癌悪液質患者に対する経口グレリン受容体作用薬が上市され、臨床現場でも使われている。血中ではアシル化したグレリンとアシル化していないデスアシルグレリンが存在する。一般的にはグレリンは活性型、デスアシルグレリンは不活性型とされているが、ともに食欲亢進作用を有する。透析患者では透析中に不活性型グレリンが減少しており、透析で除去されている可能性がある。一方で透析中に筋トレをすると、活性型グレリンが増加し、オベスタチンという食欲抑制効果があるペプチドが減少していた。筋トレには多くの効果が報告されているが、グレリンの増加をもたらすことも明らかになっている。
グレリンのアシル化には中鎖脂肪酸も関与している。神経性食欲不振患者に中鎖脂肪酸を多く含む経腸栄養剤を摂取してもらい、血中グレリンの推移を検討した報告では、中鎖脂肪酸摂取により血中グレリンが増加したことが分かった。この結果から、中鎖脂肪酸はグレリン増加作用を有すると示唆される。
◆ ピロリ菌感染はグレリン産生を抑制する
グレリンは胃で産生されるため、ピロリ菌感染などで萎縮性胃炎があると、グレリンが産生されず、食欲が低下する。透析患者を対象にピロリ菌感染の有無でグレリンの血中濃度を比較した結果、感染歴がある、もしくは現在も感染している患者において活性型グレリン、不活性型グレリンともに低かったとする報告がある。
つまり、ピロリ菌感染が血中グレリンに影響すると考えられる。実際にピロリ菌に感染した透析患者からピロリ菌を除菌したところ、1年後に栄養指標が若干ではあるが改善した。
◆ BCAAは血液脳関門でのトリプトファン取り込みを抑制し、食欲を改善
トリプトファンは血液脳関門から脳に入ると、視床下部でセロトニンに変換される。セロトニンは食欲を抑制する。分岐鎖アミノ酸(BCAA)はトリプトファンの血液脳関門からの取り込みを阻害し食欲低下を改善する作用があることが分かっている。
疫学研究でも食欲がある人の血中BCAA濃度は、食欲がない人より高いと報告されている。また、BCAAを1日12g摂取した期間と摂取していない期間でエネルギー摂取量を比較した試験では、BCAA摂取期間はエネルギー摂取量が増え、筋肉量も増加したと報告されている。
一方、たんぱく質・エネルギー消耗状態(PEW)を合併した透析患者を対象にBCAAを1日7g摂取した期間と摂取していない期間で体重や筋肉量を比較した試験では、BCAA摂取による有意な差は認めなかった。透析患者に対するBCAAの効果についてはさらなる検討が必要と考えられる。
◆ IL-18は食欲低下と関連する
炎症性サイトカインによる食欲の抑制が以前から知られている。高齢者を対象に入院時と入院7日目の食欲とサイトカインの変化を評価した試験では、炎症性サイトカインのうちIL-18に食欲に対応した変化がみられたと報告されている。
海外では、IL-18高値で栄養状態が悪くなるという報告もある。IL-18は分子量が約17万であり、多くは透析で除去されるが、食欲低下と相関している可能性がある。
◆ おわりに
透析患者の食欲低下の機序として、血中グレリン低下、トリプトファンの脳内への取り込み、IL-18の影響が考えられる。臨床現場では中鎖脂肪酸摂取や運動療法がグレリン増加を介して、食欲の改善が期待できる。また、BCAAはトリプトファンの脳内取り込みを抑制し、食欲低下の抑制が期待できる。
社会心理学的要因からみた栄養介入
玉浦有紀(新潟県立大学人間生活学部健康栄養学科/医療法人社団悠友会志木駅前クリニック)
◆ 低栄養の患者支援で着目したい社会心理学的要因
「社会心理学的要因」と言われると、患者の性格や気持ち、家族構成、仕事、経済状況が食欲に影響しているイメージはあっても、具体的な対応がつかみにくく、実践が難しいと感じる場合がある。さまざまな食行動と関わり得る社会心理学的要因について、今回は低栄養の患者に焦点をあて、「患者に必要な支援とは何か」いう観点から考えてみたい。
例えば、ドライウェイトが低下し、栄養状態に不安を感じる患者に対して医療従事者は、合併症を防ぐため、「しっかり食べてくださいね」と指導する。しかし、患者は不安そうに「はい」と返事をするのみで、その後も食事量が増えないケースもある。このような場合に、患者が十分な食事を摂らない、あるいは摂ることができない理由を検討するのが、大枠で社会心理学的要因を踏まえた栄養介入である。
◆ 低栄養の患者支援において、社会心理学的要因を把握する意義
そもそも、医療従事者の指示通りに望ましい食事を摂り、病態をコントロールすることは、患者が望む生活を送る手段にすぎない。結果として患者の望む生活に向かっていなければ、長期療養は難しくなる。そこで、食事指導においても患者の希望を知り、適切な食事管理を行えない行動の背景、すなわち社会心理学的要因を理解した上で、患者のQOL向上につながる支援を考える必要がある。
