第20回日本小児栄養研究会 Report|小児臨床栄養ワークショップ

2023.10.31栄養素

小児

 

座長:
髙橋路子神戸大学附属病院
堤 理恵徳島大学大学院


  • 徳島大学大学院小児科学分野教授の漆原真樹先生は小児CKD患者では成長障害や通学の制限による精神的問題が生じるため、早期発見、早期治療が重要であると指摘した。その上で、学校検尿の有用性に触れ、異常が認められた患児を専門医へ紹介するシステムの確立を訴えた。さらに、腎機能の評価するバイオマーカーとして尿中アンジオテンシノーゲンの有用性を紹介した。

  • 徳島大学大学院歯科麻酔科学分野教授の川人伸次先生は、痛みは侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、痛覚変調性疼痛に大別でき、特に痛覚変調性疼痛は難治性であることを解説した。また、小児の疼痛治療でよく用いられる「痛いの痛いの飛んで行け」という言葉は、ゲートコントロール説、プラセボ効果などの機序で鎮痛効果をもたらすことに触れた。さらに、『アルプスの少女ハイジ』を例に、疼痛治療における集学的治療の重要性を説明した。

  • 徳島大学大学院小児歯科学分野教授の岩﨑智憲先生は閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)が学力低下、低身長、低体重、夜尿など多くの問題をもたらすことを指摘した。OSAの治療でこれらの問題が軽減する例も多いが、OSA治療に携わる歯科医師が少なく、他の疾患に隠されているOSAが見逃されている可能性があると訴えた。

 

小児臨床栄養ワークショップ

 

小児の腎臓病と食事栄養指導

漆原真樹徳島大学大学院小児科学分野 教授)

小児の血清クレアチニン値は年齢や体格で変化

慢性腎臓病(CKD)は成人の疾患として注目されている。成人のCKDの診断基準は尿異常、画像診断、血液、病理で腎障害が明白に存在することおよび糸球体濾過量(GFR)60ml/分/1.73m2未満のいずれかまたは両方が3か月以上持続する場合とされている。小児のCKDも成人と同様の診断基準である。
小児のCKDもステージ分類がある。ステージ1は腎障害が存在するものの糸球体濾過量が正常、ステージ2は腎症が存在し糸球体濾過量が軽度低下、ステージ3が糸球体濾過量中等度低下、ステージ4が糸球体濾過量高度低下、ステージ5が末期腎不全とされている。ただし、小児ではたんぱく尿や原疾患による細かい分類がない点が成人と異なる。また、2歳未満ではステージ判定ができない。
これは筋肉量に依存する血清クレアチニン値が年齢、体格によって変化し、小児ではGFRの評価が困難なためである。小児では体格に比して全身の筋肉量が少なく血清クレアチニン値が低くなる。例えば3歳で身長1mの子どもの平均血清クレアチニン値は0.3mg/dl前後である。成人の正常範囲である0.5〜1.0mg/dlとの比較では低値となる。そのため3歳の子どもで0.6mg/dlというクレアチニン値は、成人では正常範囲で問題ないように見えるが、子どもでは高値となる。GFRでは中等度低下に該当するため、ステージ判定が難しい。

小児CKDの原疾患は先天性腎尿路奇形が増加

小児CKDでは先天性腎尿路奇形が多い特徴がある。腎臓自体の形成が不十分である低形成腎、嚢胞が多くできる異形成腎、腎盂や腎杯に水が溜まる先天性水腎症、尿路感染の原因ともなる膀胱尿管逆流症など先天性腎尿路奇形が原因になる症例も多い。
1960〜1970年代は小児の末期腎不全の原疾患のほとんどを糸球体疾患が占めていた。学校検尿の普及で糸球体疾患、特に糸球体腎炎は早期発見、早期治療されるようになり、腎不全に至る患者は少なくなってきた。年代が進むにつれて糸球体疾患、糸球体腎炎の末期腎不全の患者が減り、先天性腎尿路奇形の割合が増加している。

小児CKDでは長期罹患が多数

小児CKDは長期の疾患となる特徴もある。乳幼児期にCKDに罹患し、早い段階で腎不全に進展すると、長期の透析あるいは複数回の移植が必要になることもある。
小児の生体腎移植が始まった1960年代当初、移植腎の10年生着率は50%以下であった。移植技術の進歩や免疫抑制薬の開発・改良によって、成績が時代ごとに向上し、2000年代以降では10年生着率は90%以上となった。しかし今でも小児の生体腎移植後の患者の10に1人の腎臓は、10年後には機能低下し、再移植や再度の透析導入を余儀なくされる場合もある。

