第123回日本外科学会定期学術集会 パネルディスカッション8「術後低栄養とサルコペニアの現状とその対応法」
2023.11.17フレイル・サルコペニア , 栄養素 , 癌(がん)
司会
丸山道生 ( 医療法人財団緑秀会田無病院 外科 )
鷲澤尚宏 ( 東邦大学医療センター大森病院 栄養治療センター )
発表の要点
- 神戸大学 食道胃腸外科の加藤 喬 先生は食道がん患者におけるサルコペニア合併は予後不良であることを指摘し、サルコペニア予防のため、長期の腸瘻による経腸栄養が有用であると報告した。
- 京都第一赤十字病院 外科の小西智規 先生は胃全摘後の低栄養や体重減少が長期予後の悪化を招くことを示し、腸瘻からの在宅夜間経腸栄養が低栄養のみならず夜間低血糖を予防できることを紹介した。
- 厚生連長岡中央綜合病院 外科の北見智恵 先生は膵がんが低栄養になりやすい病態であり、かつ低栄養が予後不良の大きな要因となることを指摘した。その上で、腸瘻からの経腸栄養が栄養状態を改善し、体重減少抑制に有用であるとした。
- 防衛医科大学校 外科の永生高広 先生は膵がん、胆道がん患者における化学療法に影響する倦怠感と血中カルニチン濃度との関係を検討した。血中カルニチン濃度が低下すると倦怠感が増悪する傾向が見られたが、有意差は認めなかったことを明らかにした。
- 東京医科大学 外科学第一講座の山田祐揮 先生は早期肺がん術後の患者を対象として、術後長期経過後の栄養状態および骨格筋量の変化率と長期予後との関連を検討した結果を示し、栄養状態および骨格筋量の変化率が予後因子になるとした。
- 京都大学医学部附属病院 心臓血管外科の境 次郎 先生は全弓部置換手術患者の栄養障害が予後悪化に関連することを報告し、多職種による栄養評価が術後入院日数短縮をもたらしたことを紹介した。
各演者の発表後にディスカッションが行われ、活発な議論が繰り広げられた。その概要も報告する。
術後低栄養とサルコペニアの現状とその対応法
食道切除後長期の腸瘻での栄養管理はサルコペニアを予防する
加藤 喬 ( 神戸大学 食道胃腸外科 )
◆ サルコペニアは食道がん術後成績の悪化と関連
食道がん患者における食道切除後の経腸栄養は術後管理において重要とされ、広く行われている。サルコペニアは、食道がんを含む複数のがん種において術後成績の悪化と関連があるという報告がある。
サルコペニアは骨格筋減少が重要な因子の 1 つである。骨格筋量減少の多くは加齢によるものだが、栄養状態にも起因する。サルコペニア診断のための骨格筋量の目安として、腸腰筋の評価が有用とする報告もある。
◆ 食道切除後の腸瘻による経腸栄養の有用性を検討
神戸大学医学部附属病院では食道切除後の患者において腸瘻チューブを使用した経腸栄養の有用性および術後の経腸栄養の適切な期間を検討した。対象は 2010 〜 2020 年に腹臥位胸腔鏡下食道切除を行った患者 303 名で傾向スコア・マッチングを行い、腸瘻留置群 70 名、腸瘻非留置群 70 名とした。腸瘻非留置群の患者は、経鼻栄養チューブを用いて術後しばらく経腸栄養を行った。腸瘻留置群は、 60 日以上腸瘻を留置した患者を長期腸瘻留置群、 60 日未満の患者を短期腸瘻留置群とし、手術成績などを後向きに比較検討した。
腸瘻留置群、腸瘻非留置群ともに後縦隔経路胃管再建、頸部吻合を行っている。腸瘻留置群ではトライツ靱帯より約 20 cm の位置から 30 cm 程度、 Stamm 法を用いて挿入し、腹壁と固定した。腸瘻非留置群では経鼻栄養チューブをトライツ靱帯付近まで留置した。当院における腸瘻留置は、 2010 年代前半に多かったが、イレウスなどの合併症があったことから 2010 年代後半には腸瘻非留置が増えてきた。 2020 年からは、胸骨後経路再建を行っている。
経腸栄養は術後 2 日目から開始し、成分栄養剤であるエレンタールを 1 日 480 kcal で持続投与している。経腸栄養投与量は腹部症状を見ながら漸増し、術後 1 週間の時点で、耳鼻科にて反回神経麻痺の評価をルーチンで行っている。その後、反回神経麻痺の評価結果、術後縫合不全や肺炎などの合併症の程度を勘案して、経口摂取を開始する。経口摂取によるエネルギー量が増えると経腸栄養の量を漸減していく。腸瘻非留置群では経鼻胃管を抜去した後は栄養剤を経口摂取することなく外来にてフォローする。腸瘻留置群では、自宅へ退院後も 1 日 300 kcal の経腸栄養を継続する。経口摂取量が十分であると判断した時点で、外来にてチューブを抜去する。
◆ 長期腸瘻留置で腸腰筋減少を抑制
手術後のアルブミン、体重、腸腰筋の変化率と経腸栄養を行った期間との相関について検討した。腸腰筋は食道切除前後で CT により、第 3 腰椎の高さの断面積と体積を評価した。両群間に年齢、性別、組織型、腫瘍の局在、腫瘍の深達度、リンパ節転移について有意差はなかった。短期腸瘻留置群、長期腸瘻留置群、腸瘻非留置群の 3 群で患者背景を比較したところ、短期腸瘻留置群で、患者が若い傾向が見られた。その他の因子に有意差を認めなかった。
3 群間の手術成績は長期腸瘻留置群、短期腸瘻留置群で出血量が多い傾向があった。長期腸瘻留置群では縫合不全が多い傾向があった。肺炎の有無に有意差はなかった。長期腸瘻留置群では反回神経麻痺が多い傾向があった。長期腸瘻留置群で経口摂取開始までの期間と術後在院期間が長くなる傾向があった。
アルブミン値の変化は 3 群間で有意差は認めなかったが、術後 3 か月、術後 6 か月、術後 12 か月において長期腸瘻留置群でアルブミン減少が抑制されている傾向があった。術後の体重変化に関しても 3 群間で有意差は認めなかったが、術後 3 か月、術後 6 か月、術後 12 か月において、長期腸瘻留置群で体重減少が抑制されている傾向があった。
腸腰筋の断面積変化は 3 群ともに術前後で有意差は認められなかったが、術後 6 か月の長期腸瘻留置群で断面積減少が抑制されている傾向があった。腸腰筋の体積の変化率に関しては、長期腸瘻留置群で術前に比べ術後 6 か月の体積減少が有意に抑制されていた。
◆ 食道切除全例で腸瘻留置による経腸栄養を実施
周術期の合併症があった患者は、腸瘻が長期留置される傾向があった。しかし、合併症があるにも関わらず、腸瘻長期留置による経腸栄養を行うことで腸腰筋の体積減少が抑制されていた。腸瘻長期留置による経腸栄養は、骨格筋の減少を回避し、サルコペニアを予防できる可能性がある。