低栄養の透析患者では「ドライウェイトは下げないといけない」や「気づいたら痩せていて、食欲も落ちている」などの不安を抱くことが多い。こうした患者が食事で十分な栄養を摂取できない理由、社会心理学的要因を探る必要がある。例えば、「栄養が足りないといわれたが、食欲はある。太りたくないから食べない」、「リンやカリウムについて指摘されないので、現状の食事でよいと思っていた」、「透析時間は増やしたくない。薬もこれ以上飲みたくない」、「太りたいけど、透析の日は2食になるし、夕食は食欲がなくて量が食べられない」、「食事を出されたら食べるけど、食事を作ってくれる人もいないし、買い物も毎日は行けない」など様々な理由がある。このような患者が持つ社会心理学的要因に気づき、どのように対応するか考えなくてはならない。
◆ 社会心理学的要因を踏まえた支援には、準備性の評価が参考になる
社会心理学的要因を踏まえた支援として、「準備性」に着目し、その評価と活用法を整理するとイメージしやすいかもしれない。社会心理学的要因の1つ「準備性」は患者がどのくらい適切な食事管理を行える状態にあるか、のモチベーションの目安になる。準備性が高いと食事管理などのセルフケア行動の可能性が高まる、とされている。準備性の決定要因には重要性と自信の2つの軸がある。
例えば、低栄養の患者が「しっかり食事を食べることが大切だ」と感じており、「今の食事から少しずつ増やせそう」と変化に対する自信を持っていたら、おそらく食事量は少しずつ増え、栄養状態も改善される。
しかし、食べることが大事だと思っても、自信が低い場合は「本当はもう少し太りたいけど、透析日の昼食が遅くなり夕食が食べられなくなる」など、実行はしたいが、自分に合った取り組み方が分からないという状態になる。
一方、自信があっても重要性の認識が低いと、「栄養が足りないといわれたが、食欲はしっかりある。でも、食べると太るから食べない」などと、やればできるが、自分にとって大事だと思えないため実行しない状態になる。
先の「リンやカリウムも指摘されず、このくらいでいいかと思った」という姿勢は、重要性も自信も低く、そもそもよく分からないからやらない状態と言える。それぞれの患者の準備性に対応したアプローチ法が必要になる。
◆ 自信が低い患者にはセルフ・エフィカシーを高めることを考えてみる
自信が低く、やりたいが自分に合った取り組み方が分からない患者に対するアプローチでは、セルフ・エフィカシーを高める方法が期待できる。セルフ・エフィカシーは患者自身が上手くいかず難しさを感じる状況で、どの程度コントロールできると感じられるか、自信の程度を示す。
しっかり食べたくても食べられない患者には、まず「最近3食しっかり食べられない理由はありますか?」や「どんな日に3食しっかり食べるのが難しくなりますか?」など理由を聞いてみることが良い。セルフケアが難しくなる状況を具体的に質問し、それぞれの患者の状況に合わせた対処法を提案したり、話し合うことで糸口を掴めることがある。
例えば、「透析日は帰宅時間が遅く、夕方食事をすると夜は食べられない」という患者には、前日や朝のうちに帰宅後の食事を準備する、透析施設での昼食や軽食の利用を検討する、などの方法が考えられる。また、「食事を作ってくれる人がおらず、買い物も毎日は行かない」一人暮らしの高齢男性などは、ご飯だけは炊いて、おかずはチルドや冷凍食品、缶詰、卵など保存可能な食品の利用を提案するとよい。このように具体的な対処法を状況に合わせて考えておくことで、少しずつでも自信が高まっていく可能性がある。
◆ 重要性が低い患者では重要性が低くなる理由(考え)を整理する
やればできるが、自分にとって大事と思えないという重要性の低い患者には、「なぜ大事だと思わないのか?」などと、病気や治療、食事に対する考え方を探ることがアプローチのきっかけになる。ヘルス・ビリーブ・モデルはこの点を整理するモデルの1つである。このモデルではセルフケアなど健康行動をとるかどうかは「このままだと自分の健康が損なわれる」という危機感と、今の生活を変えるデメリットよりも変えるメリットをどれだけ感じられているかが重要とされている。
例えば、低栄養の患者では「自分が栄養障害になるかもしれない」や「栄養障害になると大変そう」という思いから「もっと食べないといけないかも」と食事摂取の必要性を感じたり、「食べると太る」や「薬や透析時間が増えるかも」といったデメリットが軽減され、「食べたら元気になるかも」、「もう少し好きなものを食べてもいいかも」、「家族が安心してくれるかも」といったメリットを感じることが食事摂取への重要性を高めるきっかけになる。
患者の危機感やセルフケアへの前向きな気持ちに気づいてもらうために、「もう少し食べられたらいいなと思うことはありますか?」などと質問し、「食べるとこんなよいことがありそう。」、「もっと食べたい。」、「もっと食べる必要がある。」など、食べる必要性やメリットを感じると重要性が少しずつ高まる可能性がある。
