第14回日本リハビリテーション栄養学会学術集会 ジョイントシンポジウム Part2
2025.12.01フレイル・サルコペニア , 栄養素 , 癌(がん)第14回日本リハビリテーション栄養学会学術集会 ジョイントシンポジウム
「がん・非がんのカヘキシアとリハビリテーション栄養の意義」
座長
斎野容子(公益財団法人がん研究会有明病院 栄養管理部)
森 直治(愛知医科大学 医学部 緩和ケアセンター)
発表の要点
- 竹田綜合病院 CM部栄養科の遠藤美織先生はがん悪液質患者に対してアナモレリンを投与し、多職種が連携しながら、それぞれの専門的手法を組み合わせて包括的に治療および支援を行うことで、栄養状態や運動機能が改善したことを紹介した。
- 愛知淑徳大学 健康医療科学部の飯田有輝先生は悪液質患者の身体機能低下抑制には運動療法が有効だが、実施できない患者が多いとし、その場合は電気刺激も有用とした。
がん悪液質に対するアナモレリンと多職種連携プログラムの効果
演者:遠藤美織(竹田綜合病院 CM部栄養科)
◆がん悪液質にはアナモレリン投与と多職種連携による介入が重要
がん悪液質は、通常の栄養サポートでは完全に回復できず、進行性の機能障害や骨格筋の持続的な減少を特徴とする多因子性の症候群である。しかし、悪液質はステージの見極めが難しい。ステージの境界が明瞭でないため、適切な介入のタイミングが分かりづらい課題がある。 治療法としては、薬物療法、栄養療法、運動療法などがある。なかでもアナモレリン投与は、薬物療法として重要な役割を担っている。これまでの研究では、アナモレリン投与による除脂肪体重、体重、食欲不振、栄養状態の改善は示されている。しかし、握力や6分間歩行距離などの運動機能の改善は見られなかったと報告されている。これらの背景を踏まえ、竹田綜合病院では、アナモレリン投与に栄養療法と運動療法を組み合わせた多職種連携プログラムを構築し、がん患者の診療に取り組んできた。 当院のがん悪液質対策多職種連携プログラムでは、対象となる患者に対して悪液質患者のスクリーニング、チームアナモレリンによる多職種介入の事前準備、アナモレリン投与開始、投与後のフォローの3ステップで多職種が介入していく。チームアナモレリンは医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、理学療法士などで構成され、それぞれの専門職が役割を分担して包括的なケアを提供している。患者評価、支援には、チームアナモレリン専用の個室を用意し、患者にとって落ち着いた環境の中で医療スタッフからの指導などが実施されている。
◆EPCRCとmGPSで悪液質のスクリーニングを実施
悪液質対策では、悪液質の患者を発見する過程が重要である。当院では薬剤師が中心となり、悪液質患者のスクリーニングを行っている。スクリーニングでは、欧州緩和ケア共同研究(EPCRC)の診断基準とmGPS(Modified Glasgow Prognostic Score)を用いる。EPCRCの診断基準では、過去6か月の体重減少が5%を上回る場合、BMI20未満かつ2%を上回る体重減少がある場合、サルコペニアかつ2%を上回る体重減少がある場合に悪液質とする。mGPSではアルブミン3.5g/dl未満かつCRP0.5mg/dl以上で悪液質とする。 続いて、胃がん、大腸がん、膵がん、肺がんと診断され、かつ化学療法が開始された全患者を対象に悪液質ステージ分類の評価を行う。ステージ分類では、臨床的特徴を評価しながら悪液質を3つのステージに分類する。ここで悪液質とされた場合は、医師へ報告する。当院では、薬剤師が窓口となって悪液質のスクリーニングを行うことがポイントである。さらに患者の来院時に毎回、薬剤師が悪液質スクリーニングシートを用いて評価し、適切な介入につなげている。
◆薬剤師によるアナモレリン投与前チェックで医師の負担を軽減