この結果を踏まえて、当院では、食道切除を行った全例に腸瘻留置を行うようになった。現在、当院では胸骨後経路胃管再建を基本としており、肝円索を通じて胃内にチューブを 20 cm 程度挿入している。これは、腸瘻を抜去する際の限局性の腹膜炎を防ぐためでもある。チューブは術後の体重変化や経口摂取エネルギー量を聴取しつつ、経過に問題がなければ、 2 か月を目処に抜去している。
【 質疑応答 】
フロア ● 腸腰筋の腸腰筋の体積には性別と身長が影響するが、どのように補正しているか。
加藤 ● 補正はこれまでの多くの報告と同様に体積を身長の二乗で除して行っている。基本的に身長が低くなることはなく、患者個別の変化を評価しているため、性別による影響もないと考えている。
フロア ● 至適な経腸栄養期間はどのように考えるか。
加藤 ● 対象患者の腸瘻留置期間の中央値は 60 日であった。抜去時のリスクを考えると瘻孔化していることが望ましい。そこで、基本的には2か月は腸瘻を留置している。現時点では、経腸栄養期間は長い方がよいと考えているが、至適経腸栄養期間については、アルブミン以外の栄養指標を用いて、前向きに検討したい。
丸山 ● 経腸栄養剤の投与量はどのように決めているか。
加藤 ● 経口摂取開始前は 2,000 kcal 近く投与している。経口摂取が始まると、経口摂取のエネルギー量が 1,000 〜 1,500 kcal となる。そこで、退院時はおおむね 300 kcal の経腸栄養を併用している。
丸山 ● 在宅でも同じエネルギー量で投与しているのか。
加藤 ● その通りである。
丸山 ● 胸骨後に留置する場合は、そのまま入れても問題ないと考えるが、あえて固定している理由は何か。
加藤 ● 抜去する際に肝表面に液だまりができ、痛みや炎症反応が出ることがあるため、介在物を置く方法とした。
胃全摘後の新たな低栄養・サルコペニア対策としての在宅夜間経腸栄養療法の意義
小西 智規 ( 京都第一赤十字病院 外科 )
◆ 胃がん術後の低体重予防を目的に腸瘻による在宅夜間経腸栄養療法を実施
胃がん患者の、とくに胃全摘術後の低栄養や体重減少はパフォーマンスステータス ( PS ) の低下、術後補助化学療法の治療強度低下など長期予後に影響することが報告されている。栄養療法が体重減少を抑制する可能性が報告されており、様々な栄養介入が検討されているが、一定のコンセンサスを得た栄養療法は確立されていない。
ステージ Ⅱ 、 Ⅲ の胃がん術後に補助化学療法を行った患者において、術後体重減少が高度な患者では化学療法の継続率が有意に低いとの報告がある。また、体重減少率が高い患者は、無再発生存期間も短くなるなど、長期予後との関連が報告されている。胃がん術後の患者に経口的栄養補助 ( ONS ) としてエレンタールを 1 日 300 kcal 経口投与することで体重減少を抑える傾向が見られ、とくに胃全摘患者では有意に体重減少が抑制され、長期予後に関連する可能性があるとの報告もある。しかし実臨床では、経口摂取が十分ではなく、 ONS を摂取できない患者がいる。
海外では、上部消化管手術後に空腸チューブによる経腸栄養群では、非経腸栄養群に対し、有意に体重減少が抑制され、化学療法の完遂率も高かったとの報告がある。そこで京都第一赤十字病院では術後の低栄養を改善するため、 2017 年から胃全摘または食道切除術後に腸瘻チューブを留置し、夜間にエレンタールを 600 〜 1,200 kcal 投与する在宅栄養療法を行っている。
◆ 経腸栄養実施で体重減少、腸腰筋減少が抑制
当院では 2017 年 9 月 〜 2021 年 6 月にステージ Ⅰ から Ⅲ の胃がん患者を対象に、胃全摘後の栄養障害、体重減少を評価し、在宅夜間経腸栄養療法の臨床的有用性を検討した。
対象は経腸栄養群 24 例と非経腸栄養群 22 例に分けて解析を行った。経腸栄養群と非経腸栄養群の性別、年齢、 BMI 、腫瘍学的因子には有意差は認めなかった。アプローチは経腸栄養群で非経腸栄養群に比べロボットが有意に多かった。
術後 3 か月、術後 6 か月の体重は経腸栄養群、非経腸栄養群ともに術前に比べ減少していたが、経腸栄養群は非経腸栄養群より有意に体重減少が抑制されていた。ステージ Ⅰ とステージ Ⅱ 、 Ⅲ に分けて検討したところ、ステージ Ⅰ の経腸栄養群では術後1年に術前と同程度の体重に回復する症例が多かったが、非経腸栄養群では体重が低下したままの症例が多かった。ステージ Ⅱ 、 Ⅲ で補助化学療法を行った患者でも、経腸栄養群は非経腸栄養群に比べ、術後 1 年の体重減少が有意に抑制されていた。
プレアルブミンは経腸栄養群では 22 mg / dl 以上を維持する症例が多く、術後 3 か月、術後 6 か月で非経腸栄養群に比べ有意に高かった。アルブミンやトータルプロテイン、ヘモグロビンも同様の結果であった。サルコペニアの指標として、術前、術後の L3 椎体レベルの腸腰筋を評価したところ、術後は両群ともに低下するが、経腸栄養群は非経腸栄養群に比べ有意に低下が抑制されていた。
補助化学療法を施行した経腸栄養群 20 例と非経腸栄養群 14 例で検討したところ、補助化学療法完遂率は経腸栄養群で非経腸栄養群に比べ有意に高く、継続期間も有意に長かった。ステージ Ⅱ 、 Ⅲ の長期予後も、経腸栄養群で非経腸栄養群に比べ良好であった。
近年、胃切除後の低血糖が注目されており、とくに胃全摘術後に夜間低血糖が遷延していると報告されている。夜間経腸栄養を行うことで、低血糖持続時間を軽減し、日中の倦怠感や将来的な潜在性心血管イベントの予防に寄与している可能性がある。
◆ 胃全摘全例で腸瘻による経腸栄養を実施
当院では胃全摘のほぼ全例に腸瘻を留置するため、術前から経腸栄養患者指導用マニュアルを用いて患者と家族に十分に説明している。さらに、術後早期から家族に来院してもらい、経腸栄養を習得してもらっている。したがって、経腸栄養の手法を習得するまで入院する必要はない。日本臨床栄養代謝学会 ( JSPEN ) および米国静脈経腸栄養学会 ( ASPEN ) 、欧州臨床栄養代謝学会 ( ESPEN ) では、たんぱく質摂取量として体重 1 kg あたり 1.2 〜 2.0 g / 日が理想とされており、体重 50 kg では約 60 〜 100 g / 日必要となる。そこで、 1 日にエレンタール 4 袋程度を基準に投与を行うこととした。