◆ セルフケア行動には医療従事者の影響も大きい
透析患者など慢性疾患患者のセルフケア行動には、収入などの社会経済学的要因や、病態や治療による要因、医療者との関わり、医療体制に関する要因も大きく影響するといわれている。とくに透析患者では、治療が社会心理学的要因につながることもあり、その理解は欠かせない。
食事管理で考えると、日本の標準的な血液透析では週3回通院する必要があり、食事の準備に影響する可能性がある。さらに、栄養状態を維持するため「しっかり食べてエネルギーやたんぱく質を摂って」と患者に伝える一方、透析間の体重やリンやカリウムが高いと、「食塩や水分、カリウム、リンは控えて」と指導しがちである。このような指導によって、患者が「何も食べるものがない」や「体重や血液検査でリンやカリウムが増えていなければ食べなくてもいい」と感じてしまう場合もある。例えば、現在の食事療法基準では、70歳以上の高齢透析患者に推奨される食事摂取量は、健常者の平均的な食事摂取量と大きな差はない。本当に食事制限が必要なのか、患者が過度な制限と感じていないかなども検討しながら、関わる必要がある。
透析患者は医療従事者と関わる頻度が高いことから、医療従事者との関係性も社会心理学的要因に大きく影響する。実際、医療従事者との信頼関係、コミュニケーション時間の確保、食事管理に管理栄養士が関わっているか、管理栄養士が医師や看護師、技師など情報共有をできているかといった点も、患者のセルフケアに関わるといわれている。
◆ 多職種連携で食事支援が必要な患者に対する早期からのアプローチを実施
志木駅前クリニックでは、看護師を中心に多職種連携を重視し、食事の支援が必要な患者には、早期のアプローチを行っている。クリニックは病院と異なり、患者全員が通院で透析を受ける。自宅で生活しながら透析を続ける患者の生活状況に変化があった際には、よりよいセルフケア、患者が実践可能なセルフケアを考えることが求められる。
当院では多職種でのカンファレンスを行い栄養指導の内容を報告することで、1人1人の患者さんに適した支援のあり方や方向性が統一できるように取り組んでいる。食事指導前にはその日の看護リーダーから前回関わった患者のその後の状況や新たな食事支援が必要となりそうな患者の情報を聞き、データと合わせた確認を行う。近年は栄養状態の評価とともに服薬状況や透析条件を合わせて確認できる栄養サマリーを導入し、栄養相談の内容や方向性を常時多職種で確認し、関わる仕組みを構築している。
◆ おわりに
食事管理は日常生活との関わりが深く、患者ごとに望む形が異なる。また、いつ何をどの程度食べるか、その準備や片付けまでにとる行動も患者によってさまざまで、行動の背景となる社会心理学的要因も多様となり、服薬管理と比べても複雑な対応となる。
患者自身が納得して、適切なセルフケアを行えるよう、患者の食生活の背景や社会心理学的要因を知ろうとすること、患者とともにセルフケアのあり方を考えること、多職種で支えていくことが大切である。
透析導入期からの「食べる」食事指導・食支援
内田明奈(公益財団法人ときわ会常磐病院栄養課/福島県立医科大学大学院医科学研究科医学専攻衛生学予防医学講座)
◆ 透析患者でも高齢化が進行
日本では世界に比べ高齢化率が上昇しており、日本の平均寿命は先進国でもトップクラスの男性82歳、女性88歳になっている。また、近い将来、4人に1人が高齢者になると予想されている。近年は、高齢者を取り巻く環境の多様化も指摘されている。
これは維持透析患者も同様である。日本の高齢化を背景に、現在の透析導入患者の平均年齢は70.1歳で、2018年現在、65歳以上の維持透析患者は67.9%に上る。つまり、現在、維持透析患者の半数以上は高齢者である。
◆ 透析患者では保存期CKDの段階から低栄養を来している例が多い
アルブミンは栄養状態の全てを反映する指標とはいえないが、臨床現場で管理栄養士が食事指導する際には参考にされることが多い。低栄養の指標はアルブミン3.5g/dl未満とされている。透析患者では高齢になるほどアルブミンが低下し、3.5g/dlを下回る患者が多い。
また、透析導入時のアルブミン低値は、死亡リスクを上昇させる。さらに、保存期慢性腎臓病(CKD)の時点で30〜50%の患者は低栄養状態であることが示されており、保存期CKDの時点から低栄養状態が始まっていると考えられる。
◆ 保存期CKDの段階で栄養指導を受けている患者は少ない
良好な栄養状態で透析導入するためには、適切な食事療法をどの時期から開始すればよいか考える必要がある。保存期CKDの時点で、適切な食事療法ができていないと低栄養状態を招き、死亡リスクの上昇につながる。また、透析導入時には、すでに80%の患者がフレイルを合併しているといわれており、保存期から維持期への切れ目ない食事管理が重要である。良好な栄養状態での透析導入は、生命予後の向上につながる。保存期の時点で栄養指導を受け、適切な食事管理を行う必要がある。
