第29回日本病態栄養学会年次学術集会 大会長インタビュー
2025.12.12フレイル・サルコペニア第29回日本病態栄養学会年次学術集会が2026年1月30日(金)から2月1日(日)の3日間にわたって、国立京都国際会館で開催される。大会長を務める菅野義彦先生(東京医科大学 腎臓内科学分野)に本大会の見どころを中心にお話を伺った。

第29回日本病態栄養学会年次学術集会 会長/東京医科大学 腎臓内科学分野) 菅野義彦先生
【開催概要】
「アカデミックすぎない学会」を目指して
本大会を、「学会って、こんなに楽しいんだと感じてもらう第一歩にしたい」と考えており、単なる知識習得の場ではない、新しい学びと交流の場としての学会のイメージを描いています。会長挨拶にも書きましたが、参加者が帰り道に「ああ、面白かった」と誰かと話しながら帰れるような大会にしたいと考えプログラムなどを検討しました。
プログラム委員会がつくる「現場目線」のプログラム
今回の特徴のひとつが、プログラム委員会の新設です。その役割は現場の視点からいま必要とされるテーマを選ぶことです。 プログラム委員会には比較的若い世代が参加しており、その目線で選ばれたテーマを盛り込みました。大会長の専門や好みに偏らず、栄養士をはじめとする現場の実務者にとって役立つプログラムが並んでいるのが、今回の大きな特徴だといえます。 各セッションの運営スタイルについても、従来の権威ある講師が一方向的に講義を行う形式だけでなく、座長が積極的にフロアに話を振り、参加者とのやり取りを重ねるインタラクティブなセッションを予定しています。 ご多忙のなか京都まで足を運んでいただく参加者の皆さんには、最も重要な同世代の仲間と出会い、語り合い、互いの実践を共有する学びを得ていただきたいと考えています。学会ホームページにも、これらのメッセージを丁寧に盛り込み、インタラクティブなセッションの意義と狙いを伝えていく考えです。
加算と病院経営をめぐる実務的プログラム
プログラム全体の大きな柱は、診療報酬上の加算に関するセッションです。さまざまな栄養関連の加算が新たに設けられなかで、実際にどのように算定しているのか、どのような意味合いを持つ加算なのかなど、栄養士の実務に直結するテーマを多数取り上げる予定です。 加算を得るために必ず存在すると考えられるのは、診療体制の整備、多職種連携、記録の仕組みづくりなど、現場の担当者の「涙が出るような苦労」です。それらの具体的なエピソードに耳を傾けることで、加算が単に「点数を取るための仕組み」ではなく、医療や栄養管理の質を高めるために必要とされるかを、より実感を伴って理解できると考えています。 近年、多くの学会でプログラムの半分近くが加算や制度の話題に割かれるようになっています。現代は純粋な学術だけではなく、制度や経営、現場運営などの実務的な課題に向き合わざるを得ない時代に入っており、本学会でもポイントのひとつになっています。
特別講演・神野正博先生が示す「病院食と経営」の未来
特別講演では神野正博先生にご講演をいただきます。神野先生はご自身が率いる医療グループで地域と連携しながらセントラルキッチンを実現しておられ、最も上手くいっている事例のひとつであると思います。本学会には、病院管理の立場にある医師が多く参加しており、病院協会とも重なる視点を持つ神野先生のご講演は、非常に有益な情報になると思います。また神野先生には、その後に予定されている「病院食を考える」セッションにも、引き続き参加していただき、各演題へのコメントをいただく構成を考えています。神野先生の講演と「病院食を考える」セッションは、病院協会側から学会へ、学会側から病院経営の現場へと、それぞれの領域が歩み寄る契機になり得ます。 さらに、セントラルキッチンに関する論文は少なく、学会誌での発表を積極的に奨励していきます。別個に同じような取り組みをしていながら気づかず、草食動物と肉食動物のような別の世界で進行してきた関係を、この特別講演とセッションをきっかけに変革したいと希望しています。
患者視点を伝える特別講演──秋野暢子さんを迎えて
もうひとつの特別講演ではがんサバイバーでいらっしゃる俳優の秋野暢子さんをお招きし、患者の視点からお話を伺います。近年、栄養士の業務領域は診療報酬上の加算も背景に、がん領域へと大きくシフトしています。しかし秋野さんが治療を受けた当時は、栄養士ががん診療に十分に関与できていなかった時代でもあります。その意味で秋野さんの語る体験は、今だったら栄養士がもっと関われたかもしれない、この領域の進歩や変化を参加者に実感してもらう場となると考えます。秋野さんのお話の中に参加者がどのような気づきを得られるのか注目しています。
若手幹事会によるフリートーク企画「大会長と話そう」―Meet the chairperson
