第29回日本病態栄養学会年次学術集会 ◎特別講演「食がつなぐ地域包括エコシステムを考える」
2026.05.01学会・研究会座長:菅野義彦先生(会長/東京医科大学)
演者:神野正博先生(社会医療法人財団董仙会・恵寿総合病院 理事長)
社会医療法人財団董仙会・恵寿総合病院の神野正博先生は1980年に日本医科大学を卒業後、消化器外科医として研鑽を積まれ、1993年からは石川県七尾市にある同院の病院長を務め、現在は「けいじゅヘルスケアシステム」理事長を務めておられる。2024年1月1日に能登半島を襲った地震で、同院は被災地で唯一、発災直後から急性期医療機能を維持したことで全国的に知られた。2025年6月には全日本病院協会の会長に就任され、現在、病院経営のスペシャリストとして広く認知されている。本講演で語られた、神野先生が実践されているマネジメント手法は、高齢化や労働人口の減少、病院スタッフの負担増など、現在の診療環境を取り巻く状況に対し、非常に有益な示唆と提言を含むものとなった。

1. 能登半島地震における経験と感謝
皆様、こんにちは。神野でございます。菅野先生、過分なご紹介をいただきありがとうございます。まず、2年前の1月1日に発生した能登半島地震について触れたいと思います。私の病院がある石川県七尾市も甚大な被害を受けましたが、建物や水回り、電気などへの事前準備が功を奏し、能登半島の病院で唯一、医療を継続することができました。当院の水道復旧は3月1日、七尾市全域での復旧は4月1日であり、その間、大量の水を使用する給食設備の運用は困難を極めました。その窮地を救ってくれたのは、三重県の給食工場でした。恵寿グループが必要とする1日5,000食をフル稼働で作り、届けてくれたのです。これは単なる契約関係を超えた、平時からの人と人、あるいは企業と病院との信頼関係がいかに重要であるかを痛感させられた出来事でした。また、全国からDMATやJMATとして支援に入ってくださった皆様に、この場をお借りして深く御礼申し上げます。
2. 人口構造の変化と社会の縮小
本日のテーマである「食がつなぐ地域包括エコシステム」について論じるにあたり、日本の人口動態を直視する必要があります。国立社会保障・人口問題研究所のデータを基にした2060年までの予測によれば、人口減少は避けられない現実です。人口予測は経済予測と異なり、高い確率で的中します。今後、医療や介護を含むすべての国内向けサービスにおいて、需要が減少する時代に突入します。 2025年に団塊の世代がすべて75歳以上の後期高齢者となりましたが、2026年以降の最大の課題は、生産年齢人口の急激な減少です。深刻な人手不足、特に調理員や病院スタッフの不足はさらに加速するでしょう。2040年を過ぎれば、高齢者と若者の双方が減少する「社会の縮小」が始まります。もはや過去の成功モデルに執着してはいけません。社会構造の変化に合わせ、事業の統合・集約だけでなく、撤退も含めて考えることが求められます。あるいは新たな市場への挑戦も必要となるでしょう。
結論から先に申し上げますと、私たちの「食」文化は、生活と密接に繋がっており、そこに何らかの市場がないのかを我々は真剣に考える必要がある、ということです。
3. 生産性向上とダイバーシティ・インクルージョン
需要が減少する中で供給体制を再構成するには、拠点のコンパクト化が不可欠です。また、自身の「やりたい仕事」と「社会が求めている仕事」に乖離がないか、反芻して考え続ける必要があります。これは過疎地域の管理栄養士や医師も同様です。 この社会課題に対する解決策は、以下の3点に集約されます。
-
生産性の向上:少ない人数で従来と同等以上の成果を上げること。
-
シニア・女性の活躍:意欲ある高齢者が働き手として参画し、女性がライフステージに応じて柔軟に働ける環境を構築すること。
-
外国人材とテクノロジーの活用:外国人労働者やロボットを積極的に受け入れること。