小児CKDでは成長障害など小児特有の合併症も問題

小児CKDでは成長発達の障害など、小児特有の合併症を伴う特徴がある。小児CKDの合併症には成人と同様の高血圧や心臓病、腎性貧血、栄養障害も見られるが、小児では成長障害や発育、発達の問題、精神的問題が加わる。
特に成長障害は大きな問題となる。CKD患児と健常児の身長を比較したところ、ステージ3でも同年齢健常児の平均身長を下回り、ステージ4やステージ5では健常児の平均身長を大きく下回ることが明らかになっている。
精神的問題も大きい。例えば長期の透析治療が必要な患児では、週数回の血液透析や1日に複数回の透析液交換が必要な腹膜透析が負担となる。腹膜透析で腹膜感染を起こすと入院が長期化する。これらは通学の制限をもたらし、精神的問題につながる。

学校検尿開始で小児の新規透析導入患児が減少

小児CKDでは、早期発見、早期治療が重要である。1973年に学校保健法が施行され、翌1974年から全国で一斉に学校検尿が始まった。学校検尿は小児腎臓病の早期発見、早期治療を目的としている。
18歳未満の新規透析導入患者数は1977年に90人に達した後、増加していない。つまり学校検尿開始後は、小児の新規の透析導入患者数は増加していない。また、19歳未満の人口100万人あたりの新規透析導入患者数は日本では4人だが、医療先進国といわれる米国では約4倍の15人となっている。日本の小児末期腎不全患者数は世界でもかなり少なく、日本の小児の末期腎不全患者数の割合は、米国だけではなくヨーロッパの先進国と比較しても少ない。これは日本の学校検尿による腎臓病の早期発見・早期治療によって、腎不全への進行を防いでいるためと考えられる。
慢性腎炎による新規透析導入患者の年齢階層別の推移を見ると、高年齢層では年々新規透析導入患者が増えているが、若年層では減少している。これも学校検尿の普及によって、若年層での透析導入患者が減っていることを示している。

小児CKDでのたんぱく質制限は成長に影響

小児CKDでは思春期、青年期の管理が重要である。日本小児腎臓病学会や日本腎臓学会のガイドラインでは小児CKDの食事生活指導を推奨している。クリニカルクエスチョン(CQ):「たんぱく質制限は小児CKDの腎機能障害の進行を抑制するために推奨されるか」に対しては、「小児CKDではたんぱく質摂取制限による腎機能障害進行の抑制効果は明らかではなく、推奨しない」とされている。成人CKDではたんぱく質摂取制限による腎機能保持効果が指摘されているが、小児におけるデータはない。むしろ成長途上にある小児では、たんぱく質制限による成長への影響が懸念される。小児CKD患者、とくに中等度以上の機能低下がある患者では、最終身長が明らかに下がっているため、成長への影響が大きな問題になってくる。そのため小児CKDにおけるたんぱく質摂取量は『日本人の食事摂取基準』の目安量が妥当とされている。

小児CKDでの食塩摂取制限は高血圧を合併する患児に実施

CQ:「食塩摂取制限は小児の慢性腎臓病の腎機能障害の進行を抑制するために推奨されるか」に対しては、「高血圧を伴う場合には、食塩制限は降圧に有効であり、腎機能障害の進行を抑制する可能性があるため検討してもよい」とされている。
成人CKDでは、食塩摂取制限によるたんぱく摂取量減少効果、腎機能保持効果が示されており、高血圧の有無に関わらず塩分制限が推奨されている。高血圧を認める小児CKDにおいては、塩分制限が降圧に有効であり、腎機能障害の進行を抑制する可能性があるとされている。