悪液質患者を発見した場合には、薬剤師がアナモレリン投与前チェック項目の確認をする。次にパフォーマンスステータス(PS)を確認して、医師へ報告し、プロトコルに基づく薬物治療管理(PBPM)で代行入力を行う。医師は薬剤師の報告を受け、チーム介入を行うことを説明し、患者の同意書を取得する。看護師は、薬剤師へ同意書の取得の連絡をして、薬剤師は患者リストを作成していく。 悪液質と診断されれば、アナモレリン投与前のチェック項目の確認が必要となる。とくに6か月以内に5%以上の体重減少と食欲不振の原因を評価することが重要である。しかし、多くのチェック項目があるため、医師が外来中に詳細な評価を行うことは困難であった。そこで、当院は薬剤師がチェック項目を確認している。
◆治療効率化を目指し、スマートフォンアプリとPBPMを活用
薬剤師が食欲不振の原因を評価する方法の1つとして、当院では、化学療法を開始する患者またはアナモレリンを服用している患者全例に対して、スマートフォンのアプリの導入を促しており、現在、高齢者も含め約70%の患者が使用している。このアプリで患者が日々の状態をタップすれば、その情報がリアルタイムに薬剤師へ共有される。メモ機能には患者の感想も記入できる。「味覚障害で食欲が低下した」というメモがあれば、食欲低下の原因は悪液質ではなく抗悪性腫瘍と考えられる、と正しく評価できる。一過性の食欲不振の場合は、アナモレリンの適用外となる。このため、食欲不振の原因を評価することは重要である。 当院ではPBPMとして、がん悪液質対策プロトコルと経腸栄養プロトコルを運用している。がん悪液質対策プロトコルとして、薬剤師は検査時のオーダーを入力し、栄養指導や運動療法の初回オーダーがされていない場合はこれも代行入力する。アナモレリンの処方がされていない場合は担当医に確認の上、空腹時にアナモレリンの処方を行うことを代行入力する。また経腸栄養プロトコルでは、栄養障害をきたしている患者に対して、管理栄養士と検討の上、経腸栄養剤の用量を入力していく。PBPMを導入することで、各職種の役割を補完しながら効率的に治療が可能となっている。
◆患者に多職種介入の重要性を説明した上で、同意書を取得
医師は、患者にがん悪液質の診断と説明を行い、多職種介入の重要性を認識してもらう。多職種介入の重要性の強調は、患者が1人で治療に立ち向かう不安を軽減し、医療スタッフに支えられている安心感を得られる。薬剤師はこれらの情報を毎日リスト化し、多職種へ伝達する。スクリーニング対象者全例をリストに登録して、積極的に患者情報を共有している。 チーム介入と事前準備では、アナモレリン投与チェック表を利用して投与の見極めをすること、体重減少だけではなく包括的に評価をすること、PBPMの導入とデータをリスト化すること、多職種介入の重要性を医師が説明し同意書を取得することがポイントである。
◆アナモレリン投与日にも多職種で必要なチェックを行い、投与を開始
アナモレリン投与日の診察前に、薬剤師が血液検査、心電図の結果を確認する。アナモレリン禁忌項目を最終確認し、外来看護師がバイタル測定、体重測定を行う。医師による診察では各職種が評価した項目を確認し、アナモレリンの処方を行う。外来看護師は、薬剤師へアナモレリン投与開始を連絡し、チームアナモレリンが介入開始となる。 診察後は、薬剤師がアナモレリンの服薬指導を行い、次回のPBPMの入力を行う。管理栄養士は、栄養状態の確認や体組成をチェックする。理学療法士は、握力測定を行うとともに、6分間歩行速度または5回立ち上がりテストで運動機能を評価する。併せて、患者に運動療法の指導を行う。化学療法室の看護師は、QOLと倦怠感の評価を行う。 薬剤師が行うアナモレリン投与前の最終確認のチェックシートでは、とくに投与の禁忌項を入念に評価し、医師へ報告する。このチェックシートは患者が受診時に使用するファイルの中に入れ、多職種に共有している。
◆管理栄養士は栄養評価に加え、食欲不振や体組成の確認、栄養指導などを実施