私たちは多様な方々を誰一人取り残さず、仲間に組み入れる「インクルージョン」の考え方を持たねばなりません。そのための手段が、働き方改革や健康経営、DX(デジタルトランスフォーメーション)です。DXはもはや議論の対象ではなく、生存戦略としての危機感を持って導入すべきものです。
4. 入院需要の変化と在宅医療の必然性
人口増加率を世代別に分析すると、2030年頃から団塊の世代が85歳となり85歳以上の人口が年率約5.6%という驚異的なペースで増加します。一方で、全国の入院受療率や病床利用率は減少傾向にあります。その要因には、介護施設への移行や入院期間の短縮、外来治療の高度化に加え、コロナ禍を経た価値観の変化が挙げられます。面会制限のある病院よりも、家族と過ごせる在宅医療を選ぶ患者が増えているのです。2040年に向けて、大都市圏では入院需要が増える一方、人口5万~10万人規模の地方都市では需要が急減します。かつての地域医療構想は入院患者が増えるという推計を前提にしていましたが、現実は全く違っていた実態が見えてきました。
ここで重要なのは、75歳以上の約3割、85歳以上の約6割が要介護者であり、彼らの多くは自力で通院できないという事実です。外来患者で溢れる現在の病院の光景は、将来的に消滅するかもしれません。これから2040年に向かって救急搬送が増えると予想されますが、その対象は85歳以上がほとんどと思われます。これまで高齢者単身世帯で夜中に具合が悪くなった時、タクシーで病院の救急外来へ行って、とアドバイスしていましたが、例えば石川県七尾市は夜中にタクシーがいません。運転手不足で23時以降はタクシーがいない状況があちこちの町で起きていいます。その時間帯に具合が悪くなったらもう救急車しかない。
今後は、同じく在宅医療の需要の大部分を85歳以上が占めることになります。自力通院が困難な高齢者が激増するため、在宅医療へのシフトは必然といえるでしょう。今後、東京・大阪・名古屋・京都などの大都市圏では、生産年齢人口が減少する一方で、高齢者人口は依然として増加します。次に、県庁所在地をはじめとする地方都市では、生産年齢人口は減少しますが、高齢者人口の増加は頭打ちとなります。一方、過疎地域では、生産年齢人口・高齢者人口が共に減少します。これら3つのレイヤー(層)ごとに、病院が採用すべき持続可能な経営戦略は異なります。実のところ、日本の二次医療圏の約半分は、すでに若者も高齢者も減少する「過疎地型」のフェーズに突入しています。
5. 誤嚥性肺炎が入院数の1位
次に、85歳以上の高齢者における入院数上位疾患の特徴を見てみましょう。第1位は誤嚥性肺炎です。この疾患を予防するためには、食事形態の検討などの具体的な対策が不可欠です。以下、心不全、肺炎、大腿骨骨折、尿路感染症と続きます。
「日本人の死因上位であるはずのがんが含まれていない」と疑問に思われるかもしれません。しかし、これらはあくまで「延べ入院数」の統計です。がんによる入院は、外来化学療法の普及もあり、一度きりで済むケースが多くあります。対して、上位に並ぶ疾患は入退院を繰り返し、症状の改善と悪化を繰り返す特性を持っています。したがって、急性期の治療だけでなく、退院後に再発させないための維持管理が極めて重要になります。同一の患者が何度も入退院を繰り返すことで、これらの疾患が入院数の上位を占めているのです。私たちは改めて、食事形態や嚥下といった課題に真摯に取り組むべきではないでしょうか。
6. 医療機関の機能分化、「治し支える」医療と「かかりつけ医」機能