しかし、65歳以上の保存期CKD患者で食事指導を受けている割合は4.5%と低く、そもそも食事指導自体がされていない可能性がある。臨床現場では保存期CKD患者への食事指導を継続的に行うことは難しく、実践できていない部分がある。
◆ 透析患者ではエネルギー摂取量やたんぱく出摂取量が不足しているが、食塩摂取量は過剰
臨床現場で栄養指導する際、食事量の調整や味付け、食事内容を質問すると、多くの患者が「実践できている」と答える。しかし、当院に通院する透析患者のデータでは、減塩していると答えた患者でも十分な食塩制限や減塩行動ができていないことが明らかになった。患者が「減塩を意識している」と答えれば、管理栄養士側は減塩していると考えるが、減塩意識と実際の食塩摂取減量は必ずしも一致しない。
維持透析患者の食塩摂取量目標値は6g未満とされているが、常磐病院における維持透析患者では食塩摂取量目標値を男女ともに遵守できていない。常磐病院がある福島県の食塩摂取量は、男性は全国で最多、女性でも2番目に多い。当院の維持透析患者の食塩摂取量は、福島県の食塩摂取量の結果と大きな差はなく、とくに食塩管理が必要な維持透析患者でさえも減塩を実施できていない現状がある。
維持透析患者におけるエネルギーや栄養素摂取量の遵守率は、エネルギー摂取量が45.6%、たんぱく質摂取量は16.2%、塩分摂取量は32.5%という報告がある。エネルギー摂取量とたんぱく摂取量は少ないが、食塩摂取量は過剰であった。一般的に、エネルギー摂取量やたんぱく質摂取量が増加すれば食塩摂取量も増加すると考えられるが、実際は異なっている可能性がある。臨床現場では「ご飯と梅干しで済ませてきた。」など食事が単品のみの場合もある。単に食べられればよいとするのではなく、食事の中身にも注目し、考えていくことが重要である。
◆ 食生活環境に影響を与える身体的要因、社会的要因、精神的要因に着目した食事指導が必要
食塩摂取量に限らず管理栄養士の指導中で、食事療法に関する患者の自己認識と管理栄養士の基準の間に差異が生じ、主観的、客観的評価が乖離している可能性がある。この差を埋めるには、患者の食生活環境の把握が重要になる。乖離している要因に寄り添わない限り、食事指導が結果に結びつかない。
乖離している要因を探るためには、食生活環境に影響を与える3つのポイントへの注目が重要になる。食事療法の実践には身体的要因、社会的要因、精神的要因が関与する。加えて透析患者では透析治療も関わる。維持透析患者は低栄養になりやすい状況にあり、低栄養に拍車をかけるサルコペニア、フレイル、QOLの低下、死亡率の上昇などを来しやすい。保存期CKDの時点で食事指導を受けた患者は少なく、透析導入患者でも食事指導を受けていた例はまれで、受けていても実践できていないことが多い。
◆ 患者が受けてきた食事指導に合わせて、必要な指導を実施
食事指導が全くされていない緊急透析導入患者では、いきなり食事療法について説明しても実践は難しい。まず、透析療法の受け入れや状況について把握し、それを踏まえ、なぜ透析食事療法が必要であるのかの動機付けが重要である。
これまで食事療法を実践してきた患者に対しては、食事療法に対する受け入れは積極的ではあるものの、極端な食事制限により栄養状態の悪化を招きかねない。保存期CKDの食事療法から透析患者にふさわしい食事療法への移行が必要になる。
食事療法をポイントだけ実践してきた患者もいる。この場合は、できていた部分とできていなかった部分、誤認している部分を切り分け、必要に応じて認識を修正していく必要がある。ポイントだけ実践してきた患者の多くは、インターネットやテレビの情報で健康にいいとされているが、透析患者の食事療法で推奨されている内容とは逆のことを行っているケースが多い。保存期CKDの食事療法の状況を把握した上で、身体的、社会的、精神的要因を踏まえ指導することが重要である。
◆ 患者の食事作り環境を踏まえ、問題を抽出し、必要なサポートを探る
入院中であれば、基本的に医師の指示の下で3食の食事が提供されるため、食事療法の受け入れは容易である。しかし在宅では、毎日のことになる食事で、指示量内に収まる献立を作ることは現実的に難しい。もちろん毎日献立通りに作れることが理想ではあるが、指示量に抑えることを目的としたデータを管理するような食事療法は、患者のQOLを損ないかねない。
食べるに至るまでには様々なプロセスがある。そのため患者が食べられない場合、その1つ1つの行動のどこに問題があるのか把握する必要がある。当院では夫婦2人暮らしで、妻が食事を管理していた透析患者が、妻の入院によって食事量が低下した例を経験した。