腎臓局所でもレニン・アンジオテンシン系が機能

塩分の調節や血圧の制御機構として、レニン・アンジオテンシン系がある。腎臓で放出される酵素のレニンが、主に肝臓で合成されるアンジオテンシノーゲンをアンジオテンシンⅠに分解する。さらにアンジオテンシンⅠはアンジオテンシン変換酵素により生理活性があるアンジオテンシンⅡに変換される。アンジオテンシンⅡが全身の臓器に作用し、血圧の上昇や血流量の調節を行う。これは生体の恒常性維持に重要な循環動態制御機構である。
古典的な全身の循環動態を介したレニン・アンジオテンシン系の概念に対して、近年は局所で作用するレニン・アンジオテンシン系の存在も分かってきた。特に腎臓では、基質であるアンジオテンシノーゲン、レニン、アンジオテンシン変換酵素、アンジオテンシンタイプ1受容体といった全ての構成要素が発現し、全身の循環動態を介したレニン・アンジオテンシン系から独立して制御されていることが明らかになった。
腎臓内で働くレニン・アンジオテンシン系は高血圧だけではなくCKDの進展に関与することも分かっている。例えば糸球体が腎炎により炎症を起こすと、細胞増殖や炎症細胞の浸潤を惹起する。さらに進展すると、細胞外基質の蓄積や組織の虚血につながる。さらなる進展で糸球体硬化や間質の繊維化が起き、末期腎不全に至る。腎臓内のレニン・アンジオテンシン系活性化は、サイトカインや細胞内シグナル、TGF-β、酸化ストレス、糸球体高血圧など様々な機序を介して、この病態進展に関与する。そのためレニン・アンジオテンシン系阻害薬は、高血圧治療だけではなく、腎保護作用を目的に広く用いられている。

尿中アンジオテンシノーゲンは腎疾患のバイオマーカー

腎臓内のレニン・アンジオテンシン系活性化の機序を小児の腎病態で検討したところ、尿中に排泄された基質であるアンジオテンシノーゲン量は、腎臓内のレニン・アンジオテンシン系活性化の程度を表していることが明らかになった。したがって、アンジオテンシノーゲンの尿中排出量によって、腎臓内のレニン・アンジオテンシン系活性化が推測できる。
腎疾患の病態進展には腎臓内のレニン・アンジオテンシン系活性化が関与している。尿中アンジオテンシノーゲン測定で、腎臓内のレニン・アンジオテンシン系活性化を早期に検出でき、腎障害の進展を阻止できる可能性がある。尿中アンジオテンシノーゲンはすでにバイオマーカーとして臨床応用されている。

運動制限は症例ごとに病態を評価して検討

CQ:「運動制限は小児CKDの腎機能障害の進行を抑制するため推奨されるか」に対し、ガイドラインでは「腎機能障害の進行を抑制するか明らかでないため推奨しない」とされている。
かつては、腎臓の負担がかかるため運動を禁止したり、仕事を調節していた時代もあった。しかしこれまでの研究で、運動が小児CKDに与える短期的、長期的影響は明らかでないことが分かった。運動の種類によって腎臓に与える影響が異なるため、個々の病態を評価しながら運動量を検討する必要がある。

検尿異常者のフォロー体制とより優れた検査方法開発が課題

小児の慢性腎臓病治療における目標は、可能な限り健康な子どもと同じような生活を送り、社会性を身につけて成長することである。
今後の課題としては、検尿異常者を確実に精査し専門医に紹介するシステムを確立すること、先天性腎尿路奇形の早期発見のため、バイオマーカーを利用したより優れた検査方法の開発が求められる。

 

小児麻酔と痛みの治療

川人伸次徳島大学大学院歯科麻酔科学分野 教授)

 痛みは3種類が存在

国際疼痛学会によると痛みは実際の組織損傷あるいは起こり得る組織損傷と関連した、またはこのような組織損傷と関連して述べられる不快な感覚的、情動的体験と定義されている。痛みには主観的、意識的な「こころ」の要因もある。「からだ」から発せられる警告信号であると同時に、「こころ」から発せられた警告信号でもある。
ギリシャ神話によると万能の神ゼウスはパンドラという粘土から作られた人類最初の女性に禁断の箱を与えて、地上に降ろしたとされる。パンドラが禁断の箱を開けた結果、箱から考えられる全ての災いが飛び出し、世界中に広がってしまったと言われている。パンドラの箱から出てきた災いには、病気、憎しみ、犯罪、戦争、悲しみ、嫉妬に加え、痛みも含まれている。
従来、痛みは侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、心因性疼痛に分類されていた。特に心因性疼痛は、通常の鎮痛薬の効果がなく、精神科領域の治療が必要な疼痛と言われていた。個人的には全く原因のない痛みは存在せず、心因性疼痛という言葉は不適切と考える。しかし、心理社会的な因子による痛みの収束は重要であり、認知行動療法や運動療法は有効な治療法である。最新の分類では侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛の用語は変わらないものの、心理的疼痛はNociplastic Painという言葉に変更された。