個人的に楽しみにしているのは若手幹事の企画である「大会長と話そう」―Meet the chairpersonです。特定のテーマは設けないフリートーク形式のセッションで、私と次期大会長、次々期大会長が登壇する予定です。壇上側が一方的に話すのではなく、参加者からの質問や意見に応じて会話を広げていきます。シンポジストや、座長や演者だけでなく、会場にいる参加者にも声がけし、発言をいただきたいと考えています。通常の口演やポスターセッションではなかなか参加者が手を挙げて発言することは少ないですが、喋りやすい空気感を作りたいと思っています。 また、参加者同士が隣同士でこっそり話し始められるような雰囲気づくりも意識し、知らない人同士でも一言を交わせる仕掛けを用意し、栄養士同士が悩みや経験を共有できるきっかけを生み出したいと思います。 管理栄養士という職種は、施設の中で孤立しがちで、相談相手がいないまま悩みを抱えている人も多いのが現状です。そのような悩みを持ち寄り、皆で言い合える場になれば、新たなつながりが生まれるのではと思います。アカデミックな高いレベルの内容は、プログラム委員会や演者の先生方がしっかりと担ってくれており、そのうえでの大会長の役割として、参加の敷居を低くし、気軽に来られる雰囲気を作りたいと考えています。
腎臓領域のセッションと食事療法基準の改訂
私の専門の腎臓領域に関する特別セッションもいくつか用意しました。一つは慢性腎臓病の診療ガイドラインに関するセッションです。その中でも12年ぶりに改訂される食事療法基準の進捗状況について、作業しているメンバーから、現時点での検討状況が紹介されます。正式な公開前の段階での内容ですが、今後の方向性を共有する貴重な機会になるといいます。 もうひとつが、慢性透析患者に対する食事療法基準をテーマとしました。こちらも10年以上改訂されておらず、いまだに2014年の基準が運用されています。インタラクティブなセッション形式として、透析患者の栄養管理に携わる現場の参加者から、現在の基準をどう変えるべきかについて具体的な提案を募る構成を予定しています。 保存期腎不全の食事療法基準に関しては、すでに改訂作業が進行しており、正式な改訂は来年ごろとなる見込みです。大会長講演の中でも触れる予定ですが、透析の基準は「まだ手つかず」の部分が多く、現場の声を十分に反映できていないのが現状です。今回の学会では、その現場の幅広い意見を集約し、今後の基準見直しのスタート地点とできればと考えています。

⬆国立京都国際会館
肥満関連セッション──加算と実臨床をつなぐ議論
私の専門の腎臓領域に関する特別セッションもいくつか用意しました。一つは慢性腎臓病の診療ガイドラインに関するセッションです。その中でも12年ぶりに改訂される食事療法基準の進捗状況について、作業しているメンバーから、現時点での検討状況が紹介されます。正式な公開前の段階での内容ですが、今後の方向性を共有する貴重な機会になるといいます。 もうひとつが、慢性透析患者に対する食事療法基準をテーマとしました。こちらも10年以上改訂されておらず、いまだに2014年の基準が運用されています。インタラクティブなセッション形式として、透析患者の栄養管理に携わる現場の参加者から、現在の基準をどう変えるべきかについて具体的な提案を募る構成を予定しています。 保存期腎不全の食事療法基準に関しては、すでに改訂作業が進行しており、正式な改訂は来年ごろとなる見込みです。大会長講演の中でも触れる予定ですが、透析の基準は「まだ手つかず」の部分が多く、現場の声を十分に反映できていないのが現状です。今回の学会では、その現場の幅広い意見を集約し、今後の基準見直しのスタート地点とできればと考えています。
レシピコンテスト──「食塩」をテーマにした現場発の工夫
恒例のレシピコンテストも、例年どおり実施します。今年のテーマは「食塩」です。食塩は高血圧や心不全、腎疾患など、さまざまな疾患に共通のキーワードであり、多くの病態に関わります。すでに応募レシピは出そろっており、日常診療に直結する工夫やアイデアが多数集まっていることと期待しています。
多学会との合同セッションが示す「横断領域」としての病態栄養
合同セッションでは日本老年医学会、日本栄養治療学会(JSPEN)、肥満症治療学会、日本腎臓学会、日本糖尿病学会、日本摂食嚥下リハビリテーション学会、日本心不全学会など、多くの関連学会との合同セッションを予定しています。 日本老年医学会との合同セッションのテーマは、認知症に対する栄養療法についてです。高齢化が進むなかで、認知症と栄養の関係は、多職種連携の観点からも重要なテーマになっています。日本栄養治療学会との合同セッションでは、GLIM基準を扱います。ここ数年で導入が進んだ栄養評価の枠組みであり、今後の診療報酬改定でどのように位置づけられるのかが注目されます。肥満症治療学会と日本腎臓学会との合同セッションについては、前述いたしました。糖尿病領域では高齢者糖尿病をテーマに日本糖尿病学会と、摂食嚥下の問題については日本摂食嚥下リハビリテーション学会と、心不全に関しては日本心不全学会と、それぞれ連携した合同プログラムを組む予定です。