管理栄養士は、体成分分析装置Inbodyで筋肉量、細胞外水分比、骨格筋指数(SMI)、位相角など体組成を確認していく。食欲不振症状はFAACT (The Functional Assessment of Anorexia/Cachexia Therapy)を利用して評価している。FAACTは食欲不振のほか、早期膨満感、悪心、味覚、嗅覚などの症状も評価できる。 管理栄養士は患者の栄養評価を行う際に、問診票に記載されているPG-SGA (Patient Generated- Subjective Global Assessment)を利用している。栄養状態に影響を与える症状を評価するため、栄養摂取を障害する症状(NIS)も用いる。体重変化、喫食量、症状、活動性、機能をスコア化することで、栄養評価が可能となる。PG-SGAは合計スコアで栄養状態を可視化できるため、介入がしやすいアセスメントツールと考えている。近年はGLIM (Global Leadership Initiative on Malnutrition)基準も利用して、同時に栄養診断を実施している。外来栄養指導時の食事摂取量の評価には、手ばかり法を使用することが多い。これにより、おおまかな摂取栄養量を計算し、栄養充足率も含めて記載する。 がん悪液質患者の多くは十分に栄養摂取できていない。体重増加を目標としている場合には、エネルギー蓄積量を考慮した栄養管理が必要となる。その際には、栄養補助食品(ONS)を提案する。ONSの継続を支える工夫として、バリエーションの提示、目標を見える化、患者力をアップさせる言葉がけなどを行う。さらに、ONSを利用した簡単に調理できるレシピの提案も行っている。この中で、患者に好まれやすいシャーベットやキウイスムージーなど冷たい食べ物、冷製ポタージュスープや口当たりがよいもの、カレースープなど香りが豊かで味がはっきりしている食べやすいメニューを紹介している。併せて、当院や近隣調剤薬局の薬剤師を対象とした調理実習も行っている。
◆理学療法士は身体機能の評価と運動指導を実施
理学療法士は外来リハビリテーションで、サルコペニアの評価のために握力や6分間歩行距離などを実施している。しかし、がん悪液質患者では筋力や体力の低下などがあり、6分間歩行距離の実施が困難な場合もある。そこで、現在は5回立ち上がりテストを中心に実施している。また、自宅でのリハビリテーション実施を促すため、16項目の運動メニューから患者に適した内容を3つ程度選んでもらい、その運動を指導している。看護師は当院独自のQOL-ACD・倦怠感チェック表を用い、倦怠感の評価を行う。このチェック表はがん薬物療法におけるQOL調査票から9項目、「生活のしやすさの表」から2項目を選択している。 アナモレリン投与開始日のポイントでは待ち時間の有効活用がある。チーム介入による患者への負担を極力減らすため、待ち時間を活用しながら各種の評価を実施している。
◆導入後も必要に応じて医療ソーシャルワーカーや公認心理士などが介入
導入後のフォローと評価では、アナモレリン開始時と同様の介入を多職種で行う。介入中にサポートが必要な場合には、医療ソーシャルワーカーが金銭および生活面など社会的な苦痛の軽減を行い、公認心理士が悪液質の進行による不安や抑うつなどを心理的にサポートする。 導入後フォローと評価のポイントとして、患者進捗の共有、チーム目標の明確化、治療環境の整備がある。患者の治療や個別目標の進捗を定期的なカンファレンスで共有する。さらに、チーム共通の目標として体重と筋肉の減少を最小限に抑えることを明確化する。また、患者が治療を継続できる環境を多職種で支える。チームアナモレリンは、各職種が独立して活動しているようにみえるが、実際は相互に補完し合いながら運用している。
◆アナモレリン投与と集学的アプローチで栄養や運動機能が改善
当院でアナモレリンを処方し、12週間以上服用した患者を対象に、治療効果を検討した結果、アナモレリンと集学的なアプローチによって、12週間後に栄養の改善および握力や6分間歩行距離などの運動機能の改善が明らかになった。 アナモレリンとリハビリテーションを併用した患者を対象に、アナモレリンの中止に関する要因も検討した。アナモレリン導入時の PSの1および2では、PS0に比べて、アナモレリンを12週間継続できた患者が有意に少なかった。この結果は、PS低下前に早期介入する重要性を示唆する。 がん悪液質患者の悪循環を阻止するためには、アナモレリンと栄養療法、リハビリテーションの併用が重要であることが示された。がんリハビリテーションにおける診療報酬では、入院中は適用となるが、外来では適用外となることが多い。外来でのリハビリテーションによる介入は診療報酬の制度上難しい。そこで、外来患者において廃用症候群リハビリテーションによる加算の可能性を検討したが、外来患者は該当しない場合が多かった。今後の診療報酬の制度見直しが期待される。