2016年に提唱された痛覚変調性疼痛

Nociplastic Painは2016年に国際疼痛学会で提唱されたものである。痛み関連学会ではNociplastic Painの日本語訳について討議を続けてきたが、適切な日本語が見つからなかった。
Nociplasticという言葉はnociceptive、plasticityという2つの言葉を合わせた造語である。nociceptiveは侵害受容、痛覚の意味、plasticityとは可塑性の意味である。可塑性とは、物質に力を加えて一度変形させると、力を取り除いた後も、その形がそのまま残る性質を示す。Nociplastic Painは痛覚の可塑性変化によって知覚異常、過敏が起こることを意味しており、難治性慢性疼痛の最も重要な病態と考えられる。
Nociplastic Painの日本語訳は5年の討議の末、最終的に「痛覚変調性疼痛」となった。侵害受容という言葉を使うと既存の侵害受容性疼痛と重なってしまう。可塑性という言葉は分かりにくい。そこで、痛覚変調性となった。

侵害受容性疼痛は侵害受容器からのインパルス、神経障害性疼痛は痛覚伝達路のインパルスで発生

侵害受容性疼痛は通常の切り傷、刺し傷、火傷による痛みを指す。侵害受容器は末梢の皮膚など様々な場所に存在する。末梢の侵害受容器に侵害刺激などが加わって痛みを感じると、痛覚伝導路であるAδ線維とC繊維を通って脳まで上行し、大脳皮質で痛みと認識される。
一方、神経障害性疼痛では末梢の侵害受容器には障害がないが、腰痛の椎間板ヘルニアなどによってインパルスが伝わる痛覚伝導路で、切断・圧迫されて生まれた痛みのインパルスが大脳に伝わる。神経障害性疼痛には末梢性の神経障害性疼痛のほか、脳卒中後に起きる中枢性の神経障害性疼痛もある。

痛覚変調性疼痛は侵害受容器や痛覚伝導路以外のインパルスで発生

痛覚変調性疼痛は侵害受容器や痛覚伝導路には異常がないにも関わらず、痛みのインパルスが生じて大脳に伝わる、最も難治性の神経障害性疼痛である。痛覚変調性疼痛の代表に幻肢痛がある。幻肢は事故や病気で手足や指を失った後も以前と同じように手や指があるように感じることを指す。その部分に痛みを感じるのが幻肢痛で、現在は存在しない四肢がある時と同じように痛む。温覚、冷覚、痺れ感覚を覚えることもある。幻肢痛は神経系の暴走と考えられ、発症率は50〜80%と言われている。
切断部の末梢神経の異常興奮がそのまま持続し、何も刺激がないにも関わらず末梢から脳へ痛みのインパルスが送られ続け、脳が通常の痛みのインパルスと錯覚して誤認識する。これは中枢性感作と呼ばれ、鎮痛機構である下行性疼痛抑制系も破綻した状態となる。

「痛いの痛いの飛んで行け」が 鎮痛効果をもたらすメカニズム

小児の鎮痛では「痛いの痛いの飛んで行け」という魔法の言葉が使われる。このような言葉は日本だけではなく、海外にも同様なものがある。英語では「Pain pain go away、get away.」という言葉がよく使われており、この言葉の鎮痛効果を検討した報告もある。
「痛いの痛いの飛んで行け」という魔法の言葉で痛みが消える機序にはいくつかの説があり、少なくともゲートコントロール説とプラセボ効果説が関連していると考えられている。

大脳皮質にインパルスが伝達され痛みを認識

神経は多くの種類があるが、A線維とB線維、C線維に大別でき、それぞれ太さと伝導の速度が異なる。その中でも痛みに関与する線維がAδ線維とC線維である。特にAδ線維は、切り傷、刺し傷のような鋭い痛みを伝達し、伝導速度は比較的速い。腹痛など漠然とした痛みはC線維で伝わる。痛みを感じる侵害受容器は末梢組織や皮膚にあり、内臓では腸管などにも存在する。神経の興奮は細胞膜の脱分極によってインパルスとなり神経内を伝わっていく。脊髄後角での一次ニューロン、二次ニューロンとの接続部位をシナプスという。
皮膚で刺激を受けると、インパルスがAδ線維から末梢神経の一次ニューロンを介して、脊髄後角に入っていく。脊髄後角までインパルスが到達すると、新視床、脊髄視床路、二次性ニューロンを通り大脳皮質に伝わり、大脳皮質で痛みとして認識される。腸管の刺激によるインパルスはC線維を通って、脊椎後角から旧脊髄視床路を通って、大脳皮質に伝達される。顔面の刺激によるインパルスは脊髄を介さず三叉神経節を介して大脳皮質に刺激が伝達される。