この患者のように、食事を作ってくれていた人がいなくなると、自分では作れない高齢患者が多く見受けられる。足腰が弱っている、外出を控えている、交通手段がないなどの理由で買い物に行けず、食事を確保できない例もある。高齢者に限らず食欲が低下する日はある。しかし、食欲低下の長期化は栄養状態の低下を招く。調理ができない人に調理法を説明しても、的外れな栄養指導となる。食事摂取基準に沿いつつ食べるためには、現状を把握し、食べられない要因を早期に見極めていくことが必要になる。
維持透析患者が減塩できない要因の1つが調理者である場合もある。当院では患者自ら調理している場合は、患者以外が調理する場合に比べて、食塩摂取量が有意に少ないことを明らかにした。食事指導は透析中にベッドサイドで行うことが多く、患者本人への指導が主体となる。患者本人が食事指導を受けても、家族が調理する場合は家族に合わせて味が濃くなるケース、患者本人が家族に食事指導の内容を伝えていないケースがある。調理者も社会的要因と捉え、本人だけではなく周囲のサポートを構築しつつ食生活環境を考えていく必要がある。
◆ おわりに
食事療法を実践しながらも栄養状態、QOLの維持、合併症予防を並行して行うことが課題になる。それを支える身体的要因、精神的要因、社会的要因の3つの柱の1つでも崩れてしまうと、低栄養やサルコペニア、フレイルの発症、QOLの低下、死亡率の上昇につながる。この連鎖を断ち切るには、食事ができない要因を探り、管理栄養士だけではなく多職種連携で解決策を模索していくことが重要である。
食事は毎日のことである。管理栄養士が食事指導、食支援を中心に対応するが、患者の食べる楽しみを奪ってはいけない。短期間だけ頑張って食事指導、食事療法をすればいいのではなく、持続可能な食事療法を実践する必要がある。そのためには透析導入時には保存期CKDからの適切な食事療法の移行が重要になる。栄養状態の維持、良好な生命予後、QOLを維持するためには、透析患者を取り巻く背景を十分把握した上で、身体的、精神的、社会的要因を踏まえ食事指導、食支援を行うことが食べることの第一歩に繋がる。
透析患者の生活背景に応じた食事療法の実際
片山実悟(医療法人社団兼愛会前田医院栄養課)
◆ 食欲不振による低栄養を防ぐため長時間透析を実施
日本の標準的な透析治療は1回4時間、週3回とされているが、これでは慢性的な透析不足に陥る患者も見られる。透析量が十分でないと、食事制限によるQOLの低下に繋がる可能性も示されている。また、短時間の透析は無理な除水を伴う。尿毒症症状により食欲不振に陥りやすくなると、摂取栄養量が不足し、痩せや合併症の発症リスクが高まるなど負の連鎖となってしまう。このような悪循環に陥らないためにも十分量の透析が必要と考える。
そこで、前田医院では2008年より長時間透析を推進してきた。1回の透析時間を長くすることで、より多くの尿毒素の除去が可能で、食事に関する制限も緩和される。2008年2月時点での当院の全患者における1回あたりの平均透析時間は約4時間だった。その後、徐々に長時間透析患者が増加し、現在の平均透析時間は5時間50分となっている。現在の透析患者133名中、80%以上が長時間透析を受けている。
◆ 長時間透析で食事制限を緩和
長時間透析の長所として、食事制限の緩和がある。近年では透析患者の高齢化が進み、平均年齢や導入年齢が上昇している。高齢者は、食欲、食事量の低下や生活の困難から摂取エネルギー量の確保が難しく、低栄養に陥りやすい。低栄養の要因の1つとして、栄養に関する誤認識が挙げられ、患者の理解度や認知機能に沿った伝え方、家族支援が重要となる。実際に当院でも、患者から「しっかり食べることで、太ってしまった」、「ある食品を食べたらデータが悪化したので、もう食べないようにする」などといわれることがあり、十分な食事量摂取に抵抗を感じていることが分かる。
しかし、しっかり食べることは単に食事量を増やすのではなく、自分の身体に必要な栄養素を食事から取り入れることである。そのためには栄養状態や合併症、各種データなどの栄養アセスメントを通して、患者1人1人に合った食事量と食事方法を指導する必要がある。このような食事に関する正しい知識取得の場として栄養指導が有用である。
『慢性腎臓病に対する食事療法基準2014年版』では、週3回の血液透析を行っている透析患者ではカリウムが1日2,000mg以下に制限されるほか、リンも制限されている。しかし長時間透析では、食事に関する制限が緩和される。当院では長時間透析の患者にはカリウム、リン制限が緩和され、塩分、水分に気をつければ、家族とほぼ同じ食事内容でよく、特別な食事は必要ないことを伝え、食事の楽しみを大切にした指導を行っている。つまり食事制限主体ではなく、食べた分だけ透析をするという発想の転換である。
◆ 食事記録に基づいた栄養指導を行う