海外では胃がん患者を対象に経腸栄養群、経静脈栄養群、コントロール群で予後が比較され、経腸栄養群、経静脈栄養群ともにコントロール群に対し予後が改善すると報告されている。胃がんや食道がんの術後患者など経口摂取量が低下する場合は、経腸栄養により体重減少や栄養関連指標の低下を予防するとの報告も増えている。経腸栄養を行う場合、胃全摘症例での夜間低血糖を抑制するためには、日中よりも夜間の実施が望ましい。当院でも高齢のスキルス胃がん患者に対して、腹腔鏡下胃全摘を行い、経腸チューブを留置して夜間経腸療法を行うことで栄養状態を維持し、術後の化学療法が継続可能となった症例を経験している。
胃全摘後の経腸栄養療法は、体重減少を抑制し、栄養状態を良好に維持できた。また術後化学療法の完遂率や継続期間も向上し、長期予後の改善が期待できる。また夜間低血糖を改善する可能性がある。
【 質疑応答 】
フロア ● 経腸栄養の中止はどのように判断しているのか。
小西 ● 基本的には 3 か月で腸瘻を抜去している。
フロア ● 経腸栄養を中止すると、経腸栄養を行わなかった場合の栄養状態に近づくことはないのか。
小西 ● 術後 3 か月間の経腸栄養で栄養状態を改善すると、意欲低下による摂食量低下がみられる期間が短くなる。栄養指導で食べ方を学んでもらい、経腸栄養を漸減しながら、栄養状態を確認しつつ抜去している。
丸山 ● 1,200 kcal という投与量はどのように決めたのか。
小西 ● 至適投与量は今後の課題である。 ONS で 300 kcal が目標という報告もあるが、当院の患者は高齢者が多く、経口摂取が不完全な状態でも腸瘻からの経腸栄養で体重を維持するため、 1,200 kcal としている。ただし、血糖値の変動が大きい患者には 600 〜 900 kcal とすることもある。
丸山 ● ポンプを使って投与しているのか。
小西 ● 急激に投与すると、下痢や血糖値の変動があるため、基本的にはポンプを貸し出し、投与している。
鷲澤 ● 24時間持続投与でも、夜間低血糖は抑制できると考える。あえて夜間のみに投与する理由はあるのか。
小西 ● 24時間持続投与ができればよいが、勤めている患者では日中にポンプを付けることが難しい。基本的には夜間としている。
丸山 ● 3か月間という経腸栄養期間は長いが、持続させるコツはあるか。
小西 ● 最初の説明では、 3 か月の経腸栄養は無理という患者が多い。しかし、患者と家族に体重減少が予後に悪影響を与えることを説明すると、続けてもらえることが多い。
膵癌患者における膵頭十二指腸切除術後の低栄養・サルコペニアの現状と対策—術後経腸栄養の有用性
北見智恵 ( 厚生連長岡中央綜合病院 外科 )
◆ 膵癌患者の低栄養予防に腸瘻による経腸栄養を実施
様々ながん種において、低栄養やサルコペニアが予後不良と関連すると言われている。当院でもすでに膵がん切除例において、非アルコール性脂肪性肝疾患 ( NAFLD ) 、サルコペニアを合併する患者は有意に予後不良であることを明らかした。
膵がん患者は炎症異化亢進に加え、膵内外分泌機能不全、術前術後化学療法、手術侵襲の大きさから他のがん種と比較しても低栄養になりやすい状態である。さらに上腸間膜動脈 ( SMA ) 周囲神経叢郭清による下痢も加わり、膵がん患者は低栄養のリスクが高くなる。とくに膵がん膵頭十二指腸切除術 ( PD ) を行った患者は低栄養のリスクが高く、 PD 施行患者の約 80 % が低栄養という報告もある。
そこで厚生連長岡中央綜合病院では、膵がん患者の栄養状態改善による予後向上を目指し、パンクレリパーゼの内服指導の徹底、術前からの糖尿病内科併診による積極的なインスリン治療導入で、膵内外分泌機能不全の改善に努めている。さらに経口栄養剤の投与を試みたが、コンプライアンスが不良で、継続できる患者はほぼ皆無であった。そこで 2019 年から PD 施行患者に対し、手術中に腸瘻チューブを留置し、経管栄養を行うこととした。また高齢者やサルコペニアを合併する患者には、入院中のリハビリテーション介入を行っている。
◆ 膵がん患者における経腸栄養剤の有用性を検討
当院では PD を施行した患者の周術期栄養状態、サルコペニアの状況を調査し、経腸栄養剤投与が術後栄養状態、筋肉に与える影響を検討した。対象は PD を施行した 78 例で、腸瘻群とコントロール群に分け比較した。手術時に輸入脚より腸瘻チューブを挿入し、輸出脚に留置した。術後 48 時間以内からエレンタールを 1 日 600 〜 900 ml を投与した。経口摂取と併用し、術後、最低 3 か月間は自宅でも投与を継続した。そのため、入院中に看護師から自宅での経腸栄養の指導を行っている。
栄養評価は体重減少、総たんぱく質、アルブミン、総コレステロール、予後栄養指数 ( PNI ) 、脂肪肝、 NAFLD で評価した。筋肉量と筋肉の質の評価は、腸腰筋筋肉量 ( PMI ) および筋肉内脂肪率 ( IMAC ) を臍レベルの CT 水平断で計測した。
腸瘻群の腸瘻使用期間中央値は 167 日で、 3 か月以上の経腸栄養投与完遂率は 92 % であった。腸瘻群の 17 % で腸瘻抜去後も経口栄養剤を継続し、トータルの栄養剤使用期間の中央値は 197 日であった。
腸瘻群とコントロール群で年齢、性別、異時性がんの有無、 BMI 、切除可能分類、 PNI 、 PMI 、 IMAC 、サルコペニアの有無に有意差を認めなかった。 2019 年から切除可能境界 ( BR ) 膵がんのみならず、切除可能膵がんに対しても術前化学療法を行うようになったため、腸瘻群で有意に術前化学療法施行率が高かった。術前の血液生化学検査値に両群間で有意差を認めなかった。術式、手術時間、出血量、門脈合併切除、 SMA 周囲神経叢切除、膵管径、膵切離ラインはいずれも両群で有意差を認めなかった。病理組織学的因子では腫瘍径が腸瘻群でコントロール群に比べ有意に小さかったが、ステージ、 R ステータスに両群間に有意差を認めなかった。
◆ 腸瘻による経腸栄養で体重減少が抑制
Clavien – Dindo 分類 Ⅱ 以上の合併症も両群で差はなかった。術後血液生化学検査ではリンパ球数、好中球リンパ球比、好中球 / リンパ球比 ( NLR ) に両群間に有意差を認めなかった。腸瘻群はコントロール群に比べ術後 3 か月の総たんぱく質、 PNI が有意に高値であったが、術後6か月では両群に有意差は認めなかった。筋肉量、筋肉の質、サルコペニア、脂肪肝は両群間に有意差は認めなかった。 SMA 周囲神経叢郭清や膵外内分泌機能不全、 PD により下痢が起こる患者が存在するため、単純に経腸栄養による下痢を評価することは難しい。ただし、オピオイドを必要とする難治性下痢の発生率は両群で有意差は認めなかった。