◆診療報酬やアナモレリン投与基準の改善が課題
チームアナモレリンの利点として多職種の専門性を活かした包括的なケアの提供、患者のQOLの向上、治療の進捗を共有できるスムーズな情報連携などがある。他方、リハビリテーションの介入を行っているが診療報酬が加算できていないこと、不応性悪液質患者への適用外使用の判断基準の明確化が不十分であること、体成分測定や運動機能測定と指導の時間配分が難しいことなどの課題がある。 アナモレリンと多職種連携プログラムの併用による集学的アプローチは、がん悪液質患者の栄養状態や運動機能の改善に有効であると思われる。アナモレリンの投与の条件は、6か月以内に体重の5%以上が減少していることである。症状進行後に適用されることが多く、早期介入は困難である。がん悪液質の患者が治療の恩恵を十分に受けられるようにするには、この基準の再考も必要である。また、アジア・カヘキシア・ワーキンググループ(AWGC)の基準を活用した早期診断体制の確立も求められる。
質疑応答
フロア●アナモレリン投与にあたって、同意書を取っているというお話があった。同意書の取得には時間がかかると思われるが、あえて取得する理由を教えてほしい。患者を安心させるためか。
遠藤●アナモレリン投与にあたり同意書は必要ないが、患者に「多職種で介入する」とお伝えして、安心してもらうためのプロセスとして取得している。
悪液質に対する運動療法の役割
演者:飯田有輝(愛知淑徳大学 健康医療科学部)
◆がん悪液質の原因はがんがもたらす代謝異常
がん悪液質とは従来の栄養療法で改善することが困難で、進行性の機能障害をもたらし、脂肪組織の減少の有無に関わらず、著しい筋組織の減少、体重減少をもたらす代謝障害症候群とされている。がん患者において体重減少は予後を規定する因子であり、実際、結腸がん、前立腺がん、肺がん、胃がんなど様々ながん種における検討で、体重減少があると予後が悪化する。 がん患者の体重減少には、がんに伴う体重減少と、がん誘発性体重減少がある。がんに伴う体重減少は、口腔機能障害や消化管の狭窄、不安・抑うつなどによる摂食不良が原因となる。この原因にはがん治療も含まれる。がんに伴う体重減少は十分なたんぱく質とエネルギーの供給で最小限にできる。 他方、がん誘発性体重減少は、がん悪液質として知られ、がんそのものによる代謝異常が原因となる。がん誘発性体重減少は体重の維持や改善は困難であり、進行を遅らせることが治療の目的のひとつとなる。がん患者の体重減少ではこれら2つの原因を見分ける必要がある。したがって、がんに対する治療だけではなく、その周辺の合併症に関するアプローチも求められ、集学的なアプローチが重要である。がんの合併症状は治療に伴って発生することが多い。とくに心理的な問題、食欲不振、疼痛、活動量低下に伴う廃用症候群が問題となり、摂食障害をもたらし、最終的には低栄養につながる。
◆がん以外の慢性疾患でも悪液質が発生
悪液質はがんだけでなく、他の慢性疾患でも発生する。がん細胞や炎症に対する生体反応はIL-1、IL-6、TNF-αなど炎症性サイトカインの産生を促し、筋たんぱく分解や脂肪分解を促進する。筋たんぱく合成は抑制され、食欲も抑制される。さらに肝臓での糖新生亢進やインスリン抵抗性増大など代謝異常を引き起こす。がん細胞そのものによりたんぱく質や脂肪の分解が促進される。これらが複合して、著しい体重減少を引き起こす。とくにエネルギーの貯蔵庫といわれている骨格筋は、たんぱく質分解によって、体重減少、筋力低下、さらに運動耐容能低下や息切れが起きる。したがって、悪液質は単純な廃用症候群とは異なる病態という認識が必要になる。 悪液質は徐々に進行する。悪液質の前の段階として、代謝障害が始まる前悪液質が存在する。その後、悪液質となり、最終的には不可逆的な不応性悪液質に至る。