インパルスは脊椎後角で取捨選択されて伝達

ゲートコントロール説は痛みを抑制する最も重要な機序と言われている。1963年に痛いところを触ったり、撫でたり、圧迫したりする行為が強い鎮痛効果を表すことが報告されている。これは痛みの刺激のインパルスが脊椎後角レベルでブロックされるためである。全てのインパルスが脳まで伝わるわけではなく、脊髄後角にはゲートがあり、インパルスを取捨選択して伝達する門番のような機能がある。脊髄後角で門番によってインパルスが遮断されることをシナプス前抑制と言う。
ゲートコントロール説は現代医学でも鎮痛法として用いられており、鍼灸治療、硬膜外に電極を入れて刺激して痛みをとる脊髄刺激、末梢に低周波の電気を流す電気治療など脊髄刺激鎮痛法は全てゲートコントロール説をベースにしている。
脊髄後角には様々なインパルスが入ってくる。Aδ繊維とC線維は通常の痛覚によるインパルスを伝達するが、Aβ線維は痛覚ではなく触る、圧迫する、さする、撫でるといった行為によるインパルスを伝える。脊髄後角のゲートは1回に1つの信号しか通れない。さらに1回信号が通過すると、しばらくゲートが閉じてしまう。つまり、強い刺激がくる前に先に別の刺激を与えて、ゲートを通過させ、ゲートを閉じておくと、次に来る強い刺激が通れなくなる。
小学生の時、予防接種をしていた校医が「叩いたりつねったりしてから注射すると痛くない」と言っていたが、これもゲートコントロール説に基づいている。電気刺激も同様に電気の刺激を先に通している。最も有効なのは氷で冷やすことである。冷覚と痛覚は同じAδ線維を通過するため、注射部位を氷で冷やし、瞬時に注射すると全く痛みを感じない。

麻酔薬や麻薬系鎮痛薬は下行性疼痛抑制経路で鎮痛効果を発揮

下行性疼痛抑制経路も重要な鎮痛機構である。ゲートコントロール説は、脊髄後角から脳に上行する部分でブロックするが、下行性疼痛抑制経路は脳にインパルスが伝達された場合に脳から下行性にインパルスが伝達され、脊髄部分で鎮痛効果を表すものである。この下行性疼痛抑制経路にはノルアドレナリン神経系とセロトニン神経系の2つがある。ICUでよく使われるクロニジンやプレセデックス、デクスメデトミジンは、ノルアドレナリン神経系を介して下行性疼痛抑制系を賦活することで鎮痛効果を表す。セロトニン神経系はモルヒネ、フェンタニルなどの麻薬系鎮痛薬の主要な鎮痛効果の機序となっている。
麻薬は下行性疼痛抑制系を賦活して、脊髄レベルで痛みをブロックすることが分かっている。麻薬の受容体は脊髄後角のほか多くの部位に分布している。かつては多くのサブタイプがあると言われていたが、現在はミュー、カッパ、デルタの3種類が存在するとされている。
ヒトには内因性オピオイドあるいは内因性モルヒネ様物質と呼ばれる麻薬様物質がある。代表的なものは、エンドルフィン、エンケファリン、ダイノルフィンである。
内因性オピオイドは緊張状態になると血中濃度が一気に上がる。内因性オピオイドが放出されるのは交感神経緊張時である。例えば、狩り、戦い、格闘の最中は全く痛みを感じないが、これらの行為が終わると痛みを感じることがある。これは交感神経緊張時に内因性オピオイドが多量に分泌され、血中濃度が上がることが原因である。
マラソンのランナーズハイも内因性オピオイドの分泌によると言われている。妊娠後期にも内因性オピオイドの血中濃度が上がる。出産は苦痛が伴うが、内因性オピオイドが多量に分泌されて、血中濃度が上がった状態になっているため乗り切れると言われている。下行性疼痛抑制系の賦活による鎮痛はヒトが持つ自己防衛機構である。