食事制限が緩和されても、暴飲暴食をしてよいわけではなく、食品の栄養素を知り、患者に必要な食品を選択してもらうことが重要である。当院では繰り返しの指導を大切にしており、原則3か月に1回、調理担当者とともに指導を受けてもらう。新規患者や検査値不良の患者、薬の変更があった患者に対しては随時ベッドサイドでの聞き取りや栄養指導を行っている。
栄養指導の際は、患者に2日間の食事記録の記入をお願いしている。食事記録には食事の内容、目安量、摂取した時間帯、間食や夜食などの摂取があればその記録もしてもらう。食事記録から食事摂取量を計算し、グラフ化する。グラフは赤のラインが標準量、青のラインが実際の摂取割合とし、患者ごとの血液データの推移、変動も確認している。栄養指導ではこれらのデータを利用し、患者の食生活に沿った指導を心がけている。
◆ 患者の生活様式に合わせたテーラーメイド透析を目指す
当院では定期的に多職種による症例カンファレンスを行い、透析量をはじめ、生化学検査値、体成分分析の結果をもとに症例ごとに透析方法、ダイアライザ、透析時間などの決定、変更を行っている。当院の患者のうち約70%がオンライン血液濾過透析(OLHDF)を行っているが、症例ごとに設定を変えている。また、積層型透析機器を用いた血液透析、腹膜透析なども積極的に行っている。全ての患者が長時間透析を行っているわけではなく、患者の生活様式に沿ったテーラーメイド透析を目指している。
◆ 十分な食事を摂取しながら正常な検査値を保つ
60歳代男性、原疾患は慢性糸球体腎炎の患者は透析歴17年で、高血圧、2型糖尿病、脂質異常症の既往がある。趣味は家庭菜園であった。透析処方は6時間週3回の血液透析とし、血液流量(Qb)が350ml/分、透析液流量(Qd)が500ml/分である。
この患者は透析中に自作の弁当を食べていた。弁当は彩がよく、主食、主菜、副菜のバランスも豊かで、旬の野菜や生の果物も含まれている。弁当1食の平均エネルギーが約950kcal、たんぱく質は約33gであった。この食事内容は過剰摂取と捉えられるかもしれない。食事調査票をもとに作成した1日の食事摂取状況でも各種栄養素の摂取量が標準量を大きく上回っていることが分かる。
しかし、減塩目標は達成できている。1年間の平均の血清カリウム値は5.3mEq/L、血清リン値が5.0mg/dLと十分な食事を摂取していても、検査値は正常を維持していた。カリウム吸着薬やリン吸着薬は一切服用していない。
◆ ペースト食に栄養補助食品、高カロリー輸液を併用して体重や筋肉量を維持
70歳代男性、原疾患は糖尿病性腎症の患者は、透析歴8年で、2型糖尿病、パーキンソン病、汎血球減少症、洞不全症候群の既往があった。この患者は寝たきりで要介護5であり、グループホームへ入所中であった。洞不全症候群による意識消失発作が頻回となっていたが、ペースメーカー挿入は拒否していた。透析開始5年目で当院に入院加療することになった。
この患者はパーキンソン病の増悪による嚥下障害があったが、患者本人の食事をしたいという強い希望があり、家族と相談し病態を見ながら食事提供を続けていた。透析処方は4時間週3回のOLHDFとし、Qbは120ml/分、Qsは200ml/分であった。食事内容は、透析食の1,600kcal、ハーフ食で、食形態はペーストであった。さらに栄養補助食品の利用や、透析中に高カロリー輸液の投与を行った。総エネルギー量は透析日が1,330kcal、非透析日が930kcalであった。摂取状況は覚醒状態により波はあったが、ほぼ全量摂取している。ただし1回の食事介助に30〜60分ほどの時間を要していた。
体重、筋肉量、体脂肪量はいずれも顕著な減少傾向を示しながらの入院となったが、当院に入院後、体重、筋肉量、体脂肪量は一定していた。これらのことから食事量に合わせた透析治療ができていたと考えている。位相角は低値ながらも当院入院後、下げ止まりしている。細胞外水分比に関しては、シャント閉塞の予防を目的として、あえて高めを維持している。入院中の標準化透析量(spKt/V)、血清アルブミン値、標準化たんぱく異化率(nPCR)、GNRI(Geriatric nutritional risk index)の平均値も低値ながら一定を維持している。
◆ 3.5時間週4回透析で透析量を確保
90歳代男性、原疾患は糖尿病性腎症で透析歴2年、既往歴は高血圧、2型糖尿病、甲状腺機能低下症があった。また、左下葉肺癌、右上葉肺癌に対する放射線治療を経験していた。ADLは自立しており、家族の送迎で通院していた。
この患者は透析導入時、90歳代と高齢だったため、本人と相談のもと3.5時間週4回のOLHDFとしている。Qbが200ml/分、Qsが200ml/分であった。1回の透析時間を長くするのではなく、週4回として中2日の空きを減らすことで、透析量を確保する考え方である。患者の食事記録からは主食、主菜、副菜をしっかりと摂取しており、生の果物類、アイスクリームなど嗜好品も摂取していた。食事摂取のバランスはよく、エネルギー摂取量、栄養素摂取量も適正であった。