したがって、悪液質に対するアプローチとして、前悪液質をスクリーニングして、予防的に介入することが重要となる。 ただし、がんと炎症性の慢性疾患では、身体機能低下の経過が若干異なる。がん患者では、比較的長期間にわたり身体機能が維持され、終末期に近づくと急速に身体機能が低下する。対して、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性心不全、慢性腎不全など慢性疾患では増悪と緩解を繰り返しながら、徐々に身体機能が低下する。また増悪や合併症発生により入院すると、身体機能が大きく低下する。特に高齢者では、入院する前の身体機能に戻ることができず、これを入院関連機能障害(hospitalization associated disability: HAD)と呼ぶ。慢性疾患では原疾患のコントロールとHADの予防と回復の取り組みがリハビリテーションとして重要になる。
◆がん悪液質では骨格筋の質量低下と筋線維タイプの変化により、持久力が低下
リハビリテーションを行った非小細胞肺がん患者を対象に、悪液質による運動機能低下について検討した。悪液質はmGPS(Modified Glasgow Prognostic Score)を用いて評価し、正常群、低栄養群、前悪液質群、悪液質群に分類した。骨格筋量指数(SMI)は4群間に差を認めなかったが、10m歩行速度、6分間歩行距離は悪液質群で有意に低下していた。悪液質が進行した患者では6分間歩行テストが実施できないこともあり、持久性低下は悪液質患者の特徴と考えられる。 悪液質患者の持久性低下には、炎症による骨格筋の局所変化が関係する。まず骨格筋の質量が低下する。さらに筋線維タイプが変化し、持久性に富んだ有酸素性の筋線維で「遅筋」と呼ばれるタイプⅠ線維から「速筋」と呼ばれる筋線維であるタイプⅡb線維に変化する。筋線維タイプの変化とともに、ミトコンドリアは変性と減少する。これにより、有酸素能力が低下し持久力が低下する。
◆悪液質患者での身体機能改善には運動療法が有効だが、実施できない患者も多数
悪液質に対する理学療法では多職種による集学的なアプローチが必要となる。理学療法はもちろん、心理的サポートや生活環境の調整が求められることもあるが、主な介入のポイントは身体機能の改善である。 がん患者に対する運動療法は重要とされている。米国スポーツ医学会(ACSM)による『がんサバイバーのための運動療法ガイドライン』では、150分の中強度の有酸素運動や週に3回の筋力トレーニングの組み合わせが推奨されている。しかし、この150分の中強度の有酸素運動は患者にとって負荷が強く、このガイドラインの遵守率は34%との報告もある。つまり、3分の2の患者は運動できていない。これは、比較的運動アドヒアランスが高いとされる海外の報告であり、日本ではさらに低いと思われる。本邦の慢性心不全外来患者の運動療法実施率は約8%であり、あまり行われていない現状がある。運動療法の最大の障壁は疲労である。悪液質では有酸素運動の能力が低下し、疲れやすくなる。さらに痛みや心理的な問題も障壁となる。
◆神経筋電気刺激療法とBCAA付加の併用で運動機能低下を抑制
運動は分子レベルでも筋たんぱく質の異化を抑制し、同化を促進することが分かっている。運動によりミトコンドリアの数が増え、有酸素運動能力が改善する。これらの効果は電気刺激でも得られるとされている。運動に合わせて分岐鎖アミノ酸(BCAA)の添加など栄養療法を加えると、より同化が促進される。つまり、栄養療法と運動療法を組み合せた相乗効果が得られる。 電気刺激の効果については、がんのほか、慢性心不全、COPD、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症など悪液質の原因となる疾患患者を対象としたメタ解析で検討され、神経筋電気刺激 (neuromuscular electrical stimulation: NMES) で大腿四頭筋筋力が向上すると報告されている。しかし報告によって電気刺激の設定条件が異なっている。最も効果の高い刺激条件などが明らかになり介入方法が統一されれば、より効果が得られる可能性がある。 