術後入院期間は、腸瘻群でコントロール群に比べ有意に長かった。合併症発生率に両群間に有意差を認めなかった。これは自宅での経腸栄養管理指導による効果とも考えられる。術後補助療法の施行率、完遂率も両群間で有意差は認めなかった。腸瘻群はコントロール群に比べ、術後3か月の体重減少率が有意に低かった。
術後経腸栄養により体重減少が軽減され、総たんぱく質、 PNI を維持できた。腸瘻留置による合併症はなく、下痢発生率も許容範囲内と考えられる。経腸栄養は体重、栄養維持に一定の効果はあったが、術後補助化学療法完遂率および予後の指標となるとされている NLR に差は認めなかった。術後の栄養状態改善による膵がんの予後改善効果については今後の検討が必要と考える。
◆ 術後の脂肪含有栄養剤の有用性検討も必要
欧州臨床栄養代謝学会 ( ESPEN ) のガイドラインでは、体重減少 5 % 以上で積極的な栄養投与が必要とされている。本検討では、腸瘻群においても術後 3 か月で 5.3 % 、術後 6 か月で 6.7 % の体重減少を認めていた。術後 3 か月以降も栄養管理の継続が必要と考えられる。体重減少は抑制できたが、脂肪肝、サルコペニアには有意差を認めなかった。
エレンタールは成分栄養剤で、消化吸収機能が低下している PD 術後に適しているが、脂肪が含まれていない。近年は ω – 3 脂肪酸とくにエイコサペンタエン酸 ( EPA ) の有効性が報告されている。今後は、術早期は成分栄養剤としてエレンタールを用い、退院後は ω – 3 脂肪酸を含有する半消化態栄養剤の投与を考えている。退院後のリハビリテーション継続は難しいが、筋力の維持も今後の課題である。
術後経腸栄養は、体重減少を抑制し、栄養状態の維持に有効である。強制栄養の期間、栄養剤の選択、長期予後との関連については今後の検討課題である。
【 質疑応答 】
丸山 ● 体重が増加したが筋肉量はあまり増えなかったというお話だった。体重増加は脂肪によるものか。
北見 ● 体重が増加したわけではなく、体重減少が抑制されていた。体重は 5 % 減少している。
丸山 ● エレンタールを選んだ理由は何か。
北見 ● 膵がん術後であるため、とくに術早期は脂肪が含まれていない経腸栄養剤がよいと考えた。
鷲澤 ● パンクレリパーゼは全例に投与しているのか。
北見 ● 全例に投与している。
鷲澤 ● パンクレリパーゼはチューブから投与できないが、どのように投与しているか。
北見 ● 内服で投与している。
膵癌・胆道癌患者における抗癌剤投与中の癌関連倦怠感とカルニチン血中濃度の関係
永生高広( 防衛医科大学校 外科 )
◆ 補助化学療法は膵がん、胆道がんの生命予後と関連
膵がん、胆道がんは予後不良であり、補助化学療法を行うことで予後の改善を認めるとする複数の報告がある。膵がん、胆道がんは補助化学療法が生命予後に影響を及ぼすと考えられる。補助化学療法として膵がん術後の抗がん剤は計画投与量の 62.5 % 以上必要とする報告もある。
また、診断時は切除適応がなくても、化学療法により切除可能となれば、予後が切除適応症例とほぼ同等になるとする報告もある。胆道がん、膵がんは抗がん剤が予後に関して重要な治療方法であるものの、副作用により継続できない症例が存在する点が問題である。
◆ 血中カルニチン濃度と倦怠感の関連を検討
補助化学療法継続の要素としてがん関連倦怠感に注目した。がん関連倦怠感は、腫瘍そのものが原因の一次倦怠感と、貧血、低栄養、感染などが原因となる二次倦怠感に分かれる。抗がん剤による倦怠感は、二次倦怠感に分類され、適切な対応により軽減可能と考えられる。当院では倦怠感が強い症例に対してカルニチンを投与し、倦怠感が軽減されることを明らかにした。そこで、抗がん剤投与中の倦怠感とカルニチン血中濃度に関する検討を行った。
対象は、 2018 年 1 月 〜 2022 年 8 月に抗がん剤治療を施行された膵がん、胆道がん症例である。一次倦怠感を除外するために抗がん剤投与前後で、画像上、病状の進行を認めない症例のみとした。テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム ( S – 1 ) 単独群と多剤併用群に分類し、投与前および投与後 24 週の全身倦怠感と血中カルニチン濃度を比較した。全身倦怠感は質問紙標 ( BFI ) を用いてスコア化し、栄養状態は CONUT スコアを用いて評価した。 BFI は 9 項目の数値評価尺度について 0 〜 10 の 10 段階で評価し、平均点で倦怠感をスコア化するものである。さらに初回治療が抗がん剤である症例を抽出し、倦怠感と BFI 、 CONUT スコアの関係を比較した。対象となった 61 名のうち、膵がんが 44 例、胆道がんが 17 例で、 S – 1 単独群が 53 例、多剤併用群が 8 例であった。
◆ カルニチン投与による倦怠感、栄養状態の変化に有意差なし
BFI は S – 1 単独群では治療前 2.6 、 24 週後 2.5 と有意差は認めなかった。多剤併用群では治療前 2.4 、 24 週後 3.3 と上昇したものの、有意差は認めなかった。血中総カルニチンは S – 1 単独群では治療前 47 μmol / l 、 24 週後は 48 μmol / l と有意差を認めなかったが、多剤併用群では治療前 56 μmol / l から 24 週後 46 μmol / l と有意に低下した。 CONUT スコアは S – 1 単独群では治療前 2.5 から 24 週後 3.0 と有意に上昇し、多剤併用群では治療前 3.6 から 24 週後 2.6 と低下したが、有意差は認めなかった。
BFI については抗がん剤開始直後に高くなるものの、開始後にいったん低下して再び上昇する症例が存在していた。このような症例は初回治療が抗がん剤の症例に多かった。そこで、抗がん剤投与期間中に BFI スコアが 3 以上上昇した症例を BFI 上昇と定義した。カルニチン欠乏は BFI 上昇なし患者の 20 % 、 BFI 上昇あり患者の 57 % に認めた。 CONUT スコアは BFI 上昇なし患者、 BFI 上昇あり患者ともに上昇していたが、有意差は認めなかった。
抗がん剤治療によって起こる症状のうち、吐き気、嘔吐、手足の痺れなどはガイドラインも整備され、コントロールが可能になってきた。しかし、倦怠感や無気力は患者からの訴えはあるものの、スコアリングされておらず、介入もされていない。この要因には抗がん剤治療中にBFIなどによる評価が困難という問題もある。