新たな地域医療構想では、従来の「病床単位」から「医療機関単位」での機能分化が進められます。具体的には、「急性期拠点機能」「高齢者救急・一次急性期機能」「在宅医療連携機能」などに分類されます。また、大都市、地方都市など、人口によってレイヤーが分かれ、レイヤーごとに様々な条件があります。例えば急性期拠点機能を持つ病院は人口20~30万に一つとなるため、急性期病院間で熾烈な綱引きが始まる可能性があります。一方、地域包括ケアシステムにはさまざまな構想図がありますが、その中心は常に患者であり、その周囲で病院、介護、行政、ボランティアといった各サービスが連携することが求められています。この連携の輪において、管理栄養士の介入は極めて重要です。食事は人間が生きていく限り続く不可欠な営みであり、栄養の専門家が関与すべき場面は多岐にわたるからです。
厚生労働省が作成した地域完結型の医療・介護提供体制の概念図を詳しく確認してみましょう(図)。

図の中央に位置する赤い部分には地域の住民がいて、その周囲には、病院や診療所など「かかりつけ医機能」を有する医療機関が描かれています。この医療機関を内包するブルーの輪が「地域包括ケアシステム」であり、介護・在宅系サービス、市町村、保健事業なども含まれています。さらにその外側には、紹介・逆紹介を担う特定機能病院や地域医療支援病院、紹介受診重点病院が配置されています。
病院の役割は、高度な治療を行う「治す病院」と、生活を支える視点を持つ「治し支える病院」に大別されます。日本の大多数の病院は、後者の「治し支える側」として、地域包括ケアの輪を回していく「つなぎ役」を担うことになるでしょう。
ここで重要なのは、「かかりつけ医機能」とは個人の医師を指すのではなく、組織としての「機能」である点です。病院には医師だけでなく、管理栄養士、リハビリ職、看護師、ソーシャルワーカー(MSW)、地域連携スタッフなど、多様な専門職が在籍しています。これからの時代は、これらスタッフ個人の負担を軽減しつつ、多職種による「集合知」としてこの機能を満たし、地域包括ケアを支えていく気概が求められるのです。
また、図の右下に「情報基盤」が戦略的に配置されている点にも注目すべきです。これはマイナ保険証などの活用を念頭に置いたものであり、各機関を円滑に連携させるためには、強固なネットワーク基盤の整備が不可欠であるという意図が示されています。
7. リハビリ・栄養・口腔管理の早期介入
急性期病院における低栄養リスクは、入院料にかかわらず約40%に達します。その改善は、在院日数が短縮する中でいかに早期に介入するかにかかっています。慢性期病院からは「フレイルは急性期で作られる」と指摘されることもありますが、実際は急性期でもかなりの対応は実施されているのです。そのさらなる改善のために、「リハビリ・栄養・口腔管理」の3点をセットで切れ目なく提供することが、現在の診療報酬改定の大きな流れとなっています。特に嚥下調整食の提供は、誤嚥性肺炎を繰り返す高齢者救急において極めて重要な役割を果たします。
8. 救急医療の新たな道筋と情報共有
通院困難な高齢者が急変した際、人権を守る観点から救急搬送は不可欠です。それを受け入れるべき病院は夜間や休日でも診療ができ検査もできる2次救急を担う地域の病院であるべきです。そこで、確定診断を早期につけ、短い時間で治療をし、また場合によってはACP(アドバンス・ケア・プランニング)を確認したうえで、必要ならば「下り搬送」として包括期や慢性期、あるいは介護系施設で療養・介護するのが適切です。さらに高度な治療が必要な場合にのみ「急性期拠点病院」へ「上り搬送」する。このような救急の役割分担が、医療スタッフの疲弊を防ぐ鍵となります。
日常の診療においては、通院できない患者さんへの往診や訪問診療、訪問看護などをどう選択するか。さらにオンライン診療の活用も検討すべきでしょう。いずれの場面においても、地域全体で患者情報を共有する基盤づくりが不可欠です。しかし、人口過疎地においては、こうしたサービスそのものが間もなく限界を迎えると思われます。そうした地域では将来的には「集住」という社会構造の変革も必要になると考えられます。
9. クラウンシャイネスと「人生」を支える視点