プラセボ効果でも内因性オピオイドの血中濃度が上昇

プラセボ効果も鎮痛で重要な機序である。プラセボはラテン語で、「私を喜ばせる」という意味である。実際に「これは痛みをとる薬です」と伝えてプラセボを投与すると、約30%で鎮痛効果があるとされている。これは単なる思い込みではなく、MRIや断層装置を用いた脳科学の研究で、プラセボ効果により内因性オピオイドネットワークが活性化され、内因性オピオイドの血中濃度が上がることが証明されている。
小児の場合ではプラセボ効果の逆の作用となるノセボ効果に注意が必要である。ノセボ効果とは副作用を聞いてから薬を服用すると、副作用を通常よりも過大に感じてしまうことを指す。痛みでもノセボ効果が見られる。例えば、過去に病院で痛い治療をされた子どもは、医療従事者の白衣を見ただけで痛いと言うようになる。注射器を見ると痛いと言う子どももいる。これは予期不安とも呼ばれている。
過去のトラウマ、体験があると、それに関連したものを見た際、脳内に痛覚過敏を引き起こすコレシストキニンなどの物質が大量に放出されることが分かっている。子どもは怖いことを痛いと表現するが、実際に脳は痛いと感じている可能性もある。医療従事者は、小児期の痛み体験で、医原性疼痛を形成しないように注意する必要がある。

自己暗示や手の温もりでも鎮痛効果を発揮

これ以外にも「痛いの痛いの飛んで行け」が鎮痛効果を発揮する機序はある。その1つは自己暗示である。
おまじない、祈祷、魔術、占いなどが自己暗示に含まれる。緊張しないように「人」と書いて飲み込むのも自己に暗示をかけることになる。ミサンガを手や足につけて、切れると願いが叶うのは、「絶対に願いが叶う」と集団で自己暗示にかけることで、願いに向かって一致団結して努力するためと考えられている。実際に、ミサンガの効果は通常よりも練習量が増えたために生じた、との報告もある。
「痛いの痛いの飛んで行け」という時に子どもをさする手の温もりによる温度刺激も痛みを緩和する。元々、医療は手当てからは始まったと言われている。手の温もりも重要な鎮痛機構である。

何かを楽しみ、不安を和らげるとゲートコントロール説や下行性疼痛抑制系賦活により鎮痛

注意をそらす、気を紛らわせることも有効である。疼痛治療の患者には、「いつも痛いと言って、痛みばかり考えてはいけません。少々痛くても好きなことをしたり、おいしいものを食べたり、出かけたりしましょう」とQOLの優先を薦めている。これも科学的な裏付けがある。ゲートコントロール説における門番の役割をするシステムは、脊髄後角だけでなく、中枢神経系の全てに存在する。ヒトの脳は1回に1つの処理しかできない。何かに熱中したり、楽しんでいると痛みを感じるゲートが閉まり、痛みのインパルスが抑制される。
また、不安を和らげると副交感神経が優位になり、下行性疼痛抑制系が賦活する。子どもは大泣きして涙を流すが、これも自己防衛機構の1つで、副交感神経が優位になり、内因性オピオイドの増加を誘発する。小児の疼痛では、両親が痛みを理解し、ともに痛みを考え、我慢したことを褒める傾聴、共感、支持が不安を和らげ、最大の鎮痛効果になる。

慢性疼痛では集学的治療で多角的鎮痛法を実施

徳島大学病院では慢性疼痛に対する集学的治療に取り組んでいる。慢性疼痛はうつ状態を誘発し、家族関係・人間関係破綻、自殺率向上などを惹起する。慢性疼痛治療では、初めに患者と目標を設定する。目標は長期目標と短期目標を設定する必要がある。その上で、身体的な治療だけではなく、精神心理、社会生活を含めた総合的な視点からアプローチを行う。
近年は単一の鎮痛薬の使用ではなく、多角的鎮痛法が一般的になった。痛覚の伝導経路、痛みを抑制する経路は多い。末梢レベル、脊髄レベル、大脳皮質レベルと様々なレベルで作用する薬剤を併用する方法が多角的鎮痛法である。これにより鎮痛効果が増強される。また、1つの薬剤の用量を増やすと、副作用が問題になる。多角的鎮痛法には副作用軽減の目的もある。末梢レベル、脊髄レベル、大脳皮質レベルで鎮痛する場合は抗うつ薬を使う。薬物療法や神経ブロックなどの直接的な疼痛治療法に加え、疼痛の閾値を上げる、感じにくくなる治療も重要である。そこで、リラクゼーション、理学療法、作業療法、鍼灸、アロマテラピーなども併用する。