◆ 血中カルニチン濃度と倦怠感との関連エビデンスは示せず
S-1 単剤群および多剤併用群において、抗がん剤投与前後で BFI の変化に有意差は認めなかった。抗がん剤投与後の血中総カルニチンは投与前に比べ多剤併用群で低下を認めた。 CONUT スコアは、 S – 1 投与群で抗がん剤投与後に上昇した。抗がん剤投与後に BFI が上昇するとカルニチン欠乏率は高値になり、 CONUT スコアも上昇するが、有意差は認めなかった。
倦怠感は胆管炎や感染により増強されるが、介入で改善することが分かっている。実際、当院では倦怠感が強い症例にカルニチンを投与し、倦怠感が軽減される症例を経験している。とくに腫瘍量が少ない患者では、カルニチン投与により倦怠感が軽減され、栄養状態も改善された。味覚障害を訴える患者には亜鉛を測定し、低亜鉛血症を認めた場合、亜鉛投与が行われている。同様に倦怠感を訴える患者でカルニチンを測定し、低カルニチン血症であれば、カルニチン投与の効果があると考えた。しかし、本研究では血中カルニチン濃度と倦怠感との関連傾向は示せたものの、十分なエビデンスは示せなかった。
【 質疑応答 】
鷲澤 ● 倦怠感の評価は難しいが、 BFI は指標として確立されているのか。
永生 ● BFI は多くの報告でも用いられている。
鷲澤 ● カルニチン血中濃度はカルニチン欠乏を示す指標なのか。カルニチンが欠乏していない患者にカルニチンを投与すると倦怠感が強くなるという問題もある。カルニチン血中濃度が低い場合、 BFI スコアが高いという相関はあるのか。
永生 ● 倦怠感のある患者にカルニチンを投与しているが、投与前の BFI スコアが高い印象がある。今後は症例数を増やして検討し、相関を明確にしたい。
丸山 ● BFI と体重や筋肉量との関連はあるのか。
永生 ● 化学療法の継続や侵襲の高い手術の可否は骨格筋量指数 ( SMI ) で評価できると考えられている。そこで、現在、 SMI と BFI の関連を検討している。
肺癌術後長期経過後低栄養とサルコペニアの予後への意義
山田祐揮(東京医科大学 外科学第一講座)
◆ 肺がん術後の低栄養、サルコペニアの予後への影響を検討
東京医科大学病院では早期肺がん術後の患者を対象として、術前および術後 1 年経過後の骨格筋量を比較し、長期予後との関連性を検討した。術前にサルコペニアでなかった患者のうち 45 % が術後にサルコペニアとなり、このような患者は予後不良であることを明らかにした。そこで、術前だけでなく、術後長期経過後の栄養状態、骨格筋量の変化率を比較し、その長期予後への影響を検討することとした。
対象は 2012年 1 月〜 2017 年 12 月に手術を受けた肺がん患者 1,372 例のうち、臨床病期 0 期から Ⅱ 期で非小細胞肺がん完全切除を行った 343 例とした。術前と術後長期経過後の栄養状態と筋肉量の変化率を測定し、全生存期間 ( OS ) および無再発生存期間 ( RFS ) との関連を検討した。術前後の栄養状態と筋肉量の変化率のカットオフ値は、死亡あるいは再発をイベントとして ROC 曲線を作成して算出した。栄養状態の指標として予後栄養指数 ( PNI ) を用いた。術前後の PNI の変化率は Δ PNI として術後 PNI を術前 PNI で除して算出した。骨格筋量の指標は腹部骨盤 CT データから腸腰筋筋肉量 ( PAI ) を使用した。 PAI は第三腰椎レベルの大腰筋面積を身長の二乗で除して算出した。術前後の PAI の変化率は Δ PAI として術後 PAI を術前 PAI で除して算出した。
年齢中央値は 68 歳、術前 PNI 中央値は 50.3 、術前 PAI 中央値は 5.26 、術後 PNI 中央値は 50.4 、術後 PAI 中央値は 4.5 、 Δ PNI 中央値は 1 、 Δ PAI の中央値は 0.86 であった。
◆ Δ PNI 低値、 Δ PAI 低値は予後不良
OS に関する多変量解析では年齢、 Δ PNI 、 Δ PAI 、病理病期が独立した予後因子であった。 RFS に関する多変量解析では Δ PNI 、 Δ PAI 、組織型、病理病期が独立した予後因子であった。
OS における独立した予後因子である Δ PNI と Δ PAI について、 ROC 曲線を作成しカットオフ値を算出したところ、 Δ PNI のカットオフ値は0.98 、 Δ PAI のカットオフ値は 0.84 であった。再発と死亡に対して ROC 曲線を作成し、カットオフ値を算出したところ、 Δ PNI のカットオフ値は 0.98 、 Δ PAI のカットオフ値は 0.84 と、 OS と同様の値となった。
術前因子と Δ PNI の関連性を検討したところ、 Δ PNI 低値群では、術前 PNI が有意に高値であった。術前因子と Δ PAI の関連性を検討したところ、 Δ PAI 低値群と高齢女性および術前 BMI 低値に有意な関連を認めた。
長期予後における検討では、 Δ PNI 低値群の 5 年生存率は 76.6 % 、 5 年無再発生存率は 65.7 % と Δ PNI 高値群に対し有意に予後不良という結果が示された。 Δ PAI でも同様の検討を行い、 Δ PAI 低値群の 5 年生存率は 74.7 % 、 5 年無再発生存率は 69.0 % と Δ PAI 高値群に対し有意に予後不良であった。さらに Δ PNI 、 Δ PAI をともに用いて解析したところ、両指標 ( Δ PNI 、 Δ PAI ) が低値であった群で OS 、 RFS のいずれも低く、最も予後不良であった ( 5 年生存率は 63.5 % 、 5 年無再発生存率は 57.3 % ) 。
◆ 栄養状態や骨格筋量の低下に対する介入が必要
OS 、 RFS における多変量解析で、 Δ PNI 、 Δ PAI は独立した予後因子であった。さらに、 Δ PNI と Δ PAI がともに低値の群が最も予後不良であった。 Δ PNI は術前 PNI と有意な相関を認め、 Δ PAI は性別、年齢、術前 BMI と有意な相関を認めた。
女性、高齢、術前 BMI 低値の群においては、 Δ PAI が低値であることが明らかとなった。これらの群はサルコペニアを発症しやすいとされている。したがって、周術期および術後一定期間において、栄養状態を維持し、骨格筋量の低下を防ぐ対策が重要と考えられる。本検討において、 Δ PAI および Δ PNI が強力な予後因子であった理由は明確ではない。術前 PAI 値および PNI 値が及ぼす長期予後への影響を詳細に解析する必要がある。