約60年ぶりに動き出した「治療食」の見直し
今回のプログラムの中で是非参加してほしいのが、治療食の見直しに関するセッションです。現在、JSPEN、日本病態栄養学会、日本臨床栄養学会の三学会合同で「治療食見直しの委員会」を運営し、診療報酬上の加算が付与される治療食の体系を抜本的に見直す作業を進めています。 日本の治療食は、行政上のルールとして病名と食種を紐づけて整理されており、その原型は昭和39年ごろにさかのぼります。およそ60年間にわたり大きな改訂が行われず、現在の臨床現場ではほとんど必要とされない食種が制度上は残っており、「もう要らないのではないか」と感じざるを得ない項目も少なくありません。三学会ではここ2年ほどかけて、既存の治療食体系を一から見直し、ほぼ完成形に近い案を作り上げてきました。本大会だけでなく、JSPENでも同様のセッションを行う予定です。 海外ではまず治療食とは何かという定義が存在し、そのうえで各種の食事療法が位置づけられています。一方、日本では行政の法令の中で「治療食とは以下のものを言う」という形で列挙されており、腎臓食、心臓食など病名と食種が直接結びついています。この構造を見直すことは、なぜわざわざ食事のバランスを崩すのか、何のためにおいしさを犠牲にしてまで食事を変えるのかという、本質的な問いを立て直す作業でもあります。 治療食の定義を再整理することは、栄養療法が病気にもたらす効果を明確にし、不味いものを食べてまで得る価値のある変化とは何かを問い直すことにつながります。同時に、私たちの仕事は何のためにあるのかという、栄養士・医師の専門性の根幹に踏み込むテーマでもあります。 見直しのきっかけを与えたのは、一人の管理栄養士の疑問でした。現在、腎臓領域では糸球体濾過量(GFR)を基準に食事の区分を決めるのが一般的ですが、行政上の治療食の規定では、いまだに腎炎食、ネフローゼ食、透析食といった病名ベースの分類が残っています。その栄養士からこれはどうなっているのですかと問われ、法令を確認してみると、確かに古い分類がそのまま残っていました。痛風食についても加算が取れることになっていましたが、自施設では少なくとも10年以上痛風食を出したことはないとの現状も明らかになりました。 多くの病院ではすでに、病名ではなく栄養素の構成によって食事を設計する方向に移行しているにもかかわらず、行政上のルールだけが取り残されています。このギャップを埋めるべく、アカデミアとしてしっかり発信しなければならないという思いから、三学会合同の見直しプロジェクトが動き始めました。
参加者像を可視化する「バードウォッチ」の試み
プログラム以外の工夫として、参加者の属性をより詳細に把握する試みを導入する予定です。これまで本学会は参加者数だけを記録していましたが、参加者のプロフィールや参加セッションのデータはありませんでした。感覚的には会場に最も多くいるのはおそらく30代の管理栄養士だろうと予想していますが、実際にあるセッションに何歳ぐらい、どの職種が集まっているのかは把握されていません。 当初はGPSを用いた、どの会場に誰がいるかを把握する方法も検討しました。導入コストが高く断念、次に考えたのは、紙のプログラムに性別・年齢・職種を記入、参加したセッションにチェックを入れてもらい回収する方法でしたが、若い管理栄養士から、「学会にボールペンを持っていかない」との意外な答えがあり、最終的には、Googleフォームを用いたアンケート方式になりそうです。土曜の午前、午後、日曜の午前、午後と時間帯ごとにQRコードを提示し、各セッションに参加した人がスマートフォンから回答できる方法を検討しています。 このデータは来年以降のプログラムや大会運営に活かせるのでは、と考えています。こうしたデータの可視化は、学会の「主役」に光を当てる意味でも大きな一歩になると考えています。
参加者へのメッセージ──「ああ、面白かった」と言いながら帰ってほしい
何よりも望んでいるのは、最初に申し上げた、参加者が帰り道で「ああ、面白かった」と口にしてくれることです。二日間の全ての時間が面白いとは限らないかもしれませんが、その一部であっても、「あのセッションは良かったね」、「あの話は印象に残ったね」と帰りの地下鉄で新しくできた知り合いと京都駅まで語り合える学会にしたいと考えています。アカデミア一辺倒の場ではなく、「学会ってこんなに楽しいものなんだ」と感じてもらえるきっかけを提供することが、大会長である自分の役割だと考えています。
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