豊かな森では、上を見上げると必ず、大きな木々の間に隙間が空いています。これは「クラウンシャイネス(Crown Shyness)」という現象で、大木が地面を覆い尽くして、下の地面は光も届かず、栄養が行き渡らず、腐ってしまうのを防いでいると考えられています。地域医療も同様に、各機関が適切な距離感を保ちながら連携することが理想ではないでしょうか。その時、重要なのが「ライフ」という言葉をどう捉えるか、です。医療者は「生命」と捉える一方、介護職は「生活」と捉えるでしょう。この認識の差は連携の壁を生みがちですが、私はその間を取り結ぶのが「人生」という視点ではないか、と考えています。生まれてから死ぬまでの「人生」の質を向上させるという共通目的があれば、医療と介護は真に融合できます。病院医療の役割が縮小し、その前後にある「生活の場」が拡大する中で、私たちは地域のアライアンス(同盟)を組まねばなりません。退院後の生活を地域の多様なビジネスやサービスに繋ぎ、再び悪化した際には病院が責任を持って受け入れる。この循環こそが「地域包括エコシステム」と提唱しています。
10. 「病院(病の院)」から「健院」への脱却
私は昨年度、全日本病院協会の会長就任時に「“病”院をぶっ壊せ」と申し上げました。これは、病気や怪我を治して終わりの「病の院」という概念を捨て、医療・健康・生活支援に深く関わる「健院」へと進化すべきだというメッセージです。 誰とアライアンスを組み、いかに地域を支えるか。その中心に位置するのが、生命に直結する「食」です。今回の診療報酬改定で管理栄養士の専従要件が緩和されたことは、管理栄養士が病院から外来、在宅へと活動の場を広げる追い風となるでしょう。
11. セントラルキッチンの革新:成分別・因数分解による生産性向上
最後に私共の病院の栄養管理、病院給食について、述べさせていただきます。当院では1日5,000食を供給するセントラルキッチンを運営していますが、開設当初は大混乱に陥りました。病態別の多種多様な献立を個別に調理していたため、極めて効率が悪かったのです。全職員が病院の勤務後に給食センターで翌日の給食を作るほどでした。そこで私たちは、調理を成分別に「因数分解」しました。工場では成分別のおかず(栄養管理食A、B、C、Dなど)をひたすら製造し、チルドで送られてきたものを病院の盛り付け場で組み合わせることで、心臓食や糖尿病食などの病態別メニューを完成させる仕組みを構築しました。この「再盛り付け方式」により、生産効率は劇的に向上しました。私たちにとってこの作り方に至ったところが非常に画期的だったと思っています。
最後に、物価高騰が続く中で、ハンバーガーチェーン店のセットメニューよりも安価な「550円」という入院給食費の設定自体、もはや限界に来ています。制度の根本的な見直しが必要であることを提言し、私の話を終わらせていただきます。有難うございました。
座長(菅野先生)の総括:
神野先生、数秒の無駄もない、素晴らしいお話をありがとうございました。アカデミアとして「メディカル・ベスト」を追求する我々にとって、先生のように実践の場でリーダーシップを発揮される存在は非常に心強い味方です。本日のご講演は、病態栄養学会の会員にとって極めて刺激的で、実り多いものとなりました。心より感謝申し上げます。

第46回日本臨床栄養学会総会・第45回日本臨床栄養協会総会・第22回大連合大会|WS3. GLIM基準の臨床応用 (2)
REPORT|第10回日本時間栄養学会学術大会・10周年記念シンポジウム シンポジウム2
第29回日本病態栄養学会年次学術集会 大会長インタビュー
第57回糖尿病学の進歩 Report:シンポジウム3 糖尿病患者の個別化食事療法の実現に向けて Part1
第26回日本褥瘡学会学術集会 Report :シンポジウム9◉創傷とコラーゲンペプチドに関わる栄養研究の最前線
第 23 回食物アレルギー研究会 Report : 特別プログラム 1 「食物アレルギー患者を取り巻く社会」