【 質疑応答 】
フロア ● 腸腰筋の低下は患者のパフォーマンスステータスが影響していると考える。実際、術後に ADL が低下している患者は筋肉が減少する。 PS については考慮しているのか。
山田 ● PS は評価していないので、何とも言えないが、肺癌術後患者では大きく PS が低下することはない。
フロア ● PNI 、 PAI は栄養状態が良好であれば維持され、栄養状態が悪くなれば低下する。多変量解析では交絡因子となる可能性もあるが、どのように考えるか。
山田 ● 今回は検討していない。
鷲澤 ● Δ PNI と Δ PAI は予後の影響の因子というお話であった。ただし、予後に関する結果として表われている可能性もある。どのように考えるか。
山田 ● 筋肉量減少は手術の影響によるものか、術前の栄養状態が悪いためかという疑問については明らかにできなかった。今後、別のアプローチを行い、検討したい。
フロア ● 2022 年に肺がんの大規模縮小手術について、多施設共同試験の結果が報告された。 1A 期の早期肺がん患者を対象に、肺葉切除もしくは小規模縮小手術を行い、予後を比較したところ、肺葉切除群の OS は小規模縮小手術群より低かった。現在、その要因について議論されているが、一部の患者では現在の標準手術とされている肺葉切除が過大侵襲になっているという説がある。この背景としてサルコペニアがある可能性がある。肺がん領域でも術式の棲み分けを考える必要がある。
全弓部置換手術患者における周術期および遠隔期の栄養指標の推移と予後の関連
境 次郎 ( 京都大学医学部附属病院 心臓血管外科 )
◆ 心臓内血管手術における術前栄養状態と予後の関連を検討
高齢化が進み、心臓内血管手術領域においてもハイリスク患者が増えている。しかし、心臓内血管手術領域では手術前のリスク評価において、栄養状態は重要視されてこなかった。そこで、京都大学医学部附属病院での手術成績を用い、術前の栄養状態と予後との関連を検討することとした。
対象は 2008 〜 2022 年に待機的に開胸での全弓部置換術を行った 127 例とした。平均年齢は 75 歳、男性が 74 % であった。心臓外科領域のリスク指標である Japan SCORE で評価したところ、 30 日死亡率は 7.6 % 、 30 日死亡および主要合併症発生率は 30.7 % であった。
全弓部大動脈人工血管置換術は、胸骨正中切開を行い、人工心肺を使用して心停止下に手術を行う。日本での2017〜2018年の手術成績は死亡率が 2.8 % で、脳梗塞や腎不全の合併症の発生率は 8 % を超えている。
◆ 術前栄養障害で予後悪化
術前の患者の栄養状態評価は CONUT スコアを用いた。対象患者のうち栄養状態正常の患者は約 40 % 、何らかの栄養障害を認める患者が約 60 % であった。術前の栄養状態により、正常群と栄養障害群の 2 群に分け、手術成績ならびに予後を比較した。
年齢、フレイルは両群で有意差を認めたが、その他の併存症に両群間に有意差は認めなかった。基本的な術式は両群とも同一だが、栄養障害群で手術時間および人工心肺時間が有意に長かった。術後の呼吸不全や脳梗塞、腎不全など主要合併症に両群間に有意差は認めなかったが、 ICU 滞在日数ならびに入院死亡率、自宅退院率に有意差を認めた。退院後生存率は栄養障害群で正常群に比べ、有意に短かった。栄養障害群では退院後 2 年以内に死亡する症例が散見された。
退院時にはほとんどの患者が軽度以上の栄養障害を有していたが、 6 か月後の外来フォロー時は、術前と同程度に栄養状態は改善していた。しかし、栄養障害群において、術前は正常な栄養状態であったものの、退院後 6 か月経過した時点で栄養障害が残存している症例が約10%あった。
◆ 栄養状態改善のため多職種による介入を実施
心臓内血管手術領域においては、栄養状態が術後の予後予測因子として有用という報告は少ない。今回の結果は、栄養療法にある程度の有用性があることを示唆する。退院後も栄養障害が遷延する可能性が示され、何らかの介入が必要と考えられる。
栄養状態が悪化、遷延する理由としては、今回の弓部大動脈手術における特有の合併症である脳梗塞をはじめ、反回神経麻痺における嗄声もある。また、高齢患者が多いため、食欲低下や口腔内の衛生状態不良なども原因と考えられる。
当院では 2020 年から多職種で術前から栄養状態を含め多面的に評価し、手術後も多職種連携で治療にあたる取り組みを始めている。最終的な目標は、退院時の栄養状態悪化改善と外来での栄養状態維持としている。病棟では多職種が週1回、全ての患者の栄養状態をスクリーニングし、治療方針を決定している。
多職種連携を開始してから約 2 年であり、症例数は少ないが、カンファレンス導入前後の結果を比較した。術後の栄養状態の指標に改善は見られなかったが、術後入院日数は短縮された。当院では、自宅において患者自身であるいは何らかのサポートを受けた上で食事を摂れることを退院の条件にしている。したがって、この結果は栄養評価の有用性を示唆する。
心臓内血管手術領域では栄養に着目して治療を行う取り組みがされていない状況である。当院ではより早期となる術前からの介入や術後の外来での指導も含めて、取り組みを進めていきたいと考えている。
【 質疑応答 】
鷲澤 ● 心臓内血管手術領域で予後に影響する因子にはどのようなものがあるか。
境 ● 本検討の対象患者では、心大血管イベントで遠隔期に死亡した例はなかった。術後の脳梗塞や、それに起因した肺炎により、近接期に死亡した例がほとんどであった。
丸山 ● 術前の栄養状態が入院中の死亡に関係することはあるのか。
境 ● 栄養状態が悪い患者は、ちょっとした合併症で術後の回復が遅れ、入院期間が長くなり、新たな合併症が発生して、回復のきっかけを掴めずに徐々に悪化して死亡する印象がある。手術中に大きな脳梗塞などの合併症で死亡する例もある。待機的手術の場合、循環器内科などから紹介されて手術となるが、循環器内科などと連携して栄養介入を行うべきと考えている。
鷲澤 ● 人工心肺使用の影響も大きいのか。
境 ● 明らかに大きいと考えられる。したがって、弓部大動脈領域でも人工心肺を使わないカテーテル治療の導入が進んでいる。
【 ディスカッション 】
鷲澤 ● 臨床ではサルコペニアをどのような指標で評価すべきか。
加藤 ● 一般的には、握力や歩行速度を測定し、その改善を評価するべきと考える。
