道程:栄養輸液・侵襲学と私 | 寄稿: 標葉隆三郎 先生
2023.05.09フレイル・サルコペニア , 歴史「栄養ニューズPEN」2021年5月号にご寄稿
【株式会社ジェフコーポレーション「栄養NEWS ONLINE」編集部】
相馬中央病院 院長
標葉隆三郎
私が外科を志し、東北大学医学部第二外科に入局したのは、葛西森夫先生の“自分が小児の奇形を治療するのは、ひとりでも子供のハンディキャップを少なくしたいからだ”という一言が心を打ったからだ。
医局時代を含め、研究と臨床に、葛西森夫先生(写真1)、森 昌造先生(写真2)、里見 進先生、先輩方、後輩達、メーカーの方に恵まれ、好き勝手にやらせてもらった。と、自分では思っている。
当時の第二外科はいくつかの班に分かれ、横断的な班として輸液班があった。輸液班の先輩にはもちろん葛西先生のほか小野寺時夫先生がいる。
食道班に入班したのは、なぜか当時のチーフであった西平先生の机の隣が偶然空いていたからであった。葛西先生に許しをもらい、抗酸菌研究所(加齢医学研究所)で生化学の勉強を立木 蔚先生の下で2年半させてもらった。生化学では、フォスファターゼを中心にたんぱくリン酸化・脱リン酸化の研究をした。それから毎日低温室で実験の日々が続く。当時に西塚・高井先生らによってC-kinaseが発見され、学会で同じsessionの発表したことを思い出す。実験が上手くいかず、期限も迫り、思いあぐねる1日を2日にする方法を思いついた。8時間実験をして4時間眠り、また実験室に戻り8時間実験するのである。2か月間続けてやっと結果が出た。
必死にやればできる。道は開ける。
のちに医局に戻ると若くして輸液班を率いることになった。食道外科手術周術期管理、手術侵襲と生体反応、栄養輸液などについて生化学の経験をもとに研究を臨床と動物実験で行った。術後管理では当時dry sideの管理が主流であった。肺合併症が少ないと思われていたからである。それをNa richな輸液に変更した。術当日 2/3saline,1病日1/2saline,2病日1/3salineの組成にするもので画期的に術後管理が楽になった。外科代謝栄養学会で発表したが、一日目一席目で聴衆は10人であったのを思い出す。「どうしてNaや水分を多めに入れ変えたのですか?」と、問われ「管理が楽になるよ。」と、答えた。食道がん手術患者は、心臓も腎臓も正常に近くても良かったのである。
それまでの既成概念を変えるのは大変だった。
それでも術後管理が大変で、QOLならぬQOW(Quality of Wife)が悪い。そこで生体反応の修飾・軽減ということを思いついた。いろいろと試行錯誤をして術前少量ステロイド投与に辿りついた。初めはミラクリッドやミノファーゲンCも併用していた。呼吸・循環動態の安定やストレスホルモン分泌・サイトカインの分泌の画期的な軽減は正直びっくりした。患者のQOLもわれわれのQOWも改善した。その後動物実験を進め、侵襲前30分から1時間前に5~10mg/kgの投与量が最適であることを確かめた。生体反応の臨床データと実験データを次々に示して、世に徐々に受け入れられた。運がよかったと思えるのは最初に投与したソル・メドロールの250mgが適量の範囲だったことだ。現在は食道外科ガイドラインにも記載されている。みんなから“瓢箪から駒療法”などと言われたが、それまで仲間といろいろな生体反応のメディエーターを調べ、いろいろ試したことが思い付きにつながった。
短期赴任先の水沢の宿舎の布団の中で突然閃いた。
生体反応は個人差が大きく、術式や臓器で決まるわけではない。胆石手術が食道がん手術に匹敵する人もいれば、食道がん手術後の生体反応が胆石手術程度の人もいる。術前少量ステロイド療法は過剰な生体反応を軽減し、ある程度の範囲にするもので、上手な外科医には必要ないし、下手な外科医をカバーすることはできない。侵襲の制御は、火事に例えることができる(表1)。Gentry Surgeryが基本であることは間違いない。薪を水につけて燃えにくくするのが術前少量ステロイド療法の極意であると思っている。
代謝の研究では、さらにサード・スペースの可視化:auto radiogramを思いついた。侵襲部位以外の肺・膵臓・肝臓にも形成されることが分かった。従来は二重標識で計算から想定されていたものだが、標識イヌリンでサードスペースを可視化できた(図1)。これには一工夫がある。それは血管内の標識イヌリンを還流して除いている。外科医ゆえの発想で、auto radiogramでそのような手技を用いたことはなかったらしい。auto radiogramは実は大塚製薬工場の見学時に思いついた。
転んでもただでは起きない!
脂肪代謝の研究としてリポ蛋白リパーゼや安定同位体によるヒト外因性脂肪代謝の研究ほか、カロリーメトリー(間接熱量計)による代謝動態の研究、門脈栄養、micro dialysisを用いた代謝研究、薬物代謝(輸液も薬剤である)、自律神経の研究(心の揺らぎ)などについても研究した。
輸液班の他のグループはアミノ酸インバランスとしてトリプトファンやバリンを欠乏させた輸液での抗がん効果の研究やバリン増量輸液を用いて肝再生の実験していた。
バリンを増量すると脂肪肝を抑制するかもしれない。さて、これらの他に葛西先生・森先生のもと多くの輸液の開発・治験に関わり、医局を離れた後もいくつかの輸液の開発・治験に医学専門官としてかかわっている。近年ではテルモ社のアミニック・ユニカリック・フルカリック、大塚製薬工場のビーフリード・エルネオパ・ラコール、エネフリードなどがあげられる(表2)。エネフリードは昨年発売された糖・アミノ酸・電解質・ビタミン・脂肪がキット化された製剤で画期的と言える。
これまでを振り返ると基礎での経験と知識をもとに臨床の疑問について研究してきた。
常識は正しいのか?マニュアルはあてになるのか?
運・鈍・根・感
人とのめぐり逢い、常識にとらわれない心、何事とも地道な努力・根性、そしてひらめき(brain storm)である。
先輩の言葉を肝に銘じている。
5つの幸せになる条件:退屈しない・過労にならない・被害者意識を持たない・他人を羨まない・ものに執着しない。
初めて鴨川の外科代謝栄養研究会から全国各地を巡りました。
そこで美味しい食べ物を食べました。美味しい酒も飲みました。そしてDMになりました。
DMになっても、食に勝る治療はないと思います。
◆歴史関連記事はこちら
◆輸液関連記事
静脈栄養の未来:静脈栄養での問題点〜工夫・応用の可能性(日本外科代謝栄養学会第59回学術集会)
我が国における脂肪乳剤の開発の歴史 | 寄稿:谷村 弘 先生
~日本注射薬臨床情報学会の発展を願いつつ~|寄稿:東海林 徹 先生