当院で血液透析を開始してからの2年間、体重、筋肉量、体脂肪量に大きな変化はなかった。これは食事量の確保に加え、畑仕事などで適度な活動量を維持しているためと考えられる。この患者は90歳代と高齢ながらも、透析室の入室から体重測定、ベッドへの移動など介助なしで移動している。細胞外水分比は0.407ではあるが、透析導入直後と比較すると低値を示している。spKt/V、血清アルブミン値、nPCR、GNRIの平均値は低値になることなく経過している。
◆ おわりに
透析患者の背景はさまざまで、とくに長期透析患者、高齢透析患者が増加し、生活様式や合併症も多彩となっている。栄養に関する誤った認識は、低栄養のリスクを高める。正しい知識取得の場として栄養指導は有用であり、患者の認知機能や理解度を把握しつつ、家族との情報共有が重要になる。1人1人の生活背景を考慮した多職種連携によるテーラーメイドの透析療法、栄養療法が求められている。
認知症・施設入所透析患者に対する食事療法と栄養管理
北岡康江(あけぼのクリニック栄養管理部)
◆ 認知症を合併する透析患者も増加
日本の高齢者人口は3,640万人であり、高齢者人口率は29.1%と世界1位の超高齢者社会である。また、2012年の認知症患者は約460万人で、高齢者人口の15%に上る。2025年には高齢者人口の20%が認知症患者となるという推計もある。透析患者も例外ではない。慢性透析患者では70〜74歳が多くを占め、認知症合併割合は75歳以上になると高くなる。
あけぼのクリニックは併設の介護老人保健施設入所者のほか、隣接する特別養護老人ホーム入所者、その他の福祉施設入所者の維持透析も担っている。当クリニックの透析患者の10%は特別養護老人ホーム入所者、10%は併設の介護老人保健施設入所者、7%はその他の有料老人ホームやグループホームなどの入所者である。
これら福祉施設入所者36名の平均年齢は83.4歳、平均要介護度3.2、改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)平均点数は15.5点で認知症もしくはその疑いがある方は69.4%であった。併設の介護老人保健施設入所者14名では平均年齢は83歳、平均要介護度は3.4、HDS-R平均点数は13.9点で、認知症もしくは疑いがある方は78.6%であった。介護老人保健施設ではN式老年用精神状態尺度(NMスケール)による評価も行っており、NMスケールで認知症もしくはその疑いがある方も78.6%であった。
◆ 認知症患者は食ベる機能にも問題が生じる
当施設では栄養マネジメント強化加算を算定しており、栄養スクリーニングで低栄養のリスクで評価する。低栄養が低リスクや中リスクの入所者は1か月に1回、高リスクの患者は1か月に2回モニタリングを行い、低栄養の改善および栄養状態の維持に努めている。介護老人保健施設の透析患者の低栄養リスクは低リスク0名、中リスクが10名、高リスクが4名であった。
認知症患者では食の問題が起きる。認知症の初期、中期では道具が使えない、食べたことを忘れる、幻視、執着、過食などで食べる行為が阻害される。認知症後期では、食塊が作れない、送り込みができない、嚥下反射が出にくくなる、食事中の意識レベルが低下する、誤嚥、窒息などで食べる機能に問題が生じる。当施設ではこのような問題点の改善を行い、栄養状態の改善、低栄養のリスク軽減につなげている。
◆ 認知機能障害に応じて食事支援を実施
認知機能障害がある入所者には、手で食べられるおにぎりにしたり、ワンプレートで提供するなどの対応を行う。食器の模様が浮き出て見え、それを取り除こうとして食事ができない患者も存在する。このような場合には、食器やテーブルクロスを無地にする。食べ物を認識できない患者には、認識しやすい食べ物を提供するほか、好物や郷土料理を提供したり、馴染みのある食器を使用するなどしている。
周囲が気になって食事に集中できない患者もいる。この場合は食事環境の調整が必要にある。テーブルの上にはなるべく食事以外のものを置かないようにし、管理栄養士とスタッフが食事風景を観察する際は、患者の視線に入らないよう後ろから行うなどの工夫をしている。
一口量が多い、丸呑み、よく噛まないという入所者には、安全を重視した動作への配慮が必要である。具体的には声掛けをして一旦食事の動作を止めたりする。食べる時間がかかる、食事を中断してしまう患者には、注意機能を維持する配慮が求められる。例えば、「本日のメニューは〇〇ですよ。」と声掛けをして、注意を食事に向けていく。昼夜逆転や傾眠傾向があり夜中に「食べていない。」と訴える患者も多い。こうした患者にはバイオリズムへの配慮が必要である。時には内服薬の調整が必要となり、主治医に報告している。