小西 ● サルコペニアの定義としては歩行速度や握力で評価した筋力が指標となるが、臨床で全例に測定することは困難である。高齢者向けのスクリーニングツールとして Geriatric 8 がある。主観的な体重減少や筋力の評価ではあるが、実臨床では Geriatric 8 を用いている。
北見 ● 全例 CT を撮影しているため、簡便性を重視し、腸腰筋筋肉量 ( PMI ) で評価している。
永生 ● 体組成計を用いて、骨格筋量指数 ( SMI ) を評価している。 SMI は具体的な数値が出るため、患者にも分かりやすい。体組成計のコストは、測定の保険適用で償還できる。臨床の質も高くなるため、体組成計をおすすめしたい。
山田 ● 国際的なサルコペニアの定義を考えると身体機能などを評価した方がよいが、実臨床では CT データを用いた評価が現実的である。今回の発表では筋肉の面積を指標としたが、以前の報告では筋肉の体積がサルコペニアのよい指標となることを発表した。筋肉の体積を算出できるソフトがあれば、簡便かつ有用な指標となる。
境 ● 簡便に計測できる CT データを用いて評価している。
鷲澤 ● サルコペニアと予後の関係をどのように考えるか。
丸山 ● 以前のサルコペニアの定義では筋肉量が重視されていたが、現在は筋力とパフォーマンスを評価することとされている。外科領域でもパフォーマンスと筋力を評価する試験が報告されるようになった。すでに、高齢の患者が多い領域では、筋肉量より筋肉のパフォーマンスや筋力が予後やアウトカムに関係している可能性が高いと報告されている。今後は外科領域でも筋肉量に加え、筋肉のパフォーマンスや筋力を加えて評価してほしい。
鷲澤 ● 筋肉の能力と倦怠感に関しては、カルニチンが有用なパラメーターとなる可能性がある。患者の QOL の観点を含めて、どのように考えるか。
永生 ● 筋肉と倦怠感には関係があるというラフなデータはある。栄養と筋肉と倦怠感は関係していると考える。
鷲澤 ● 膵がん、胆道がんで低栄養の指標と倦怠感が関連していると考えられるか。筋肉とはどのように関連するか。
永生 ● 一般的に低栄養の患者は、倦怠感が強い印象がある。このような患者でカルニチンを測定すると低い。栄養とリハビリテーションの総合的な介入が必要である。
鷲澤 ● カルニチンは保険適用があるが、どのように使えばよいか。
永生 ● 基本的にはカルニチン欠乏症の診断で保険適用となるので、できれば採血をして、診断名をつけるとよい。
鷲澤 ● 患者の体力の総合的な評価は難しい。実臨床でよい指標はあるか。
加藤 ● 進行食道がんに対しては3か月間のドセタキセル+フルオロウラシル ( 5 – FU ) + シスプラチン ( DCF ) 療法という強度の高い術前化学療法が推奨されている。予後との関連はまだ不明だが、術前化学療法を乗り切ることができた患者は長期予後がよい印象がある。しかし、体力を削られた状態で手術を受ける患者が存在する。栄養状態を落とさずに手術を行うために、 GNRI ( Geriatric Nutritional Risk Index ) や CONUT スコアで評価している。
鷲澤 ● 胃がんでは化学療法完遂率と体重減少の関連が報告されている。従来は化学療法完遂が予後に影響するとされていたが、近年は別の要素も指摘されている。食道がんでは、無気肺など短期の合併症が長期予後に影響するのか。
加藤 ● 呼吸筋は腸腰筋で評価できず、体組成計を用いて筋肉量を評価する必要がある。また、食道がんでは喫煙の影響で無気肺や術後肺炎を起こすケースが多く、筋肉量だけでは説明できない。
永生 ● 筋肉量が少ない患者では、合併症が起きるとそのまま寝たきりになって転院する症例が多い印象がある。筋肉量の影響は大きいと考える。
鷲澤 ● 筋肉量を評価しながら、筋肉量低下を防ぐアプローチが必要と考えられる。小西先生のお話では体重との関係が示されたが、体重が低下した理由は筋肉が減少したためなのか。
小西 ● 経腸栄養で体重は維持できるが、筋肉量は維持できておらず、脂肪などが増えている。近年はサルコペニア肥満という概念が提唱されている。サルコペニア肥満では通常のサルコペニアに比べ、脂質からアディポサイトカインが発現し、予後悪化につながると言われている。経腸栄養である程度の栄養状態は維持できるが、筋肉の維持という観点では不十分である。筋肉量や筋肉の質を維持するためには、リハビリテーションも必要となる。入院する患者は基本的に筋肉量が低下している。理想的には入院前から社会的な取り組みとして筋肉量を維持できればよいと考える。
鷲澤 ● 大腸がん領域では、肥満気味の患者で予後が悪く、痩せていてもある程度の筋肉があれば予後は悪くならないとのデータが出ているが、上部消化管では他の因子が関連している可能性がある。膵がん領域で、筋肉量や低栄養の指標として有用なものはあるのか。
北見 ● 膵がん患者では膵外分泌機能や膵内分泌機能が低下している。膵内分泌機能は糖尿病内科で膵臓のインスリンの分泌能を評価してもらい、必要であればインスリンを投与している。膵がん患者では膵萎縮し、ほとんど実質が残っていない例が多いが、術後に残存する膵臓のボリュームによって栄養状態が変化するとの報告がある。膵外分泌機能や膵内分泌機能についても栄養状態と関連していると考える。
鷲澤 ● 膵内分泌機能はインスリンが中心となるため、血糖値で評価できる。膵外分泌機能を評価できる方法はあるのか。
北見 ● 膵がんでは下痢の脂肪便が指標となる。脂肪便の評価として、 PFD ( pancreatic functioning diagnostant ) 試験が保険適用になっているが、実臨床での検査は難しい。現実的には臨床症状で判断するしかない。
鷲澤 ● 下痢の脂肪便はたんぱく質合成との関連はあるのか。脂肪吸収障害がある患者はたんぱく質合成も悪くなっているのか。
北見 ● 関連はあると考えられる。
丸山 ● 膵がん患者への腸瘻からの経腸栄養は、今後も全例に続けていくのか。
北見 ● 腸瘻からの経腸栄養を行った患者では、体重減少がほとんどない状態になっている。患者にカプラン・マイヤー曲線を示して、抗がん剤治療に加えて、栄養維持も重要であることを説明し、腸瘻からの経腸栄養を続けていきたい。