『アルプスの少女ハイジ』も集学的治療の  重要性を示唆

『アルプスの少女ハイジ』の物語では、幼い頃から歩くことができず長く車椅子で暮らしていた女の子、クララが最後に突然立ち上がって歩き出す場面がある。しかし急に歩けるようになった理由には触れられていなかった。クララが突然歩けるようになったのは、ハイジの優しさとアルプスの自然がもたらした奇跡と言われているが、ここにはエビデンスがあると考えている。
クララは離婚して出て行った母を追いかけた時に階段から落ちて骨折する。階段から落ちた恐怖、トラウマ、親に捨てられた負の感情、孤独、自己否定に加え、偏食や外出減少によるビタミン欠乏があった可能性がある。既に下肢麻痺となる器質的異常がないにも関わらず、激しい痛みが残存し、機能障害で歩行不能な病態は、精神科領域では転換性障害や心因性ジストニアと診断されると考えられる。ペインクリニックの立場からは最も難治性の痛覚変調性疼痛と考えられる。
クララのもとにハイジが送り込まれ、絶対的なクララな心の支え、心から信頼できる友達となり献身的に尽くす。ハイジは優秀な主治医でペインクリニシャンであった。しかし、1人で頑張ったハイジは心を病んでしまい、適応障害、抑うつ、睡眠障害に陥った。これは有能な医師でも1人で難治性慢性疼痛に取り組むべきではなく、多職種が連携した集学的痛みチームの必要性を示唆していると考える。
クララが最後に歩けた理由は、アルプスの専門施設に入院して、集学的痛み治療を受けたためと思われる。クララに対する集学的痛みチームでは絶対的存在の主治医となったハイジに加え、アルプスの雄大な自然での転地治療、おじいさんや友達、犬、ヤギといった心から信頼できる存在も重要と考える。

多職種連携で慢性疼痛治療を推進

慢性疼痛、難治性の疼痛では多職種連携が必要である。そこで、2022年8月から当院に集学的痛みセンターを立ち上げ、医科と歯科で連携して治療にあたっている。現在最も早急な対応が求められているのは、口腔顔面痛である。日本では口腔顔面痛の専門治療施設がほとんどない。徳島大学は四国で唯一の歯学部を有し、多数の歯科医師が在籍している。歯科医師の力も借りて、口腔顔面痛治療にも専門的に対応可能な痛みセンターとして運営している。

世の中に痛みが出てきたのはパンドラの箱を開けたからと言われている。しかし、パンドラの箱の中は最後に希望が残っていたという。治らない痛みはないと考える。希望さえ失わなければ、痛みに負けず、痛みの克服に向けて立ち上がれる。小児科麻酔科医は魔法をかけることはできないが、麻酔をかけることはできる。今後も、小児科麻酔科医として、子どもたちの笑顔のために愛情を持って日常診療に努めていきたい。

 

小児睡眠時無呼吸との歯科の関わり

岩﨑智憲徳島大学大学院小児歯科学分野 教授)

OSAの早期発見、早期治療が重要

閉塞性睡眠時無呼吸(OSA)は、気道が閉塞して、無呼吸が起きる病態を特徴とする。小児のOSAは無呼吸低呼吸指数が1以上で診断される。
OSAは小児でも様々な影響があると言われている。まず、学力低下が問題となる。小児にOSA治療を行ったところ、成績が1年で回復したとの報告もある。低酸素、低栄養により低身長や低体重ももたらされる。夜尿も問題となる。漏斗胸の一部もOSAが原因となっている可能性がある。
小児医療でもOSAの早期発見、早期治療が重要である。OSAは陥没呼吸が特徴である。陥没呼吸がある場合は専門施設に紹介するとよい。

小児OSA治療で身長、体重が回復

OSA患児の痩せや低身長はホルモンが関係しているとされている。また、口蓋扁桃が肥大しているため嚥下しにくいこと、寝ている時にかなり体動が激しいことも成長に影響を及ぼすと言われている。
臨床ではOSA患児に手術を行い、OSAが改善すると体重が標準に戻る症例が多い。実際にOSAでは低身長、低体重の子どもの頻度が高いと報告されている。また、アデノイド(上咽頭にあるリンパ節のかたまり)と口蓋扁桃の摘出術を行ったOSA患児のうち、約50%は1年後に標準的な身長、体重まで回復するという報告もある。これは小児OSAを治療する大きな意義となる。
歯科ではOSA患児の治療に、成人でも使われるマウスピースを使っている。マウスピースで顎を前に1cm近く出すと気道が少し広がり、無呼吸が改善する。ただし、これは問題が咽頭部分に限られている患児での効果である。咽頭部分以外に問題が生じている患児、例えば、軟口蓋が狭窄しているなどの患児では効果が期待できない。