◆ 食べる楽しみを引き出す工夫も実施
認知症になると食事の楽しみが重要になる。そこで、月1回お楽しみメニューとして、丼ものや麺メニューを提供している。通常、透析患者には提供できない食品でも、治療用特殊食品を使うなど見た目を変えず提供している。
また、パンメニューも月1回提供している。パンは自施設で焼いており、入所スペースにも焼きたてのパンの香りが漂うため、「今日はパンで楽しみ」という患者の声が聞こえる。季節ごとの行事食も、ふさわしい食器を用意して提供を行っている。
◆ 適切な食事形態、食事姿勢の維持にも注力
食塊が作れない、送り込みができない、嚥下反射が出にくくなるといった食べる機能が低下している場合は、食事形態の変更を行う。しかし、嚥下調整食(ソフト食、ミキサー食など)は、加水が増え、食事全体の量が増える。これにより1回の食事摂取量が低下し、栄養素摂取量も減り、低栄養のリスクが高まる。
介護老人保健施設では安易に食事形態を落とさず、適切な食事形態での提供、食事姿勢の維持を行うため、経口維持支援(経口維持加算ⅠⅡ加算)に取り込んでいる。22項目のチェックシートを使い、摂食、嚥下、口腔機能評価を行う。この評価表を使い、多職種でミールラウンドと会議を行い、食事の環境、食べる姿勢、ペース、一口量、食べ物の認知機能、食事介助方法、自力摂取や食事摂取の状況などを把握し、全身状態、栄養状態、咀嚼能力、嚥下機能に応じた経口維持計画を作成し、支援している。時には、訪問歯科の介入も行っている。
◆ 食事量が低下している患者には経口栄養補助食品も利用
食事摂取量が低下している場合は、栄養補助食品を提供する。食事摂取量がある程度確保されている患者には、腎不全患者対応の栄養補助食品を、食事摂取量が大きく低下している患者には、エネルギーやたんぱく質を強化した栄養補助食品を提供している。
入所者は甘い物を好む、好まないなど嗜好が異なる。入所者が好む味の栄養補助食品を提供するようにしている。栄養補助食品も入所者の嚥下機能に合わせて、選択する必要がある。『日本摂食嚥下リハビリテーション学会嚥下調整食分類 2021』を参考に栄養補助食品を分類し、嚥下機能に合わせたものを提供している。
◆ 入所者の不安を聞き取り、食べられるものを探る
入所者の気持ちに寄り添う支援もポイントになる。当施設では高齢の夫婦2人暮らしで、透析導入となった患者を経験した。A氏は自宅にしばらく戻れず、透析導入後、自宅に帰れると期待していた。しかし、ADLの低下により併設の介護老人保健施設へ入所となった。A氏は「自宅に帰りたい」、「家族と会えない」と精神的に不安を抱いていた。
A氏は入院中に入れ歯が合わなくなり、入れ歯を使用せずに食事をしていた期間が長かった。しかし、介護スタッフからは「入れ歯の調整をしたいが認知症があるからできない。」と報告されていた。食事摂取量が低下していたため、食事形態を検討しきざみ食で提供した。A氏は「何を食べているか分からない」、「味が分からない」、「もっと味の濃いものが食べたい」と訴え、A氏と医療従事者の間で葛藤が生じた。この状態が長く続くと、食事摂取量が低下し、低栄養のリスクとなりかねない。
このような場合、併設の介護老人保健施設では、管理栄養士が入所者のもとに出向き、不安の気持ちを聞き取り、何か食べたい物がないかを探る。患者の食べたいものが介護老人保健施設で準備できる場合は提供する。準備できない場合は主治医に持ち込みを許可してもらい、差し入れしてもらう。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の影響で、当クリニック併設の介護老人保健施設でも面会ができない。リモート面会を行っているが、認知症の患者は家族の認識ができない。そこで、医師に短時間、少人数での面会の希望を伝えている。高齢透析患者のQOL向上を目指すために、日々葛藤をしている。
◆ おわりに
高齢者の認知症に関する摂食嚥下障害は深刻な問題である。食事摂取量の低下により栄養状態が悪化し、ADLや口腔機能の低下を招く可能性もある。嚥下機能の低下だけではなく、精神的な不安が食事摂取量に大きく影響することもある。
入所者が食べなくなる原因は多様であり、今までの経過や背景を踏まえた観察が必要となる。とくに認知症の場合は、無理に食べさせようとしても不安が募り、介護者への不信感が残る懸念がある。まずは、不安な気持ちを減らし、不快な状況を軽減することが重要である。
当施設では、透析患者においても食事摂取状況や体重管理のアセスメントを行い、食事摂取が困難な場合は原因を探り、時には制限の緩和を試みるなど、解決策を多職種で検討している。今後も認知症の高齢透析患者の栄養管理を行いながら、本人や家族が望む食事を支援できるよう努力していきたい。
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