丸山 ● 以前、腸瘻は早期経腸栄養による術後管理が目的とされていたが、今日のお話では在宅まで腸瘻を留置し、長期の栄養状態維持に行われていると感じた。欧州でも以前は腸瘻がよく用いられていたが、近年は術後早期回復プログラム ( ERAS ) が普及し、最初から経口栄養でもよいという意見が増えている。経口摂取ができなかったり、膵液瘻になったりした場合は中心静脈栄養 ( TPN ) を使えばよいという考えもある。これは乱暴な術後管理ではないかと思っていたが、日本では適切な腸瘻の使い方がなされていると考える。
鷲澤 ● 北見先生はパンクレリパーゼを全例に投与しているというお話があった。他にも、低栄養やサルコペニアに対して、薬物やサプリメントなどを使った栄養管理に取り組んでいる例はあるか。
永生 ● 薬物よりも運動が重要と考える。運動の重要性は患者に伝わりにくいので、 「 1 日 8,000 歩以上歩いてください 」 などワンメッセージでお話している。
北見 ● 当院では筋肉を維持するための動画を YouTube で配信し、がん患者に紹介している。
鷲澤 ● 筋肉を維持するため、分枝鎖アミノ酸 ( BCAA ) が広く用いられているが、がん患者に対して使っているか。
加藤 ● BCAA などは使っていないが、経腸栄養をすると下痢が増える。下痢によりコンプライアンスが低下し、長期間の経腸栄養を持続できない患者がいる。下痢予防に、整腸剤を処方することはある。
北見 ● 術前化学療法にシンバイオティクスとしてオリゴ糖と整腸剤を合わせて投与している。
鷲澤 ● それは副作用を軽減するためか。
北見 ● 副作用軽減もある。加えて、 BCAA が強化されたエネーボを飲んでもらい、栄養も維持し、腸内細菌を整えている。
鷲澤 ● 筋肉維持が目的ではないのか。
北見 ● 筋肉維持のため、 「 術前も動いて、普通の生活をしてください 」 という指導はする。
鷲澤 ● がん以外の患者を治療している境先生は他科、栄養科との連携はどのように行っているか。
境 ● 今のところ退院後の連携は全く手付かずの状況である。今後は術前に循環器科との連携を進めていきたい。退院後はかかりつけ医や当院での外来と連携しつつ、管理栄養士にも介入してもらう方向で進めている。
鷲澤 ● 脳梗塞などを合併すると脳神経内科や脳神経外科と連携も必要となるが、どのように行っているか。
境 ● リハビリテーションスタッフに早期から介入してもらい、経口摂取を目指したリハビリテーションを進めている。しかし、時間がかかる現状である。
鷲澤 ● 開胸手術の場合、胸郭の形態と食道の状態が嚥下障害と関係することはあるのか。
境 ● 食道は後縦隔を通っているので、心臓血管外科の手術ではほとんど影響ないと考える。
鷲澤 ● 食道期の嚥下障害は起きないのか。
境 ● 脳梗塞や挿管の影響がある可能性は考えられる。嚥下機能が低下し、消化はできるが食べられない現状がある。心臓血管外科では経腸栄養は最後の手段という認識があり、積極的に活用していなかった。今後は、経口摂取が難しく、術後も栄養状態が改善しない状況を何とかしたいと考えている。
鷲澤 ● 当院では心臓血管外科の医師は積極的に経管栄養を行っている。ただし、心臓血管外科ではチューブを入れておらず、消化器内科や消化器外科に紹介されてくる。このような点でも診療科間の壁が低いとよいと考える。低栄養とサルコペニアの関係は因果関係なのか並行しているのか疑問がある。ただし、リハビリテーション栄養の観点からは、サルコペニアにはリハビリテーションと栄養の両方が必要と言われている。リハビリテーション栄養として今後取り組みたいことはあるか。
加藤 ● 多職種でのアプローチが重要と考える。栄養に関しては栄養管理部と連携し、 CT や採血データで患者を評価したい。リハビリテーションも周術期、術前、術後と行っていきたい。現在はとくに術後のリハビリテーションがあまりできていないが、多職種でアプローチしていきたい。
小西 ● 当院は高齢の患者が多いため、訪問リハビリテーションや通所リハビリテーションの利用が多いが、何らかのリハビリテーションを行っている患者はいきいきしている印象がある。やはり、栄養だけでは不十分である。術前からリハビリテーション介入を行い、術後もなるべく介入していきたい。
北見 ● 栄養もリハビリテーションも重要であることは承知しているが、現実に行うことが難しい。筋肉量を維持する、もしくは増やすためのリハビリテーションは相当の負荷がかかり、高齢や術直後の患者には負担が大きい。それでも、入院中からリハビリテーションスタッフや栄養科、栄養サポートチーム ( NST ) など多職種で連携して取り組む必要があると考える。
永生 ● 栄養状態が悪い患者では術後 1 週間の筋肉量減少が大きいとのデータがある。しかし、術後に栄養状態が低下した患者でも、栄養とリハビリテーションの指導をしながら 6 か月追跡すると、徐々に筋肉量と栄養状態が向上する例もある。チームでの取り組みに加え、動機付けと意識付けが重要と考える。
鷲澤 ● 動機付け、意識付けの点で家族の役割についてどのように考えるか。
永生 ● データはないが、家族のサポートがある患者は経過が良好との印象がある。例えば、家族が一緒に歩いてくれれば、 1 日 8,000 歩の歩行も実現が容易になるかもしれない。
山田 ● 栄養も運動療法もともに重要と考える。ただし、肺がん領域では経口栄養摂取量が低下することが少なく、運動療法をより重視すべきと考える。それでも、手術で縦隔リンパ節郭清など反回神経麻痺による低栄養のリスクが高い患者では栄養療法も取り入れる必要がある。
境 ● 多職種で術後の経過を見守ることが重要と考える。当科の手術は、術前症状がほとんどなく、患者には手術して何かが改善したという実感がない。その状況から術前のレベルへ回復する際に、動けるようになること、食べられるようになることは患者さんに分かりやすい目標となる。栄養やリハビリテーションの内容は、管理栄養士やリハビリテーションスタッフに説明してもらった方が患者に伝わりやすい。この点でも多職種での取り組みが重要である。
鷲澤 ● 食べることは栄養を得る手段だが、食べられるようになるのはリハビリテーションの結果ともいえる。したがって、栄養とリハビリテーションがともに重要である。今後は外科領域でも栄養とリハビリテーションの連携についてのデータが得られることを期待したい。
丸山 ● 以前から低栄養の患者は予後が悪いことが指摘されていた。今日は体組成の中でも筋肉量が問題であり、予後、合併症を規定する因子であることが改めて示された。今後は、栄養状態や筋肉量を維持し、予後を改善する方法を検討する必要がある。
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