OSA以外の主訴でもOSA罹患例が多数

OSA以外を主訴として来院した患児でも、精査するとOSAであった症例も多い。例えば、口からいつも舌が出ていて、食べたものを吐き出す患児がいた。この原因の1つに口蓋扁桃肥大がある。これにより舌の位置がずれ、呼吸にも問題が生じる可能性がある。口蓋扁桃肥大があると、嚥下にも影響し、食物を飲み込む時間が遅くなる。実際に口蓋扁桃を摘出すると、口が閉じやすくなったという患児がいる。
発音が不明瞭で何を言っているかわからない、低年齢でミルクを飲むのが下手な患児では、舌小帯の強直症が原因となっていることもある。舌小帯の強直症に対し、歯科ではレーザーによる切除を行っている。通常の虫歯治療と同じように外来で切除した後、数日間のフォローを行う。
いつも口が開いている患児もいる。健常児は鼻呼吸で口を閉じているが、口が開いている子どもは口呼吸している。形も特徴的で、口唇が少し白っぽくなっており、上唇がへの字で、唇がやや分厚いことが多い。横から見ると口元が出ている状態になる。口呼吸の子どもでは口を無理に閉じようとすると顎のところに皺が出る。いつも乾燥しているため、歯の先に色が付きやすく、舌にも汚れが付きやすい。鼻で呼吸がしにくい子どもは、舌が上の歯茎の裏側についていないことが多い。舌が口蓋についていないと汚れてくる。
よだれが多く出る子どもも来る。このような子どもは歯が出っ張って閉じにくくなっている。口がいつも開いているため、どうしてもよだれが出てくる。これらの患児はいずれもOSAであった。
歯科のOSA患児は歯並びが悪いことが多い。OSA患児は健常児と比べると歯の間が少し狭くなっており、歯が出っ張っている。OSAに対する歯科的な標準治療はアデノイドと口蓋扁桃の摘出である。しかし、それでもOSAが改善しない患児がいる。そこで歯を調べると、歯並びが悪いことが分かった。歯科的に歯並びを矯正することで、鼻の通りも良くなった。顎が少し前に出て気道が広がり、OSAが改善することもある。

他の疾患に罹患している患児にもOSAが多数

OSA治療を行っている歯科医師は少なく、OSAのスクリーニングは十分に行われていない。そのため、他の疾患に隠れているOSAが見逃されている可能性がある。
例えば、ダウン症患児にもOSAが多い。ダウン症患児は上顎が小さく、鼻腔自体も小さい。ダウン症患児のOSAも、歯科的な治療である程度改善する可能性がある。
口唇口蓋裂患児では、アデノイド肥大のほか鼻中隔弯曲を有する症例がある。口唇口蓋裂患児は審美的な問題に加え、呼吸の問題を抱えている場合が多い。流体解析で呼吸を評価すると、右側だけで呼吸しており、左側は閉塞していることもある。両側で呼吸ができるように治療し、OSAが改善する可能性がある。

流体解析によるOSAのメカニズムと治療成績向上

今後は流体解析を用いたOSAのメカニズム解明を目指したい。胃酸逆流はOSAと関連するとの仮説がある。流体解析により、空気の流れを評価できる。OSAにより呼吸に圧力がかかり、胃酸が吸い上げられ、胃食道逆流症が惹起されている可能性もある。
また、流体解析で胸腔内の陰圧も確認できる。漏斗胸は胸腔内の陰圧が関係している可能性がある。陰圧が評価できれば、治療後の予後改善にもつながる。流体解析によりOSAが及ぼす影響を明らかにし、治療に応用したいと考えている。

 

【総合討論】

● 先生方のご専門から、今後の小児栄養の発展に期待することをお伺いしたい。

漆原 ● 小児科の立場では、どのような病態でも栄養学が重要と考える。特に腎臓の分野では、たんぱく制限や塩分制限の在り方が重要なテーマになる。このような観点での知見が発展したらよいと考える。

川人 ● 麻酔科、ペインクリニックの立場からは、小児には親の愛情と食事、とくに栄養が必要であると考える。今後の小児栄養の発展に期待したい。

岩﨑 ● 歯科医師として呼吸や嚥下の問題の観点から栄養にも着目し、医科歯科連携を推進したいと考えている。

 

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