骨格筋量に関しても同様の検討が行われている。二重エネルギーX線吸収測定法(DXA)で評価した骨格筋量では効果は明らかでないものの、大腿部周囲径や超音波画像、CT画像で骨格筋量を評価した場合、NMESにより骨格筋量が増加する傾向がある。運動耐容能についても、6分間歩行距離、最高酸素摂取量がNMESで改善すると報告されている。 当院でも高齢でサルコペニアを合併する心臓血管外科術後患者を対象に、栄養療法とNMESを組み合わせて介入し、効果を検討した。通常リハビリプログラム群、NMES単独群、BCAA単独群、NMESおよびBCAA併用群に分けて2週間介入し、SMI、握力、等尺性の膝伸展筋力、歩行速度を比較した。歩行速度および膝伸展筋力はNMESおよびBCAA併用群で減少率が低かった。握力には有意差を認めなかった。これは大腿四頭筋に電気刺激を実施したため、握力には効果がなかったと考えられる。この結果は、NMESと栄養療法の同化を促進する併用効果があることを示唆する。当院では人工呼吸器管理の敗血症患者にNMESを実施し、意識は全くない状態ではあるものの、最大随意収縮(MVC)の約20%の負荷をかけられることを確認している。 他の研究でも、がん患者に対してNMESと栄養療法を併用して12週間介入し、効果が検討されている。この研究では、介入は電気刺激を用いた全身運動を週2回20分間、栄養療法としてはエネルギー投与量を体重1kgあたり25kcal/日以上、たんぱく質投与量は体重1kgあたり1.0g/日以上とした。その結果、骨格筋量や体重、握力が増加している。
◆40分間の神経筋電気刺激療法で有酸素代謝を惹起する
NMESについては、電気刺激の影響による骨格筋破壊が懸念される。そこで、健常者を対象にNMESを行い、代謝への影響を検討した。電気刺激は両側の大腿四頭筋および下腿三頭筋に40分かけて、前半20分と後半20分のそれぞれ最後5分間におけるエネルギー代謝を評価した。総エネルギー代謝量は安静時とNMES実施時に有意な差はなかった。電気刺激によるエネルギー消費量は約1.3メッツであった。糖質エネルギー代謝量と脂質エネルギー代謝量を分けて検討すると、前半20分では糖質エネルギー代謝量が高いが、後半20分では糖質エネルギー代謝量が下がり、脂質エネルギー代謝量が増加した。自覚強度であるボルグスケールをみると、5レベル(きつい)以上で下肢に負荷がかかっていることが分かる。心拍数、呼吸数は安静時とNMES実施時に大きな差はみられなかった。つまり、身体に対して異化を亢進するような刺激は入っていないと考えられる。また、下肢のボルグスケールが5レベル未満の対象者に限定すると、糖質エネルギー代謝量および脂質エネルギー代謝量の差はみられず、この結果から、電気刺激でも一定の負荷量が必要であると示唆される。 随意運動ではまず遅筋線維が動き、速筋線維の動きが徐々に増えるパターンを示す。他方、電気刺激による骨格筋収縮では速筋線維と遅筋線維が同時に収縮する。これを非選択的筋線維動員という。この場合、解糖系代謝優位である速筋線維は消耗が早く、電気刺激の前半20分では速筋線維が優位に動くが、後半20分では速筋線維が消耗する。入れ替わって有酸素代謝である遅筋線維が優位になって、脂質エネルギー代謝が増加する。有酸素代謝では血流を通じた酸素の供給が必要になる。今後は血流の変化についても検討したい。
◆悪液質に対する運動療法の代替として
神経筋電気刺激療法も有用 悪液質は炎症をベースした体重と筋量の減少、筋構造の変化を伴う予後不良の病態である。異化亢進状態であり、廃用症候群による筋力低下とは異なる。このような病態を把握した上で、介入を考える必要がある。介入方法としては、異化を抑制し、同化を促進する栄養療法と運動療法の併用が有用である。ただし、臨床の悪液質患者では運動が困難な場合も多い。このような患者では代替療法として神経筋電気刺激療法など外部からの刺激で骨格筋を動かすことも有効となる可能性がある。


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